「消費税10%は間違いだった」安倍元首相がアベノミクスの指南役に告げた"増税の後悔"
プレジデントオンライン / 2022年11月4日 10時15分
■国葬の手続きに関して賛否はあるが、国民の弔意は明らか
2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬儀が執り行われた。私は当然駆けつけるべきところだが、医者からコロナ下での旅行を差し控えるように言われたので、NHK国際放送を見ながら元首相のご冥福をお祈りした。日本のテレビは献花に並ぶ人の列と反対デモを交互に映していたので、国論が真っ二つに分かれているかのような印象を抱いたが、実際に献花に行った人から状況を聞くと、どうやらそれは杞憂(きゆう)だったようだ。
献花の列は九段坂公園から幾重も折り返し、4時間待ちだったという。平日にもかかわらず20~50代と思しき人々が多く参列し、午後からは制服を着た学生の姿もあったという。残暑の厳しい日だったが、列は静かに進んでいたそうだ。国葬の手続きに関して賛否はあったかもしれないが、国民の弔意は明らかだった。
宗教団体(旧統一教会)との関係が取り沙汰されて以降、安倍元首相の外交上、経済上の数々の功績が、すべて邪だったかのように断罪する論調が一部マスコミに見られる。その延長線上に、凶弾を放った山上徹也容疑者を擁護するような意見もあるという。いろいろな背景・事情で怒りを抱えることはあっても、司法手続きによらない報復、「自力救済」を認めたら、法治国家は成り立たない。
先の米大統領選で敗北したトランプ前大統領が支持者を扇動(せんどう)し、議会を襲撃させた事件も構造は同じだ。自分たちに正義があると信じる者たちが「ビジランティ(自警団員)」に走り、法とルールを乗り越えようとした。日米両国で、近代民主政治の根幹を揺るがすような感情論が増えているのは、極めて心配である。
■今もまかり通る200年前の原則論
さて今回は、アベノミクスの財政政策を振り返りたい。アベノミクス“第一の矢”である金融政策は黒田東彦(はるひこ)日本銀行総裁の異次元の金融緩和が非常にうまく効き、1ドル=80円前後だった超円高が是正されたことにより、企業業績が伸びて税収がアップし、プライマリー・バランス(基礎的財政収支)の赤字幅(対名目GDP比)は順調に改善した。
財政政策ではハト派(財政赤字を気にせず支出して収支を悪化させる)の印象を持たれていた安倍元首相だが、経済活況の影響でプライマリー・バランスは均衡しないまでも改善したので、それは事実でない。しかしながら、2016年に日銀が短期金利に加えて長期金利も誘導する「イールドカーブ・コントロール」を導入しなければならないほど、金融政策の効果は出にくくなっていた。本来、ここで財政支出や減税で思い切った“第二の矢”を放つ必要があったのだが、霞が関を中心に慎重論が相次ぎ、安倍元首相は押し切れなかった。
プライマリー・バランスが赤字の状態で財政出動をすれば、当然ながら赤字は増える。しかし、そもそもプライマリー・バランスはゼロ(収入と支出が均衡した状態)でなくてはならないのだろうか?「財政赤字はいずれ解消されなければならない。その財源は税金なのだから、赤字国債の発行は将来世代に負担を強いる」「戦争や災害時は赤字になるかもしれないが、平時は黒字運営が望ましい」というのが積極財政反対派の論理だ。
財政赤字は孫子の世代に負担をもたらすと、現在の世代が考えて、自分たちの消費を控えるようになってしまう――。こうした考え方は「財政のリカード理論」と言って、デイヴィッド・リカードという天才経済学者が約200年も前に示した原則論である。現代経済学にあって、彼ほどその理論が今なお残っている学者は珍しい。
しかし、私の師ジェームズ・トービンは、当のリカード本人も人間はこの理論のように合理的でないことを認めており、彼の考え方は非現実的だと説いた。しかし、財政のリカード理論は長らく経済政策の指針になってきたし、信奉者も多い。
■安倍元首相は増税派と闘っていた
そうした一方で「国債は資金調達の手段ではなく、需要を喚起する手段である。その結果、財政赤字がかさんだらどうするのか? 貨幣は国家が創造できる価値なのだから、主権通貨国(自国通貨を発行できる国)は通貨の発行によってこれを賄(まかな)える」とするのが、アバ・ラーナーが提唱した「機能的財政論」であり、現代貨幣理論(MMT)のベースとなっている。
もちろん、無秩序・無計画に通貨を発行するわけではなく、インフレが過熱したら支出を減らしたり増税したりして引き締めることが必要となる。MMTが異端と見られるのは、それが財政の無駄遣いを放置する可能性を軽視し、インフレが高進することに歯止めとなる金融政策に十分な役割を認めないからだといえる。
しかし、考えてもみてほしい。積極財政が必要なのは経済が傷み、国民が苦しんでいるときだ。政府が負債を負うことで需要を創出して不況を脱し、良好な経済を将来世代に残すなら意味がある。
たとえば、教育投資を怠ってデジタル化についていけない、学力のない若者が増えるのと、財政赤字を出しても優秀な人材を育てるのとでは、どちらが将来世代のためになるだろうか? 震災や疫病のため経済が困難な時期に「今の負担は現世代で」などと言うのは、怪我をした子に重い荷を負わせて「治ったらその荷を軽くしてやる」と言うのと同じではないか。
第2次安倍政権は14年に5%から8%へ、そして19年に8%から10%へ、2回にわたって消費税を増税している。10%への引き上げは民主党政権時に決まっており、安倍政権では解散総選挙に打って出て、これを2度先送りした。
しかし、財源を欲する省庁の要求は強力で、3度目の先送りはできなかった。財務省だけでなくすべての省庁が消費増税を求めていたし、閣僚や与党議員あるいは有力な経済学者も、あと一歩のところまで迫ったプライマリー・バランスの黒字化を達成すべきとの論陣を張った。20年度までのプライマリー・バランス黒字化が、10年に開催されたトロント・サミットでの国際公約だったことも、こうした論調を後押しした。
もちろん、安倍元首相にも財政赤字は少ないに越したことはないという思いはあったろうし、ここまで経済回復が順調に進めば大丈夫だろうという楽観もあったと思う。かくして、19年10月に消費税は予定通り10%に引き上げられたわけであるが、悪いことにその翌々月に中国武漢で新型コロナウイルスの感染例が報告され、翌年1月には日本でも最初の感染者が確認された。その後の展開は、まだ皆さんの記憶にも新しいだろう。
第2次政権を退陣された後の「正論」での対談では、安倍元首相は16年以降に大胆な財政政策に振り切らなかったこと、19年に消費増税の決断をしたことを後悔しておられた。それは私も同じで、内閣官房参与として、もっと強く進言すべきだったと反省している。私もリカード理論の束縛から逃れることが遅すぎたのである。
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イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。
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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 構成=渡辺一朗)
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