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「テレビっぽいもの」があればテレビ局は必要ないのか…なぜ"マスゴミ"と呼ばれてしまうのかを考える

プレジデントオンライン / 2022年10月31日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/suriya silsaksom

なぜテレビや新聞は「マスゴミ」などと批判されるのか。『マスメディアとは何か 「影響力」の正体』(中公新書)を出した関西学院大学の稲増一憲教授は「マスメディアには『人々が見るべきと考える情報をなるべく多くの人に等しく届ける』という役割があり、その重要性は多くの人が理解している。だが、その担い手がテレビ局や新聞社であることには抵抗を覚える人が多いようだ」という――。

■「テレビは核兵器に勝る武器」は正しいのか

2022年の参院選に向けての党首討論で、NHK党の立花孝志党首が「テレビは核兵器に勝る武器」と発言したことが話題になった。たしかに、人々が二度の世界大戦における強力なプロパガンダを目の当たりにしていた時代には、マスメディアは強大な影響力を持つとされており、無抵抗な人々を打ち抜く「魔法の弾丸」や、ひとたび薬剤が体内に入れば誰も抵抗できない「皮下注射」にたとえられたことがあった。

一方、後述するがテレビ局や新聞社に対する信頼度は高いとはいえず、インターネットの登場により従来のマスメディアの存在感もかつてと比べて薄くなっている印象がある。はたして「テレビは核兵器に勝る武器」なのだろうか。本稿では、まず「限定効果論」と呼ばれる研究を軸に、マスメディアの影響力を論じたい。

立花党首によるこのような見方は、マスメディア研究では「強力効果論」と呼ばれていた。だが、調査や実験の結果、1950年代までにこの理論は覆されている。その後、1960年代まで盛んに研究されるようになったのが「限定効果論」と呼ばれるものだ。「限定効果論」はマスメディアが仮に人々を特定の方向に誘導しようとしても、人間は大きく分けて2種類のバリアに守られており、そう上手くいかないと考える。

ひとつ目のバリアは我々の頭の中にある。人間は、自分が元々持つ意見に沿った情報に接触し、意見に反する情報を避ける選択的接触と呼ばれる傾向を持つ。たとえば、安倍元首相の国葬に賛成する人々は、海外の首脳からの弔意や当日の反対デモの参加者の少なさといった情報に積極的に接触する一方で、反対する人々は国葬の法的根拠や過半数の反対が示された世論調査などの情報に接触するということである。

2つ目のバリアは我々を取り囲む周囲の人々である。数千年前の中国の古典に起源を持つ「類は友を呼ぶ」ということわざに表れているように、人間は昔から自分と似た他者に囲まれて生きている。そしてマスメディアが伝える情報は人々に直接影響するのではなく、集団内のオピニオンリーダーと呼ばれる人々に届き、マスメディアが伝える情報を取捨選択・解釈して周囲の人々に間接的に伝達する構造を持つ。

そのため、マスメディアが人々の意見に反する情報を伝えたところで、オピニオンリーダーによって撥(は)ねつけられてしまうのである。一方で、オピニオンリーダーから伝えられた情報は、人々の意見変容のきっかけとなることが多い。人々の意見に強い影響を与えるのは、マスメディアではなく周囲の他者なのである。これはコミュニケーションの2段の流れ説と呼ばれる。

■「テレビは人々をいくらでも誘導できる」は間違い

この文章を読んでマスメディアは強大な影響力を持つという考えが70年も前に既に否定されていたのかと驚かれる方がいる一方で、もしかしたら「1950年代には、テレビはまだ普及していない」「影響力が弱いのは新聞やラジオの話ではないか」という反論を思いつく方もいるかもしれない。

ウェブ上での選択的接触を通じた人々の意見の分断や、インフルエンサーを通じた2段階の情報接触などに表れているように、限定効果論が提示した論点は現代においても通用する、あるいは現代の状況にこそ当てはまる側面もあるが、元は新聞やラジオの時代の議論だというのはその通りである。

テレビの普及とともに登場したマスメディアが持つ強力な効果を示した1960年代後半以降の研究群は、新しい強力効果論と呼ばれる。ただし、新しい強力効果論の登場とともに限定効果論が否定され、テレビが人々をいくらでも誘導できることが示されたわけではない。これらの研究が示したのは意見の変容とは異なる形の影響力である。

■マスメディアは「情報のゲートキーパー」である

世界では毎日さまざまな出来事が起こっているが、私たちはそのほとんどについてメディアを通じて間接的にしか知ることができない。たとえば、読者のみなさんの中に、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したことをマスメディアやインターネットを介さず、直接見たことがある人はほとんどいないだろう。

ソーシャル・ネットワーキング・サービスの概念
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

また、新型コロナウイルスの感染拡大についても、初めて緊急事態宣言が出された2020年4月の段階では、多くの人にとってはメディアを通じて間接的にしか経験できない出来事であった。このように私たちの現実に対する認識は、メディアを通じた間接的な経験によって大部分が構成されているのである。

問題はマスメディアが世界のすべてを伝えることは不可能だということである。テレビニュースの枠や新聞紙面の大きさは決まっているため、「何を伝えて何を伝えないか」という情報の取捨選択が必要になる。結果として、マスメディアは人々が受け取る情報とそうでない情報を決めることになるため、情報のゲートキーパー(門番)と呼ばれる。

新しい強力効果論は、ゲートキーパーとしてのマスメディアが人々に与える影響を取り上げたものである。たとえば、選挙の際に各政党はさまざまな政策争点を掲げるが、その中からマスメディアは重点的に取り上げる争点を選ぶ。そして、マスメディアが多く報道した争点は、人々に重要な争点だと認識されやすい。これはマスメディアの議題設定効果と呼ばれる。

■インターネットの登場はマスメディアをどう変えたか

ゲートキーパーとしてのマスメディアに対して「自分が見たい情報は自分で決められる。見るべき情報をマスメディアが決めるのは傲慢(ごうまん)だ」という意見があるのは当然である。かつては「そうとはいえ、情報を得ようと思えばマスメディアに依存せざるを得ない」という現実が存在していたが、現代ではインターネットを通じて、いくらでも情報を入手することができる。

かくして、「インターネットという武器を得た我々は、マスメディアの情報支配から解放され、幸せになりました」とはいかなかったのが現実である。人間が見たい情報を見て、見たくない情報を見ないことは、個人にとっては良いかもしれないが、社会全体にとっては、深刻となる問題の存在が指摘されるようになった。

我々が「情報を見たい」と思う基準は何だろうか。ひとつは選択的接触の研究において明らかになっていたように、自分が元々持つ意見に沿った情報との一貫性である。対立する陣営が、それぞれ自分の意見に沿った情報に接触し、それぞれの意見がどんどん極端化していくならば、対話は成立しない。この現象は、他者の意見を聞いているつもりでも、実際には自分の意見の反響を聞いているようなものだということから、「エコーチェンバー」と呼ばれる。

コミュニケーション技術の概念
写真=iStock.com/cofotoisme
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/cofotoisme

■自分の生活から遠いニュースを見なくなる傾向が強化されている

さらには、我々が情報を見たいと思う基準のもうひとつは、自身の生活との関連性である。Facebook創業者のザッカーバーグが「アフリカで死にかけている人々より家の前で死にかけている1匹のリスのほうが、あなたには重要かもしれない」と表現しているように、人間は遠い世界で起こるニュースよりも、自分の生活と直接結びついた情報を求める傾向を持つ。

日本との結びつきが明確な一部の例外を除く国際ニュースの多くは、我々にとって関連性が低いと見なされがちであり、また政治ニュースにも自分の生活には関連しないと見なされるニュースは少なくない。たとえば、ヤフートピックスの初代編集長である奥村倫弘は、コソボ自治州がセルビアから独立したニュースのクリック率が低かったことを取り上げ、「コソボは独立しなかった」という言葉で表現している。

人間が元々持つ意見に沿った情報や自分の生活に関連した情報を求めることは、以前から存在する傾向であり、インターネットの登場によって生じたわけではない。しかし、かつてはマスメディアが選別した情報が一斉に伝えられることによって抑制されてきたこの傾向は、インターネット上でそのまま行動に表せるようになったのである。

■改めて認識されつつある「マスメディアの役割」

しかも、インターネット上においては、ユーザーの過去の行動が記録されており、その分析結果に基づいて、よりその人が見たいと思う情報、具体的にいえばクリックしてもらえる、飛ばさずに見てもらえると予想できる情報が瞬時に表示される。

個人にとっては自分が見たい情報だけを見せてくれるメディアは有用であり、広告収入を得るという観点からいえば、ネット事業者がその人が見たい情報だけを見せるのは「正解」である。

しかし、皆が自分の意見に沿った情報、自分の生活に関連した情報しか見なくなった世界においては、一般の人々が選挙などを通じて政治に参加し、議会はもちろん、有権者の日常会話のレベルでも、異なる意見を持つ人々同士が議論を行うことでより良い結論を求めていく民主主義という仕組みを維持することは難しくなる。

稲増一憲『マスメディアとは何か 「影響力」の正体』(中公新書)
稲増一憲『マスメディアとは何か 「影響力」の正体』(中公新書)

選挙や議会に頼った古臭い民主主義などなくとも、「インターネット上における人々の行動や意見をビッグデータとして集め、AIで分析して意思決定を行えばいい」などといっても、人々の行動や意見はその人が見ている情報の影響を受ける以上、人々を取り巻く情報の偏りが持つ悪影響から逃れられるわけではない。

このように、人々がゲートキーパーとしてのマスメディアが選ぶ情報ではなく、自分が見たい情報を見ていればそれで上手くいくわけではないとわかってきたことによって、「人々が見るべきと考える情報をなるべく多くの人に等しく届ける」というマスメディアの役割が社会において、重要だということが明らかになったのである。

■テレビニュースや新聞記事はある程度信頼されている

SNSなどではしばしば「マスゴミ」に対する激しい批判が見られるが、上記のような機能を持つマスメディアは、少なくとも日本では、ある程度信頼されている。

たとえば、著者が2015年に三浦麻子・安野智子、NHK放送文化研究所と共に行った調査においては、テレビニュースや新聞記事を「とても信頼している」あるいは「まあ信頼している」とした回答者は7割を超えていた。なお、選択肢はこれ以外の選択肢は「どちらともいえない」「あまり信頼していない」「信頼していない」であり、日本人が選びやすいとされる中間的な「どちらともいえない」という選択肢があるにもかかわらず、多くの回答者はテレビや新聞への信頼を表明していたのである。

テレビを見ている男
写真=iStock.com/Tero Vesalainen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tero Vesalainen

また、「テレビ・新聞があるから国民の声が政治に反映される」という質問に対して、「そう思う」あるいは「どちらかといえばそう思う」という回答した者の割合は57.0%と半数を超えていた。このように日本の社会調査においてマスメディアに対する高い信頼が示される傾向は、その後もたびたび示されている。

■「テレビ局」「新聞社」などの組織はあまり信用されていない

しかし一方で、同様の調査において「テレビ局」「新聞社」に対する信頼を尋ねた場合には、これを「とても信頼している」「かなり信頼している」とした回答者は4割を下回っていた。

マスメディアという存在は重要だと思っており、発信される情報についても一定の信頼を置いているが、それを実際に担っているテレビ局・新聞社は信頼していない人が多いということである。調査主体がNHKというテレビ局の関連団体であるにもかかわらず、手厳しい調査結果が示されたといえるだろう。

さらに、この点について、著者と三浦麻子は2017年にWeb上で追加実験を行い、信頼の測定対象をテレビや新聞とするか、それともテレビ局や新聞社など組織であることを明示するかという質問文の違いがもたらす影響を検討した。その結果、他の要素がすべて同じであったとしても、対象が組織であることを明示した場合に、信頼が低く評定されることを確認した。

■機能としてのマスメディアは信頼されているが…

日本においては「マスメディアが不要である」と考える人は少数派である。これは前述のマスメディアが持つ機能を考えるならば、日本社会にとって好ましいことであり、またテレビ局や新聞社といった既存のマスメディア事業者にとっても朗報と言えるだろう。しかし、一方で多くの人々はマスメディアを妄信しているわけではなく、いま現在それを担う事業者が十分な信頼を得ているとは言い難い。

その役割においても人々の信頼という観点からもマスメディアが決して「オワコンの不用な存在」ではない以上、既存の事業者は人々からの信頼を向上させていくことが求められているのである。それができなければ、「マスメディアが果たしている役割を他の誰かが果たしてくれるのであれば、いまある事業者は無くなっても構わない」と人々が判断する可能性が高いことを、調査結果は示唆している。

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稲増 一憲(いなます・かずのり)
関西学院大学社会学部 教授
1981(昭和56)年東京都生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(社会心理学)。武蔵大学社会学部助教、関西学院大学社会学部准教授を経て、2018年より現職。単著に『政治を語るフレーム』(東京大学出版会、2015)、共著に『新版アクセス 日本政治論』(平野浩・河野勝編、日本経済評論社、2011)、『政治のリアリティと社会心理』(池田謙一編、木鐸社、2007)、『マスメディアとは何か 「影響力」の正体』(中公新書、2022)などがある。

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(関西学院大学社会学部 教授 稲増 一憲)

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