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「抗がん剤は本当に効くのか、それとも毒なのか」多くの人の疑問に内科医が出した最終結論

プレジデントオンライン / 2022年11月10日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FatCamera

日本人の2人に1人ががんになる時代。がん治療においては、抗がん剤を恐れる人が多く、さまざまなデマが流布されている。内科医の名取宏さんは「抗がん剤も副作用対策も、その他の薬物療法も進歩している。現在の正確な情報を得てほしい」という――。

■信憑性が低い「99%以上」という数字

2022年9月、ウクライナの4州でロシアが「住民投票」を行ったところ、ロシア編入への賛成票が圧倒的多数を占めたというニュースが流れてきました。東部ドネツク州では、なんと99%以上が賛成票だったそうです。もともと親ロシア派の住民もいたとは聞きますが、さすがに99%は数字を盛りすぎです。信憑性(しんぴょうせい)を増すためには「過半数を超えた」とでもしておけばいいのに、ここまで数字を盛るのは海外の評判を気にしてはおらず、ロシア国内向けのプロパガンダのためだからでしょう。

どうも何かに似ていると思ったら、ずいぶん昔からある「がん治療」に関する定番デマにそっくりでした。医師に「『あなたががんになったとき、自分に抗がん剤を使うか?』と尋ねたところ、99%以上が自分には抗がん剤を使わないと回答した」というものです。

百歩譲って、このデマの通り本当に「医師たちが効かないことを承知で金もうけのために抗がん剤を使っていた」と仮定しても、そうした医師たちが果たして質問に正直に回答するのかどうかを考えてみましょう。私がデマを作るなら、もうちょっと信憑性のある数字にします。これも「ニセ医学」支持者に向けてのプロパガンダのためのもので、広く一般へ向けているわけではないから極端な数字なのかもしれません。

■抗がん剤を使うかどうかは条件による

実際のところ、抗がん剤を使うかどうかの判断は、がんの種類、進行度(病期)、患者さんの状態や年齢などの条件によって全く違います。手術で取り切れるステージIの早期胃がんなら抗がん剤は使いませんが、抗がん剤治療がよく効くタイプの悪性リンパ腫なら抗がん剤を使います。ですから、医師に「あなたががんになったとき、自分に抗がん剤を使うか?」といった大雑把な質問をしても答えようがありませんし、意味がありません。

あるいは調査が行われた時代にも注意が必要です。がん治療は大きく進歩しています。もしも私が30年前に「根治切除不可能なステージIVの大腸がんに対して抗がん剤を使うか」と質問されたら「使わない」と答えたでしょう。しかし、現在なら有効な抗がん剤がありますので、私は「使う」と答えます。

抗がん剤治療の目的もさまざまです。悪性リンパ腫などの血液系のがんは抗がん剤がよく効き、再発なく寛解することも期待できます。一方、根治切除不可能な大腸がんに対する抗がん剤治療の主な目的は完治ではなく、延命と症状緩和です。手術と抗がん剤治療の両方を行う「補助化学療法」で手術の範囲を小さくしたり、再発の可能性を下げたりする治療もよく行われています。

■さまざまなデマが広まってしまう理由

それでも「医師は抗がん剤治療を受けない」というデマが信じられてしまう背景には心当たりがあります。例えば、根治切除不可能な大腸がんは、抗がん剤治療を行わない場合、数カ月くらいで亡くなることが多いでしょう。しかし抗がん剤治療を行えば、多くは数年くらいの延命が期待できます。

ただ、いったん腫瘍が縮小したり、症状がやわらいだりしても完治したわけではないので、再び悪化して亡くなる時がきます。そのため老衰死の記事に書いたように、医師からすれば典型的な経過でも、ご家族は急激な悪化と認識してしまうことがよくあります。「以前は元気だったのに、抗がん剤治療を始めたら悪化して数年で亡くなった。抗がん剤治療は効かなかった。副作用のせいで亡くなったのでは」と誤解してしまうのは仕方がありません。根拠のない代替医療や食事療法を行ったり、そういった書籍を売ったりして利益を得ている人たちが「抗がん剤の毒性で死に至る」などと誤解するよう煽(あお)るのでなおさらです。

このような理由で「私の家族や知人には効果がなかったから、抗がん剤治療はやめておいたほうがいい」などとアドバイスする人が現れるわけです。体験談の共有は大切ですし、悪いことではありません。けれども、がんの種類や進行度も、受ける予定の抗がん剤も、抗がん剤治療の目的もそれぞれですから、ほかの誰かの話が自分や家族に当てはまるわけがないのです。

病院で横たわっている女性
写真=iStock.com/wutwhanfoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wutwhanfoto

■つらい副作用対策も進歩している

そのほかにも「抗がん剤の副作用は危険だ」と言われることもよくあるでしょう。薬には副作用がつきもので、適切に使わないとただの毒になりかねません。とくに抗がん剤は他の薬と比べ、吐き気、脱毛、白血球減少などの副作用は強いといえます。しかし、副作用対策も進歩しています。副作用には個人差がありますから、患者さんの状態によって抗がん剤の用量を調節したり、休薬したりすることもよくあることです。ある医師が「患者さんが副作用を訴えてもがん治療医はほぼ例外なく『極量で治療しなければ抗がん剤は効かない』と言って譲らない」と書いていましたが、そんなことはありません。

「抗がん剤治療に延命効果があっても、副作用で必ず生活の質が落ちる」という話もよく聞きますが、これも間違いです。がんによって痛みなどの症状がある場合は、抗がん剤治療によって一時的ではあってもがんが小さくなることで、つらい症状が緩和して生活の質が改善することもよくあります。奇妙に聞こえるかもしれませんが、がんに対する積極的な治療は「元気」な人にしかできません。抗がん剤の副作用で体力を失って元気でなくなると十分な治療が困難になります。副作用対策で患者さんの全身状態を良好に保てるようになったことも、抗がん剤の治療成績の向上に寄与しています。

そして高額な自費診療はおすすめしません。原則として日本では十分なエビデンスのあるがん治療は健康保険の範囲で受けられます。自費診療で提供されているがん治療のほとんどは、効くかどうかがまだわかっていないか、効かないことがわかっているのかのどちらかです。自費診療クリニックのサイトには工夫が凝らされており、いかにも効きそうに思えますが、「そんなに効くのなら、なぜ保険適用されていないのだろう」と考えてみることが、だまされないための助けになります。

■セカンドオピニオンの正しい受け方

がん患者さんの病状について一番よく知っているのは、その患者さんの主治医です。患者さんには自分が受ける治療を選択する権利があります。主治医から抗がん剤の効果や副作用について十分に説明を受け、理解した上で抗がん剤治療を拒否するのは患者さんの自由です。ただ、誤った先入観や古い情報によって抗がん剤治療を拒否するのはきわめてもったいないことですし、命にかかわることですから慎重に検討していただきたいと思います。

もしも主治医が信頼できない場合は、セカンドオピニオンを受けるという方法があります。そのときは必ず主治医に紹介状(診療情報提供書)を書いてもらってください。画像・病理組織・採血のデータも添付してくれるはずです。紹介状なしにセカンドオピニオンを求められても、医師は何も有意義なことは言えません。患者さんからのまた聞き情報だけでは、主治医の治療方針の是非は評価できないのです。「主治医とよく相談してね」と言われるか、一から検査をやり直すことになります。

セカンドオピニオンは、大学病院か地域の中核病院で受けるのが無難です。インターネット上では「無料がん相談」「がん治療のセカンドオピニオン」をうたうサイトがあり、エビデンスの乏しい高額な自費診療に誘導しています。「○○センター」などと自称していることもあり、一見すると公的機関に見えるかもしれません。インターネットで信頼できる医療情報を見分けるには、かなりのスキルを必要とします。基本的には、国立がん研究センターや公的病院のサイト以外は信用しないほうがいいです。医師が発信しているだけでは全面的には信用できません(この記事もそうですよ!)。

患者に症状を説明する男性医師
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

■免疫チェックポイント阻害薬による治療

最後に、抗がん剤ではありませんが、がんの薬物療法の進歩を示す研究を一つご紹介しましょう。2022年6月に『NEJM誌』に発表された「ドスタルリマブ」という免疫チェックポイント阻害薬に関する研究です(※)。日本でもニュースになりましたので、目にした人も多いと思います。

欧米における局所進行直腸がんの標準治療は、術前化学療法(抗がん剤)と放射線治療に続く外科的切除です。「抗がん剤、放射線治療、外科手術の三大治療をしているのは日本だけ」「WHOは抗がん剤を禁止した」なんて話はデマなのです。ただ、直腸がんの5~10%を占める「ミスマッチ修復機構欠損」によるタイプのがんは、術前化学療法にあまり反応しない一方、免疫チェックポイント阻害薬の効果が高いことが知られていました。そこで、このタイプのステージII~IIIの直腸がんの患者さんに対して「ドスタルリマブ」という免疫チェックポイント阻害薬の点滴を3週間おきに半年間行う第2相試験が行われました。第2相試験とは、薬の有効性や安全性をチェックするため、比較的少数の患者さんを対象に行われる臨床試験のことです。

その結果、劇的な効果が観察されました。この研究では、半年間のドスタルリマブの投与後に、標準的な術前化学療法と放射線治療を追加して行う予定でした。ですが、報告がなされた時点で半年間のドスタルリマブ投与を完了した12人のうち、追加治療を受けた患者さんはいません。12人全員がMRIや内視鏡検査、直腸触診で腫瘍が消失していたからです。「臨床的完全奏功」といいます。ドスタルリマブ投与が完了していない治療途中の患者さん4人も含めた16人のうち、重度の有害事象はありませんでした。

※“PD-1 Blockade in Mismatch Repair-Deficient, Locally Advanced Rectal Cancer”

■がんが薬物療法だけで治る時代が来る⁉︎

もしかしたら、薬だけで直腸がんが治る時代がやってくるかもしれません。これまでも、ドスタルリマブと同系統のメカニズムで効果を発揮する免疫チェックポイント阻害薬には、ニボルマブ(商品名:オプジーボ)をはじめとして、いくつかの種類がありました。それぞれ良い薬なのですが、直腸がんに対してドスタルリマブほど劇的な効果は示しません。ドスタルリマブの効果が本当だとしたら、いったい他の免疫チェックポイント阻害薬と何が違うのでしょうか。その理由が明らかになれば、さらに効果のある薬を作ることが可能になるかもしれません。

ただし、課題はまだいくつもあります。少数の患者さんだけを対象にした臨床試験で、長期的な予後がまだわかりません。また規模が小さい研究では、偶然に薬の効果が過大評価されたものが注目されがちで、追試では期待したほどの効果が示されないこともあります。あるいは画像検査でがんが消失したように見えても、少数のがん細胞が残っていて再発するかもしれません。だとしたら、やはり手術は必要です。

こうした課題については、今後の研究によって明らかになっていくでしょう。ドスタルリマブは欧米でも直腸がんに対しては未承認ですが、今後の研究で効果が確認されれば承認され、標準治療となって多くの患者さんがその恩恵を受けられます。ただ、すべてのがんに効くわけではなく「ミスマッチ修復機構欠損によるステージII~IIIの直腸がん」限定の話です。他のがんに対しては、別途きちんと臨床試験が実施され、結果が論文として発表され、多くの専門家の検証に堪えなければ標準治療にはなりません。こうして一歩一歩改善されてきた治療の集大成が、現在の標準治療なのです。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)

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