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「300万人の戦闘部隊と100万台のドローン」を私費で投入…台湾の大富豪が習近平続投を危険視するワケ

プレジデントオンライン / 2022年11月4日 10時15分

2022年9月1日、台湾の台北で記者会見するUnited Microelectronics Corporation(UMC)の創業者である台湾のチップ王ロバート・ツァオ(曹興誠)氏。 - 写真=EPA/時事通信フォト

■習近平の続投で高まる台湾有事の現実味

中国共産党の暴走に、歯止めはかかるのだろうか。

10月22日までの党大会で選出された新指導部は、下馬評通り習近平国家主席が総書記を続投。異例の3期目入りを果たした。

懸念されるのは、緊迫の台湾関係だ。新指導部は、習近平に忠誠を誓う人物を登用する人事となっている。英ガーディアン紙は、習近平の政敵を徹底的に排除した指導部の構成を受け、「いまや束縛なく確固としたものになった彼(習近平)の権力が、台湾侵攻のリスクを高める恐れがあるとの懸念が巻き起こっている」と指摘する。

習近平政権はすでに党大会以前から、台湾問題に武力の投入もいとわないと明言している。ロイターは10月15日、「中国、対台湾で武力投入の権利を持つと発言」と報じた。記事によると中国共産党の報道官は、平和的な中台統一が基本路線だと説明しながらも、やむを得ない場合は武力行使も選択肢に入ると明言している。

実際に中国側が武力行使に出ると決まったわけではないが、台湾への圧力は日増しに高まっている。こうなると台湾側も無策ではいられない。

自身が一度は裏切った祖国を守ろうと、私財を投げ打つ覚悟を決めた財界人が出てきた。台湾を代表する大手半導体メーカー「UMC」の創設者である、ロバート・ツァオ(曹興誠)氏その人だ。

■台湾の大富豪「48億円を投じて300万人の戦士を育てる」

彼の試みは台湾のみならず、世界で報じられることとなった。英BBCは9月、ツァオ氏が開いた記者会見の内容を報じている。記事によるとツァオ氏は台湾で民間の戦闘部隊を育成するため、10億台湾ドル(約48億円)を拠出する意向を示した。

氏は3年間をかけ、台湾全土で300万の「戦士」を育成する計画だという。

この数は、国民の7人に1人にあたる。野心的な計画であり、かえって緊張を高めるとの批判もありそうだ。だが、軍事作戦をちらつかせる中国の脅威は日増しに深刻なものとなっている。なりふり構っていられないレベルにまで達したとツァオ氏は考えたようだ。

ロバート・ツァオ(曹興誠)氏(写真=中央廣播電臺、江麗華/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
ロバート・ツァオ(曹興誠)氏(写真=中央廣播電臺、江麗華/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

英フィナンシャル・タイムズ紙は、10億台湾ドルを投じる民間兵育成とは別に、ツァオ氏が軍用ドローンの生産を推進する計画だと報じている。台湾のドローンメーカー複数社と連携し、攻撃用ドローン100万台の製造を急ピッチで進める構想だ。

同紙によるとツァオ氏は会見で「中国共産党が部隊を上陸させ、艦隊が海峡を越えてやってきたとしても、われわれは迎撃することができる」と述べ、台湾防衛に意欲をみせた。

■中国との取引で財を成した親中派だったはずが…

ツァオ氏は北京で生まれ、1歳の時に台湾に移住した。台湾暮らしの長い氏だが、長らく親中の立場を取ってきた。

BBCは、台湾に半導体企業を興した氏が、中国との取引で財を成したと報じている。氏にとって中国はかけがえのないビジネス・パートナーであり、出身国として親しみの対象であったはずだ。政策をめぐる論争でも存在感を示すツァオ氏は、同記事によると2007年、中国本土との統一を問う国民投票の実施を支持している。

だが、中国による8月の台湾周辺の軍事演習により、氏の立場は一変した。長年暮らし、自ら育て上げた半導体企業の本拠ともなっている台湾に迫る武力による脅威を、肌で感じたのかもしれない。

ツァオ氏は現在、中国共産党は「中央政府の皮を被ったマフィアであり、犯罪シンジケートである」とまで述べるようになっている。台湾への圧力を強める中国政府に対し、憎しみを募らせるばかりだ。

振り返れば台湾がまだ日本の占領下にあった当時、中国共産党を批判する教育が台湾で行われていた。テレグラフ紙に対してツァオ氏は、日本とつながりの深い中国国民党が実施していたこのような教育を、当時は「洗脳」のようだと考えていたという。中国共産党は無法者であると繰り返し言い聞かせる内容を、氏は好まなかったようだ。

だが、ツァオ氏は現在、この教育が内容としては間違っていなかったと考えるようになったという。テレグラフ紙に対し、次のように語っている。

「けれど、時間がかかりましたが後になって、中国国民党が中国共産党について述べていること、同党がいかに野蛮で粗野かという話は正しかったのだと気づくことになりました」

■台湾を守るはずの「シリコーン・シールド」の限界

ツァオ氏の取り組みは、高まる中台衝突のリスクを象徴するかのようだ。半導体業界に長年身を置いてきたからこそ、なおさら深刻度は高い。

台湾は世界の半導体業界の一大生産地である。米公共放送のNPRは、「台湾は半導体生産における世界のリーダー」的存在であり、半導体市場において、利益ベースで60%を占める重要な拠点になっていると報じている。

1950~90年代、台湾は蔣介石・蔣経国政権の下、アメリカの支援を受けて急激な経済発展を遂げた。台湾は、巨大な需要に応えている主要輸出国のひとつになったのだ。そのため、台湾側は、世界各国が中国の侵攻を阻止し、一定の安全性を確保してくれると考えてきた。この考え方は、シリコン・シールド(半導体の盾)と呼ばれている。

今日私たちの暮らしは、半導体に支えられているといっても過言ではない。生活家電から自動車、コンピューターに至るまで、文化的な生活を送るうえで半導体製品は欠かせない。衛星や核兵器の誘導にも欠かせず、軍事産業にとっても必需品だ。

ところが世界の半導体需要は、台湾などのいくつかの特定の国や地域に依存している。

ICチップ
写真=iStock.com/krystiannawrocki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/krystiannawrocki

万が一にも中国が軍事侵攻に踏み切り、台湾の半導体生産が脅かされる事態となれば、各国のサプライチェーンは寸断され、世界経済への打撃となりかねない。すでにゼロコロナ政策で中国における半導体生産が鈍化しているいま、海外に多大な影響が及ぶことは必至だ。

半導体で財を成したツァオ氏は、シリコン・シールドがいかに強力な後ろ盾かを熟知しているはずだ。そのツァオ氏でさえ軍隊を創設し侵攻に備えようとするほど、現在の中台関係は緊迫したものとなっている。

■半導体の盾だけでは生き残れない…

欧米メディアは、3期目入りを果たした習近平とその周辺人事に注目し、台湾有事の恐れについて相次いで報じている。ガーディアン紙が台湾メディアの報道として伝えたところによると、台湾の邱国正・国防部長は中国側の新人事を受け、中国共産党が台湾侵略に向けた「準備を加速している」との認識を明らかにした。

専門家からは、指導部の暴走を恐れる声も聞かれるようになった。カリフォルニア大学のビクター・シー教授(政治学)はガーディアン紙に対し、中国の新たな最高指導部と中央軍事委員会の人事は、習近平の命令が「いかに極端であろうとも」実行に移されることを保証している、と指摘している。「台湾侵攻の命令も含まれる可能性がある」と教授は言い添えた。

台湾の「シリコン・シールド」の危うさを示すような報道もある。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は10月19日、Appleなど大手に半導体を供給する台湾TSMC社が、日本での生産力の強化を検討していると報じた。中国との緊張の高まりを受けた「地政学的リスクを軽減するため」の動きだと同紙は報じている。

地図上の台湾に赤ペンで丸
写真=iStock.com/Yevhenii Orlov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yevhenii Orlov

これまで台湾を中国の軍事的脅威から守る強力な材料となってきたシリコン・シールドも、軍事演習を展開し攻撃色を高める中国共産党を前に、どこまで安定を保てるかは未知数だ。米CNBCは、「世界の指導者らが、台湾が中国からの独立を維持できるかに関し、懸念を表明している」と指摘する。

習近平の暴走を止める者のいなくなった3期目政権の誕生により、台湾海峡を挟んだ緊張はピークに達しようとしている。半導体業界の大御所が私財を投じて国の防衛に走らざるを得ない現在の姿は、中国の軍事圧力を前にしたシリコン・シールドの脆さを象徴しているかのようだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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