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40代会社員が解決金400万円でクビに…「解雇規制の緩和」が実現したら起きること

プレジデントオンライン / 2022年11月2日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironagasukujira

政府が促そうとしている企業の人材の流動化の“壁”になるのが解雇規制。規制緩和が議論される中、導入の検討が進んでいるのが「解雇の金銭解決制度」だ。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「ドイツで一般的となっている算定式は、勤続年数×月収×係数で、係数は0.5が基準だが、40代は0.8にするなどして配慮している」という――。

■「解雇規制」の動きが急…自分はいくらでクビになるか

岸田文雄首相がリスキリングなど学び直しに5年間で1兆円を投じる計画をぶち上げた。その狙いとは何か。

ひとつの柱として、企業間や産業間の人材移転を後押しするために「転職や副業などを受け入れる企業への支援を新設し、拡充したい」と述べている。

また、岸田首相はニューヨーク証券取引所での9月の講演で「ジョブ型への移行を促すため、来春までに官民で指針を作ることをめざす」と言っている。

一見、違う話のように思えるが、2つはつながっている。人材移動の円滑化による成長産業の発展はかねて政府が掲げる目標であり、ジョブ型雇用の欧米では自分の持つスキルを活かす転職がしやすくなったり、逆にスキルが陳腐化すれば解雇が発生したりする。つまり、岸田首相のいずれの発言も人材の流動化を促すことに狙いがある。

しかし、そのネックとなるのが、日本の解雇規制だ。

政府の方針を受けて発足する自民党の「DX時代のリスキリング振興議員連盟(仮称)」は政府に政策を提言する予定だが「円滑な労働移動を促す方策としてリスキリングと合わせ、金銭補償を伴う解雇規制の緩和などが議題になる可能性がある」と報じられている(日本経済新聞10月15日付朝刊)。

解雇規制の緩和で今、日本で注目されているのが「解雇の金銭解決制度」だ。

解雇に関しては労働契約法16条において「客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当と認めれられない」不当解雇を禁止している。

アメリカは原則として解雇自由であるが、欧州では日本と同じように合理的理由や社会的正当性を欠く解雇」を禁止している国が多い。

ただし日本は「不当な解雇」だと裁判所に訴えても原職復帰を求める「地位確認訴訟」しかないのに対して、欧州では金銭で労働契約を解消する金銭解決制度を認めている国も多い。

しかも金銭の解決金の水準には一定のルールが設けられており、例えばドイツでは日本の整理解雇など経営上の理由に基づく解雇に限定し、使用者が解雇するときは労働者が解雇訴訟を起こさない前提で補償金を支払うルールもある。

その場合の算定式は「勤続年数×月収×0.5」となっている(解雇制限法1a条)。0.5を上下させる重要な要素の1つが年齢だ。年齢が高いと0.7とか0.8になるなど、ドイツの裁判での和解の解決金の一般的ルールになっている。

■「無効解雇された労働者の地位を解消する対価」の値段

実は日本でも金銭解決制度の導入の検討が進んでいる。

厚生労働省は2022年4月、有識者による「解雇無効時の金銭救済制度に関する検討会報告書」を公表した。本来は報告書を受けて厚労省の審議会で法制化に向けた議論が始まる予定だが、現時点では労働側委員の反発などもあり、事実上ストップしている状態にある。しかし前述したように、岸田政権が目指す人材の流動化策の1つとして法制化に向けた議論が始まる可能性もある。

黒いスーツを着た男が「クビ」の札をこちらに向けている
写真=iStock.com/Imilian
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Imilian

では、金銭解決制度の中身とは何か。

新たな制度とは、労働者側の申し立てに限定し、裁判所が「解雇は無効」と判断した後、職場復帰を望まない場合に、金銭解決によって労働契約を終了させる制度だ。

具体的には裁判などで解雇が無効の判決が出ることを前提に労働者の選択によって権利行使が可能になる。

つまり、労働者の請求によって使用者が「労働契約解消金」を支払い、その支払いによって労働契約が終了する。これを「労働契約解消金」請求訴訟制度と呼んでいる。労働契約解消金は「無効な解雇がなされた労働者の地位を解消する対価」などと定義している。

では肝心の解消金はどのくらいの金額が支払われるのか。

先の検討会の報告書では考慮されるものとして「給与額、勤続年数、年齢、合理的再就職期間、解雇に係る労働者側の事情など」を挙げているが、解消金の算定方法など、具体的な金額の水準には触れていない。

「一定の算式を設けることを検討する必要がある」とし、「予見可能性を高める観点から、上下限を設けることが考えられる」と言っている。

具体的な算定式や水準については今後の議論を待つ必要があるが、実は現状の解雇紛争解決の手段である労働局のあっせん、労働審判、民事訴訟でも解決金による和解が多く、金銭が支払われている。解決金の算定にあたっては勤続年数が考慮され、月収の形で算定されるのが一般的だ。平均額は以下の通りだ。(労働政策研究・研修機構「労働政策研究報告書No.174」2015年)。

・労働局のあっせん等 1.8カ月
・労働審判 6.5カ月
・裁判の和解 9.2カ月

これは平均であるが、和解事案の第3四分位(75パーセンタイル)は11.5カ月となっている。

あっせんの金額はさすがに低いが、給与の1年分もらえれば辞めてもよいという人もいるかもしれない。ただ裁判になると時間も費用もかかる。経営者に「辞めろ」と言われても訴えることなく泣き寝入りしている人も多い。経営側のある弁護士は金銭解決の必要性についてこう語る。

「わざわざ弁護士をつけてやると費用もかかるし、相当な期間もかかるしハードルが高い。次の転職が決まっている人はそこまでやらない人がほとんどだ。実際に裁判をやっていても、結局、最後は金の話になる。ほとんどの労働者はさっさとお金をもらえればよいと思っているし、それだったら手っ取り早く終わらせたほうがよい。不当な解雇をすれば給与の何カ月分支払う必要があるというルールが知れ渡れば、働く人も要求しやすくなるだろう」

■ドイツ式なら「20年勤務月収40万円」で400万円

しかし労働側の弁護士は解決金のルールを定めること自体に反対する。

「仮に解決金の下限が月収の3カ月、上限を1年と決めたとする。労働者が不当解雇ではないかと使用者に言っても、使用者は『そうかもしれないが、裁判に訴えてもこの範囲内でしかもらえないし、弁護士費用もかかる、この金額で手を打ったら』と使用者が退職を迫るかもしれず、リストラに利用されやすくなるだろう」

確かに一定の解決金の水準を決めたらリストラに悪用されるかもしれない。

一面に敷き詰めらた一万円札の上に100万円束が3つ
写真=iStock.com/studiocasper
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/studiocasper

これについて経営側の弁護士はこう語る。

「使用者が無用な解雇を連発する可能性はあるという意見もある。ただし勤続年数を考慮することを前提に月収の12カ月分、あるいは24カ月分を上限にすれば、無用な解雇が連発することにはならないし、使用者も合理的な判断をすることになるではないか」

おそらく政府が検討している解雇の金銭救済制度を法制化する場合は「労働契約解消金」の水準が大きな争点になるだろう。

実は解雇の金銭解決制度の導入を唱える経営側も大企業と中小企業が一枚岩ではない。

2022年4月27日に開催された厚労省の審議会で使用者側の中小企業団体の委員は解決金額について「どの程度の水準になるかということが中小企業にとっても非常に気になる点だ」とし、「この制度について議論をする際に、労働契約解消金の水準はとても重要なことであるので、部会等において参考となるデータをぜひお示しいただきたい」と発言している。

中小企業にとっては解消金の水準が高くなれば、経営に響くこともあり、水準しだいであることをにおわせている。

ちなみに前述したドイツで一般的となっている算定式は「勤続年数×月収×0.5」だった。

仮に会社に20年勤務し、月収が40万円だった人は400万円になる。40代なので再就職は難しいだろうということで係数を0.8にした場合は640万円になる。さて、あなたはこの金額で会社を辞めますか?

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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