満員電車の通勤客の犠牲で成り立っている…鉄道会社が「赤字続きのローカル線」を存続させる意味はあるのか
プレジデントオンライン / 2022年11月10日 9時15分
※本稿は、鐵坊主『鉄道会社 データが警告する未来図』(KAWADE夢新書)の一部を再編集したものです。
■「都市部の路線で赤字ローカル線を穴埋め」が不可能に
国鉄分割民営化から30年以上が経ち、社会は大きく様変わりし、あらゆる面において新たな枠組みが必要とされている。総じていえるのは「日本の鉄道は縮小傾向にある」ということだ。赤字ローカル線の廃線や需要の減少が相次いで報じられている。
国鉄分割民営化が行なわれた1987(昭和62)年当時、日本の人口は右肩上がりだったが、少子高齢化により、現在は減少している。さらに、都市部への人口集中、地方の過疎化も問題となっている。その結果、地方鉄道の収益性は悪化の一途をたどっている。
新型コロナ禍により、都市部や新幹線の収益が著(いちじる)しく減少し、日本の鉄道会社の収益構造にほころびが生じている。
これまでは都市部の路線や新幹線の収益で、地方ローカル線の赤字を穴埋めしてきた。収益性の低い路線を、高い路線で補塡(ほてん)するという「内部補助」の考え方である。
しかし、この「内部補助」には、批判も多い。
国土交通省で開催された、地方ローカル線の今後のあり方を考える「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」では、「満員電車で通勤する乗客の犠牲の上に、地方ローカル線は成り立っている」と、否定的な意見があったという。
■JRの「完全民営化」が赤字ローカル線の廃止をもたらす
国鉄分割民営化で生まれたJR各社のうち、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR九州の4社は、国の援助を受けない「完全民営化」を果たしている。これら4社の株主には金融機関や外国法人が名を連ねており、国や公共団体による株式の保有はほぼゼロである。
そうした状況で、完全民営化したJR各社が、収益率の悪い事業を継続することは、株主の利益に反する。そのため、JRが赤字ローカル線の廃止に動くのは極めて自然である。
一方、まだ完全民営化を果たしていないJR貨物、JR北海道、JR四国はどうだろうか。
JR貨物は、低廉(ていれん)な線路使用料の計算方法であるアボイダブルコストルールが適用されている。JR北海道とJR四国には、赤字補塡のために経営安定基金が拠出されている。しかし、赤字を埋める役割が果たせておらず、各社の経営状況は厳しくなる一方である。
■鉄道の乗車機会を減少させた「自動車の普及」
次に、自家用車の激増がある。
国鉄分割民営化当時にくらべ、乗用車の保有台数は全国平均で2倍以上、地方では約2.5倍に増加している。
地方では一家に1台ではなく、1人1台が当たり前の時代になった。その結果、鉄道をはじめとする公共交通の必要性が大きく下がったわけだ。
クルマの普及は、まちづくりにも大きな影響を及ぼした。クルマ移動が前提の社会となり、広大な駐車場を整備しやすい郊外が発展。巨大なショッピングモールやロードサイド店舗が激増した。
その一方、駅前は寂れ、いわゆる“シャッター通り”と呼ばれる商店街が生み出されることとなった。その結果、駅の魅力が失われ、鉄道の乗車機会がますます減少してしまったのだ。
![駅前は寂れ、いわゆる“シャッター通り”に](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/d/1200wm/img_fd16dc5f5746f581d203548a2ee9dbe0305515.jpg)
そして、高速道路網の拡大により、クルマの利便性にさらに拍車がかかった。高速道路の総延長距離は国鉄分割民営化時の3910kmから9050kmと倍以上になっており、クルマの普及を大きく後押しした。
高速道路網の拡大は高速バスの運行にも大きな影響を及ぼした。国鉄分割民営化前の1985(昭和60)年度から2018(平成30)年度の間に、高速バスの運行系統数は249本から5132本と、約21倍にまでふくれ上がった。
■鉄道は長距離移動が前提
鉄道路線は明治期や大正期に建設されたところが珍しくない。そうした路線はカーブが多く、速度を上げづらいため、移動に必要な時間が長くなる。
一方、近年建設された高速道路は最短距離を結ぶルートをとっており、移動に必要な時間も短くなる。所要時間において、鉄道が厳しい戦いを強いられている理由だ。
地方ローカル線でも、かつては急行列車が多数運行されていたが、そうした列車のほとんどは高速バスとの競合に敗れ去り、廃止されていった。
地方ローカル線は多くの乗客を失っただけでなく、急行料金や指定席料金という収益をも失うことになり、客単価が減少してしまった。
その結果、地方ローカル線は短距離の地域輸送に特化した輸送手段となってしまった。これがそもそもの問題なのである。
![クルマが高級品だった時代、長距離移動の主役は鉄道だった(※写真はイメージです)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/7/1200wm/img_f704316c4c1bec7d76937b6d6d6696e0457284.jpg)
■鉄道を無理に維持すること自体、本末転倒なのかもしれない
都心部に住む読者にはわかりづらいかもしれないが、鉄道、とくに国鉄を継承したJRの路線は、長距離移動を前提に設計されている。
かつて、クルマが高級品だった時代、長距離移動の主役は鉄道だった。当時は高速道路もほとんどなかった。バスといえば、町中を走る路線バスしかない。ほとんどの人が路線バスや自転車、徒歩で駅まで行き、そこから鉄道に乗って、ほかの町へと移動していた。
鉄道本来の特性は、駅でまとまった数の乗客を乗せ、大量輸送することだ。
地方路線の駅間距離が長いのは、ある程度まとまった乗客数を維持するための効率性、長い駅間距離による高速運行を念頭に置いたものだった。
しかし、いまや鉄道、とくにJRの地方ローカル線は、地方人口の減少、クルマの普及、高速バスとの競合という3つの理由から乗客が激減し、存在意義が問われているわけだ。
その現状は、輸送密度や営業係数といった数字が、残酷なまでに描きだしている。
ただ、こうした変化は、社会全体がより便利な方向へシフトした結果でもある。そんな中、鉄道を無理に維持すること自体、本末転倒なのかもしれない。
■「ローカル線の廃止」容易ではない理由
利用者が大きく減少したローカル線を廃線にできるのか。
じつは、これも簡単なことではない。国鉄時代から、あって当たり前のインフラとして扱われており、高校生の足として一定の役割を担っているからだ。
![鐵坊主『鉄道会社 データが警告する未来図』(KAWADE夢新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/9/1200wm/img_39863057109d8b5a5ec88be204f98f77224838.jpg)
少子高齢化で悩む地方自治体にとって、高校生の通学手段の維持は非常に重要である。しかし、子どもの数は減少する一方であり、地方ではその傾向がとくに顕著である。それゆえ、高校生の通学手段というだけでは、鉄道を存続させる理由としては弱い。
では、バス転換で解決できるかといえば、それも簡単ではない。なぜなら、JRの路線に対して自治体が運行費用を負担する必要は基本的にはゼロなのに対し、バスに転換すると、運行経費の補助が必要となるからだ。
限られた予算しか持たない小さな自治体の場合、バス転換で必要になる運行経費の負担がたとえ年間数千万円であっても、無視できない金額である。
■高齢者に必要なのはオンデマンドタクシー
鉄道やバスは、高齢者の移動手段として必要だという意見も聞かれる。確かにその側面は否定しないが、「運転できる限り、クルマを手放さない」という高齢者も多い。
考えてみてほしい。駅まで歩いたり、雨や雪の日にバス停でバスを待つのは、高齢者には辛いものがある。ドアツードアで移動できるクルマは、高齢者にこそ必要な乗り物ともいえる。
地方に住む高齢者の免許返納が都市部ほど進まないのは、やはりそうした理由が大きいのだろう。筆者は、高齢者に必要な公共交通は鉄道やバスではなく、オンデマンドタクシーが最適であると考える。
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鉄道解説系YouTuber&鉄道アナリスト
1968年生まれ。2020年11月にYouTubeチャンネルを開設。鉄道を中心とする日本の地域交通のあり方について鋭い視点で分析・解説し、人気を集めている。
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(鉄道解説系YouTuber&鉄道アナリスト 鐵坊主)
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