親が愚痴れば「産まなきゃよかったのに」そんな冷たい国で少子化が解消するわけがない
プレジデントオンライン / 2022年11月11日 15時15分
■少額クーポンで「産み控え」解消⁉︎
つい先月、日本政府は新型コロナウイルス流行の長期化や将来への不安からの「産み控え」を解消するため、0~2歳児がいる家庭に一定額のクーポンを支給する方針を固めたというニュースが流れました。多くの人たちの反応は、当然ながら冷ややかなもの。一時的に少額のクーポンをもらったところで、子育てへの長期的不安が払拭されるはずがなく、少子化対策にならないと考えたからでしょう。
そもそも、これまでも政府の少子化対策は、不十分かつ楽観的すぎました。1996年に前年の出生率が1.57となったことを受けて、保育所の量的拡大や低年齢児(0~2歳児)保育、延長保育等の多様な保育サービスの充実、地域子育て支援センターの整備などの対策がとられることになりましたが、現在でも保育園は充足していません。2000年頃から若い夫婦の間で、共働き世帯の方が専業主婦世帯よりも増える逆転現象が起こり、以降も夫婦ともに働く世帯が増え続けているためでしょう。
![【図表1】出生数と合計特殊出生数の変遷](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/0/1200wm/img_90f4624805c9c85b3e755cd9562ddb40398230.jpg)
2002年からは「男性を含めた働き方の見直し」「地域における子育て支援」「社会保障における次世代支援」、「子どもの社会性の向上や自立の促進」という4つの柱に沿って少子化対策が行われていますが、特に効果は見られません。
■「3年間抱っこし放題」という少子化対策
2007年には「少子化担当大臣」というポストもできました。ところが、2013年に当時の安倍政権が打ち出したのは「3年間抱っこし放題」といった育児休暇を拡充する方針でした。希望者が、3年間の育児休暇を取れるのはいいことです。しかし、さまざまな企業において実現できるのか、親たちがそれを望んでいるのかどうか、といったことは十分に検討されたとは思えません。内閣府が行ってきた少子化対策の流れからも、異質の方針に見えました。
日本では、まだまだ男性は育児休暇を取りづらく、女性は出産を機に退職すると復帰がとても難しいのが現実です。さまざまな税金が上がり、実質的賃金は上がるどころか下がっているのに、子供の教育費は年々高くなっています。また児童手当には所得制限が設けられました。その結果、何人もの子供を持ちたいと思っても、持てないという家庭がさらに増えたのではないでしょうか。
こうしたことを背景に、日本の少子化は政府の想定よりもずっと早く進行しています。第2次世界大戦が終わった後に第2次ベビーブームが起きましたが、その子供世代(1971〜1974年生まれ)が出産適齢期の時に第3次ベビーブームが起きず、ますます状況が悪くなっているのです。
■親子に厳しい風潮も少子化の原因に
日本で少子化が進み続ける原因には、経済的なことだけでなく、親子に厳しい風潮があることも影響しているのではないでしょうか。実際に私もそうでしたが、小さな子供を育てていると、肩身が狭いと感じる親は多いと思います。
普通に子育てしているのに、公共交通機関でベビーカーが邪魔だと言われたり、少しでも子供が駄々をこねれば周囲に頭を下げたり申し訳なさそうにし続けることを要求されたり、何かを主張すると「妊婦様」「子持ち様」などと揶揄(やゆ)されたり……、こうした残念な例は枚挙にいとまがありません。もちろん子連れだろうと子連れでなかろうとマナーの悪い人はいますし、親子にやさしい人もたくさんいますが、総じて親子に厳しい風潮があるのは間違いないでしょう。
他国に比べるとどうでしょうか。さまざまな記事を読むと、電車で小さな子供に出会うと席を譲るのが普通だという国もあるようです。数字による裏付けはありませんが、日本よりも子供にやさしい国は間違いなくたくさんあるでしょう。何しろ日本では公共交通機関で「子供は無料、または子供料金なのだから立っていろ」と言われることさえあります。そういう問題ではなく、小さな子はフラフラすると危ないし、体力もなくて当然なので席を譲ってもいいのではないでしょうか。お年寄りや妊婦さん、体調の悪い人に譲るのと同じですね。
■子供は大人よりもうるさくて当然
また「子供がうるさい」という苦情も定番です。まだ躾(しつけ)も不可能な赤ちゃんが泣くことを責められたり、保育園や児童養護施設の新設がうるさいからと迷惑がられて反対運動が起こったり……。反対に「バスや電車で泣いていた子供に、こんなふうに接してもらって場が和んだ」といったエピソードがSNSに投稿されたり、記事になることがあります。読んでホッとするとともに「わざわざ投稿したり、記事にされたりするようなめずらしいことなのか」と残念な気持ちにもなります。もちろん、子供ならうるさくしていいとは思いませんが、子供は大人よりはにぎやかで当然ではないでしょうか。
![幼稚園のプレイルーム](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/4/1200wm/img_1438125b81f1200e104a95dab607cff9397112.jpg)
じつは、ドイツでも以前は都市部で「子供がうるさい」という苦情や訴訟が相次いでいたそうです。しかし、2011年に子供が出す騒音には賠償請求をすることができない、乳幼児や児童の保育施設、児童遊戯施設などから発生する音を環境騒音とはしないということが法律で決まりました。そして東京都でも、2014年に認定こども園も含めた保育所、幼稚園、児童厚生施設、公園は騒音規制の特例とすると条例を改正しました。しかし、法律ではないので日本全国で、やはり保育園の建設を反対されたり、園庭で遊ぶ時間が制限されたりしています。
本当なら誰にでも子供時代があったのだし、子供は未来の社会を支える存在でもありますから、もう少し寛大になってもいいのではないでしょうか。子供を送り迎えする人が増えると治安はより良くなるでしょうし、若い世帯が近隣に住むのは地域の活性化につながるのではないかと思います。
■「産まなければいい」という暴言
他方、子供だけでなく親にも厳しいのが、現代の日本です。「もっとあらゆるものを手作りして、子育てに時間をかけるべき」「親は子に手をかければかけるほどいい」などと他人に価値観を押し付けられるのはよくあることです。
子育ての愚痴をSNSに書けば「産まなければよかったのに」という声が集まることも。そんな愚痴も許さない人は、自分は仕事の不満を口にすることはないのでしょうか。愚痴を言うことが悪いとは限りませんし、実際に産む前には子育ての全てをわかりようもありません。「産まなければよかったのに」と言われたところで、時間を戻すことはできないし、そんなことを言われた人が不快になるだけで、なんの役にも立たないのです。人の環境はそれぞれで、大変な時も楽な時もあります。
また、私が問題だと思っているのは、さまざまな育児ビジネスです。母乳が十分に出ない、トイレトレーニングが進まないなど、育児にまつわる何かが理想通りに進まないときに「このままだと大変なことになる」とほのめかし、問題を解消するという根拠もないサービスを買わせるビジネスがたくさんあるのです。親を脅したり自己犠牲を強いたりする姿勢はいいと思えません。
![クラブハウスなどのソーシャルメディアのアイコン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/2/1200wm/img_220a1678f972dd2dd693701974ef58e9410676.jpg)
■子育てや家族に関する考えが古い
親子へのさまざまな負荷に加え、お父さんは・お母さんはこうあるべき、子供はこうあるべき、女の子は・男の子はこうあるべき、夫婦は同姓であるべき、異性同士でないといけない、こういった決めつけは幸せな家族の数を減らし、子供の数を減らすと思います。
特にお母さんはお父さん以上に「何があっても母親なのだから我慢すべき」などと言われがちです。保育所で配られたフリーペーパーに、「ある一家の典型的な一日」としてタイムスケジュールが書いてあったのですが、お母さんだけ午前3時起床で睡眠時間は5時間半、お父さんは7時間と書いてありました。いくらなんでも負担が偏りすぎです。
「昔は良かった」「伝統的な子育てに戻れ」という人がいますが、そもそも日本の伝統とはいつの時代のどういうものを指すのでしょうか。同性同士の恋愛は鎌倉時代以前にあったと記録されていますし、江戸時代には母親だけでなく父親も子育ての当事者であり、コミュニティー全体が子供を育てていました。一方、昔は今よりずっと子供の人権がなく、生活に困った親が子供を手放すことはめずらしくなく、さほど非難されませんでした。『日本書紀』にも子供を売買する話が出てきます。昔のほうが全て良かったとは言えません。
■政治の責任はあまりにも大きい
こうした根拠のない「昔は良かった論」や多様性を認めない「古い価値観」は、未だにしつこく残っています。実際、子育てや少子化に関する政治家の発言はひどいものがあまりにも多くて驚きます。「政治家 失言 子育て」で検索してみてください。私は最新版のまとめを見たので、ため息をついているところです。
例えば、2022年6月に自民党の井上義行氏は「同性愛とかいろんなことでどんどんかわいそうだと言って、じゃあ家族ができないで、家庭ができないで、子供たちは本当に、日本に本当に引き継いでいけるんですか」などと発言。先進国では同性婚が認められ、同性の両親の間で子供を持つこともめずらしくないのに比べて、日本はなんと前時代的なのでしょうか。
同年7月には自民党の桜田義孝氏は、少子化や未婚をめぐって「女性はもっと男の人に寛大に」とツイートしました。未婚化は女性が悪いのではなく、経済的な不安が大きいと考えられます。日本は婚外子はいろいろな面で不利なので、結婚をしないと子供を持つということが難しいし、やはり結婚以上に子育てには経済的な不安がネックになります。万が一離婚した際、女性が一人で育てることが多く、しかも養育費が払われないことも多く、結婚も出産も女性にとってリスクが高いのです。そういった現実を見ずに、的外れな発言を繰り返す政治家を見るのはつらいものです。
![日本の国旗](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/b/1200wm/img_ab32d8dd7269a75abd5d2d58eb9fe7f9399577.jpg)
■「伝統的子育て」も政治の産物?
じつは家父長制的な古い価値観を押し付けたり、「伝統的子育て」を推奨したりする団体にも政治家が関わっています。すでに解散した「一般財団法人親学推進協会」は「発達障害は伝統的子育てで予防できる」という勉強会を行い、後に訂正し謝罪しましたが、その親学を推進した「親学推進議員連盟」の会長は安倍元首相でしたし、事務局長は旧統一教会との関係を問題視されている下村博文氏でした。
また神社界を中心に構成される政治団体「神道政治連盟」は、「日本の伝統や文化を後世に正しく伝える」ことを目的とし、選択的夫婦別姓に反対しています。日本最大の保守団体である「日本会議」は、「親学」に基づく教育方針、「行き過ぎた権利偏重の教育の是正」「ジェンダーフリー教育横行の是正」を主張してきました。こういった団体では年配かつ保守派の男性政治家が中心となり、互いに関連しているのです。
さらに旧統一教会の影響もあるのでしょう。今、ニュースやワイドショーは旧統一教会の問題で持ち切りですが、まさにそれをテーマとした鈴木エイトさんの著書『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』を読みました。そこには統一教会は独自の政党を持つのではなく、政治家に取り入って生き残り、発展していく道を選んだことが書かれています。旧統一教会を含む宗教右派と呼ばれる団体は「子ども庁」ではなく「子ども家庭庁」になるよう、また「パートナーシップ条例」を阻止するよう働きかけたという指摘もあるので腑に落ちる思いがしました。この本の巻末に載っている旧統一教会と関わりが深い政治家一覧を見ると、失言・暴言を発した政治家の名前がたくさんありますから、次の選挙の前に見ておくといいでしょう。
※編集部註:『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』の内容について誤った記載がありましたので修正しました(11月12日12:05追記)
■親子にやさしい社会へ変えていこう
子育ては、楽しいながらもなかなか骨の折れる一大事業です。しかも、20〜25年くらいの長い時間がかかります。今、「そんなに大変なら子育てをするな」と思った人はいませんか? では、私たちの国の未来は誰が担っていくのでしょうか。子育ては個人の営みであるだけでなく、社会的な営みの一つでもあります。社会全体にとって、子供や子供を育てる人たちは無関係ではありません。
社会からの支援は少なく、子育てに厳しい風潮であれば、親から不満の声が出ることもあるでしょう。そういった状況を見聞きしている若い人たちが、いつか子供を持ちたいと思うはずがありません。そういった状況を打開するためにも、政治は重要です。前時代的な古い価値観には「No!」と言いましょう。選挙前には、候補者がどういった人物なのかしっかり調べておくことが大事ですね。
そして、もっと子育てに寛容な社会になるよう、それぞれが働きかけていくといいのではないでしょうか。私自身も一人の大人として、また小児科医として、今子育てに大変な人の手助けをしていきたいと考えています。そういう親子にやさしい社会であれば、何らかの病気やケガをした人、弱い立場にある人、またお年寄りにもやさしい風潮ができていくでしょう。誰しも社会的弱者になる可能性があります。一度失敗してしまったり、不運に見舞われたりしたら、二度と立ち直れないような社会ではダメですね。「自助」「自己責任」という言葉は、政治家にあまりにも都合よく便利に使われています。そのあたりについても、改めて考え直す必要があるのではないでしょうか。
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小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)
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