日本はどちらの味方をするべきか…COP27で途上国に一方的な脱炭素を押しつけるEUの不誠実
プレジデントオンライン / 2022年11月4日 18時15分
■石炭火力発電の「段階的廃止」を主張したEU
11月6日から18日まで、エジプトのリゾート地、シャルム・エル・シェイクで国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)が開催される。
今回のCOPのポイントの一つは、気候変動対策の強化を呼びかける先進国、特に欧州連合(EU)が、途上国の気候変動対策のサポートに関して、具体的な方向性を示せるかにある。
英国のグラスゴーで開催された昨年のCOP26では、EUが石炭火力発電の「段階的廃止(phase out)」を主張した。しかし会期を一日延長して実施された詰めの協議で中国とインドが異論を唱えた結果、米国の仲介もあって、表現が「段階的縮小(phase down)」に書き改められた。石炭火力に依存せざるを得ない途上国の立場を中国とインドが代弁したかたちとなった。
■途上国からの注文に応えられるか
この「グラスゴー合意」が締結された直後、COP27の開催国に選ばれたエジプトのエルシーシ大統領は、気候変動対策の重要性を強調する先進国に対して、途上国に対する支援を充実させるように注文をつけた。
温室効果ガスの排出量が多いのは工業化が進んだ先進国であり、途上国ではない。このことをきちんと認識し、途上国に配慮するべきだというわけだ。
エジプトの場合、地球温暖化に伴う海面の上昇を受けて、主要な農業地域である地中海沿岸のナイルデルタへ海水が侵入し、塩害が生じることが懸念されている。
同様の問題はアフリカのみならず、世界各地で生じているが、こうした問題につながるとされる温室効果ガスを排出してきたのは、気候変動対策を呼びかける先進国に他ならない。
もちろん、エジプトのエルシーシ大統領は、途上国側も気候変動対策に注力すべきだという立場である。しかし途上国のノウハウだけでは、十分な気候変動対策など不可能だ。
巨額の資金が必要となることもあり、途上国が気候変動対策を進めるためには、それを呼びかける先進国が適切な支援を行うべきであるとまっとうな主張をしたのである。
■ウクライナ戦争で石炭火力に回帰
その後、今年2月24日にロシアがウクライナに侵攻したことで、世界のエネルギー事情は大きく変化した。特に途上国に対しても声高に気候変動対策の実施を訴えていたEUは、ロシア産の天然ガスの価格が急騰したことと、さらにロシアからガスの供給が絞り込まれたことを受けて、「時限的な措置」としながらも石炭火力発電を再開させた。
その結果、EUの今年7月時点における石炭火力による発電量(12カ月移動平均)は今年1月に比べて6.5%増加した。一方で、EUが重視する再エネによる発電量(同)は1.5%増にとどまった。有事に当たり、弾力的に対応できたのは石炭火力の方だったわけだ。そして電源構成に占める石炭火力の比率(同)も15.2%まで上昇した(図表1)。
■このままでは途上国が耳を貸さなくなる
EU各国は石炭火力の再活用を「時限的な措置」と強調するが、気候変動対策を推進する立場から、昨年のCOP26で石炭火力に厳しい態度で臨んだ経緯がある。
そのため、石炭火力の再開に関して、EUは今年のCOP27で説明責任を果たすべきではないか。真摯(しんし)なスタンスで臨まなければ、途上国はEUの主張に対して耳を貸さなくなるだろう。
そのEUの閣僚理事会(加盟各国の閣僚から構成される立法・政策調整機関)は10月24日、直前に行われたEU首脳会議での総括を受け、今年のCOP27に向けたEUの交渉上の立場を発表した。
この中で閣僚理事会は、パリ協定の目標を実現するため、全ての条約締結国が野心的な目標や政策を掲げることを求める方針を示した。
一方で石炭火力発電に関して閣僚理事会は、昨年COP26で合意された「段階的な削減」を条約締結国に対して求めるとの方針を示すにとどまった。
自ら石炭火力発電の再開に踏み込んだ手前、石炭火力発電の廃止について今のEUが強いメッセージを発することは、途上国のみならず世界的な共感を得にくいと判断したのかもしれない。
■EUが野心的な気候変動対策を志向する事情
世界各国に気候変動対策の強化を訴えながらも、自らがタブー視した石炭火力発電を再開したこともあり、石炭火力発電に関する強いメッセージを打ち出すまでは踏み込まなかった閣僚理事会は、それでもまだバランス感覚があるといえるだろう。
一方で、閣僚理事会とともにEUの立法機能を果たす欧州議会は、気候変動対策でさらに野心的な主張を堅持している。
現在、欧州議会と閣僚理事会は「Fit for 55」と呼ばれる、1990年比で55%減以上と定めた2030年の温室効果ガス削減目標の実現ための政策パッケージを協議している。そして欧州議会は、最終エネルギー消費ベースのエネルギーミックスに占める再エネ比率の2030年目標を、現行の32%以上から45%以上に上げるべきと主張する(図表2)。
これに先立ち、EUの執行部局である欧州委員会は今年5月、化石燃料の「脱ロシア化」を進めるための行動計画「リパワーEU」を発表し、この中で最終エネルギー消費ベースのエネルギーミックスに占める再エネ比率の2030年目標を45%以上に上げるよう提案していた。欧州議会の野心的な主張は、この欧州委員会の提案に沿ったものだ。
■欧州議会で勢いを増す環境会派
当初、欧州委員会は目標値を32%以上から40%以上に上げるべきと提案していたが、ロシアのウクライナ侵攻を受けてその目標を45%以上に上げるように再提案した経緯がある。
閣僚理事会は40%以上に引き上げるべきだという欧州委員会の提案には同意しているが、それを45%以上に高めるべきという「リパワーEU」での提案には同意していない。
環境会派が勢力を強める欧州議会は、気候変動対策の強化を訴える。欧州委員会もまた、EUの世界的な影響力を高めるという観点から、気候変動対策の強化を志向する。閣僚理事会はまだ国際世論に配慮する姿勢を見せているが、EU全体の本音は、引き続き気候変動対策について世界各国に野心的な気候変動対策を求めることにあるといえよう。
■COP27で問われるEUの本気度
COPは常に、EUを中心とする先進国が気候変動対策の強化を訴える一方で、途上国が慎重論を唱える対立の場でもあった。
すでに述べた通り、昨年のCOP26でも、石炭火力発電をめぐり野心的な目標設定を定めようとしたEUと、慎重な扱いを求めた途上国の対立が明らかとなり、米国の仲介で妥協が成立した経緯がある。
しかしEUは、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、自らが廃すべきとした石炭火力発電へ回帰した。そのEUは、今年のCOP27でも途上国に対して気候変動対策の強化を訴えるはずだ。
そうであるなら、途上国に対する示しを付けるためにも、EUは今年のCOP27で、石炭火力の再開について説明責任を果たすべきではないだろうか。
それを踏まえたうえで、EUには、途上国の気候変動対策のサポートに関して、具体的な方向性を示すことが求められるだろう。EU版「一帯一路」構想ともいえるグローバル・ゲートウェイ構想に基づくインフラへのODA(政府開発援助)などを、自らが戦略的に重視するアフリカや東欧だけではなく、世界的に拡大してもいいはずだ。
■日本のアプローチは正解
EUにそうした姿勢が見られず、単に気候変動対策の強化を声高に訴えるだけでは、COP27で具体的な成果が達せられるとは考えにくい。
気候変動対策でイニシアチブを採ろうとする以上、EUは説明責任とともに実行責任が問われることを認識すべきだろう。今年のCOP27は、EUの本気度を確認する好機になるのではないか。
日本も当然、今年のCOP27に参加する。日本に求められる姿勢は、やはり途上国の声に耳を傾けることにあるのではないだろうか。
少なくとも、途上国に対して一方的に気候変動対策の強化を訴えるような態度は避けるべきであるし、その点については、日本の今までの途上国へのアプローチは間違っていないと考えられる。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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