若い世代に脳機能の低下が生じ始めた…睡眠負債を悪化させる"寝だめ"の怖い影響
プレジデントオンライン / 2022年10月29日 11時15分
※本稿は、木田哲生、三池輝久『親子の「どうしても起きられない」をなくす本』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■日本は世界でも1、2を争う“短眠国”
人にとって眠りは、脳をつくり、育て、傷んだ部位を修復し、機能を維持し高めることで、全身の生命維持機能を守る時間です。良い眠りとは、不足がなければ良いという単純なものではなく、時間帯、持続性、規則性が必要で、かつ重要な要素です。
たとえば、眠りを削って勉強を頑張っても、短期間では成果が上がることもありますが、長期間ではむしろ記憶をつかさどる脳の海馬に炎症が起こり、勉強ができなくなる恐れもあります。本稿では、眠りの意義を医学的に説明します。現代の日本の成人の睡眠時間は7時間12分と報告されています。日本は、実は世界でも1、2を争う“短眠国”です。
平成26年版厚生労働白書では、30カ国中最下位となっています。さらに、成人だけではなく3歳までの乳幼児の睡眠でも、世界17カ国の比較でもっとも睡眠時間が短いことが知られています。中・高校生では、平日の睡眠が6時間以下という学生が半数を超えると報告されています。学校生活、友人とのSNSなどでのコミュニケーション、宿題、塾などの習い事、受験準備などで忙しく、睡眠を削らざるを得ないのかもしれません。
短眠生活で睡眠不足になり、それが長い間にわたって蓄積されると「睡眠負債」となります。「睡眠負債」がたまると気がつかないうちに少しずつ脳機能や認知機能が低下します。でも、自分自身の能力低下に気づけない人がほとんどでしょう。たとえば、以前ほど思うようにことが運ばない、勉強の意欲が湧かず、友人関係もうまくいかないといったサインがあらわれますが、それが日頃の睡眠不足や不規則な生活によるものだと考えるお子さんは少ないのではないでしょうか。
このような生活を続けていると、将来成人病、うつ、悪性腫瘍、認知症を発症するリスクが高くなります。脅したいわけではありません。それほど睡眠は重要なのです。ぜひ正しい知識や予防法を知って、実践していってくださいね。
■「睡眠の時間はただ休んでいるだけ」は間違い
「睡眠の時間はただ休んでいるだけで、無駄な時間だ!」「睡眠の働きは、体の疲れを回復させることだ」
そう考えている人はいませんか。これらの考えは、とんでもない勘違いです。睡眠は決して無駄な時間ではありません。しかし実は、特に眠らなくても安静を保っていれば筋肉の疲労は回復します。では、睡眠はどうして大切で、生きるために必要なことなのでしょうか。
眠りはヒトの脳の働きを守り、全身を構成する37兆個もの細胞の働き(協調性)を統率しています。また、概日リズムをつかさどるリーダーとして、次の重大な働きをもっています。
2 体温を適切に保つ
3 ホルモンを時間通りに適切に分泌する指令を出す
4 自律神経を適切に働かせるよう指示する
5 生体防御(免疫)を高める
6 体がスムースに協調して動くよう働きかける
7 エネルギー生産の調整性
など、ヒトの生命維持機能の根幹にかかわる基本として働いているのです。つまり、眠りがないとヒトは生きていけないのです。
■適切な生活リズムをつくる「中枢時計」と「末梢時計」
特に脳が形成される0歳から20代頃までは、眠りが生涯における心身の健康の維持につながります。睡眠医学の大家である井上昌次郎氏は『眠りを科学する』という著書のなかで「高等な脳は睡眠を必要とする。眠ることは生きることである」と述べています。脳が発達してきた生き物ほど、眠りは発達し、大事な役割を果たすようになってきたのです。
また、「睡眠とは生きるためのもっとも賢い行為の1つであり、睡眠時間が削られたり、精神的緊張で占められたりすると短命となる」と記載されています。現在、これは睡眠に対する正しい解釈だと科学的に解明されてきています。睡眠の時間は、無駄な時間どころか、ヒトの命を支えるもっとも大事な行為であり時間なのです。
地球上で生活しているすべての生物は、地球の自転のリズム(約23時間56分4秒)を基準に生活しています。この約24時間を1日単位として、休息(睡眠)と活動(覚醒)を繰り返す概日リズムは、とても大切なリズムです。特に現代人においては、明確に24時間のリズムで生活することが要求されています。この1日の生活リズムの指令を出しているのが、視交叉上核と呼ばれる脳の左右にある小さな組織で、「中枢時計」と呼ばれています。
中枢時計は、もう1つの時計機構である「末梢(まっしょう)(内臓)時計」(主に食事にともない活動を始める)と協調して1日の生活リズムをつくります。このように概日リズムは、睡眠・覚醒を中心とした中枢時計の働きと、規則的な食事習慣により活動する末梢(内臓)時計の2つが協調してはじめて、適切な1日の生活リズムがつくられるのです。
![概日リズム](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/1/1200wm/img_41db90279fab89f6ccc12414d8658913401996.jpg)
■眠らなくても筋肉は回復するが、大脳は回復しない
規則的な睡眠・覚醒リズムに加えて、食事を毎食(朝・昼・夕)しっかり摂ることが大事ですが、それ以上にほぼ定まった時刻に摂ることが1日を元気で過ごすためには大切です。平日、休日を問わず朝食は朝7時頃などに一定させ、夕食時刻が大きく(90分以上)ばらつかないよう注意しましょう。
「眠らなくても、安静を保っていれば筋肉の疲労は回復する」と先ほどお話ししましたが、大脳の疲労は横になって目を瞑って安静にしているだけでは回復せず、睡眠がないと回復できません。特にお子さんたちに知っておいてほしいのが、睡眠と脳の関係です。
眠りをおろそかにするのは、心と体の健康をおろそかにすることと同じで、それには脳の健康が肝心です。脳のメンテナンスは主に睡眠中に行われます。これまでの研究により、次のことがわかっています。
2 脳の活動に使用して減少した神経伝達物質(セロトニン・メラトニンなど)を補充する
3 神経活動に必要なエネルギー生産工場であるミトコンドリアを細胞内に戻して休養をとらせる、または再生して再びシナプスに戻す
■「寝だめ」は現代人を苦しめる「社会的時差ぼけ」の始まり
脳内のゴミ(残渣物)をきれいにするには、主に睡眠中にリンパ液が流れて洗い流すとわかっています。睡眠は、脳をつくり、育て、傷んだ部位を修復するなどのメンテナンスを通して、脳機能を守り、維持し、さらに高めるのです。
「脳死」という言葉が示すように、脳の働きが完全に停止してしまうことは、多くの国ではヒトの死を意味します。脳は体のなかでももっとも重要な臓器であることに疑いはありません。また、深い眠りをしっかりと得るためには、質の良い眠りが必要になります。良質の睡眠とはただ十分な時間を確保すればいいのではなく、いくつかの大事な条件があるのです。
睡眠・覚醒のリズムを考えるとき、ヒトが地球上で生活していることを意識してみてください。地球上で生きているからこそ、暗くなったら眠り、明るくなったら活動します。さらにもう1つ大事なのは、ヒトが学校や会社などで、社会生活を営みながら生きていることです。
一般的な学校生活では、朝6時台の起床を求められるお子さんが多いでしょう。「暗くなったら眠り、明るくなったら目覚めて活動を始める」というヒトの本質的な生活リズムは通用せず、時間に追われて生活しなければならなくなりました。
![居眠り](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/c/1200wm/img_3cd12a6dceaa949e755cbf2f9838b681408752.jpg)
入眠が深夜になりやすい現代人は、平日の睡眠がどうしても不足しがちになり、休日には「寝だめ」と称して朝寝坊をし、なかには昼近くまで眠る人もめずらしくありません。この「寝だめ」が、実は若い世代を中心に多くの現代人を苦しめる「社会的時差ぼけ」の始まりなのです。朝型が求められる社会生活と現実の間に大きな時差を生じさせてしまうために起こる現代病です。
■90分以上の時差が生じている場合、情緒面のリスクが高くなる
平日と休日の起床・入眠時刻がずれることで、脳はさまざまな機能障害を起こし始めます。寝つきの悪さに始まり、起床時に自律神経が乱れているため、頭痛・腹痛・気分不良・吐き気などが生じ始めます。日中の眠気、物忘れ、そして次第に意欲が低下し始め、さらに情緒の不安定さなどのために対人関係に問題が生じやすくなります。
![木田哲生、三池輝久『親子の「どうしても起きられない」をなくす本』(イースト・プレス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/4/1200wm/img_5401a114bf04d4733fd7b80ce3ac9f33251124.jpg)
このように日常生活が困難となり、社会での生活にゆとりがなくなって、苦しくなってしまう状態の始まりが「社会的時差ぼけ」です。飛行機により短時間で時差の大きな外国に移動したときと同じ、時差ぼけの症状が生じてしまうことになります。
この社会的時差ぼけは、子どもでは1時間半、大人では2時間以上ずれがある場合とされています。しかし、この定義は若干あいまいなところがあり、スウェーデンでは調査対象者の93パーセントが1時間程度の時差をもっていたため、異常値を2時間にしたとされています。また、この調査の対象年齢が16〜19歳と高いことも考慮しておく必要があります。
幼児や学童に通う子どもを対象にした、瀬川昌也氏や熊本大学が行った調査では、90分以上の時差が生じている場合、子どもたちの情緒面に不安定さが生じるリスクが高く、また学童期以降は自律神経症状が有意に出現しやすくなるデータがあります。社会的時差ぼけの定義として、幼児から中学生については1時間半以上としておくほうが現実的だと考えられるのです。
■子供が朝6時台に起床することは難しくなかったが…
社会的時差ぼけが起こっているかどうかは、睡眠票を記録することでわかります。進行すると、不登校の原因につながりやすく、早めの対応が必要です。1〜2歳頃にプログラミングされた体内時計が指示するリズムでつくられる眠りを、自分の意志で削ったり長くしたり、毎日の入眠・起床時間を勝手に変更することは、本来できないものです。
1960年頃のNHKの大規模調査によれば、日本の大人の平均睡眠時間は、夏は8時間4分、冬は8時間40分でした。当時はまだテレビが各家庭に普及しておらず、深夜番組が少ない状況で、子どもは主に20時台、大人は主に22時頃に就寝していました。
この頃の子どもたちには、朝6時台の起床はそれほど困難ではありませんでした。しかし現代では、子どもたちも夜型生活にならざるを得ないため、朝6時台までに脳と心身の健康を守るために十分な睡眠時間を確保するのは極めて困難になっています。
慢性的な睡眠不足とその蓄積にともない、若い世代に脳機能の低下が生じ始めたことは、非常に危険で、心配なことです。
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堺市教育委員会指導主事
1983年生まれ。堺市公立中学校保健体育科教諭として勤務中、勤務校で睡眠教育を実践。保護者・学校と連携し、睡眠障害のある不登校児童等を、学校及び社会生活に復帰させた経験を持つ。現在も生徒指導に長く携わり、毎年多くの子どもたちの睡眠を改善している。著書に『睡眠教育(みんいく)のすすめ』(学事出版、2017年)、『「みんいく」ハンドブック』(全3巻、2017年)などがある。
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熊本大学名誉教授
1942年生まれ。小児科医、小児神経科医。熊本大学医学部卒業、熊本大学附属病院長、日本小児神経学会理事長、を経て現職。日本眠育推進協議会理事長。30年以上にわたり子どもの睡眠障害の臨床および調査・研究活動に力を注ぐ。著書に『子どもの夜ふかし 脳への脅威』(集英社新書、2014年)、『赤ちゃんと体内時計 胎児期から始まる生活習慣病』(集英社新書、2021年)などがある。
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(堺市教育委員会指導主事 木田 哲生、熊本大学名誉教授 三池 輝久)
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