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保護者が注目…近ツリのPTA代行サービスが突きつける"何のためのPTAなのか"という深い問い

プレジデントオンライン / 2022年11月8日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tiero

2022年8月に近畿日本ツーリストが「PTA業務アウトソーシングサービス」を開始した。東京都内の公立小学校でPTA会長を3年務めた政治学者の岡田憲治さんは「時代にそぐわない活動を続けてきたPTAにとって、今を生きる者たちの生活の要望に沿った改革・工夫は不可欠だ。そのためには、持ちうるリソースで『外注』を選択すれば良い。しかし、それは『運営を丸ごと投げる』こととは異なる」という――。

■老舗旅行代理店が“PTAマーケット”に参入

PTAをめぐる「強制や嫌々ながらの参加」、心に沈殿する「ノーと言えずに無理して生まれる怨嗟」は、SNSの日常化によって、地底から噴き出すマグマのようにすっかり顕在化してきている。上部団体からの政令都市P連の離脱の動向なども報じられつつある。

※近畿日本ツーリストPTA業務アウトソーシングサービスのサイトより
※近畿日本ツーリストPTA業務アウトソーシングサービスのサイトより

そんな問題の可視化が進みつつある昨今、ついに老舗の旅行代理店が「PTA業務アウトソーシングサービス」として、公然とPTA「マーケット」に参入してきたことは、少なからず波紋を呼んでいるにちがいない。「それはいくら何でも」と「その手があったか」の両方であるかもしれない。

多忙ゆえに負担も重く、各保護者のスキルやセンスもバラバラで、ボランティアなのに「一人一役」という準強制的なものとしてやらされているPTA会員に、救いの手を差し伸べてくれる、「金で解決できる」のがこのサービスなのだろう。

PTA会長をしていた3年前当時は、私は冗談モードでアウトソーシングについて話していた。東京の中でもかなり暮らしぶりの良いエリアの公立学校では、全てが業者に代行されるんじゃないかと想像していたのだ。芸能人や高額所得者がたくさん住んでいる地区では、私的生活をさらしたくないという事情も合わさって、「お金で解決できるならそれで良くない?」という人たちが必ず束でいるはずだと思ったからだ。

しかし、今やこの旅行代理店の参入によって、もはやこれは冗談ではなく、現実となった。

■アウトソーシングでPTA業務の効率化は進むのか

PTA業務(仕事じゃなくて「活動」なのに!)をアウトソーシングする最大の理由は「効率の追求」だろう。もちろん、利潤追求の企業とは異なり、PTAは「任意団体」であるから、効率がこの組織の至上命題であるはずはない〔「自由に出入りも運営もできる幸せのための仲間づくりをする組織」が任意団体の本来の意味なのに、多数の保護者がPTAを「学校や教育委員会の(行政の)下部機関」だと誤解している!〕。

だから「効率化せよ」という気持ちの起点は企業とは異なり、それは「負担を減らしたい」という、「嫌々ながらやっている苦しみを軽減してくれる」という期待なのだ。

この2〜3年はPTA活動リストも棚卸しが進み、「コロナですから」の7文字で、これまで手をつけなかった無駄な活動をスクラップできているのだから、この期に及んで活動の負担が重いとなるのも不思議だ。でもこの社会の真面目人たちは、これまでの慣習から完全に解放されることがなく、相変わらずPTAの仕事に追われていて、だからお金で代行してくれるサービスは贈り物のようなものなのかもしれない。

コロナで旅行代理店も大打撃を被っているはずだし、細かいサービスや顧客視点を常に意識してきた会社には、「おもてなし」的精神のあるPTAを代行するには好都合だと思える。これであの苦しみからも解放されるのかもしれないと。

■PTAでは既に多くの作業が「外注」となっている

しかし、件の旅行代理店の提供サービスのリストを見ていると、「今のPTAはもうすでに相当の作業を外部にお金払ってお願いしている」ことに気づく。これらのサービスはもうほとんど私が会長をしていた時に実際に発注したり、そうしましょうと役員会で話していたりしたことだらけなのだ(著書『政治学者、PTA会長になる』、毎日新聞出版、2022年)。

例えば、「広報誌の作成」「ウェブサイトの作成・充実化」「各種行事で配るグッズの制作」「運動会のライブ配信」「出張授業や学習支援」などは丸投げにはしないが、かなりの部分をプロにお願いしている。広報誌の作成などは、保護者に仕事でやっている人が比較的多く含まれているから、ある年度は「仕事として発注」したり、また別の年度になると「大した作業じゃないのでボラで結構です」と言ってくれたりもする。

■アウトソーシングは日常の風景

ウェブサイトの充実化などは、コロナ禍では必須課題で、多大な事務を抱えている副校長(PTAにおける教師側の代表)を解放してあげるためにも、書類の配布と記入と提出が全部オンラインでできるシステムにすれば、ほぼ全員がスマホ所有者の保護者は、子供に口うるさく言わなくても、通勤電車の中でおおむね処理を済ませてしまえる。

周年行事のグッズ制作など100%が外注だし、運動会の配信はボラで本業のママパパがワンダフルな仕事をしてくれた。各種講演者へのお願いなども、要は保護者間に著名なスピーカーが見つからない時は(見つかることも多い!)外注だ。

運動会のかけっこ・ゴールまであと少し
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

もうPTA活動のほとんどの部分では、アウトソーシングは日常の風景であって、もはや「子供のために身を犠牲にせず金で済ますなど不純だ」などという手作り原理主義者など、この社会(とりわけ都市部)では見かけないはずだ。

■効率化して良いものと悪いものがある

こういう現状を確認すれば、「PTAの外注はいかがなものか?」という問いは、その「どこを」問うているのかをクリアにさせなければならないだろう。そうでないと、「無理して非効率なことを恨みと苦しみを抱えてやって、負のオーラをまき散らかされるより、結構な額の会費予算を有益に活用するほうが良い」という大ざっぱな話に回収されてしまうからだ。

だから問うべきものを切り分けなければならない。それはPTA活動の各種活動の「個別のスキルの向上や補助」という課題と、PTAという団体の「運営のやり方」の技法との区別である。それは次のような問いへとまとめられるだろう。

メンバーの意見によく耳をそばだて、“当事者”意識を手放さず、この地域で暮らす保護者と一緒に、子供と学校のサポートをあくまでも“自分たちで決めて”自治運営していくことそのものを、地域や生活と無関係な企業に丸投げしていいのか否か?

政治になぞらえれば、「選挙の時の投票を用紙にするのか電子投票にするのか?」という問題と、「社会を維持するために集める税金の額を、隣国政府に決めてもらっていいのかどうか?」とは、根本的に異なる次元の問題である。われわれは果たして「政府の運営(安全保障も含めて)は隣国の方が長けているから、外注でお願いしましょうか?」という問いを立てるだろうか? 戦闘機はアメリカから買うが、それを飛ばす決定は自分の政府がやるのが普通の国というものだ。

外注するか、内製化するか
写真=iStock.com/3D_generator
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/3D_generator

■効率化すると「そこに人が集まる理由が消滅」してしまう

日々の活動に必要な外注もの以外に、私たちは「これを外注してはツマラナイものになっちゃう」というものがある。それは各種の「手作りイベント」である。「手作りなんてウザいから、定番っぽいもので十分」という切羽詰まった保護者の心もあるだろう。

しかし、PTAの大切さの一つは、PTAという人々の参集が「地域に根差した何か」を体現していることだ。業者がお仕着せで提供してくるコンテンツとやらを、学校不在、子供不在、保護者も地域も不在で購入してみせてあてがうと、必ず失われるものがある。それは、「人々が参集する理由」だ。

要するに、効率を追求していく先の先には、もう人が集まる理由がなくなるのだ。サービス提供をしてくれるのに、余計なことをしてはいけないという気持ちが働くからだ。その分のお金は払っているんだから、こっちにはやることはないと。

■集まってだらだら話したい気持ちは無くならない

でも、地域を生きる人々の間には、どうしても「参集したい気持ち」がさまざまな心のレベルで共有されている。コロナ禍が続いて、ようやく7つめのウェーブが収まりつつある今、各種制限もつけながら地域の秋祭りは3年ぶりに開催されていて、私が見聞きしたものを総合すると、驚くほどのにぎわいぶりなのである。

究極の効率化を図って、「バーチャルお祭り体験」などが技術的にはたやすくできる昨今でも、人々の「何か集まって、たむろって、だらだらと話したい」という気持ちは決して無くならないのだ。外注と効率が過ぎると、人々のこうした気持ちにふたをしてしまうのだ。

■究極の非効率として体験した「開校一期生とのイベント」

娘が通う小学校は、今年の秋が開校80周年だった。学校の公式行事も何とか無事に終わり、今度はそれに続いて保護者有志による「80年前にタイムスリップ!」というスペシャルイベントが行われた。

卒業第一期生(併合開校ゆえ当時4年生だったので90歳!)を中心に、「あの頃の小学校と地域の様子・暮らし」を、保護者と子供たちがインタビューをして、それを演劇として表現し作り上げ、かつ「戦時中時代」「ママパパの子供時代」、そして「自分たちの今」の三つのそれぞれの時代の「遊び場マップ」を作成したのである。

もちろんここに集まったのは、PTAサークルの中の有志が「この指止まれ!」と声がけした結果来てくれた人たちだ。

PTAサークルは、なにも「バレーボール」とか「コーラス」だけでなく、学童保育が終わる高学年の放課後の居場所を考えるサークルであったり、子供たちと演劇を楽しむサークルなどもあり(自由にサークルを作れるし予算もつけてくれる)、その中には昨年地域の商店街アーケードの取り壊しに際して子供たちがやったサヨナラのイベント劇のメンバーが含まれていたりする。つまりあちこちから集まった人や子供たちで、そこにPTAによる強制的な動員は全くない。PTA役員も「一部含まれている」だけで、ゆるやかにバックアップしてくれた。

高齢先輩方へのインタビューのための歴史や地理の勉強、母校出身者の発見と協力要請、演劇のための脚本作りと子供たちの稽古、慣れない舞台装置の工夫や準備など、半年にも及ぶ長期的な計画と努力と模索が、文字通り素人集団の手作りによって継続的になされた。これぞまさに究極の「非効率」作業だった。

■地域の人と集まり自分たちでイベントを作り上げる喜び

集中力のない子供たちの的の外れた質問に、戸惑いながらも丁寧に対応してくださった地域の先輩方、それをヤキモキしながら見守るわれわれ保護者、そもそもお話をうかがう前に頭を悩ました卒業生の発見作業など、われわれはとてつもない体力とため息と気持ちを使い尽くした。しかし、参集した多くの保護者たちは、このイベントを終えて「疲れた」とは思いつつも、誰一人として「無駄な時間をかけた。業者に頼んでもよかった」と言う者はいなかった。

そこにあったのは、「幸福なる非効率」の実感と、そこで生き、暮らす者たちと集い、共有地平を発見し確認した喜びだった。私たちは、集い、立ち上げ、工夫し、作り、話し、聞き、葛藤し、けんかもして、毎日地域を保護者仲間や子供たちと共に「生きて」いたのである。生きることは外注できない。もしこれに擬するものを業者から購入したなら、学校にも地域にも、人々は参集しなかっただろう。そうする理由がないからだ。

PTAの集まりの前に事前登録に並ぶ親
写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn

■改めて考えたい「何のためのPTAなのか」

旧態依然の前例から1ミリも逸脱せず、「何も考えなくていいから」という理由だけで時代にそぐわない活動を続けてきたPTAにとって、今を生きる者たちの生活の要望に沿った改革・工夫は不可欠である。そのためには、運営を担う者たちは当事者として「自分たちによる合意づくり」を通じて、必要ならば持ちうるリソースで「外注」をすれば良い。

しかし、それは「運営を丸ごと投げる」こととは異なる。必要なのは、自治を助けるスキルと技法である。自治を手放す外注をするなら、議論は「本来行政がやるべきことを民間企業にやらせるのか否か?」という全く別のものとなり、保護者は任意団体を維持し、そこで活動することの根拠を失うことになるだろう。学校応援の選択肢は、「租税か? サービス料か?」だ。この時、PTAの話はなくなる。

だから、われわれに必要なのは「行政も企業も手が届かない何か」を生きる喜びを実感することなのである。

そのためには、「私は居たくてここに居るのだ」という基本の気持ちを抱え持つ「幸福な不平等」と「幸福な非効率」を愛でる人々が必要であり、彼らの出入りが自然に展開する空間と時間こそが、PTA舞台には不可欠であることは言うまでもない。

外注が必要ならばすれば良い。ただし、「注文するか否かを決めるという決定そのもの」は外部に発注できないのだ。それを外注して丸投げするなら、「生きることそのもの」が消費されるだろう。

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岡田 憲治(おかだ・けんじ)
政治学者
1962年東京都生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。専修大学法学部教授。民主主義の社会的諸条件に注目し、現代日本の言語・教育・スポーツ等をめぐる状況に関心を持つ。著書に『なぜリベラルは敗け続けるのか』(集英社インターナショナル)、『ええ、政治ですが、それが何か?』(明石書店)などがある。

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(政治学者 岡田 憲治)

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