差別DMに「心が麻痺するくらい慣れた…」急増するミックスルーツのアスリートが受ける誹謗中傷の実態
プレジデントオンライン / 2022年11月9日 11時15分
※本稿には、人種差別の現状を報道するため、差別・中傷の表現が含まれています。
1998年FIFAワールドカップを制したのは地元・フランスだった。この優勝はスポーツ界にとって、ひとつのターニングポイントだったといえるかもしれない。
当時の主力メンバーは、アルジェリア系のジダン、アルゼンチン系のトレゼゲ、ガーナ生まれのデサイー、両親がカリブ海出身のアンリら。いわゆる「ダイバーシティ(多様性)の勝利」だったからだ。
移民大国として知られるフランスにはさまざまなルーツを持つ選手がいる。2018年FIFAワールドカップで20年ぶり2度目の優勝を果たしたとき、純粋なフランス人はVメンバー23人中4人しかいなかった。
そして日本のスポーツ界にもダイバーシティの波が確実に押し寄せている。
■「マテンロウ」アントニーの鉄板ネタを笑っていいのか
お笑いコンビ「マテンロウ」のアントニーという“ハーフ芸人”がいる。アフリカ系アメリカ人の父を持つアントニーは子供の頃かカラダが大きかった。少年野球で打席に立つと、相手チームの監督が外野手を下がらせてレフトの選手が川に落ちたことから「レフト殺し」と呼ばれたというネタを何度も披露し、笑いを誘っている。
そんな鉄板ネタを持つアントニーは3歳のときに父親が亡くなったこともあり、英語が得意ではない。英会話スクールで先生に間違われたというエピソードもある。新たな父親が寿司職人であるなど、芸人になり、これまでの苦悩を「笑い」に変換させてきた。ミックスルーツであることを理由にいじめを受けたことはないというが、アルバイトの面接に全く受からない時期があるなど、外見で差別を受けたこともあるようだ。
1988年に発行された赤瀬川隼の小説に『ブラック・ジャパン』(新潮文庫)がある。ソウル五輪で胸に日の丸を付けた黒人ランナーが男子マラソンで優勝するという、オリンピックとナショナリズムの問題を扱った物語だ。
作品発表10年後にFIFAワールドカップでフランスが多様性の勝利を収めるわけだが、赤瀬川隼の空想が日本でも“半分”は現実になっている。
■ミックスルーツのアスリートが増えている
陸上競技をメインに取材している筆者は、10年ほど前からいわゆる「ハーフ」(以下、ミックスルーツと記述)選手が急増しているのを実感している。2011年の全日本中学校選手権大会では女子の個人9種目中、4種目でミックスルーツ選手が優勝した。
今季の日本ランキング10傑には、男子100mでサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)、デーデー・ブルーノ(セイコー)。同400mでは、ウォルシュ・ジュリアン(富士通)、中島佑気ジョセフ(東洋大)、メルドラム・アラン(東農大)がランクインしている。今夏のオレゴン世界陸上で4位に食い込んだ男子4×400mリレーはウォルシュと中島が出場。入賞メンバーの半数がミックスルーツ選手だったことになる。
これまで数々のミックスルーツ選手を取材してきた。彼らの場合、日本で生まれ育つか、幼少期に来日しており、日本語には不自由していない。一方で、幼い頃に両親が離婚しており、父親の顔どころか、国籍を知らないということもある。なかには親の国籍については、「言いたくない」と話す選手もいた。見た目でイジメや差別を受けた経験のある選手も少なくないようだ。
■有名ミックスルーツ選手への誹謗中傷
いじめる側と、いじめられる側。前者が軽い気持ちで発した言葉だとしても、後者にとっては深い傷となることがある。理解度が未熟な小学生の場合は、差別的な発言があったとしても仕方ない部分があるだろう。しかし、大人になっても、見た目で“NGワード”を連発しても平気な者がいるようだ。
最近ではバスケットボール女子の東京五輪銀メダルメンバーで、現在はギリシャリーグでプレーするオコエ桃仁花(エレフテリア・モシャトウ)の言葉が話題になっている。オコエはナイジェリア人の父を持ち、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するオコエ瑠偉選手の妹。人種差別というべき内容のダイレクトメッセージの画像を添付したうえで、「もう心が麻痺するくらい、慣れたよ」とツイートした。
![2022年9月27日、シドニーで行われた女子バスケットボールワールドカップ・グループBの最終日、オーストラリア対日本戦で、日本のオコエ桃仁花(富士通レッドウェーブ・当時)がドライブ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/7/1200wm/img_b7f8699f6023fc945f8d7d1965cefba1484598.jpg)
その後、「お母さんとお父さんが出会い、今私はここにいる。誰に何を言われようとも、どんな肌の色をしていても、私は愛される価値がある。目の前のあなたも、横のあなたも、誰かの大切な人。言葉を大切に。心を大切に。皆様からの温かいメッセージに、日本人であることに誇りをかんじます。ありがとう」というツイートには11万以上の「いいね」がついた。
NBAウィザーズの八村塁の弟でBリーグ群馬の八村阿蓮も自身と兄を中傷する人種差別的なDMが「毎日のように」届くことを明かしている。八村兄弟はベナン人の父を持つ選手だ。阿蓮は、アフリカ人男性と結婚する日本人女性を理解できないという趣旨のSNSに対して「誹謗(ひぼう)中傷を無視することは簡単だけど、僕たちが日常生活で受けているこの現状を発信することはとても大事なことだと思います」とSNSで発言。日本のスポーツ界でも「人種差別」を訴える動きが出始めている。
著名人に対して、安全な場所から石を投げつける行為は、本当に最低だ。どうしても主張したいなら、実名をさらしたうえで、堂々と発言すべきだろう。それができないなら、自分の心のなかにしまっておくしかない。
■ミックスルーツだけでなく今後は移民選手が台頭する?
日本でも国際結婚が増えている。厚生労働省の調査によると、「夫妻の一方が外国籍」の婚姻総数は1970年に5546件(全体の0.5%)だったが、年々増加。2006年に4万4701件(全体の6.1%)となった。その後は落ち着き、2013~2019年は2万件ちょっと(全体の3.5%ほど)になっている。
父母の国籍別にみた出生数は、「父母の一方が外国」が2007年以降2万人台前半で推移。新生児全体の約50人に1人がミックスルーツということになる(ただし中国、韓国・朝鮮の割合が大きく、4割ほどを占めている)。
![美しい花嫁が彼女の新郎と一緒に](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/4/1200wm/img_547c7c7886b5548e68d2f5dffb88d121467368.jpg)
そして、見た目を理由にイジメや差別を受けた経験のあるミックスルーツは少なくない。これは日本だけの問題ではないようだ。筆者の知り合いにフランス人と結婚した日本人女性Aがいる。フランスで男児Bを産んで生活をしているが、フランスでもミックスルーツがいじめられることがあるという。
アジア系のミックスルーツは、「シノワ」(フランス語で中国風という意味)と呼ばれて、下に見られることがあるが、B君は「ジャポネ」と反発。ピカチュウ、ニンテンドーなど“日本産”をアピールして、マウントを取っているようだ。
Aさんによると、これまでのミックスルーツの名称だった「ハーフ」を嫌がる人もいるという。「自分は半分ではない(一人前だ)」という意識があるからだ。ハーフといっても、さまざまなバリエーションがあるため、「ミックス」や「ミックスルーツ」という表現が現代的のような気がしている。
階層社会が残るフランスでは移民の現実は厳しく、人生で“一発逆転”できるのがスポーツで活躍することだ。そのためサッカーだけでなく、伝統的に強い柔道でもアフリカ系選手の活躍が目立っている。
Aさんによると、フランス人は移民やミックスに対して、冷ややかな目を向ける者もいるが、スポーツの「フランス代表選手」は出生のルーツに関係なく、おおいに応援するという。
■“多様な日本人アスリート”を応援するための準備を
昨今、国際移民の総数が大きく増えている。2019年は2億7200万人で、2010年から5100万人増加したと見られているのだ。国連経済社会局(DESA)が公表した「国際移民ストック2019」によると、国際移民を最も多く受け入れているのはヨーロッパ(8200万人)で、北米(5900万人)、北アフリカ・西アジア(4900万人)と続いている。
日本はさほど移民を受け入れていないが、人口減少&少子高齢化の現状を考えると、新たな「働き手」として海外からの労働者が必要になる可能性がある。経団連も「。新成長戦略」(2020年11月公表)において、「年齢、性別、国籍、障がいの区別なく、多様な主体による価値協創が促進され、社会課題の解決と社会全体の生産性向上が実現する姿を描いた。外国人が日本国内で活躍できる環境を整えることは、人口減少と高齢化が進む日本において、力強い経済成長を実現するために必要不可欠な施策である」と主張している。
今後、日本のスポーツ界はミックス選手に加えて、フランスのように国際移民の子どもたちが活躍する時代がやってくるだろう。オーディエンスも“多様な日本人アスリート”を気持ちよく応援するための準備をしていかなければならない。
アメリカ人の人気ラッパーでファッションデザイナーでもあるカニエ・ウエストが反ユダヤ主義的な発言を連発して、業界追放の危機に立たされている。著名人でなくとも、SNSの発言には気をつけないといけない時代だ。何より、肌の色、文化の違いに関係なく、互いに尊重して、皆が平等で、誰もがハッピーに過ごしていけるような世界を築いていくのが現代人の目標のはずだ。パワーのあるスポーツ界がまずはお手本を示していきたい。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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