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椅子を投げつけ「グーグルを殺すぞ」…「全米最悪のCEO」と評されたマイクロソフト元代表の過激すぎる言動

プレジデントオンライン / 2022年11月4日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/golubovy

悪いリーダーとはどのような人物か。オックスフォード大学で教壇に立つデイヴィッド・ボダニスさんの著書『「公正」が最強の成功戦略である』(光文社)より、マイクロソフト元CEOのスティーブ・バルマーの例を紹介しよう――。

■196センチの体格で容赦なく部下を怒鳴りつける

身長と体重はかなり違うと思うが、スティーブ・バルマーは、喧嘩っ早いことで有名だったブルックリン・ドジャースの監督、レオ・ドローチャーと似たタイプの人物だと言える。ビル・ゲイツの引退後、あとを継いでマイクロソフトCEOになったバルマーの組織管理の姿勢は、ドローチャーとよく似ている。

デイヴィッド・ボダニス『「公正」が最強の成功戦略である』(光文社)
デイヴィッド・ボダニス『「公正」が最強の成功戦略である』(光文社)

身体が大きいとどうしても周囲に威圧感を与えるが、威圧感を持たれないよう配慮する人も少なくない。たとえば、元NFLのラインバッカーで、劇中では好人物を演じることの多い俳優のテリー・クルーズはまさにそうだ。元プロレスラーの俳優、ドウェイン・ジョンソンもやはり優しい人だ。

しかし、スティーブ・バルマーは違う。バルマーは身長196センチメートルで、肩幅もその身長にふさわしく大きい。彼は若い頃に、その身体が人を威圧すること、その威圧感を利用すれば人を操れることを発見したのだろう。部下を容赦なく怒鳴りつけ、時には相手に顔がつくほど接近して叱責することもあった。首の静脈を浮き上がらせて怒れば、その迫力に負けてほとんどの相手はおとなしく従ってしまう。

■市場での競争は「ジハード(聖戦)」

長年、大学時代の友人であるビル・ゲイツの下で仕事をしながら、バルマーはその経営手法を学んだ。当時のメモを見ると、マイクロソフトの経営幹部たちは、市場での競争を「ジハード(聖戦)」と呼んでいたことがわかる。これは、競合企業をただ打ち負かすのではなく、相手の「息の根を止め」「地上から消滅させる」ことを意図して闘うという意味だ。

たとえば、新しいスタイルのウェブ・ブラウザでネットスケープがマイクロソフトの地位を脅かした時にも、経営幹部たちは、同様の製品を無料で配布するという戦略に出た。それによってネットスケープを「窒息死」させ、完全に消そうとしたのである。その件で裁判になると、改竄した映像を使って、自分たちの行動を正当化しようとした。

経済学の父とも呼ばれるアダム・スミスにこの話を聞かせてもまったく驚かないだろう。商人が自分の利益のために競争相手を叩き潰そうとするのは当然のことで、時には公共の利益を損なう行為すら厭わないものである、とスミスは考えていた。それを防ぐ規則を整備するのは政府の仕事だ。また、スミスは、企業が有害な行動に走らず、公正な競争をするよう、道徳規範を醸成する必要があるとした。

その頃のマイクロソフトは、パソコンOSの市場を事実上、独占しており、それによって莫大な利益が流れ込んでいた。バルマーがCEOに就任した2000年当時、マイクロソフトの地位は支配的で、誰にも止められない巨大戦車のようなものだった。同社への就職を希望する学生も多く、面接でどのような受け答えをすれば有利になるか、ということが度々話題になった。

■競争相手を完全に破壊するのが自分の仕事

だが、ITの市場は移り変わりが激しい。間もなく、グーグルやノキアなど、マイクロソフトの地位を揺るがすような新たな競争相手が現れた。バルマーはその時、過去の成功事例から、自分がどのような態度を取るべきかを学べばよかったのだが、彼はそういう人間ではなかった。競争相手がいるのなら、ただ打ち負かすのではなく、完全に破壊し、消滅させるのが自分の仕事だと思い込んだ。

たとえば、同社のソフトウェア・エンジニア、マーク・ルコフスキーが、当時エリック・シュミットがCEOを務めていたグーグルに移籍すると告げた時のエピソードからもそれがわかる。

ルコフスキーは礼を尽くして話をしたのだが、バルマーはあのレオ・ドローチャーとほとんど同じ態度を取った。

まずは言葉での攻撃だ。「エリック・シュミットはいまいましい最低野郎だ!」とバルマーは大声で言い放った。そして裁判記録によれば、驚くルコフスキーの目の前で、しばらく武器を探して部屋を歩き回ったという。選ばれたのは、オフィス内の椅子だった。バルマーは手近にあった椅子を持ち上げ、叫び声をあげながら投げつけた。ルコフスキーはとっさに身をかわした。

椅子をもち上げる男性
写真=iStock.com/digitalhallway
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/digitalhallway

■グーグルへの転職者には「最低野郎! 葬り去ってやる!」

バルマーはそれでも収まらず「見てろ、絶対にあいつを葬り去ってやる!」と叫んだ。椅子はルコフスキーには当たらなかったが、テーブルの上で跳ねた。ルコフスキーの証言をまとめた裁判記録からは、椅子のあとに何か他の物が投げつけられたのかどうかはわからない。しかし、バルマーの「俺は前にもやっているんだ。同じことをまたやってやる! グーグルを殺すぞ」という次の言葉は記録されている。ルコフスキーはどうにかその場から逃げることができた。

外から自分たちを脅かすものはすべて粉砕しなくてはならない。バルマーはそう信じ、その信念に従って行動してきた。OSのリナックスも標的になった。リナックスは無料(あるいは無料に近い)だったため、ウインドウズやオフィスといったマイクロソフトの大きな収益源にとって直接の脅威となるとバルマーは考えた。そこで、リナックスのユーザーを「がん細胞」「共産主義者」などと呼んで非難することで、利用者を減らそうとした。

■発売開始したiPhoneには「飛び抜けて高価で買うのは愚か」

スティーブ・ジョブズが2007年に最初のiPhoneを発表した時にも、バルマーは単に批判するだけでなく、完全に叩き潰そうとした。iPhoneに興味を示す人に会う度に、嘲るような口調で「キーボードもないんですよ。メールを打つのも苦労するでしょうね」などと言って購入を思いとどまらせようとした。

スマートフォン
写真=iStock.com/guvendemir
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/guvendemir

また、iPhoneは市場でも飛び抜けて高価な電話で、あんな物を買うのは愚かなことだ、とも言った。さらに、アップルに打撃を与えるべく、バルマーはマイクロソフトのデベロッパーたちを囲い込み、新たに生まれたスマートフォン・アプリのエコシステムへの参入を阻止しようとした。過去の経験から、そうすれば、アップルは資金が枯渇して苦境に陥るはずだった。

デベロッパーが仮に敵のアップルと組んだとしたら、もうマイクロソフト関連の仕事をさせないようにする。マイクロソフトが何かジョイント・ベンチャーを始めるにしても、アップルと組んだデベロッパーはそこから排除されるし、当然、マイクロソフトの重大プロジェクトにも関わることができなくなる。

もし、マイクロソフトの経営幹部の中に、アップルを利するような新たなビジネス・モデルを提案し、マイクロソフトの重要な収益源を脅かす者がいたとしたら、他の幹部たちから酷い攻撃を受けることになるだろう。現在のビジネス・モデルで大きな収益が得られているのにもかかわらず、そこに何か変更を加えようという提案をするのは完全な誤りだし、会社に対する敵対行為とみなすしかない。敵対行為があれば、もちろんそれに対して報復がなされることになるだろう。

バルマーがシャツに染みができるほどの汗をかいて、社員の前で激昂している姿は、今もネット上で動画を検索すれば簡単に見ることができるだろう。しわがれた声を張り上げ、自分は何を求めていて、何を求めていないかを必死に訴えている姿だ。公の場ですらその態度である。ルコフスキーの裁判証言でもわかる通り、多くの人の目のないところでは、さらに攻撃的になっていた。そして、マイクロソフトがグーグルやアップルに遅れを取るようになると、その攻撃性は強まっていった。

■「愛されるよりも恐れられる方が安全である」

人の上に立つ者は皆、バルマーのような態度を取るべき、と強く信じている人は少なくない。そういう人たちにとってよりどころとなっているのは、16世紀イタリアの政治思想家、ニッコロ・マキャベリと、彼の著書『君主論(Il Principe)』である。

マキャベリは「善人であることは愚かである。善人であろうとする者は必ず破滅することになる」と書いている。誠実であることは賢明でなく、「嘘は、説得力を持って語られれば、統治者にとって最強の武器になり得る」ともいう。

そして、特に印象深いのが、人に優しくすべきでない理由を述べた言葉だろう。マキャベリはこう書いている。「愛と恐怖が同時に存在することは稀である。この二つのいずれかを選ばねばならないのだとしたら、愛されることよりも恐れられることを選ぶ方が安全である」

マキャベリが人里離れたトスカーナの丘の山荘で記した言葉は、長年、冷笑家たちに強く支持されてきた。だが、今の時代では、マキャベリが考えていたほどその言葉は賢明ではなくなっている。

そして実を言えば、マキャベリ本人にとってさえ、賢明とは言えなかった。

『君主論』を書いた頃のマキャベリが山荘に引きこもっていたのは、失脚し、引きこもらざるを得なかったからである。マキャベリはフィレンツェ共和国の高官だったが、非常に専横的で、国を侵略者から守るために必要だとして、市民を強制的に民兵にした。だが、結局、他国からの侵略により、マキャベリの仕えた政権は倒れてしまう。マキャベリは、新たな統治者によって逮捕され、拷問を受けることになった(蝶ほどの大きさのシラミのいる独房に監禁されたと言われる)。その後、農村へと追放されるのである。

■市民を顧みなかったイタリアは長く混乱が続いた

『君主論』を書き上げても、マキャベリの人生は好転しなかった。彼を拷問したのは、メディチ家の政権だったが、仕事を求めていたマキャベリは、『君主論』をジュリアーノ・デ・メディチに献呈した。ただ、ジュリアーノはすでに亡くなっていたので、彼の甥である残忍なロレンツォ・デ・メディチに献呈し直したが、それでも良い結果は得られなかった。ロレンツォは献呈に訪れたマキャベリに会おうとせず、代わりに2匹の猟犬を持って来た訪問者と会っていたとも言われる。

そもそもメディチ家は何世代にもわたり、他人を信用せず、他人に厳しい態度を取ることを続けてきた人たちである。わざわざマキャベリのような落ちぶれた官吏に意見される必要などまったくなかった。

メディチ家だけではない。イタリアでは、指導者たちも、市民たちも、皆、長年、同様の態度を取り続けてきた。権力、政府は、ほぼ何の制約も受けず、市民を顧みることなしに、したい放題のことができた。その結果(もちろん、他にも多数の要因があるが)、イタリアでは何世紀もの間、混乱が続いた。弱く小さい都市国家が乱立し、外からの侵略に対抗することもできずにいた。皆が誰も信用しない、そういう場所では、多くの人たちが力を合わせることなどできるはずがない。わずかながら状況を変えようと動いた人もいたが、周囲から邪魔をされてしまい、誰も変革には成功しなかった。

■「バルマーはアメリカ大手企業で最悪のCEO」

公平を期して言えば、スティーブ・バルマーがCEOとしてしてきたことのほとんどは確かに成功した。彼が大きな身体を活かして周囲を威圧し、常に強硬な態度を崩さなかったおかげで、まだ若い企業だったマイクロソフトが大きく成長できたという面はあるだろう。しかし、企業が若い段階であっても、彼のような態度を取らなければ絶対に成長できないかといえば、そんなことはない。そして、バルマーが10年以上もの任期を終えた今、彼の功績はもはや過去のものになっている。

フォーブス誌は「バルマー氏は今日のアメリカの大手上場企業の中で最悪のCEOだ」と断じた。同様の評価をしていたのはフォーブス誌だけではないだろう。彼の攻撃的な、自分以外はすべて敵とみなすような態度のせいで、マイクロソフトは、スマートフォン、ソーシャル・メディア、クラウドなどが中心となる時代に乗り遅れた。彼の任期中に起きた大きな変化にはすべて乗り遅れたと言ってもいいだろう。もちろん、ITのように変化の速い業界で企業を経営していれば、失敗はつきものだが、それにしても失敗が多すぎた。

問題は、ただ新しい発想を排除したことだけではない。バルマーは元来、極めて知的能力の高い人だ。ビル・ゲイツと同じくハーバード大学出身で特に数学には秀でた才能を発揮した。また、大変な読書家でもある。平静な時には、すぐに怒りを露わにする自分を恥じることもあった。強い気持ちがつい表に出てしまうことがあるのだと自己弁護をしてはいたが。だが、本人がいくらあとで悔やもうと、招いた結果が変わることはない。

バルマーがCEOを退任すると発表した日、マイクロソフトの株価は一気に7.5パーセントも上昇した。

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デイヴィッド・ボダニス アメリカ・シカゴ生れ。シカゴ大学で数学、物理学を学ぶ。オックスフォード大学で長年科学史を教える。翻訳された著書に『E=mc2』、王立協会科学書賞を受賞した『電気革命』がある。

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(デイヴィッド・ボダニス)

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