なぜバカほどネットで正義を振りかざすのか…週刊誌の不倫報道が大ニュースになってしまう根本原因
プレジデントオンライン / 2022年11月1日 17時15分
※本稿は、橘玲『バカと無知』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■なぜ赤の他人の不倫に騒ぐのか
週刊誌には毎週、政治家や芸能人、著名人のさまざまなスキャンダルが載っている。明らかに法を犯しているものから好ましからぬ行状まで多種多様だが、共通するのは読者の怒りや批判を搔き立てることだ。
しかし考えてみると、これは合理的とはいえない。自分とはなんの関係もない赤の他人の夫や妻が不倫していても、そんなことどうでもいいではないか。
だが、そういうわけにはいかない。ヒトは長大な進化の過程のなかで、徹底的に社会的な動物として「設計」されてきたからだ。
人類にもっとも近い種は、チンパンジーやボノボ、ゴリラなどの類人猿だとされる。これは間違いではないものの、彼らは数百、数千あるいは数億の単位の集団をつくったりはしない。とてつもなく巨大な社会を形成することに注目すれば、人間は哺乳類よりアリのような社会性昆虫によく似ている。
進化の大半を占める旧石器時代には、人類は30~50人程度の小集団(バンド)で狩猟・採集生活を送り、150人を上限とする(誰もが顔見知りの)共同体(クラン)のなかで暮らしていた。こうした共同体がいくつか集まったのが最大で1500人ほどの部族(トライブ)で、この同族集団のなかで婚姻を行なっていたようだ。
■集団で生き残るために生まれた“ある行為”
ヒトはアリと同じく、集団では大きなちからを発揮するが、一人ではきわめて脆弱(ぜいじゃく)だ。共同体から排除されることは、ただちに死を意味した。
だったら、いつも集団の最後尾にしがみついていればいいかというと、これもうまくいかない。ライバルと優劣を競い、すこしでも序列を上げないと性愛を獲得できないのだ。
このようにしてわたしたちの祖先は、深刻なトレードオフに直面することになった。
①目立ち過ぎて反感を買うと共同体から放逐されて死んでしまう。
②目立たないと性愛のパートナーを獲得できず、子孫を残せない。
わたしたちはみな、なんらかのかたちでこの難問をクリアした者の子孫なのだ。
いったいどうやったのか。それは、「目立たずに目立つ(自分を有利にする)」作戦だ。
噂話は、集団のなかで生き延びる強力なツールだ。面と向かって批判すれば紛争になり、最悪の場合、報復されて殺されてしまう。だが噂(「たまたま聞いたんだけど……」)によって悪い風評を広めるのなら、報復を避けつつ、ライバルにダメージを与えることができる。
■噂話によって知能が極端に発達した
これはとてもよいアイデアだが、問題がひとつある。集団の誰もが同じことを考えているのだ。
こうして、「自分についての噂を気にしつつ、他人についての噂を流す」というきわめて高度なコミュニケーション能力(コミュ力)が必要とされるようになった。「社会脳」仮説では、ヒトの知能が極端に発達したのは、集団内の権謀術数に適応するためだとする。
噂話によって生死が決まる社会では、ひとびとは集団内の権力闘争(陰謀)に敏感になったにちがいない。ささいな批判に過剰に反応するのはこの名残だろうし、科学が発達した現代社会で、荒唐無稽な陰謀論にハマるひとがなぜこんなに多いのかもこれで説明できるだろう。
■「正直者がバカを見る」という難題
集団生活では、「抜け駆け」と「フリーライダー(ただ乗り)」が問題になる。
新型コロナの感染抑制策で飲食店が酒類を提供できなくなると、それでも飲みたいひとたちが「深夜まで元気に営業中。お酒飲めます」という看板を掲げた店に集まってくる。「正直者がバカを見る」とみんなが思えば、ルールなんか守ってもしょうがないというモラルハザードが生じる。
感染を抑制するには人口の7割がワクチンを接種する必要があるとされるが、ワクチンは副反応が起きることがあり、ほとんどは発熱などで数日で快癒するが、(きわめて)まれに重篤な症状を呈する。
そうなると、「みんながワクチンを打つのなら、自分がリスクを冒すのは馬鹿馬鹿しい」と“合理的”に考えるひとが出てくるかもしれない。これがフリーライダーで、一定数を超えると感染が拡がり、飲食店などが打撃を受ける。
大きな社会を維持するためには、なんらかの方法で「抜け駆け」と「フリーライダー」に対処しなければならない。これが、わたしたちの祖先が直面したもうひとつの難問だ。
■正義は脳にとって快感
近年の脳科学では、「(自分より下位の者と比べる)下方比較」では報酬を感じる脳の部位が、「(上位の者と比べる)上方比較」では損失を感じる脳の部位が活性化することがわかった。脳にとっては、「劣った者」は報酬で、「優れた者」は損失なのだ。
さらに、これもさまざまな脳科学の研究で、ルール違反をした者を処罰するときに脳の報酬系が活性化することが確認されている。こうした実験では、相手と対峙(たいじ)するのではなく、匿名のまま相手が受け取れるはずの金銭を減らし、罰を下せるようにしている。
すべての生き物は、快感を求め苦痛を避けるように「プログラム」されている。すると、このきわめてシンプルな脳の仕組みだけで、「抜け駆け」と「フリーライダー」問題を解決できる。「正義」を脳にとっての快感にしておけば、ひとびとは嬉々として集団の和を乱す者を罰するようになるだろう。
■ネット炎上を起こす脳のスイッチ
ネットニュースでいちばんアクセスを集めるのは「芸能人と正義の話題」だという。メディアが「こんなことが許されるでしょうか」といつも騒いでいるのも、SNSで不道徳な者がさらし者にされるのも、現代社会にとって正義が最大の「娯楽(エンタテインメント)」だからだ。
噂話の目的は、自分より上位の者を引きずり下ろすと同時に、下位の者を蔑んで自分をより目立たせることだ。「私はそんな卑しいことはしない」という良識あるひともいるだろうが、それはたんなる演技かもしれない。
脳にとって上方比較は損失なのだから、その不快感から逃れるには、自分より優れた者を蹴落とせばいい。これはけっして褒められた話ではないが、そこに「正義」を紛れ込ませると自分の行為を正当化できる。
罵詈(ばり)雑言を浴びるのはルールを破った自業自得で、自分は社会のために「正義の鉄槌」を下しているのだ。これがネット「炎上」の構図だというのは、最近のいくつかの事例を見ても明らかだろう。
■転落話は現代社会最大の娯楽
ネットで人気があるもうひとつのコンテンツは、「最貧困」や「ホームレス」などの転落話だ。これは下方比較が脳にとっての報酬だからで、不運が重なって社会の最下層に落ちていくような話は、自分が恵まれていることを確認させてくれるから、やはり現代社会において最大の「娯楽」のひとつになる。
徹底的に社会的な動物であるヒトは、自分が批判されることを過度に警戒すると同時に、集団からの逸脱行為をつねに監視し、自分より上位の者がそれを行なうと、「正義」の名の下に寄ってたかって叩きのめす。それと同時に、劣った者に対しては、自分の優位を誇示する(マウントする)ように進化したのだろう。
気に入らないかもしれないが、私もあなたも、こうやって生き延びて子孫を残した先祖の末裔なのだ。
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作家
2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。2005年発表の『永遠の旅行者』が山本周五郎賞の候補に。他に『お金持ちになる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』などベストセラー多数。
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(作家 橘 玲)
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