1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

ネトフリがNHKと民放をぶっ壊す…突然導入される「広告つき割引プラン」の深刻すぎる代償

プレジデントオンライン / 2022年11月2日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JasonDoiy

■「有料アカウントの使い回し」で会員数減少も

世界的に契約会員数の伸びが鈍化し微妙な感じになっているNetflixが、11月4日から全世界で「広告つきベーシックプラン」という割引プランを導入するぞと突然言い出し、コンテンツ業界で結構な騒動になっています。

これまでNetflixは閉じられた有料会員だけにコンテンツを提供することでビジネスを拡大してきました。ところがディズニーやアマゾンとの激しい会員獲得競争が始まり、雲行きが怪しくなっています。2022年1~3月期決算では会員数が過去10年で初のマイナスに転じ、続く2022年4~6月期の決算では、前期より97万人の会員減となりました。

もちろん、Netflixのビジネスを単体で見る限りはまだまだ盤石で、有力なコンテンツで引き止められている会員たちからの評価は引き続き高くなっています。直近の2022年7~9月期決算では会員数も241万人の増加に転じています。

それでもユーザーがサブスクリプション(月額課金)によるオンデマンド放送(俗に、SVOD事業者と言います)がもたらす体験・エクスペリエンスに慣れてきてしまい、人気のドラマや映画を一通り観終えるとあっさり解約してしまったり、家族や仲間内で有料アカウントを回してお金を払わずに楽しむスタイルが一部でかなり定着してしまったりと、一本調子の成長がむつかしくなっているのもまた事実です。

■「米国で決定済みで、日本だけ止めることは難しい」

ITmediaで山本竜也さんが解説しているように、これらの会員向け動画配信サービスにおいて本来ならば広告付き割引プランを導入することはビジネスモデルの大幅な変更を意味するため、本来は1年ないし2年かけて導入を進めることを検討すると発表されていました。業界に詳しくない読者はぜひご一読ください。

ところが、Netflixが8月下旬ごろになって、広告代理店などに「広告つきプランを日本国内でも展開するので、日本のコンシューマー向けに、動画の途中で挿入する15秒尺か30秒尺の動画広告を受注したい」とダイレクトに申し入れするようになっています。

それも、日本国内のすべてのコンテンツをNetflixに供給している事業者(テレビ局やアニメ会社、映像制作会社など権利者、制作者を問わず)に対して「例外なくすべてのコンテンツが広告付きプランとなる」としたうえで「権利処理および広告セールスの問題、同一性保持権の問題の3点については、日本国内の複数の放送局から抗議されている状態であるが、広告付き配信を行うことは本国(アメリカ)で決定済みの話である。日本だけ広告配信を止めることは難しい」と通達してきました。要するにNetflixの日本国内部門は広告つき動画配信に問題があることは承知したうえで、なお広告つき配信を行う決定のまま強行していることになります。

■「クソウザ感」を覚える動画途中の広告配信

実際に10月中旬時点で広告配信に関する営業も始まっており、それも、15秒尺コマーシャルフィルムでCPM(1000回表示あたりの単価)が約6500円、30秒尺で約8200円と超強気です。

そればかりか、大手広告代理店ではデジタル広告動画の申し込みを10月14日から受付開始し、11月4日の広告つきプランにブチ込むという、リードタイムが3週間ぐらいしかないという超強行軍に打って出ることになりました。

常識的には、新規サービス、特にデジタル動画広告は、テストフライトと言われる予備期間を設けるのが普通です。というのも、皆さんYouTubeほか動画サービスを閲覧される機会もあるかと思うんですけど、集中して見物している動画の途中に何の前触れもなく表示される動画広告に関しては「クソウザ感」を覚えると思います。私が言うのもなんですが、超ダルくないですか、あれ。スマホ投げたくなるぐらいの。そのぐらい、動画の途中に広告が挟まるというのは、利用者の体験(エクスペリエンス)によろしくない影響を与えるわけですよ。

そのような丁寧な対応もなく、前倒しで「広告つきになります」と言われてビックリするのがコンテンツの提供者側です。とりわけ、日本では放送免許を取り地上波でテレビ番組を提供している民放各局やNHKもNetflixに動画コンテンツを提供しており、そこに広告がついてしまうわけですから極めて深刻な事態となります。

■テレビ局はTVerやGYAOの広告枠も自社で販売している

当たり前のことですが、民放各局は自社で制作した番組に対してスポンサーの広告をつけてテレビ放送しており、外部配信先であるTVerやGYAOの広告枠ですら自社で販売しています。いわゆるAVOD(広告つき無料配信)をコンテンツ提供先には認めていないわけです。今回の場合は広告つきで安値の会員プランを提供するという意味においては、Netflixが主張するようなSVOD契約で契約上カタがついているとは到底言えません。

Netflixは放送法の対象事業者ではなく、国内法規では明確にこの法律で適法性が問われると指摘されることはないかもしれませんが、契約の一方的な不利益変更になる可能性があり、動画配信事業者のほうが契約上優越しているという時点で独占禁止法的ロジックになってくるようにも見えます。

そして、本件Netflixとのすみ分けにおいては「われわれはスポンサードされた番組の放送を仕事にしている、Netflixは彼らの有料会員に対して動画をオンデマンド閲覧させている事業である」という立て付けで、Netflixにコンテンツを提供しています。民放各局も会員制オンデマンド放送やってるじゃねえか競合やんけという話もありますが、本稿では聞こえなかったことにします。

■地上波のビジネスモデルと真正面から衝突する

ところが、Netflixがこれらの民放から提供されたコンテンツに広告をつけて割安で会員に閲覧させますという話になると、この地上波のビジネスモデルと真正面から衝突する競合になるばかりか、そもそも元となっている番組やコンテンツのスポンサーと異なる広告がNetflixで勝手にくっつけられてしまうと大惨事になります。言うなれば、民放の番組では大手自動車会社のスポンサーで制作され放送されたコンテンツが、Netflixでは別の自動車会社の広告がついて売られた場合、元のスポンサーの立場はまったくなくなります。

さらに、コンテンツの制作にあたっては、芸能人や監督、楽曲、脚本家も含めた各関係者の利用許諾を配信先ごとにきちんと取る必要があります。日本のテレビ局が昔のドラマなどの作品をなかなかデジタル放送に転用できなかったのも、出演者を中心としたデジタル版の配信に対する利用許諾を取るのに手間取ったことが背景にあります。

広告付き動画配信をやりますよ、AVODですよと一口に言っても、例えば大手携帯キャリアの宣伝に出ている女優やお笑い芸人が出ている番組に、Netflixがうっかり別の携帯キャリアの広告を付けたら大事故になります。

単体権利で言えば、スポンサーの広告は配信されていないのでスポット広告で同業他社の広告が流れても表面上は問題ありませんが、有力な出演タレントは企業と専属契約を結んでいることがほとんどですので、コンテンツ面で権利処理が不要と判断される場合でも、タレントサイドの確認と調整は必要です。常識的には、これらの同業他社の広告が流れてしまうカニバリが起きないようにNGリストを作り、どの出演者、どのコンテンツの権利が確保され、どういうコンフリクトが起きないようにするか手配しなければならないのです。

■NHKの子ども向け番組にも広告がついてしまう?

これらキャスティングに伴う権利処理やNGべからず集を取り仕切ることを、コンテンツ業界では「行政」と呼びます。

同じことは、アメリカだけでなく台湾、香港など各国でも発生します。いままでは、Netflixが自社コンテンツを自社と契約している有料会員にだけ閲覧させるというから行政が発生することなく、出演のブッキングと複数タレントのキャスティングに専念できるという簡易な権利処理で許されてきた事業だったはずが、突然「会員数が厳しくなってきたんで広告つけて配信するのを半年以上前倒しにしますわ」と言われても、本来であればそれらの権利処理はコンテンツの配信事業者であるNetflixがやらねばならないことであり、ところがそれをNetflixがやるそぶりを見せないまま広告つき配信を強行しようとしているので、特に日本を含む各国の放送業界は超困ることになるのです。

より悪いことに、Netflixにコンテンツを提供している組織に、皆さまのNHKも含まれています。話題のドラマや、私の娘が大好きな「いないいないばあっ!」などの子ども向け番組もNetflixで視聴できるわけなんですが、執筆時点(11月2日20時)で確認している限りでは、どうも広告がついてしまうようです。

東京・渋谷にあるNHK放送センター
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

NHKのことなので、用意周到に放送法を盾にあれこれ言っているようですが、Netflixが言うにはSVOD契約の対象者にNHKも含まれているとのことで、まさに危機一髪であります。俺たちのNHKの番組に30秒尺のコマーシャルがつけて売られてしまう日が、まさか外資系の雑な感じの業務展開によって生まれてしまうことになるのでしょうか。

■NHK対民放という「コップの中の嵐」では済まない

この突然降って湧いた業界特有の問題は、Netflixの前のめりな広告導入が引き起こした個別の事情というよりは、かねて総務省の研究会などでも指摘されてきた、実は地上波など放送業務改革というのはNHK対民放というような国内のコップの中の嵐ではもはやなくなっているのだとも言えます。そのことは、ストイカでの記事(NHK対民放は「谷脇康彦的」成分が不足)にも書きました。

日本国内では、どちらかというと「NHKをぶっ壊す」とか「スマホ持ってたら番組受信できるからスマホ持ってるやつはみんな黙って受信料払え」とか「NHKの金庫にたんまり蓄えられた金の延べ棒を少し取り崩してわずかばかりの受信料を下げて改革したことにします」などの話がさかんに喧伝され話題になります。国内の事業環境だけ見ればNHKはガリバーであり、民放は駆逐される運命にあるともよく言われます。

ですが、コンテンツを作るのにはカネが要り、少なくともまともな日本人が起きている時間帯は「おはよう」から「おやすみ」まで日本全国で何らかコンテンツが垂れ流されているのですから、実際のテレビ局・放送行政というのは巨大な装置産業であり、コンテンツ投資の塊であるとも言えます。

その日本で最たるコンテンツ業界の雄でもあるNHKと民放とがひしめく放送村において、日本におけるガリバーNHKなんぞよりはるか巨大な資本で競争を挑んできているのがNetflix、アマゾン、ディズニーといった世界的なコンテンツ産業の皆さんなのであって、競争はむしろそれら外資系との戦いなのだという理解をする必要があります。

『ブリジャートン家』(原題:Bridgerton)の広告
写真=iStock.com/lcva2
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/lcva2

■放送と通信の着地点について国民的議論が必要

先日の、総務省放送村が主催していた「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」とかいうNHKどうすんだ会議では、青山学院大学の内山隆先生が出色のリポート(「ネット配信時代のメディア産業ー産業組織と経営戦略の観点から」)を取りまとめておられました。ご関心の向きは是非ご一読ください。

その超でかい国際的競争相手のNetflixが、国内権利者問題や地上波民放各局、NHKの権利関係やビジネスモデル上の競合をぶち抜いて広告配信を11月4日から始めるでやんすと強行するのは、単に情緒的に「なめられている」というよりも、完全に独占禁止法上の問題(アメリカ側から見れば反トラスト)であり、総務省の放送村の議論も十分に斟酌したうえで、より政治的に着地点を見繕う必要があるように思います。

NHKを含めたテレビ各局は、もちろんNetflixの広告配信の問題を認識していますが、残念ながらすぐにコンテンツを引き上げるという動きにはなっていません。どうやらNetflixからは一定の収入があるため、それをゼロにしたくないようです。ですが、これまでのビジネスモデルをぶっ壊すような動きを見過ごせば、日本の業界全体が沈没してしまいます。

それもこれも、かなりの時間を「地方のテレビ局が潰れそうだからどうしよう」とか「NHKのデジタル配信は民業圧迫だからやめろ」とか「NHKぶっこわーす」などの国内事情で空費してきた時間のツケを国民が払うことになりかねず、この国の放送と通信をどこに向けて着地させるべきなのかという国民的議論が必要なのではないでしょうか。

----------

山本 一郎(やまもと・いちろう)
情報法制研究所 事務局次長・上席研究員
1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。

----------

(情報法制研究所 事務局次長・上席研究員 山本 一郎)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください