トヨタ「新型クラウン」好発進も、売れ続けるとは思えない"モヤモヤ感"が残るワケ
プレジデントオンライン / 2022年11月5日 13時15分
■新型クラウン・クロスオーバーに試乗してみた
従来のクラウンのイメージとは大きく様変わりして話題となっている新型クラウン・クロスオーバーに試乗する機会を得た。
新型クラウン・クロスオーバーにはトヨタハイブリッドシステム(THS II)を搭載したモデルと、まったく新しいデュアルブーストハイブリッドシステムを搭載したモデルの2種類があるが、どちらにも試乗することができた。
前者は従来通りの燃費重視のシステムで、後者はパワーとレスポンスを重視し、燃費はTHS IIに劣るものの運転の楽しさを重視したシステムだ。
運転した感じは、前者でも軽快な運転感覚で乗り心地も良く、非常によくまとまった車で、クラウンを名乗るにふさわしい仕上がりだった。
後者は、スポーツカー並というのはちょっと言い過ぎかもしれないが、伊豆の山道でも非常に楽しめるスポーティーな仕上がりとなっていた。後席の居住性も十分以上のゆとりがあり、高級セダンにふさわしいものとなっている。
■開発者に聞く、クロスオーバーの課題
車の仕上がり具合としては十分以上に満足できるものだ。スタイリングも良い意味で日本車離れをした、きわめてスタイリッシュで魅力的なものである。
しかし、新型クラウン・クロスオーバーはイメージを一新する斬新なスタイリングをもち、クロスオーバーを名乗っているが、車型としてはあくまで独立したトランクを持つセダンなのだ。
新型クラウン・クロスオーバーをセダンとしたことの問題点については、10月に「『使い勝手はあくまでセダン』新発売の新型クラウン・クロスオーバーが抱えた“致命的なジレンマ”」という記事で指摘している。
今回の試乗のあと、開発担当者にそのあたりの事情を聞くことができたので、紹介したい。
■当初は1つの車型の予定が、結果4車型に…
新型クラウンの開発にあたっては、純粋にクラウンのモデルチェンジとしてスタートしたということである。最終的には4車型のワイドバリエーションになるのだが、当初は1つの車型だけで新しいクラウンの世界を表現しようとしたのだ。
そしてその車型こそが、このクロスオーバーなのである。
当初はこのクロスオーバーで今までのクラウン顧客層、つまり中小企業経営者を中心とした高齢の富裕層やハイヤーなどの「黒塗り需要」も賄(まかな)おうと考えたということだ。この層はリアシートの快適性を重視するから、遮音性が高い独立トランク式のセダンを選ぶことに躊躇(ちゅうちょ)はなかったらしい。
デザイナーがこの車のデザインをしたとき、ボディー形式はハッチバックを考えていたらしいが、この理由からあえてセダンとしたということだ。スタイリングは斬新なものにするが、車の特性としては従来のクラウンを踏襲すると。
■わかりにくいクロスオーバーの立ち位置
しかし開発が進むにつれ、クラウンを根本的に変えろという号令を発した豊田章男社長自身から、「セダンも別に作れ」という指示が飛んだのだ。従来型のセダンも別に作るとなれば、従来の需要の多くはそちらに流れると考えるのが自然である。
一方、新型クラウンは海外にも展開したいというのが基本戦略である。海外市場を考えると、とくにアメリカではSUV一色であるためSUVも欲しくなる。
フォードなど、セダンの生産をやめてしまったほどだ。日本や欧州でもSUV比率は高まるばかりである。それで大小2種のSUV(スポーツとエステート)も追加して、4車型という壮大なラインアップとなった。
そうなるとクロスオーバーの立ち位置が非常にわかりづらくなる。
セダンとSUVのマーケットは明確で、どんな人が買うのかも想像しやすい。しかし見た目はクロスオーバーSUVで、使い勝手はセダンというクロスオーバーは誰が買うのか。
■結果的に中途半端な存在になってしまった可能性…
ここで私は1台の車を思い出した。2015年に発売されたボルボのS60クロスカントリーである。
アメリカでは減少傾向とはいえ、独立したトランクを持つセダンには一定の需要があり、セダンに流行のSUVのデザイン要素を加えてヒットを狙ったのがS60クロスカントリーだった。
しかしS60クロスカントリーはぜんぜん売れなかった。一番売れた2016年で563台。その年、普通のセダンのS60は1万4219台売れ、SUVのXC60は2万431台売れているのだ(すべてアメリカの販売台数)。
セダン指向層はあくまでオーソドックスなセダンスタイルを求め、SUV指向層は多用途性に優れたSUVを求めているのだ。そもそもSUVのUはユーティリティーである。
この事実から考えると、クラウン・クロスオーバーは斬新なスタイリングにより発売当初は売れるものの、スタイリングが見飽きられた頃には非常に厳しい状況に追い込まれるのではないかと危惧する。
■社内事情が足かせに
クラウン・クロスオーバーは、マーケットニーズを重視するトヨタとしては珍しく社内的な事情で生まれてしまった車種のように感じる。どこに問題があったのか。
一番重要なポイントは、クラウンとは何なのか、という定義付けの問題である。トヨタはクラウンを「高級セダン」と定義したのだ。新しい時代のセダンはどうあるべきか、と考えてしまったのだ。
つまり、車型を固定したうえでスタイリングによって新しさを出そうとしたのである。私はここに根本的な間違いがあったと思う。セダンであるならば、求められているのはフォーマル性である。機能というよりも「様式」だ。服でいえばスーツのようなものだろう。
クロスオーバーを開発したものの、結局オーソドックスなセダンを追加することになったのは当然の成り行きだと思う。セダンという足かせをかけておきながら、まったく新しいものを作ろうとしたことに無理があった。
結果、高級セダンでありながらカジュアルさ、スポーティーさを感じさせるものとなったのである。
■ユーザーフレンドリーなアプローチをすべきではなかったか
それでは、クラウンをどう定義するべきだったのか。
クラウンはセダンであり続けたが、その理由は「フォーマルできちんとしていて、公的な場面や大切なお客様を乗せる場面でもふさわしい」からだと思う。そういうニーズを満たす車だから、クラウンは支持されてきたのだと思う。
ボディー形式の問題ではなく、社会的な存在意義、ユーザーが求めるイメージからクラウンを定義するべきだった。だとするならば、セダン云々ではなく、これからの時代のフォーマルカーはどうあるべきか、と考えるべきだったのではないか。
■レンジローバーに見る「新時代のフォーマルカー」
「新時代のフォーマルカー」を考えるとき、私は1台の車を思い浮かべる。それはランドローバーのレンジローバーである。
レンジローバーは車型的にはSUVだが、その凜(りん)とした佇(たたず)まいは非常にフォーマル性を感じるものだ。レンジローバーはモデルチェンジを重ねるごとにフォーマルなイメージを高めていったと思う。
今やフォーマルカーとしても世界的なポジションを獲得しており、イギリスのスナク新首相がチャールズ国王の任命を受けるためバッキンガム宮殿に向かうのに使った車は、レンジローバーだった。
エリザベス女王の葬儀に参列する天皇皇后両陛下を送迎した車もレンジローバーだった。時流に乗ったSUVでありながら、フォーマルな場面でも高級セダンに見劣りしない存在感。まさに新時代のフォーマルカーである。
■新型クラウンが目指すべき方向性
日本やアジア諸国では、ミニバンもフォーマルカーのポジションを獲得しつつある。ハイヤー業界でも黒塗りのアルファードをよく見かけるようになったし、中国や東南アジアではアルファードをベースとした豪華なレクサスLMが発売されており、人気を博している。
ただし、アメリカやヨーロッパではミニバンはあくまでファミリー向きの車型というイメージが強く、フォーマルカーとしては難しい。
クラウンが世界展開をするのであれば、SUVでありながらフォーマル性を感じさせるもの。それこそが新時代のクラウンが目指すものだったのではないか。
■大型SUV「クラウン・エステート」への期待
セダンは確かに快適性・静粛性を最も実現しやすいボディー形式である。
しかし技術の進化とともに他車型の欠点は少なくなっており、レンジローバーをはじめロールスロイス・カリナン、ベントレー・ベンテイガ、メルセデス・マイバッハGLSといった超高級SUVですら、すべてボディー形式は5ドアハッチバックである。
日本を含むアジアでは、ミニバンも新時代のフォーマルカーとして可能性が高いだろう。クラウン・クロスオーバーはそもそもセダンにこだわるべきではなかったのではないだろうか。
遠くない将来、クラウンには大型のSUV、クラウン・エステートも追加される。フォーマルなイメージを加えることができれば、このエステートこそがクラウンを代表する存在に育つ可能性は大いにあると思う。
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マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)
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