戦後の政治家は誰も実現できなかった…危機管理の専門家が断言する「安倍政権7年8カ月」の最大功績
プレジデントオンライン / 2022年11月2日 14時15分
※本稿は、福田充『政治と暴力 安倍晋三銃撃事件とテロリズム』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■首相としての最大の功績
安倍元首相が政権を担当した2006年からの長い年月の中で、長期化したデフレと不況を乗り越えるためのアベノミクスに代表される経済政策をはじめとして、戦後の自民党の念願である憲法改正、自ら強みとして打ち出した外交政策など、安倍政権の政策の成否はそれぞれに総括が必要であり、これから各領域において検証されることになるだろう。
その中でも、安倍元首相の政治家として、首相としての最大の功績は、日本の安全保障、外交をグローバルな文脈で再構築し世界と接続したことである。
第二次安倍政権においては、安全保障やテロ対策の国際環境に日本を適合させるための数々の政策が構築された。それらが特定秘密保護法であり、国家安全保障会議(NSC)であり、安全保障法制、テロ等準備罪といった一連の政策である。
これらは戦後民主主義におけるドメスティックな視点で見れば、「日本の右傾化」と揶揄され、「日本を戦争ができる国にする政策」と批判されたが、国際的な観点で見れば、これらの政策は安全保障やテロ対策について欧米を中心とする国際的な安全保障、テロ対策の環境に合わせて協調するための国際協調主義に基づくものであった。
安倍政権が実行してきた安全保障政策は、現代の国際環境における平和構築のための積極的平和主義に根差したものとして評価されるべきである。
■「国民保護」のための法制度
戦後日本の安全保障政策のフレームを転換したものの一つに、1992年のPKO協力法があるが、これにより自衛隊は国連による国連平和維持活動(Peace Keeping Operation)のために海外派遣されることが可能となった。
その半面、自衛隊が国外に派遣されることに対して「海外での戦争に参加する道を開くもの」とする批判が、野党や一部のメディア、市民の間からも多く発生した。また1999年の通信傍受法では、組織的犯罪に対する電話やネットなどへの通信傍受が可能となった。
しかし、これに対しても野党や一部メディアからは「盗聴法」という名前で大きな批判を浴びた。
2001年のアメリカ同時多発テロ事件を受け、世界的なテロ対策の構築と協調が求められるという国際環境の中で、小泉純一郎政権は2003年に国民保護法を成立させた。これは、テロリズム事案、ミサイル事案、武力攻撃事態の3つに対して国民の生命と生活を守るための「国民保護」のための法制度である。
この国民保護法に基づいて、政府は都道府県自治体、市町村自治体に対してそれぞれの国民保護計画を構築することを義務付けた。また電気、ガス、水道、通信といった社会インフラや、空港、鉄道、バスなどの交通インフラ、またはテレビ局や新聞社などメディアに対して協力機関として指定し、その国民保護に協力する計画の構築を求めた。
その後、毎年全国のいずれかの自治体と連携して、内閣官房は実際のテロ事件のシナリオをもとに国民保護訓練を実施している。
また、北朝鮮をはじめとする周辺国からの弾道ミサイル攻撃に対処するためのミサイル防衛システムを構築し、全国瞬時警報システム(Jアラート)を整備した。
2017年の北朝鮮ミサイル危機においては、安倍政権は全国の自治体に、弾道ミサイルからの避難訓練実施を自治体に求め、それまで日本で戦後一度も実施されていなかったミサイル避難訓練が実施された。
■テロや戦争に関する機密情報が各国と共有可能に
こうした国際環境と国内政治背景のもとに、安倍政権は数多くの安全保障、テロ対策に関する政策を実現させた。
たとえば安倍政権が2013年に成立させた特定秘密保護法は、政府が国家機密となる「特定秘密」を指定し、それが漏洩するのを防ぐための法律である。テロ対策や安全保障政策のためには、同盟国をはじめとして協調する各国との間で、テロや戦争に関する重要情報を共有することが必要となる。
しかしながら、国内法で国家機密を保護する法律が存在しない国家には、各国政府、インテリジェンス機関は情報が漏洩することを恐れて、情報共有することができないのである。
国家機密を保護する法律を持たない日本は、そういう状態で国際社会から孤立していた。この特定秘密保護法ができたことによって、日本は世界各国政府やインテリジェンス機関とのルールを共有することが可能になり、その結果、テロリズムや戦争に関する機密情報が各国と共有可能な状態になったのである。
■メディアによる共謀罪反対のキャンペーン
また日本版NSCと呼ばれる国家安全保障会議も、その設置法により実現した。これは日本を脅かす戦争、テロリズムなどの国家的危機に対処するために世界の情報を収集し、その情報を分析し、政府内で共有することで一元的な政策立案に役立てるための組織である。
これまで内閣情報調査室や、警察庁の公安、外務省などに分散して存在していた情報機関の情報をより大きくカバーして統合することによって、国家のリーダーである首相のもと、内閣での安全保障の情報分析と政策立案機能を強化するための組織改革であった。
さらに、安倍政権が2017年に成立させたテロ等準備罪もテロ組織や反社会的勢力などによる組織犯罪を未然に防止するための国際条約であるTOC条約を批准するために、日本の法体系を合わせることを目的としていた。
テロリズム等の犯罪を実行する事前の段階で、そのテロを実行するために準備をした行為に対して罰則を設けることがこの法律の特色である。
この法案に対して今まで日本で認められなかった「共謀罪」を導入するものだとして日本国内では大きな反対が発生した。野党や一部メディア、市民による共謀罪反対のメディアキャンペーンにより、審議中の国会周辺では市民による大規模なデモが発生した。
■シビアな国際環境を冷静に見ていた
筆者は、このテロ等準備罪の審議の過程で参議院法務委員会の参考人陳述でこのテロ等準備罪を支持する意見陳述を行った。
アメリカやイギリスといったテロ対策先進国のテロリズム関連法と比較しても、十分に市民の人権に配慮した内容になっているという点を指摘し、テロ対策の国際協調路線の構築、各国との連携のためにこの法律は必要であり、我が国の積極的平和主義に資するものだというのが論旨であった。
その中でも日本社会において最も大きな反対が発生し問題となったのが、2015年の平和安全法制、いわゆる安全保障法制である。
これは、世界の潮流である集団安全保障の考え方を日本に定着させ、現代において自国だけではその安全を守れなくなった国際環境に合わせて、日本において集団的自衛権に基づく政策を確立するためのものであった。
■もはや一国だけで自国を防衛するのは困難
2022年、ロシアによる一方的なウクライナ侵攻、いわゆるロシア・ウクライナ戦争に直面した世界において、大国からの一方的な暴力に対しては、自ら一国だけで自国を防衛することが困難であることを目の当たりにした。
ウクライナがすでにNATO(北大西洋条約機構)に加盟していれば、また民主主義・自由主義陣営の国々と同盟関係にあれば、集団的自衛権の発動により、ウクライナへの侵略は防がれたかもしれない。
その同盟関係による集団的安全保障が確立できていなかったために、ウクライナの国民は、そしてゼレンスキー大統領はNATO加盟の申請を決断したのであった。それに対して、ロシアのプーチン大統領は、そのウクライナのNATO加盟を阻止するために一方的な軍事侵攻に踏み切った。
この問題は、ロシアとウクライナの二国間だけの問題にとどまらない。ウクライナが標榜する民主主義・自由主義陣営の価値と、ロシアを代表とする権威主義的陣営の価値のイデオロギーの対立である。また東ヨーロッパにおける覇権国家であるロシアから距離を置き、その独立度をさらに高めようとするウクライナの行動は民族自決の問題でもある。
こうした対立の構造は、世界の様々な地域に存在する。中国と台湾の関係とも相似的であり、台湾有事のリスクが顕在化したこともそれと無関係ではない。安全保障法制の意義は、こうした現代の国際安全保障の環境において再評価されることになるだろう。
こうした現代の国際環境に対して国際協調をするための法制度を整備したというのが、国際的観点から見て安倍元首相が評価される点であるといえる。
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日本大学危機管理学部 教授
1969年、兵庫県西宮市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は危機管理学、リスク・コミュニケーション、テロ対策、インテリジェンスなど。内閣官房等でテロ対策、国民保護、感染症等に関する委員を歴任。元コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員。著書に『リスクコミュニケーション~多様化する危機を乗り越える』(平凡社新書)、『メディアとテロリズム』(新潮新書)、『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』(慶應義塾大学出版会)、など多数。
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(日本大学危機管理学部 教授 福田 充)
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