「小型戦術核ならいつでもゴーサインを出せる」プーチン大統領が核兵器使用に踏み切る"最悪のシナリオ"
プレジデントオンライン / 2022年11月6日 9時15分
■4年前の発言に触れると「緊張した沈黙」に
ロシアのプーチン大統領は10月27日、内外の専門家を集めて行う恒例の「バルダイ会議」に登壇したが、3時間半に及んだ演説と質疑応答で、参加者が一瞬、「緊張した沈黙」(ロシア紙)に包まれる場面があった。
司会を務める外交評論家のフョードル・ルキヤノフ氏が核をめぐる緊張が高まっていることに触れ、「4年前のあなたの発言を思い出して不安になった人がいる。大丈夫なのか」と尋ねた。
プーチン氏は2018年10月のバルダイ会議で、「ロシアがミサイル攻撃を受ければ、むろん侵略者に報復攻撃する」と述べ、「われわれは侵略の犠牲者であり、殉教者として天国に行く。彼らは罪を悔いる暇もなく、死ぬだけだ」と語った。核戦争の結果、「天国」に召されるという異常な発言だった。
4年前の発言に関する質問に、プーチン氏はしばらく間を置き、「(会場の)沈黙は効果があったことを示している」と述べて笑いをとったが、笑えないジョークだ。
プーチン氏はまた、「核使用を率先して発言したことはない」としながら、「核兵器がある限り、使用のリスクは常にある」と、核使用を放棄しなかった。
■アメリカが核使用の「先例」を作ったと強調
プーチン氏はこのところ、気がかりな発言が目立つ。米ソが核戦争直前までいった1962年のキューバ危機60周年に際して、最終的に譲歩したフルシチョフ・ソ連首相の役回りを想像できるかとバルダイ会議で質問され、「フルシチョフのような自分は絶対に想像できない」と述べた。核の対決で引き下がらない決意を示唆したともとれる。
9月30日、ウクライナ4州を併合した際の演説では、西側諸国が擁護するLGBTQの価値観を「悪魔崇拝」と非難し、新約聖書の「山上の垂訓」でキリストが偽預言者を暴露した一節を引用しながら、「この毒の実は、わが国だけでなく、西側の多くの人々を含めすべての国の人々にとって明らかだ」と意味不明な説明をした。
この演説では、「アメリカは世界で唯一、核兵器を2回使用し、日本の広島と長崎を壊滅させた。アメリカが核使用の先例を作った」と批判した。日本への原爆投下にはよく言及するが、「先例を作った」という表現は初めて。先例があるので、2回目は許されるともとれる。
2017年公開の米映画監督オリバー・ストーン氏によるプーチンのインタビュー映画では、「だれもがいずれは死を迎える。大事なのは、かりそめの世で何をなし得たか、人生を謳歌(おうか)したかだ」と達観した発言をした。「核のボタン」を握る人物が大丈夫なのか――と疑わせる発言だった。
■「核をいつ使うか、どこで使うか」ロシアでも意見が分かれる
核使用の可能性については、ロシア人専門家の間でも意見が分かれる。軍事専門家のパベル・フェルゲンハウエル氏は9月、筆者らとのオンライン会見で、「プーチンはウクライナを家族の一員と呼び、ロシアの一部とみなしている。核兵器はあくまで抑止力であり、脅すための道具だ。同じスラブ民族に使用するはずがない」と否定的だ。
野党下院議員を務めたアレクセイ・アルバトフ氏は、「ウクライナ軍がクリミアやクリミア大橋、あるいは隣接するロシアの地域に攻撃を行えば、それはロシア領土への攻撃となり、戦術核を使う可能性はかなり高まる」と述べた。
政治評論家のワレリー・ソロベイ氏は自身のユーチューブ・チャンネルで、核使用よりも海での核実験を行う可能性が強いとし、核実験場候補として、①黒海②北極海③太平洋――を挙げた。太平洋の核実験なら中国も反発し、まず考えられないが、「手負いの熊」を極度に刺激しない工夫も必要になる。
核の使用や核実験は、旧ソ連も調印した1963年の部分的核実験禁止条約に抵触する。ロシア政府が条約脱退の手続きをとれば、核使用のリスクが高まろう。
■小型であれば核兵器を使用するハードルは低い
憂慮されるシナリオは、核使用を主張する政権内強硬派、いわゆる「戦争党」がプーチン氏に圧力をかけることだ。
陸軍大将に昇格したチェチェン共和国のカディロフ首長は10月初め、「ロシアは思い切った作戦をとるべきだ。国境付近に戒厳令を敷き、小型核兵器を使用すべきだ」と主張した。
メドベージェフ前大統領は7月、ウクライナがクリミアを攻撃した場合、核使用を前提に「終末の日」が訪れると警告した。部分的動員令やウクライナの民間施設攻撃は、プーチン氏が「戦争党」の主張に歩み寄ったことを意味する。
前出のフェルゲンハウエル氏によれば、破壊力の大きい戦略核兵器の使用は大統領、国防相、参謀総長の承認が必要だが、出力の小さい小型戦術核は、大統領が使用許可を出せば、軍司令官が攻撃目標や時期を決定できるという。小型核兵器使用のハードルは低いということだ。
プーチン氏は10月、ウクライナ軍事作戦の総司令官に「アルマゲドン(最終戦争)将軍」の異名をとる強硬派のスロビキン航空宇宙軍総司令官を任命した。同司令官はシリアでの空爆作戦を指揮し、第2の都市アレッポの焦土作戦を推進した。シリア政府軍の化学兵器使用を容認した疑惑もあり、大統領のゴーサインがあれば、戦術核を使用しかねない。
■侵攻が長引けば核兵器使用の危機が高まる
ロシアの「核の恫喝」に対して、バイデン米大統領は、核兵器による「アルマゲドン」のリスクは1962年のキューバ危機以来最も高い水準にあると危機感を示した。
米国では、ロシアの核使用が現実味を持って語られており、ブルームバーグ通信によると、米国防総省傘下の国防情報局(DIA)は、侵攻が長引いて通常兵器が不足する事態になれば、ロシアは核戦力への依存を強めるとする報告書を作成した。
米政府は、核を使用した場合の強力な対抗策を秘密裏にクレムリンに伝えているとの情報もある。ペトレイアス退役米陸軍大将は、ロシアが核兵器を使用した場合、米国は報復として「ウクライナ領内のロシア軍と黒海艦隊をすべて破壊する」と指摘した。
広島県出身の岸田文雄首相は「ウクライナを新たな被爆地にしてはならない」と訴えるが、戦争長期化の中で、「核使用の脅威」も続きそうだ。
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拓殖大学特任教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年4月から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。
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(拓殖大学特任教授 名越 健郎)
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