旧統一教会を潰してもテロ事件はなくならない…「世界一安全な国・日本」でテロリストが生まれる根本原因
プレジデントオンライン / 2022年11月1日 9時15分
※本稿は、福田充『政治と暴力 安倍晋三銃撃事件とテロリズム』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■テロ対策に注力した安倍元首相を襲った暴力
筆者は、第一次安倍政権の2006年当時から約15年にわたり、テロ対策やミサイル対策などの危機管理、国民保護の文脈で、内閣官房や総務省の有識者会議、委員会の委員として、政策構築に関わってきた。
こうした立場から、テロ等準備罪や安全保障法制に対しても、国会での参考人陳述やメディア取材、評論においても賛成を表明してきた。
これまで日本において、とくに戦後民主主義において大きなタブーであった軍事やテロ対策など、安全保障、危機管理の政策をグローバルな視点で日本国内に政策化し、定着させたことが安倍元首相の大きな功績のうちの一つであろう。
こうした安全保障やテロ対策の政策に注力し、日本の危機管理を構築してきた安倍元首相が、今回このような暴力によって命を絶たれたことはきわめて逆説的かつ皮肉な出来事であり、同時にその政策の理想を思うと慚愧に堪えない。
要人暗殺事件に対して、社会がどのように対応すべきか短期的な視点から考察されているが、これらはすべて、この政治と暴力に関する問題に対する「対症療法」に過ぎない。政治と暴力の問題について、私たちはどのように向き合い、どのように考えるべきか。
■なぜ平和な日本でテロ事件が起きるのか
テロリズムとは、政治的に非対称的な暴力であるといえる。とくに要人暗殺テロにおいては、支配される側の市民が支配する側の権力者に対して暴力を用いて攻撃することを意味している。
現代における民主主義社会においては、選挙による投票を通じて社会の民意が反映され、市民の代表である議員がその政策を立案して、社会政策として実現させるというプロセスこそが重要となる。
そのプロセスが守られて、市民がその参政権をきちんと活用し、代表である議員がその責任を十分に果たせば、革命やテロリズムが発生する余地は生まれないはずである。
■民主主義が機能していればテロは存在しえない
つまり、政治的な暴力であるテロリズムや革命が市民の側から発生する理由は、民主主義がきちんと機能していれば存在しないはずであり、また法治主義のもとにおいてそうした暴力自体は社会において認められない。
よって、そうした政治的暴力である革命やテロリズムが市民の側から発生する理由は、市民の代表である議員、首相や大臣の側にその原因があるとすることができる。一国の政府が世の中の不正を正し、公正な立場から、社会正義を実行していれば、革命やテロリズムが発生する余地はないのである。
反対に、政府における汚職や不正、不公平な政策によって市民の間に分断や不満が蓄積されることによって、テロリズムや革命といった政治的暴力が発生する。
民主主義社会において、倫理観と人道主義に基づいた政治が実現すれば、政治に暴力は発生しない。もしそのような状況で暴力が発生するならば、その暴力は悪徳による不正義であり、法の下に公正に裁くことができる。
テロリズムや革命といった政治的な暴力をなくすための根本療法は、政治が倫理観と人道主義に基づいて、公正な立場から社会正義を実行することである。それを実現するための政治倫理の確立とその実践の積み重ねこそが、根本療法である。
■格差と差別が生み出す社会のひずみ
それでも、社会における格差や差別を完全になくすことは困難である。社会には個人的能力の格差、収入の格差、学業の格差、職業の格差など多様な側面の格差が存在する。そういう格差や、そこから発生する差別から社会的に排除され、孤立する個人が生まれる。
安倍元首相銃撃事件の山上徹也容疑者は、旧統一教会に多額の献金をした母親によって家族が崩壊したことを恨み、進学や就業に失敗したことを恨んで孤立化し、過激化した。「自暴自棄犯罪」を引き起こす犯人には、このように格差により社会的に孤立化した個人が多い。
また人種差別、民族差別のような差別によって、または宗教の対立から生まれる差別によって、LGBTQといった性の多様性や女性差別のような性差別によって、または身体障害や精神障害に対する障害者差別によって、社会的に排除され孤立する個人が生まれる。
こうした孤立した個人を救済し、多様な人々を社会的に包摂できる社会の構築が求められる。これも政治的な暴力をなくすための根本療法の一つである。
■危機管理に必要なリベラル・アプローチ
テロリズムの動機、目的には、民族独立運動の過激化、階級闘争の過激化、宗教闘争の過激化、シングル・イシューの社会運動の過激化といった側面がある。こうした問題が過激化して暴力が発生する余地が生まれない解決方法を目指さなくてはならない。
それはたとえば民族自決の実現であり、経済格差のない豊かな社会の実現であり、宗教など多元的な価値を認める社会であり、様々な社会問題を議論と合意形成によるリスクコミュニケーションで解決できる社会の実現である。
こうした民主主義社会におけるリスクコミュニケーションによって、テロリズムや革命などの暴力とは異なるアプローチで社会問題を解決していく方法を、時間をかけて模索し続けなくてはならない。
このような根本療法による手法を、テロ対策、危機管理のリベラル・アプローチと呼びたい。この根本療法は非常に時間がかかり、社会的労力を伴うものであるが、政治と暴力の問題を解決するためにそれが必要であることは間違いない。
■「安全・安心」と「自由・人権」の価値のバランス
テロ対策において、安全・安心の価値を重視するならば、テロリズムを未然に防ぐために電話やネットなどの通信傍受を強化し、社会を監視カメラだらけにして、ツイッターやフェイスブックなどのSNS上のコミュニケーションを監視し、強力な監視社会を構築すれば、テロリズムを未然に防ぐことは可能になる。
しかしながら、そうした監視社会において人々のプライバシーや自由、人権は破壊される。
民主主義社会を運営していくうえで、人々の自由や人権の価値を守りながら、テロ対策をどこまで実行してよいか、その「安全・安心」の価値と「自由・人権」の価値のバランスをどうとるかについて、国民、市民の中で冷静に議論することが必要であり、合意形成するためのリスクコミュニケーションが必要である。
これまでテロ対策や戦争紛争に関わる安全保障や危機管理とは、保守派のタカ派の専売特許であるように日本では考えられてきた。テロ対策や軍事を語るものは保守派であり、タカ派であるというレッテル貼りが横行してきた。
しかしながら、テロ対策も安全保障も国民、市民の命と生活を守るものであり、それは思想の右や左に関係なく、社会保障の一部として求められるものである。
■平和を願うだけでは実現できない
筆者がかつて客員研究員として留学していたコロンビア大学戦争と平和研究所における恩師である故ロバート・ジャービス先生は安全保障研究、国際政治学、インテリジェンス研究の権威であったが、きわめてリベラルな民主党員であった。
ジャービス先生の残した言葉の中に忘れられないものがある。
「安全保障やインテリジェンス、テロ対策という分野は民主主義を破壊する可能性のあるきわめて難しい研究領域である。それでも、市民の生活や命を戦争やテロから守るための政策や研究は不可欠のものであり、民主主義社会に資する自由や人権の価値を大事にする安全保障やテロ対策のリベラル・アプローチが必要である」というものだ。
同じように日本の戦後民主主義体制や日本国憲法に合致した、さらにはグローバルな人間の安全保障、人権の安全保障といった人道主義や国際倫理に合致したテロ対策、安全保障のリベラル・アプローチが求められており、それが現代の日本においても必要である。
■テロ対策の根本療法とは何か
民主主義社会においては、このように「安全・安心」の価値と「自由・人権」の価値のバランスをとりながら、テロ対策も要人警護も実践されなくてはならない。
格差や差別を放置したままで、またはそれを拡大させる政策をとりながら、発生するテロリズムや犯罪を防ぐために社会の監視活動を強化して監視社会を構築し、警護活動を強化するというのは負のスパイラルであり、有効な手段ではない。
テロリズムなどの政治的暴力をなくすためには、社会における格差や差別をなくすことによって暴力に頼らざるを得ない孤立した個人の発生を防ぐことが重要であり、そうした格差や差別をなくすための公正な政策の構築と、そうした差別や社会的阻害をなくすための社会的教育の実践が必要である。
それがテロ対策における根本療法であり、リスクコミュニケーションである。
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日本大学危機管理学部 教授
1969年、兵庫県西宮市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は危機管理学、リスク・コミュニケーション、テロ対策、インテリジェンスなど。内閣官房等でテロ対策、国民保護、感染症等に関する委員を歴任。元コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員。著書に『リスクコミュニケーション~多様化する危機を乗り越える』(平凡社新書)、『メディアとテロリズム』(新潮新書)、『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』(慶應義塾大学出版会)、など多数。
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(日本大学危機管理学部 教授 福田 充)
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