「極道幹部を超高温サウナで倒して組長に昇格」中国のスマホゲームがおバカな動画CMを大量出稿する理由
プレジデントオンライン / 2022年11月4日 15時15分
■中国スマホゲーム広告によく採用される「俺最強」要素
若い美女を助けたら1億円もらって起業。事業に成功して、自分を振った女を見返す――。そんな怪しい日本語の広告をSNS上で見かけたことはないだろうか。そのほとんどは中国製アプリゲームの広告だ。
もっとも有名なのは、「マフィア・シティ‐極道風雲」(Yotta Games)だろう。サウナに入る極道幹部にぞんざいな扱いを受けて怒った部下がサウナの温度を上げて幹部を倒し、自らが幹部になる様子を描いた動画だ。
マフィア・シティは日本では主にヤフーで広告を打っており、中国製ゲームの中では「ヤフー広告の王」と呼んでも差し支えない。私の知る限りでは少なくとも数十もの異なる映像広告や静止画広告が出稿されている。それらの多くは、キャラクターが一気に貧乏人から大金持ちとなって地位が上がったり、急に美女にモテたりするといった内容である。
筆者はこういった広告をその特徴から「俺最強系広告」と呼んでいる。
不思議なことに、広告を見て実際にダウンロードしてみると、ゲーム内でそういった場面はほとんどなく(ゲームによっては全くないことも)、ゲームシステムは使いまわしであることも多い。中国ではこれを「換皮」(皮を換えた)と呼ぶ。
マフィア・シティのほか「魔剣伝説」「アイアム皇帝」「おねがい社長!」といったゲームが、同様の広告戦略を採っているのを確認している。
なぜ中国のスマホゲーム会社は似たような広告戦略を取るのだろうか。
■大都市と地方都市とで受け入れられるゲームは異なる
中国のゲーム広告市場は、北京・上海・広州・深圳等の1000万人以上の都市群を大都市、500万人以下の都市群を地方都市、それ以外を農村として3つに分類する。都市部の人口は約1億人、地方都市は6億人、残りの約7億が農村であり、人口がそのまま市場規模となる。
なぜこんな分け方をするのか。それは学歴、生活環境、消費行動が地域によって大きく異なるからである。日本にも東京、大阪、福岡などの大都市と地方都市とでは賃金、企業規模のみならず、高校、大学等の教育環境は異なる。その格差が中国では10倍ぐらいあるというイメージだ。さらに、500万都市以外にも、100万人都市、50万人都市などもあるので、そのレイヤーは多重的である。
そうすると、ゲーム消費行動に限らず、選ばれるゲームタイプやゲームシステム、方向性も大都市と地方都市で大きく変わる。
それぞれの市場で最も受け入れやすい形式を追い求めた結果、大都市では「World of Warcraft」や「リネージュ」といったシステムの複雑なゲームが受け入れられ、地方都市では俺最強系のようなシンプルなゲームがウケることがわかったのだ。
つまり、日本人がウェブ上で見ている「俺最強系広告」は、中国の地方都市向け広告の翻訳なのである。
■こつこつ育てるより課金して手軽に「俺最強」になりたい
また、地方都市のユーザーは一般的には、大量課金する社長タイプか、まったく課金しない一般人の2種類に大別されると言われている。プレーの目的が「達成感」であることは日本人プレーヤーと同じではあるが、中国人プレーヤーは最強装備を買い集め、すぐにサーバー最強になることが主な目的である。日本のように要素やキャラクターカードをこつこつと集め、物語を楽しみ、完全にクリアする微課金ユーザーは少ない。
社長タイプは一般人を課金アイテムで釣り、一般人は社長タイプからもらうアイテムを使って最強ギルド(ゲーム内でのチーム)を作り、ギルド間の戦闘に勝ち、最終的にサーバー最強となり、めでたく解散、次のゲームへと移行する。これは、なるべく課金に頼らず時間をじっくりかけてキャラクターを成長させるという日本のゲームユーザーとは明らかに異なるものだ。
この結果、2018年ごろまでは、中国ゲーム市場はゲーム寿命が3~6カ月と非常に短いものが多かった。そのため、ゲーム会社側も長くて半年しか持たないゲームに多額の広告費を投入して、一気に知名度を上げ再利用できるタイプのものが量産された。
課金ガチャで手軽に「俺最強」を名乗り、その結果ゲームの「消費期限」が極端に短い――。そんな中国特有のゲーム事情が、冒頭に紹介したような俺最強系広告を生み出したのだ。
■ゲーム広告をテレビで流せない企業が取った「裏技」
ここまで、中国製ゲーム広告のストーリーが単調である理由を示してきた。
それではこうした広告のルーツはどこにあるのか。
重要な前提は、中国ではゲーム広告をテレビで放送することは違法であるということだ。2004年4月21日に発布された「電脳網絡遊戯類番組の放送禁止に関する通知」(关于禁止播出电脑网络游戏类节目的通知)で禁止されている。これを受けて2006年にグレーゾーンを突くように登場したのが、中国ゲーム会社「巨人網絡」が自社ゲームをテレビに載せるために出した「征途網絡、網絡征途」という広告である。
この広告は15秒の非常に短い映像で、女性がパソコンを前に大声で笑ったり机を叩いたりする映像の後ろで「征途網絡、網絡征途」というナレーションが入り、最後に画面が切り替わって大きく「征途網絡」と書かれる、というだけの内容だ。
ゲーム画面は一切なく、女性の笑い声とナレーションだけ。非常に印象的ながらも、これだけを見ても何の広告か分からない。そこで携帯やPCで検索すると、ブラウザゲーム「征途」が表示されるのだ。
■リテラシーの低い人を「洗脳」する
この広告手法は非常に成功した。2006年当時、中国では中国ゲーム会社「盛大」の「傳奇」とアメリカゲーム会社「Blizzard Entertainment」の「World of Warcraft」が市場を二分しており、征途の入り込む余地はなかった。ところが、この広告の効果もあったのか、征途は2007年度では2億900万ドルの収益を上げ、中国ゲーム市場の6分の1を占めるほどに急成長した。
この広告の仕掛人は先述の巨人網絡の創業者である史玉柱氏の手腕によるものが大きい。史氏は中国で最も売れている健康食品「脳白金」という高齢者向けの脳機能活性商品の仕掛け人として知られている。そして脳白金が人気になったのも、テレビCMの効果だったといわれている。
商品を写さずに、高齢の男女が踊ったり歌ったりする映像や、「季節のお土産は結構、脳白金ならもらう」というセリフが入るだけの構成など、前述した「征途」の広告に似ている。このようにセリフを連呼することで視聴者に印象を残す手法を中国では「洗脳(しーなぉ)」と呼んでおり、中国では盛んな宣伝手法となっている。
中国全土が同じ知識、文化、映像に対するリテラシーを持っていないということも影響していると思われる。
■「洗脳広告」の成功体験に他企業が追随した結果
筆者が中国ゲーム会社から音楽制作を依頼されるときも、洗脳的な、言い換えると、印象に残るフレーズを要求されることが多い。それはまさに、上記のような広告の成功体験があるからであろう。この「征途」の広告手法は、その後何年も使いまわされトレンドとなった。16年経った今でもこの話題が持ち上がるほどだ。現在でも映像広告の最も基本的な、クラシックな戦略として「洗脳」という言葉は認知されているのだ。
「征途」はその成功から、その後も多くのゲームにそのゲームシステムが利用され、またストーリー自体も多くのゲームへ派生し受け継がれていったが、それはまた別のお話となる。
「征途」の広告から見えてくるのは、中国のゲーム会社は明確なターゲット、そしてゾーニングされたユーザーを意識していることである。そして日本に流れ着く広告はどれも中国のリテラシーが低いユーザー向けのものなのだ。
■小規模ゲーム会社は広告で釣ってダウンロードさせる
もっとも、これまで述べてきたような「俺最強系」に当てはまらないような中国ゲームの広告もある。
セールスランキング(セルラン)によく登場する「アズールレーン」「アークナイツ」「原神」「崩壊学園3rd」「幻塔」などは手法が異なる。
アズールレーンやアークナイツと先述した「マフィア・シティ」との大きな違いは、ゲーム内に登場するキャラクターなどのビジュアルが日本コンテンツを意識しているということだ。例えばアズールレーンの屋外広告では、キャラクターの大きなイラストとともにキャラ名とその声優名が記載されている。いわゆる「オタク系広告」とでも言えようか。
■キャラクター広告は何をするゲームかわからない
日本のアニメ・漫画にリテラシーを持ち、これらが好きな人であれば、キャラを推し出した広告は魅力的に映るかもしれないが、すべての人たちがそういう「何をするのかわからない」ゲーム広告を見てダウンロードするとは限らない。筆者のようなオタクからすると、キャラクターがゴリゴリ動いてアクションがかっこいい「アークナイツ」の広告はアニメを見ている気分になり、「マフィア・シティ」の広告よりダウンロードしたい気持ちになる。
他にも、「荒野行動」(NetEase)の広告のような、キャラクターを前面には出さない「大衆系広告」も少ないながら存在する。
以上から、中国製ゲームの広告は俺最強系広告(マフィア・シティ、魔剣伝説、おねがい社長!)、オタク系広告(アズールレーンやアークナイツ、ブルーアーカイブ、崩壊3rd、原神)、オタク系と俺最強系の中間にある大衆系広告(荒野行動)の3つに分類できる。
■「俺最強系広告」の効果は意外に高い
では、こういった「俺最強系広告」を出しているゲームの売り上げはどうなのか。
先述した通り、俺最強系広告には広告と実際のゲーム内容が異なるものがある。日本ではこうした広告でダウンロードさせても、すぐにアンインストールされて売り上げには直結されないと思われるかもしれないが、案外そうでもない。
ヤフー中国製ゲーム広告の王であり、俺最強系広告の筆頭でもある「マフィア・シティ」はセルランでも結果を出している。2018年5月のリリース当初こそ181位だったが、12月には15位に急上昇。2020年でも平均して17位を保っており、2020年の中国製ゲームでは全世界で6位と、王の名にふさわしい成績だ。
同じくセルランで上位を走る「パズル&サバイバル」(37Games)の広告は俺最強系広告の中でも比較的ゲーム本体の内容に即していて、プレーヤーがパズルを解きながら敵を倒していくのはおおよそ合っている。それでいて、手軽に「俺最強」もできる。2020年12月リリース時は日本市場で600位とほぼセルラン圏外にいたのが、2021年3月には96位、2021年12月には21位と上位に食い込んできた。2021年のダウンロード数では年間9位となっている。
上記の数字から、実際のゲーム内容とは異なる俺最強系広告は一定の成果を出していると考えられる。
■中国共産党の締め付けで俺最強系広告は減少するとみられる
日本人からすれば「バカっぽい」と思われる内容ではあるが、日本にもその広告に興味を持ってプレーする人が一定数おり、中国ゲーム広告は一定の成功を収めているといえよう。
だが、筆者はこうした「俺最強系広告」はいずれ減少していくと見ている。
と言うのも、2018年以降、中国でリリースされるゲームを事前に審査する部門が中国政府機関から中国共産党宣伝部に移行したことで、ゲーム審査が厳格化し、許可が下りるゲームの本数が著しく減ったのだ。審査にかかる時間も延び、ゲーム会社はゲームのリリース日を設定できないという新たなリスクを負うことになった。
この結果、中国ゲーム企業は宣伝よりも内容に力を入れて長期的に遊ばせるゲームを開発するか、あるいは世界有数の人口を擁する中国マーケットを捨てて、海外展開することにシフトし始めている。そうなってくると、中国でのマーケティングやゾーニングが通用しなくなるので、より現地に適した広告を打つようになるのではないかと思う。
今後中国製アプリゲームの不思議な広告がなくなっていく可能性を考えると、ホッとすると同時に、その特有のバカっぽさをある意味評価していた筆者としては、何とも寂しい気持ちになるのである。
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株式会社MYC Japan代表取締役
日本生まれ、台湾育ち。2008年に北京大学を出たあと、北京で初めてのメイドカフェ「屋根裏」「路地裏」を創立、2013年経営譲渡。大学とメイドカフェ時代の人脈や経験を生かし、北京動卡動優文化傳媒有限公司に参画。2016年に株式会社MYC Japanを設立。主に中国ゲームの日本語アフレコ、音楽、シナリオ、プロモーション制作を行う広告代理業務を行う。
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(株式会社MYC Japan代表取締役 峰岸 宏行)
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