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Jアラートをバカにしてはいけない…軍事ライターが「Jアラートが鳴ったらすぐ建物に避難する」と話すワケ

プレジデントオンライン / 2022年10月28日 11時15分

弾道ミサイル落下時の行動について(内閣官房国民保護ポータルサイトより)

東京が核攻撃を受けたらどうなるのか。軍事ライターの石動竜仁さんは「甚大な被害をもたらすことになるが、核爆発被害を受ける地域の大半は、身を伏せたり物陰に隠れたりするだけでも、命に関わる負傷を軽減できる可能性が高い。Jアラートなどの警報はムダとはいえない」という――。

■核兵器による被害のほとんどは爆風によるもの

10月4日、北朝鮮が発射した弾道ミサイル1発が日本上空を飛翔し、緊急情報がJアラートを通じて発信されたことは記憶に新しい。そして、今回もネットでまた見ることになったのが、Jアラートを無価値とする批判的意見や、過去の訓練などでもあった「こんな訓練は核兵器には無駄だ」という声だ。

正直、批判者や批判への反論者の間で、アラートの発令や訓練のたびに繰り返されるこれらの話題は、不毛としか思えないので関わりたくないのが本音だが、とりあえず核兵器と被害をもたらすその作用について端的に書いておくべきだろうと考え、本稿を残すことにした。

では、実際にJアラートでミサイル発射が通知された場合、国はアラートが出た地域の住民にどうしろと言っているのだろうか。内閣官房の国民保護ポータルサイトでは、次のように告知している。

メッセージが流れたら、

・屋外にいる場合:近くの建物の中か地下に避難。
・建物がない場合:物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る。
・屋内にいる場合:窓から離れるか、窓のない部屋に移動する。

この方針に基づく避難を行っている国民保護訓練の報道の中で、何もない田畑でしゃがむ人の映像が出てくることがある。それを見たネットではこういう声がよくある。「ミサイルや核兵器に対してこんなことをしても無駄だ」と。

これは核兵器の強力なイメージが生み出すものだろう。炸裂の瞬間、周囲を焼き尽くす閃光(せんこう)に爆風、そして体を蝕(むしば)む放射線。そんな強力な核兵器に対して、屋外でただ伏せて頭部を守っているだけで効果はあるのかという疑問は、ある意味で当然といえる。そして、その疑問は正しい。ただし、一部だけ。われわれがイメージしがちな核兵器の威力というのは、核兵器の実相の一部でしかないのだ。

そこで、まず核兵器の威力とその被害について、被害をもたらす要素別に紹介しよう。

核兵器が炸裂した瞬間に何が起こるだろうか。そのエネルギーの50%は爆風、35%は熱、15%は放射線として放出される。最初に発生した火球が放出する熱線によって人体がダメージを受け、その後に爆発によって生じた衝撃波が人や建物を破壊し、そして最後に放射線の影響が出てくる(後述する初期放射線によるものもある)。

つまり、核爆発に伴うエネルギーの大部分は爆風となる。強力な圧力で人体にダメージを与えることもあれば、爆風で飛んできた破片等に当たってダメージを受けることもある。威力が桁違いであることを除けば、この作用は通常の爆発と変わりない。ただ、その範囲が広いのだ。

■爆発の瞬間を目にすると一時的に失明状態に陥る可能性も

爆風に次いでエネルギーが費やされるのが熱だ。核兵器の炸裂時に生じる火球は、通常の爆薬では生じえない高熱を発し、火球から放出される莫大(ばくだい)な赤外線は熱線となって広がり、広範囲の人体に熱傷、また可燃物の火災を引き起こす。また、強い可視光も生じるため、遠い場所でも爆発の瞬間を目にしていると、一時的な失明状態に陥ることもある。一時的とはいえ、運転中に失明すれば命にも関わる。

そして、放射線。核兵器炸裂のエネルギーの15%が放射線として放出されると述べたが、うち5%が中性子線やγ線といった炸裂から1分以内に放出される初期放射線となり、10%が残留放射線となる。初期放射線の被曝による被害は、威力が強力な核兵器では爆風や熱線の方が被害半径が大きいのに対し、小型の核兵器では爆風や熱線より初期放射線による被害半径が大きいという特徴がある。言い換えれば、初期放射線により殺傷を受ける範囲は、核兵器の威力によってもそう変わらない。

では、現実に核兵器が炸裂した場合、どのような被害が生じるのか。スティーブンス工科大学の科学史家、アレックス・ウェラースタイン准教授が公開しているNUKEMAPでは、任意の場所に任意の威力の核兵器を落とし、その被害範囲を表示することができる。

そこで、実際に核兵器が東京で炸裂した場合、どのような被害が生じるかをNUKEMAPを基にシミュレートを行った。条件として、国会議事堂を爆心地とし、2017年に北朝鮮が行った核実験で推定された200キロトンの核兵器が、広島に落ちた原爆と同じ高度600mで炸裂したと設定した。

なお、現実に北朝鮮が配備していると考えられる核弾頭の威力は不明のため、あくまで核実験の推定値を便宜的に当てはめており、どんな被害を狙って落とすかの意図も不明なため、炸裂高度も広島の値を用いたことはご了承いただきたい。また、ここで扱うのは炸裂時の防護についての話であり、炸裂後しばらく時間を置いてからやってくる放射性降下物(フォールアウト)は対象としていない。炸裂時に生き残ってからでないと生じない問題だからだ。

■爆心地の周辺にいる人はほぼ助からない

NUKEMAPではさまざまな影響を受ける範囲の表示を指定できるが、命に関わる可能性がある範囲の表示にとどめたところ、シミュレートの結果は次のようになった。円の表示が分かりにくいので、それぞれ分解して説明しよう。

核兵器が東京で炸裂した場合のシミュレーションマップ
核兵器が東京で炸裂した場合のシミュレーションマップ(NUKEMAP by Alex Wellerstein 地図データ © OpenStreetMap contributors, CC-BY-SA, Imagery © Mapbox.)

それぞれの同心円の表しているものを説明すると、中心の黄色は核爆発で生じた半径510mの超高温の火球だ。火球の外側にある緑の円は5000レム(50シーベルト)の放射線量を浴びる爆心から半径1.38kmの範囲で、このレベルの被曝を受けた場合は100%死亡する。永田町や赤坂、内幸町、麹町といった地域がこの範囲に含まれる。通常兵器では生じえない、核兵器の恐ろしさの象徴のような存在だ。

爆心地周辺のシミュレーションマップ
爆心地周辺のシミュレーションマップ(NUKEMAP by Alex Wellerstein 地図データ © OpenStreetMap contributors, CC-BY-SA, Imagery © Mapbox.)

5000レムの円の外側にある2つの緑の円。内側のものは未治療の場合半数以上が死亡する500レムの放射線量を浴びる半径1.93kmの範囲を示している。市ケ谷駅周辺から日本テレビ本社等がある汐留の高層ビル群辺りがこの範囲に含まれる。

爆心地から半径1.93kmのシミュレーションマップ
爆心地から半径1.93kmのシミュレーションマップ(NUKEMAP by Alex Wellerstein 地図データ © OpenStreetMap contributors, CC-BY-SA, Imagery © Mapbox.)

この辺りにいたら放射線による生命の危険が高いが、そのすぐ外側にある薄い緑の円は、がん等の疾病リスクが増す100レムの放射線量を浴びる半径2.31kmの範囲を示していて、北は市ヶ谷の防衛省の敷地の半分、南は増上寺の辺りが含まれる。100レムの放射線量を受ける範囲はごくわすかで、命に関わる影響を受ける500レムの範囲から急激に放射線量が減衰していることが分かる。

放射線被害の円の外側にあるグレーの円は5psi(平方インチあたりの重量ポンド)の圧力を受ける半径3.27kmの範囲を示していて、この範囲内では木造住宅は倒壊し、耳を保護していない場合は鼓膜が破裂する。ここに含まれるのは、北は飯田橋駅から南は慶應大学三田キャンパスが含まれる。いわゆる都心3区、千代田区、中央区、港区の広範囲がこれに含まれる。

爆心地から半径3.27kmのシミュレーションマップ
爆心地から半径3.27kmのシミュレーションマップ(NUKEMAP by Alex Wellerstein 地図データ © OpenStreetMap contributors, CC-BY-SA, Imagery © Mapbox.)

■ほとんどの範囲で身を伏せるなどの回避行動が有効

5psiの爆風を受ける円の外側にある濃いオレンジの円は、第III度の熱傷を負う可能性が50%ある半径6.69kmの範囲を示す。III度の熱傷では皮膚の全ての層が損傷を受け壊死し、人体の25%に及んだ場合は死亡する。面積にすると141平方キロメートルと、かなりの広域に及んでおり、木造住宅が多い住宅地も含まれているため、爆風による破壊と合わさって火災といった二次災害の恐れも高い。

爆心地から半径6.69kmのシミュレーションマップ
爆心地から半径6.69kmのシミュレーションマップ(NUKEMAP by Alex Wellerstein 地図データ © OpenStreetMap contributors, CC-BY-SA, Imagery © Mapbox.)

その外側にある円は、II度の熱傷を起こす可能性が50%ある半径8.22kmの範囲だ。II度の熱傷でも全身の30%に及べば死亡する。北は飛鳥山公園、南は大井ジャンクション辺りまでが範囲に含まれる。

爆心地から半径8.22kmのシミュレーションマップ
爆心地から半径8.22kmのシミュレーションマップ(NUKEMAP by Alex Wellerstein 地図データ © OpenStreetMap contributors, CC-BY-SA, Imagery © Mapbox.)

一番外側にある薄いグレーの円は、1psiの圧力を受ける半径8.54kmの範囲を示している。爆風によりガラスが割れる恐れのある範囲で、特に高層ビルやガラス張りの建造物周辺にいる人にとっては、致命的なけがが生じる恐れがある。高層ビルが集中する新宿も範囲内で、鋭利な凶器となったガラスが多くの人に牙をむくかもしれない。

爆心地から半径8.54kmのシミュレーションマップ
爆心地から半径8.54kmのシミュレーションマップ(NUKEMAP by Alex Wellerstein 地図データ © OpenStreetMap contributors, CC-BY-SA, Imagery © Mapbox.)

ここまで見ると、確かに身を伏せたり、物陰に隠れたりするだけではどうにもならない場所も存在するが、そういった致命的な場所は爆心近くに限定され、大部分は短時間生じる熱線や爆風が核兵器の威力の中心となっていることが分かる。短時間であるので、熱線や爆風に対しても、物陰に隠れるだけでも直接さらされるのを防げるし、伏せてさらされる身体部位を小さくするだけでも、生存の可能性を高める効果があると分かるだろう。

その意味でも、着弾直前であっても、事前に警報で伝えられることの価値は高いと考える。

■Jアラートは必要だが“警報慣れ”で効果が薄れている可能性も

これは通常弾頭のミサイルであっても同様だ。現在進行中のウクライナでの戦争で、空襲警報が鳴る中で市民がシェルターや地下鉄に避難している映像は見慣れたものだ。結局のところ、通常弾頭であっても、熱線と放射線がないだけで、爆風がある以上、対処は変わらない。

だから、内閣府のパンフレットにあるように、市街地にいるなら頑丈そうな鉄筋コンクリート造のビルのガラスから離れた場所や、地下鉄は有力な避難先になるだろう。特に地下鉄や地下街といった地下なら核兵器の場合は熱線や爆風への防護に加え、中性子線やγ線といった初期放射線の減衰も期待できるのでベストだろう。もっとも、そんなものが都合よく近くにない場合が大半だろうから、できるだけ物陰に隠れて伏せて被害を軽減するしかない。

しかし、本当の問題は警報以前に、われわれの心構えにあるだろう。Jアラートが鳴った際、身を守る行動を取った人はどれだけいただろうか。これはミサイルだけの問題にとどまらない。Jアラート同様に事前に災害を伝える警報システムとしては、すでに緊急地震速報が実用化されているが、緊急地震速報のあのメロディーが鳴った時、机の下に潜る等の身を守る行動をとった人はどれだけいるだろうか。

「また鳴ったけど、いつもと同じように大したことないだろう」と、思っている人が大半だろう。地震などの大災害をたびたび経験している日本人は、警報に悪い意味で「慣れすぎ」てはいないか。

筆者が懸念するのは、北朝鮮はまだ核兵器とその運搬手段(主に対アメリカ)の整備途上であり、今後も開発のために発射が行われるだろうが、日本列島超えの飛翔のたびに攻撃と同じように警報しては、オオカミ少年になりかねない。観測初期ではどこに落ちるか大まかな予測しかできないため、警報として出さざるを得ないのは仕方ないが、緊急地震速報と同じように「慣れ」てしまえば、いざ本番の時に重大な問題を起こすだろう。

また、筆者はJアラートの意義に賛同する立場だが、運用開始から15年が経っても訓練や発動時にトラブルが起きているのも、アラートを「またか」と思わせる一因だろう。長い年月と税金をかけたシステムであり、なにより国民の命に直結するものであるだけに、しっかりとしてもらいたい。

参考文献
多田将『核兵器』(明幸堂)
平成25年度外務省委託「核兵器使用の多方面における影響に関する調査研究」

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石動 竜仁(いするぎ・たつひと)
ライター
1983年生まれ。ニューヨーク出身。2013年からWebでdragonerとして著述活動を本格化。軍事・危機管理からネットの話などの幅広い領域での執筆を行う。Yahoo!ニュース個人オーサー。著書に『安全保障入門』(星海社新書)、共著に『シン・ゴジラ政府・自衛隊事態対処研究』(ホビージャパン)がある。

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(ライター 石動 竜仁)

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