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すべてはアメリカの思惑次第…どれだけ円安が進んでも日銀が異次元金融緩和をやめられないワケ

プレジデントオンライン / 2022年10月28日 17時15分

金融政策決定会合に出席するため日銀本店に入る黒田東彦総裁=2022年10月28日午前、東京・日本橋本石町[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

■頑として動かない黒田総裁にいら立っている

日本銀行は10月27、28日に金融政策決定会合を開いた。円安が急伸する中、金融緩和政策の転換が問われているが、結果は「望み薄」というのが市場の共通した見方だ。黒田東彦総裁が頑として政策転換を認めないためだ。円安対策については「金融政策は為替相場を直接のターゲットにしない」と国会等で言明し、「緩和継続で景気回復を支える」と自説を曲げない。

頑として動かない黒田総裁に内心いら立っている岸田政権は為替介入で円安に立ち向かっているが、それも限界がある。なにより「円安に伴う物価高を抑えるという政治的な要請から為替介入に踏み切ったが、円安を促進する金融緩和を続ける一方で、円買い介入することは矛盾する政策。市場からみれば政府と日銀は政策不一致とみられてもおかしくない」(財務省関係者)ためだ。

加えて、米国の金融当局は介入しない、日本の単独介入だ。「効果は一時的かつ限定的とならざるを得ない」(同)。事実、円は乱高下を繰り返しており、企業は為替対応に奔走しなければならない。金融関係者からは「岸田文雄首相は黒田総裁になめられている」と怨嗟の声が漏れ始めている。

■いまや日本は世界の金融のアンカー役

なぜ、ここまで黒田総裁は金融緩和に固執するのか。そこには米国の金融マフィアの思惑が垣間見える。インフレ抑制から大幅な金利の引き上げを急ぐ米国に日本が同調して緩和を解除すれば、世界のマネー供給量は大幅に低下し、市場がクラッシュしかねない。いまや日本は世界の金融のアンカー役になっているようなものだ。

だから米国は日本の為替介入に理解は示すものの、協調介入する考えはない。そうした米国の意向を示す象徴的なシグナルが10月10日に発せられた。今年のノーベル経済学賞の受賞者の面々だ。

2022年のノーベル経済学賞に元FRB議長のベン・バーナンキ氏ら3人の米経済学者の授与が決まった。金融危機時の銀行の役割を解明したことが理由だ。

この受賞に対し市場関係者は、「そもそもノーベル経済学賞はスウェーデン国立銀行がノーベル財団に働きかけて創設された賞で、他のノーベル賞と異なり政治色が濃いと言われています。受賞者の大半は米国の新自由主義経済学者で占められており、今回の受賞もその流れに沿うもの」と指摘する。そして、「今回のバーナンキ氏の受賞を最も喜んでいるのは任期満了を来年4月に控えた日銀の黒田東彦総裁だろう」とも指摘する。

■昭和初期の日本の金融危機にも知見を持つ

バーナンキ氏は1953年にジョージア州で生まれ、サウスカロライナ州ディロンで育った。バーナンキ家はディロンでは数少ないユダヤ系の家庭で、先祖は東欧からの移民で、父は薬剤師や劇場の支配人を務め、母は学校教員だった。

地元の高校からハーバード大に進学し、経済学を学び、最優秀学位をもって1975年に卒業した。79年にはマサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得している。博士論文は「長期コミットメント、動的最適化とビジネスサイクル」だった。スタンフォード大学、ニューヨーク大などで教鞭をとり、プリンストン大で学部長を務め、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで金融理論、金融政策の講義を行っている。

バーナンキ氏は1930年代のウォール街に端を発した世界的な金融危機の研究で知られ、昭和初期の日本の金融危機にも知見を持つ。その研究の成果をFRB議長に就いた直後の2008年に実践することになるとは歴史の巡り合わせとしか言いようがない。

■日本には「ケチャップを買ってでもマネーを供給しろ」

「金融危機を回避するには大量のマネーを市場に供給することが必要」という超緩和策を提唱し、実際、リーマンショックへの対応で、ゼロ金利政策を軸とする大幅な金融緩和と金融機関への公的資金の注入を断行し、危機を回避した。この大胆な金融緩和策から「ヘリコプター・ベン」と渾名(あだな)されたほどだった。

金融危機時には輪転機で紙幣を刷りまくり、空からばら撒(ま)けばよいというバーナンキ氏の主張は世界の金融政策の潮流を形成していった。当時の日本銀行に対しても「大規模な金融緩和に消極的であった日銀の白川方明総裁の政策に批判的だった」(市場関係者)とされる。

東京都中央区日本橋本石町2丁目の日銀通り
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

その後、日本では自民党が民主党から政権を奪い返し、2013年、金融政策を担う日銀総裁に元財務官でアジア開発銀行総裁であった黒田氏が抜擢された。黒田氏は間髪を入れずバズーカ砲と呼ばれた異次元緩和に踏み込む。

この背景にはバーナンキ氏ほか、ポール・クルーグマン氏などの米国の著名マネタリストがおり、ミルトン・フリードマン氏を信奉する経済学者の理論が日本にも導入された。バーナンキ氏は日本の金融緩和について、「買うもの(国債)がなければケチャップを買ってでもマネーを供給しろ」とまで迫った。

■庶民感覚とは真逆の姿勢に辞任要求も

しかし、その日銀はいま異次元緩和の出口に苦心しており、過度の円安への対応で矢面に立たされているが、黒田総裁は頑(かたく)なに金融緩和の継続を主張している。その最中に通貨マフィアとして親交が深く、同じ金融緩和論者のバーナンキ氏のノーベル賞受賞は、自身の金融政策が間違っていなかったとお墨付きをえたようなもの。喜びは隠しようがない。海外の講演で金融緩和の継続を強調したのは黒田氏の心中を象徴している。

黒田総裁は10月15日、ワシントンで開催された国際機関や中央銀行など金融関係者らが集まる討論会にスピーカーとして出席し持論を展開した。焦点となっている物価については「日本では、物価上昇率が2%を超えているが原材料費などのコスト上昇によるもので、来年度の物価上昇率は2%を下回ると予想される」と述べ、現在の物価上昇は一時的なものだとの認識を示した。

その上で、「物価は上がらないというノルム(社会の考え方)を変え、賃金の上昇を伴った持続的で安定的な物価安定目標を確実に実現するには経済を下支えする必要があり、そのためにも金融緩和を継続することが適切だ」と強調した。

しかし、庶民の体感は黒田総裁の発言とは真逆だ。一時1ドル=150円を突破した円安進行と輸入物価の急騰に消費者は危機感を強めている。そうした声は政治の場にも持ち込まれた。18日の衆議院予算委員会では、野党から辞任を迫られる場面があった。

■金融緩和の失敗は「事実に反する」

質問に立った階猛氏(立憲民主党)は、円安阻止へ為替介入を実施した政府と、円安を加速するような低金利政策を2013年以降続ける日銀の食い違いを指摘。「金融政策の正常化・柔軟化に向けて(黒田総裁は)即刻辞任すべきだ」と質した。

これに対し黒田氏は、金融緩和を行わなかった場合と比べて、実質国内総生産は(GDP)は平均でプラス0.9~1.3%程度、消費者物価は前年比平均で0.6~0.7%程度押し上げられているという計量経済的な分析を示して、「異次元の金融緩和はデフレを解消し、成長を回復し、雇用を増加するという意味で効果があった」と説明。「量的・質的金融緩和がまったく失敗したということは事実に反する」として、「辞めるつもりはない」と強調した。

この黒田氏の説明に呼応するように岸田首相も、金融政策は為替だけでなく総合的に勘案して判断すべきであり、政府と日銀が13年に結んだ政策連携に関する共同声明(アコード)を「見直しはいま、考えていない」と述べた。

■「岸田首相は黒田総裁になめられている」

しかし、この岸田発言とは裏腹に、政府内では日銀の黒田総裁の金融政策に対して苦々しく思っている空気は拭いようがなかった。そうした政府内の本音が露呈したのは9月下旬の最初の円買い介入だった。

「黒田総裁が頑なに金融緩和の維持を主張して譲らない。(為替介入について)米国の理解も得られたので、とりあえず単独介入で凌(しの)ごうということです。145円が介入ラインとなったが、いつまでもつか……」

ある政府関係者は、9月22日に断行された政府・日銀による約24年ぶりの円買い・ドル売り介入についてこう指摘する。

実際、9月21・22日の日銀の金融政策決定会合を前に官邸は黒田総裁の姿勢にいら立っていた。3月初めまで1ドル=115円程度で安定していた円相場は足元、140円台まで下落していた。半年間で30円も円安が進行し、輸入物価の急騰から消費者物価(生鮮食料品を除く)の上昇率は3.0%まで高まっている。各種商品価格の値上げは国民生活を直撃、旧統一教会問題も加わり、岸田政権の支持率は急落している。

にもかかわらず黒田総裁は「経済は回復途上にあり、金融緩和を継続することが適当」と譲らない。とくに米FRBは21日に通常の3倍、0.75%の利上げに踏み切った。「このまま日銀が動かなければ、岸田首相は黒田総裁になめられていることになる」(政府関係者)との危機感が高まっていた。

■金融緩和の大転換は米国が握っている

政府の「伝家の宝刀」は、その最中に抜かれた。円相場が145円90銭前後と146円が目前に迫った直後の午後5時ごろ、財務省はついに3兆円超の円買い介入に踏み切った。「金融緩和の維持と円買い介入は矛盾する政策。ちぐはぐな政策に踏み込んだのは明らかな黒田日銀の決定に官邸がノーを突き付けたようなものだ」(市場関係者)といえる。

市場では現在も、政府が円買い・ドル売り介入の有無を明らかにしない「覆面介入」をしているとの見方が燻(くすぶ)る。市場が黒田総裁を追い込み、金融政策の転換を催促するような展開が続く。

はたして金融緩和の転換はいつ訪れるのか。黒田総裁の任期中は望み薄であろうが、では来年4月の新総裁就任を境に大転換するのか。答えはノーである。カギは日銀ではなく、米国が握っているためだ。米国の利上げが終了し、米経済がランディングするまで、日本は金融緩和でマネーを供給し続けなければならないだろう。

黒田総裁が10年近くにわたり推し進めてきた「異次元緩和」はいわば日本経済を舞台にした「壮大な実験」だったと言っていい。その理論的支柱はバーナンキ氏らマネタリストが提唱する「マネーの供給」だった。その実験の成否はいずれ歴史が証明する。

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森岡 英樹(もりおか・ひでき)
経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学卒業後、経済記者となる。1997年、米コンサルタント会社「グリニッチ・アソシエイト」のシニア・リサーチ・アソシエイト。並びに「パラゲイト・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年4月、ジャーナリストとして独立。一方で、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。

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(経済ジャーナリスト 森岡 英樹)

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