保険証と一本化すればマイナカードも普及するはず…そんな政府の思惑が大ハズレした根本原因
プレジデントオンライン / 2022年11月4日 19時15分
■マイナカード普及の「切り札」になるはずだった
現行の健康保険証を2024年秋をメドに廃止し、マイナンバーカード(個人番号カード、マイナカード)と一体にした「マイナ保険証」に切り替えるとした政府の方針が早くもぐらついている。
10月13日の記者会見で方針を打ち出した河野太郎デジタル相は、なかなか進まないマイナンバーカード普及の「切り札」になると自らの手柄を確信していた様子だった。ところが、その後、任意だったはずのカード保有が「実質義務化」されることになるのではとの批判が噴出。デジタル庁にも数千件にのぼる不安の声が寄せられたといい、火消しに追われている。
河野大臣自身、10月20日の参議院予算委員会で質問されると、「これは今まで通り申請に応じて交付するものだ」と短かく答えるにとどまった。雄弁な河野氏が一気にトーンダウンしているのだ。
政府がマイナンバーカードの普及に躍起になる一方で、普及率は思ったように伸びていない。カードを取得した人に買い物などに使える「マイナポイント」を付与する制度まで導入。「第一弾」として2500億円を使ったが、2021年5月1日に30%だった普及率が年末に41%になるにとどまった。
これでもかと2022年から「第2弾」を開始、ポイント付与を最大2万円に引き上げた上で、7500万人分に相当する1兆4000億円の予算を組んだ。ところが、予算を残すありさまで、2022年9月末だった期限を12月末までに延期した。9月末時点での普及率は49%と、国民の半分にとどいていない。
■10万筆を超す反対署名が集まった
なぜ、マイナンバーカードが普及しないのか。デジタル庁の調査では「情報流出が怖いから」(35.2%)、「申請方法が面倒だから」(31.4%)、「カードにメリットを感じないから」(31.3%)が3大理由になっている。河野大臣が「マイナ保険証」への一本化を打ち出したのも、カードの利便性を増すことが基本的な狙いで、ほかにも運転免許証との統合を前倒しする方針も掲げている。
もともと、保険証との一体化や免許証との統合は政府の「骨太の方針」でも示されていた。河野氏の方針に批判が集まっているのは、現行の保険証を24年度以降に「原則廃止」するとされていたものを、一歩踏み込んで、「24年秋に廃止」と期限を明示したからだ。従来の健康保険証が無くなれば、病院での診察時には保険証を兼ねるマイナンバーカードが必須になるわけで、カード取得が「実質義務化」されることになるわけだ。
遅々として普及が進まなかった政府からすれば、「起死回生の一打」といった強硬策だが、当然、反発も強い。
現行のマイナンバー法ではカードの発行について「申請に基づき個人番号カード(マイナンバーカード)を発行する」と定めており、取得を強制するには法改正が必要になる。そもそもマイナンバーで国民を管理すること自体に長年反対している人たちもいる。マイナンバー制度の導入時はカード保有は任意だったものを、実質義務化するのは「話が違う」ということになるわけだ。
政府の足元でも反対論が吹き上がった。公務員などの組合が傘下にある全国労働組合総連合(全労連)がさっそく反対声明を出し、2週間余りで10万筆を超す反対署名を集めた。日本弁護士連合会も強制に反対する会長声明を出している。国民のさまざまな情報を国が一元的に管理することになりかねないマイナンバーカードに、人権擁護の観点でも懸念があるというわけだ。
■日本医師会会長「2年後の廃止が可能かどうか…」
では、仮に、強制されなくとも使いたくなるくらい「マイナ保険証」は便利なのだろうか。
すでに健康保険証とマイナンバーカードをひも付けるサービスは始まっている。ひも付ければ、マイナンバーカードを保険証として利用することもできる。厚労省のホームページには「便利に!」なるとして「顔認証で自動化された受付」「正確なデータに基づく診療・薬の処方が受けられる」「窓口での限度額以上の医療費の一時支払いが不要」と書かれている。
いずれも、それが「便利!」と思うことだろうか。しかも、マイナンバーカードの読み取り機が設置されてシステム対応できる医療機関はまだまだ限られていて、どこでも使えるわけではない。
万が一に備えて健康保険証を財布の中に入れている人も多いが、現状ではマイナンバーカード1枚にはできず健康保険証も持ち歩くことになりそうだ。「薬の情報をマイナポータルで閲覧できる」と言った便利さも書かれているが、マイナンバーカード用のサイトである「マイナポータル」を恒常的に利用している人はまだまだ多くない。
「2年後の廃止が可能かどうか、非常に懸念がある」。日本医師会の松本吉郎会長は10月19日の記者会見でこう述べた。マイナ保険証については「特別反対していない」としたものの、マイナンバーカードがあまり普及していない現状では廃止は難しいとしたのだ。
■情報流出への懸念は当初の政府対応に端緒があった
政府が音頭をとっても、マイナンバーカードが国民の半数にしか普及しないのはなぜなのか。やはり、利便性の問題だけではなく、「情報」が流出することへの漠然とした懸念があるのだろう。
これには、マイナンバーカードを発行し始めた当初の政府の対応のマズさがあった。「マイナンバーは他人に絶対に知られてはいけない」、「マイナンバーカードを見られるのも危ない」という意識を国民に植え付けてしまった。最近は政府の説明も大きく変わっているのだが、今でも「マイナンバーカードは貴重品だから持ち歩かないで金庫にしまっておく」という高齢者が少なからずいる。
河野デジタル大臣が自ら発信している「ごまめの歯ぎしり」というメールマガジンの10月18日号は、「マイナンバーの疑問に答えます」というタイトルだった。
Q&A方式で書かれていて、冒頭の質問は「マイナンバーカードは、持ち歩いてもいいものなのか、それとも家の金庫にしまっておくものなのですか」だった。答えは「持ち歩きましょう」。ただし、銀行のキャッシュカードやクレジットカード同様、落としたり無くしたりしないように、というものだった。マイナンバーを人に見られても大丈夫、というQ&Aもあった。
また、仮にマイナンバーカードを落としたとしても、マイナンバーカードのICチップに入っているのは、名前、住所、生年月日、性別、顔写真、電子証明書、マイナンバー、住民票コードだけで、医療情報や税・年金といった個人情報は入っていないので、暗証番号を知られない限り、悪用されることはないとも回答している。
■現況のITシステムはサイバー攻撃に耐えられるのか
おそらく、大臣自身にそう言われても安心できない、という人も少なくないだろう。
そんな最中、10月31日に世の中を震撼させる事件が起きた。大阪府の「大阪急性期・総合医療センター」がサイバー攻撃を受け、電子カルテシステムがダウンした結果、病院の診療がストップする事態が発生したのだ。
身代金要求型のコンピューターウイルス「ランサムウェア」による被害と見られ、復旧には相当な時間がかかると見られている。この事件を機にSNS上などでは「マイナ保険証への移行は止めるべきだ」といった意見が強まっている。マイナンバーカード自体に情報が保存されていなくても、連携したシステム自体がトラブルを起こした時に、マイナンバーカードだけで大丈夫なのか、現行の保険証を残した方が安全ではないのか、というのである。
情報をデジタル化し一元管理しようとすれば、そのバックアップを含め、システムの頑強さが求められる。医療機関の場合、ITの専門人材がほとんどおらず、規模も小さいためIT投資もままならないため、デジタル化が遅れているところが少なくない。逆にそれがハッカーやコンピューターウイルスに脆弱(ぜいじゃく)ということになりかねない。国民の疑念を払拭しないまま、マイナ保険証に突き進むことは難しいだろう。
■「情報が悪用されること」への疑念は消えない
もうひとつ、根本的に問われているのが、政府への「信頼度」だろう。
利便性を高めるために政府に情報を集中させても、政府がそれを悪用し国民を過剰に監視するような使い方はしない、という信頼感がなければ、国民の多くの情報を国が一元管理する体制には支持が得られない。
マイナンバーカードを手にしていない半数の国民には、国に対する「疑念」を払拭できていない人が少なからず存在する。つまり、マイナンバーカードの普及には政府への信頼が不可欠だ。
旧統一教会との問題が次々と表面化。首相や大臣の発言はくるくる変わる事態となって、岸田文雄内閣の支持率は大きく低下している。そんな政府の信用度が瓦解している中で、デジタル化もマイナンバーカードの普及も進まないだろう。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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