YouTube撮影に写り込んだら賠償請求できるのか…弁護士が解説する「肖像権侵害」のボーダーライン
プレジデントオンライン / 2022年11月1日 9時15分
※本稿は、河瀬季『IT弁護士さん、YouTubeの法律と規約について教えてください』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■肖像権の法的根拠は「幸福追求権」
Q 僕は街中でロケ動画を撮影することも多いのですが、背景に通行人が写り込んでしまうことがあります。その場合、通行人の肖像権を侵害することがあると聞きました。
肖像権とは何でしょうか?
A 「肖像権」という言葉をよく耳にすると思いますが、実は、肖像権を定めた規定は、法律上は存在しません。
肖像権とは、特定の人の顔や容姿が、その人の許可なく、「撮影」されたり、「公開」されたりしないよう主張できる権利のことですが、憲法第13条の幸福追求権を根拠として認められる権利であり、裁判によって確立されてきた権利です。
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
■「写っている人が特定できるか」が境界線
Q どのような場合に肖像権侵害となるのですか?
A 下記のような場合があてはまるとされています。
① 被撮影者の顔を特定できるかどうか
② 被撮影者が写真や動画のメインになっているかどうか
③ 写真や動画が拡散可能性の高い場所や媒体で公開されているかどうか
④ 撮影や公開について被撮影者の承諾があるかどうか
⑤ 撮影場所が撮影されることが予測できる場所であるかどうか
まず①について、被撮影者の顔がよくわからない場合には、肖像権侵害とはなりません。
肖像権侵害が認められるためには、撮影された写真や動画が、被撮影者の顔が特定できるもの、誰であるかわかるものであることが必要です。
ロケ動画では通行人が写ってしまうことを「写り込み」と言いますが、通行人の顔が特定できず、どこの誰かわからないようであれば、肖像権侵害と判断される可能性は低いですね。
■通行人の顔が一瞬写った程度であればセーフ
Q ②はどのような場合でしょうか?
A 被撮影者の顔が特定できる場合でも、写真や動画のメインとして写っているわけではなく、社会生活上受けいれるべき限度を超えるとみなされない場合には、肖像権侵害とはならない可能性があります。
例えば、ロケ動画で通行人の顔が、メインとなるYouTuberの背後に小さく一瞬だけ写り込んでいるような場合であれば、肖像権侵害とされる可能性は低いと言えます。
Q ③はどのような場合でしょうか?
A 写真や動画が拡散される可能性が高い場所、多くの人の目に触れやすい媒体などに公開された場合は、肖像権侵害が認められる可能性が高くなります。
写真や動画はYouTubeだけでなく、TwitterやInstagramなどのSNSでも拡散される可能性が高いので、肖像権侵害とみなされる可能性が高くなります。
■動画撮影OKと動画公開OKは同じではない
Q ④はどのような場合でしょうか?
A 撮影や公開について被撮影者の承諾がある場合には、肖像権侵害とはなりませんが、承諾があったか、また、承諾がどの範囲まであったかという点について、当事者の間で意見が食い違うという状況が生じることがあるため、文書などで承諾の内容を明確にしておくことが必要です。
大切なことですが、撮影についての承諾と公開についての承諾とは、別のものです。撮影を承諾しても、公開には承諾していなかったとなると、公開後に肖像権侵害を問われる可能性があります。きちんと説明して、撮影だけでなく、公開に関しても承諾してもらっておかなければなりません。
Q ⑤はどのような場合でしょうか?
A 撮影されることが予測できる場所であるかどうかということが、肖像権侵害が認められる判断基準になることがあります。肖像権がプライバシーの一種と理解されていることと関わります。
写り込みの場合、「その人がその時そこにいた」という情報を含んでいます。テーマパークや昼間の繁華街であれば、「そこにいた」という情報のプライバシー性は低く、「撮影されることが予測できる」と言いやすいのですが、夜のラブホテル街や風俗街などの場合、「そこにいた」という情報のプライバシー性は高く、「撮影されることが予測できる」とは言いにくいでしょう。
・撮影する側もされる側も肖像権について知っておくことが大切だ。
・肖像権侵害にならないこともあるが、動画を投稿する時は慎重に。
■無断アップデートは損害賠償の対象になる
Q 他人が写り込んだ動画を無断でアップロードしていると思われる例をよく見かけます。肖像権を侵害すると、どのような法的責任が生じるのでしょうか?
A 法律上の規定が存在しないので、刑事上の責任を負うことはなく、逮捕されたり、懲役刑になったりすることはありません。しかし、肖像権を侵害する行為は不法行為と考えられるので、民法第709条の不法行為による損害賠償の義務を負う、つまり、損害賠償金を支払わねばならなくなる可能性があります。
また、肖像権侵害を理由に差し止め請求を受ける可能性があり、その場合には、他者の肖像権を侵害する写真や動画を公表することができなくなります。動画の削除を請求される可能性もあります。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
■写り込んだ通行人にはモザイク処理が無難
Q どのようなことに注意すればよいのでしょうか?
A すでに説明したように、ロケ動画を撮影する際には、通行人などが写り込まないように配慮することが必要です。また、街頭インタビューなどを行なう場合には、被撮影者に動画の趣旨や企画内容などを説明し、撮影と公開の両方に関して、被撮影者の承諾が得られない場合には、動画の公開はしないようにしましょう。
実際には、ロケ動画の撮影では、肖像権侵害が成立しないという場合も考えられます。しかし、無用なトラブルを避けるという意味で、通行人が写り込んでいる場合にはモザイク処理をしておくことが賢明と言えます。
視聴者が多いYouTuberの場合、いわゆるアンチと呼ばれる敵対的な視聴者もいます。そのような視聴者が、肖像権についての十分な知識を持つことなく、YouTuberが投稿した動画について、「肖像権を侵害している」と主張することも考えられます。
通行人が写らないような場所でロケ動画を撮影するといった工夫をするとよいと思います。念のため、人の顔が少しでも写り込んでいる場合には、モザイク処理を行なうという対応が無難です。
・ロケ動画では通行人の写り込みに気をつける。
・少しでも人の顔が写った場合はモザイク処理をしよう。
■なぜ車のナンバーにモザイクが必要なのか
Q YouTubeに投稿された動画の中には、人の顔だけでなく、写り込んだ車のナンバーにモザイク処理が施されたものが多いです。公聞する動画に車のナンバーが写り込んだ場合にも、肖像権の問題が生じるのでしょうか?
A 物には肖像権はないので、肖像権は問題になりません。ただ、車のナンバーに関しては、まず、プライバシー権の侵害が問題となります。プライバシー権とは、「私生活上の事柄をみだりに公開されない法的保障・権利」のことです。
プライバシー侵害が認められる必要な条件については、裁判で示されています。下記の3つと、「当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とする」を加えた4つが、プライバシー権の侵害を満たす要件とされています。
① 私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること
② 一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められる事柄であること
③ 一般の人々に未だ知られていない事柄であること
(東京地方裁判所1964年9月28日判決)
■車の位置情報は所有者のプライバシーに関わる
Q どうして、車のナンバーを写すことがプライバシー権の侵害となるのでしょうか?
A 「あるナンバーの自動車が、ある時点で、どこをどのように走っていたか」という情報は、その自動車の所有者のプライバシーに関わる情報と考えられます。そのため、プライバシー権を侵害しないようモザイク処理が必要となります。
例えば、その時点では関西で勤務をしているはずの人の車が、伊豆をドライブしているのがわかったら、重大なトラブルとなるかもしれませんよね。
■「迷惑ドライバーをさらしてやろう」はNG
Q 迷惑運転や⾔いがかりをつけてきたドライバーの様⼦など、ドライブレコーダーで録画した動画を投稿して、多くの再⽣数を稼いでいるケースも見かけます。車のナンバーだけでなく、ドライバーの顔がわかるような動画も多くありますが、よいのでしょうか?
A ドライブレコーダーで録画した動画に関しては、「⾃動⾞の前後を⼀定時間撮影した上で、上書きされていくものである」とし、「特定の⼈を追いかけて撮影するものでない」のであれば、撮影⾏為⾃体が違法とされることは考えにくいでしょう。
ドライバーの肖像については、公道のような公共性の高い場所での撮影である場合には、肖像権侵害は認められない可能性が高くなります。
しかし、承諾なく公開する⾏為については、肖像権侵害が考えられますし、それだけでなく、プライバシー権の侵害が考えられます。また、名誉毀損(きそん)も考える必要がありますよ。
■名誉毀損の成否を分ける「動画公開の目的」
Q どのような行為が名誉毀損に当たるのでしょうか?
A 他者の社会的評価を低下させるような行為です。
「割り込み」や「⾔いがかりをつけてきた」様⼦を公開することは、悪質な⾏為を⾏なう⼈物であるとの事実を示すことになるので、その⼈の社会的評価を低下させることになり、名誉毀損を問われる可能性があります。
ただし、⼈の犯罪に関する事実を明らかにすることは、公共の利害に関するものと⾔えますし、その⼈がどのような⾏為を⾏なったのかという真実が映像で明らかになっているのなら、映像が編集されたものでない限りは、名誉毀損は成立しにくいでしょう。
しかし、再⽣数を稼ぐこと⾃体が主要な⽬的であるような場合には、公益⽬的を⽋いているとして、真実であったとしても、名誉毀損となる可能性があります。公益⽬的を判断する上では、あえて、特定の⼈の顔を「さらす」必要があるのかといった点も考慮されるので、⼀般⼈の容姿や車のナンバーを公開するのは避け、人の顔や車のナンバーにはモザイク処理をしてください。
・車のナンバーにはモザイク処理を忘れずに。
・公益目的を欠く映像は、真実でも名誉毀損になる可能性も。
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モノリス法律事務所代表弁護士
ITエンジニア、IT企業経営を経て、東京大学大学院法学政治学研究科を修了し、弁護士資格を取得。東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士を務める他、YouTuber、VTuberなど多くの動画クリエイターらをクライアントに持つ。イースター株式会社代表取締役、oVice株式会社監査役、株式会社TOKIUM最高法務責任者。JAPAN MENSA会員。著書にNHK土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」の原案となった『デジタル・タトゥー』(自由国民社)、『ITエンジニアのやさしい法律Q&A』(技術評論社)など。モノリス法律事務所YouTubeチャンネル「YouTuberが並ぶ法律相談所」を運営。
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(モノリス法律事務所代表弁護士 河瀬 季)
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