1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「手は冷たい水で洗え」原発ゼロ達成のために"過酷なお願い"を国民に強いるドイツの異常事態

プレジデントオンライン / 2022年10月27日 10時15分

ドイツのロベルト・ハーベック経済・気候保護相(=2022年10月24日、ベルリン) - 写真=AFP/時事通信フォト

■非常食、ラジオ、暖房器具の確保を呼びかけ

ドイツのブラックアウトに関しては、何を信じて良いかが分からない。電力・送電会社いわく、「広域停電の起こる可能性は少ないが、しかし、絶対にないとは言い切れない」。連邦カタストロフ防護局(Bundesamt für Katastrophenschutz)は、水や非常食の備蓄はもちろんのこと、電気がなくても機能するラジオ、暖房器具、照明などの用意を呼びかけ始めた。

リントナー財相は、「今年の秋冬に、国民がエネルギー危機のせいでお腹をすかせたり、凍えたりすることはない」と保証してくれたが、安心はできない。これは生存に必要な最小限の保証だし、ひょっとするとカラ約束になる可能性もある。

一方、州政府の政治家や、その下にいる自治体の首長らは、連邦の大臣よりも具体的な対策を練らなければならないこともあり、病院、警察、消防などとともに、大々的な準備に取りかかっている。対策は、短時間の停電と、72時間以上の停電の両方のケースに備えて立てられているという。

■360万人都市がブラックアウトを覚悟する状況

ドイツで真冬に3日も停電すれば、水道は凍結するだろうし、室内まで零下になれば、水も飲めなくなる。つまり、命に関わる。だから、市民が暖を取れる避難所の設置を検討し始めた自治体もある。ちなみにベルリンは、市全体がブラックアウトになることを想定しているというが、360万人都市が暗闇に包まれた時、自治体に何ができるか? 遠大な課題である。

そうする間にインフレは進み、それどころか、電気代、ガス代がすでに払いきれないところまで上がっており(契約している電気会社にもよるが、2倍から10倍の値上げの予想)、来年はさらに上がる。このままでは深刻な不況に突入することが確実で、経済予測は他の国とは比較にならないほど真っ暗だ。

ついこの間まで、夏の日差しを浴びながら「どうにかなるさ」とのんきに構えていたドイツ国民だが、今、急に皆、青ざめている。しかも、生活苦の恐怖は貧しい人たちだけにのしかかっているのではなく、ごく普通の市民の中にも、家の家賃やローンが払えなくなるかもしれないといった危急の問題が出始めた。来年は光熱費も物価もさらに上がる予定だ。

ところが、その間、連邦政府は何をしていたか? 現在動いている3基の原発をいつ止めるかで、ハーベック経済・気候保護相(緑の党)とリントナー財相(自民党)がエンドレスの論争を繰り広げていた。緑の党のハーベック氏は、このエネルギー危機の真っ最中に、何の支障もなく動いている原発を止めようとしていたのである!

■「手は冷たい水で洗え」とハッパをかけるほど深刻なのに

現在の政府は、昨年12月に成立した社民党、緑の党、自民党の3党連立政権だ。首相はショルツ氏(社民党)で、エネルギー供給における首相に次ぐ最高責任者が、前述のハーベック経済・気候保護相。

国民に「手は冷たい水で洗え」とか、「シャワーの温度を下げろ」とハッパをかけていたハーベック氏だったが、9月末、原発の1基は予定通り年末に止め、残りの2基は電力が逼迫(ひっぱく)したときの予備電源として4月まで待機させるとの方針を発表。しかも、原発を止める理由として、「稼働延長してもガスはわずか2%しか節約できないから」と言ったものだから、国民は怒った。「手を水で洗ったほうがガスの節約は多いのか⁈」と。

今年の4月、発電に使われたガスの割合は、昨年よりも増加したという。だからこそハーベック氏は国民に、「冬を越すためにガスも電気もできる限り節約を」とプレッシャーをかけていたというのに、こと脱原発に関しては、国民が窮乏しようが、経済が崩壊しようが、お構いなしだ。

実際には、3基の原発の稼働延長により、少なくとも1000万戸がブラックアウトの危機から解放され、また、電気代の値上げは確実に緩和されるというが、ハーベック氏はそれも無視。脱原発は緑の党の核心的主張であるため、そのイデオロギーが完全に優先されている。しかも、2045年までのカーボンニュートラルを謳(うた)いながら、CO2をふんだんに出す褐炭火力の再稼働を決定したのだから、論理破綻もいいところだ。

■「脱原発か稼働延長か」政権内で主張が真っ二つに

当然、これに果敢に反発したのが、元々ハーベック氏とは犬猿の仲である自民党のリントナー党首。蛇足ながら、現在のドイツは連立政府内の対立が激しく、与野党の対立などどこかにすっ飛んでしまっている。いずれにせよ、リントナー氏は、「発電できるものは原発も火力もすべて動かすべき」で、「少なくとも現在動いている原発3基は24年まで動かす」と主張。また、EU諸国からも、「ドイツは隣国に連帯を要求するなら、まずは自国で可能なことはすべてやれ」という声が高くなっていた。

しかし、ハーベック氏も譲らず、結局、にっちもさっちもいかなくなり、10月17日、ショルツ首相が鶴の一声で、「原発3基は4月15日まで稼働延長」という方針を打ち出した。と同時に、「ただし、原発は4月15日で本当におしまい」「だから、新しい核燃料棒を注文することもない」と、潰れかかった緑の党の顔を立てた。

そして19日にはこれがすぐさま閣議で承認され、後は、原子力法の変更が国会でなされれば、3基の原発はめでたく4月15日まで動き続ける……と思いきや、にわかに黒雲が湧き始めた。新たな障害は、なんと、原発を所有している電力会社である。

■この12年間、政府の原発政策に振り回されっぱなし

時はさかのぼって2010年。当時のメルケル政権は電力会社とのディールで、17基あった原発の稼働年数を平均12年延ばす代わりに、核燃料棒を取り替えるたびに電力会社が高額な燃料税を払うことを決めた。

ところが翌11年、福島の事故を機にメルケル氏が突然豹変(ひょうへん)。8基の原発は即時停止となり、残りの9基も22年には全基止まることが決まった(これに関しては、違法であるとしてのちに電力会社が訴え、負けが濃厚だった政府側が示談に持ち込み、電力会社は賠償金を受け取っている)。

ところが今、その脱原発のゴールの一歩手前で、またもや政党の党利党略で、突然、原発3基の運命が変えられようとしている。しかも、今回も電力会社の頭越し。彼らは国営企業でもなければ福祉事業者でもないのだから、「これ以上振り回されて何の得があるのか」と思うのは、当然かもしれない。

ただ、現在、電力会社側が主張しているのはそんな感情論ではなく、次のようなことだ。

■実際に稼働できる期間は60日もない

まず、今まで、風力電気が十分にあるからという理由で、停止が確実とされていたニーダーザクセン州のエムスラント原発。同州の環境相が、突然、稼働を4カ月半も延長するには、ハードルが高いと言い出した。

そうでなくても、現在使用中の核燃料の寿命は終焉(しゅうえん)に向かっており、11月からは80%の出力で運転する予定だった。つまり、延長のためには、まだ使える核燃料棒を選んで組み直す必要があり、原発は一時停止しなければならない。また、その後の再稼働には、当然、安全確認が必要となり、その上、出力はさらに落ちる。結局、それらを全部クリアしたとしても、正味の延長稼働時間はわずか45日から60日ほどになるだろうとのこと。要するに、州は稼働延長はしたくないらしい。

ニーダーザクセン州リンゲンの郊外にあるエムスラント原子力発電所
写真=iStock.com/RelaxFoto.de
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RelaxFoto.de

■過激な反原発グループも黙っておらず…

また、同原発の所有者であるRWE社も、すでに6月の時点で、「今頃、そんな話を始めてももう遅い」とつれなかった。ドイツにはいまだに強硬な反原発の運動グループが存在し、彼らが過激な抗議運動に出始めることも目に見えている。これまで反対派に散々苦労してきたのがRWEだったから、今さら数カ月の延長のせいでそんな騒動に巻き込まれるのはまっぴら御免というのが、正直なところかもしれない。

では、バーデン=ヴュルテンベルク州のネッカーヴェストハイム2号はというと、所有者であるEnBW社は、つい先日までは「可能」と言っていたが、今月18日にそれが突然「困難」に変わった。何年もかかって停止に向けて準備してきたので、稼働延長のための人員の確保や、安全の確認はそんなに急にはできないし、もし、延長するなら、やはり、一度止めてすべて調整しなければならない。「それでもいいの?」という感じだ。

■1基を抱えるバイエルン州首相は怒り心頭

バイエルン州のイザー2号に関しては、所有者であるプロイセン・エレクトラ(E.ONの子会社)よりも、バイエルン州のゼーダー州首相が怒っている。「ショルツ首相は、これで緑の党と自民党のけんかを収めたつもりかもしれないが、エネルギー不足の問題は一切解決していない!」というのが氏の主張だ。バイエルン州は、現在、ドイツの稼ぎ頭で、自動車やITといった名だたる企業が集中している。それもあり、バイエルン州首相はすでに春ごろより、一刻も早く新しい核燃料棒を注文するよう連邦政府をせっついていた。

しかし、緑の党は何もせず、時間切れになるのを待っているのではないかと言われていたが、案の定、今になってこのドタバタ劇。ゼーダー氏が怒るのも無理はない。ちなみに、電気・ガス不足は今冬だけでなく、来冬はさらにひどくなるかもしれないと言われている。

そうするうちにドイツの景気は日に日に落ち込み、今や大中小、多くの企業が経営存続を危ぶんでいる。すでに倒産してしまった企業もある。誰がどう考えても、ロシアのガスなしにドイツがこれまでと同じような経済水準を保てるはずがないのだ。

■ドイツが工業国から脱落する日は近い

それなのに、ハーベック氏は、ドイツが工業国から脱落するための政策ばかりを打ち続けているように見える。例えば彼は、このエネルギー不足を乗り切るため、さらに急激に再エネ、特に風力電気を増やすつもりだ。ただし、今年の冬の役には立たないし、すでに3万本以上ある風車すら、実際問題として、今、全然役に立っていない。

一方、情けないのは野党だ。CDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)は原発容認を説いて、政権を批判してはいるが、思えば当時、2022年の脱原発を決めたのは彼らの党首、メルケル氏だった。そして、その時に連立していたのが、現在、与党の中でやはり原発容認組の自民党。何だか皆、脛(すね)に傷もつ面々と言えなくもない。

いずれにせよ、このままでは電気代の高騰は止まらず、供給の不安定も続くだろうから、産業はドイツから脱出し始めるだろう。第2次世界大戦中に立案されたドイツ占領政策「モーゲンソー・プラン」では、重工業を解体、あるいは破壊して、ドイツを農業と田園の国にする構想が練られたが、このままでは放っておいてもそうなるかもしれない。緑の党の理想の世界である。

ハーベック氏の前身は童話作家だ。彼の作品の中に、子供たちの冒険の話がある。その中に出てくる女の子は、夜の突然の停電で非日常を体験し、大いにエキサイティング!

ドイツは間違った人を経済・気候保護相にしてしまったのではないだろうか。

----------

川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

----------

(作家 川口 マーン 惠美)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください