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看護師より給与低く、専門医より検診担う"フリーター医師"を選ぶ…研修医が寄り付かない大学病院の現実

プレジデントオンライン / 2022年11月10日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AleksandarNakic

今、医療界で深刻な大学病院離れが起きている。新人医師が大学病院でキャリアをスタートさせる割合は、2003年度は72%だったが、2023年度は36.5%と半減、過去最低を更新した。特に不人気が顕著なのは地方医大病院。病院組織の在り方や賃金などの諸問題を現役医師の筒井冨美さんがリポートする――。

■弘前大研修医2人(定員45人)の衝撃

医学部生は6年間学び、卒業前に医師国家試験を受験する。それに合格して晴れて医師になると、春から研修医として大学病院や一般病院で働くことになる。

2022年10月末、全国81医大の付属病院本院に就職内定した研修医数(2023年度)が発表された(図表1参照・新研修医制度に未加入の防衛医大除く)。

図表=大学病院(施設別)における自大学出身者の比率 2022/10/27より著者改変(防衛医大は除外)
図表=「大学病院(施設別)における自大学出身者の比率 2022/10/27」より著者改変(防衛医大は除外)

都市部の伝統校が大人気で、東京大学/東京医科歯科大学/京都大学のトップ3校の顔ぶれは毎年、ほとんど同じである。地方医大の不人気も常態化しており、今回、弘前大学医学部附属病院は内定者2人(定員45人)という史上ワースト記録を更新した。企業でいえば、新入社員が2人しか入らなかったのと同じだ。

2022年10月から放映中のドラマ「祈りのカルテ」(日本テレビ系)は、研修医6人による群像劇だが、リアル大学病院の方がドラマより研修医数が少ない事態となった。

■研修医人気は「都会>地方」「一般病院>大学病院」

今回の結果は、「研修医の地方離れ」のみならず、かねてより問題視されていた「研修医の大学病院離れ」が一層進行したことを示した。20年前の2003年度には72.5%の新人医師が大学病院でキャリアをスタートさせたが、その割合は低下の一途をたどり、2023年度には36.5%と過去最低を更新した。

■大学病院を弱体化させた新研修医制度(2004)とインターネット

大学病院といえば今なお、ドラマ『白い巨塔』のように「教授は王様のように君臨し、多数の若手医師が滅私奉公する封建社会」的イメージを持つ人もいるが、ほとんどの大学病院においてそれは過去のものとなった。

大学病院は全体的に知名度が高いが、実は弱体化している。その契機となったのが、新医師臨床研修制度(以下、新研修医制度)である。それまでの新人医師は慣習的に母校の大学病院に就職し、「外科」「眼科」などの医局に属していた。教授は若手医師の就職先やバイト情報を一手に握っており、逆らうこと=失職を覚悟せねばならなかった。長い下積みを強いられる中、モチベーションを失う若手医師も少なくない。そのため、患者側からは「大学病院では臓器は見ても人は診れない」「総合的な研修が必要」という批判・指摘をしばしば受けた。

弱体化のターニングポイントとなったのは、2004年度から開始された新研修医制度だ。医師免許取りたての若手医師は2年間「内科4カ月→外科2カ月→小児科2カ月……」のように短期間に多数の科をめぐり総合的な研修を受けることが法律で義務化された。その影響もあり、若手医師は封建的な大学病院を嫌って、都市部の一般病院で研修する者が増えていった。

【図表】卒後研修の変遷

大学病院への安定的な医師供給が断たれた頃、医療界にもインターネットの大波が押し寄せてきた。医師であってもオンラインで職を探したり条件交渉することが可能となり、転職する者が続出。教授に逆らっても食いぶちに困らなくなり、大学病院からも転職者が増えた。

そうした状況を知った医学生は、さらに大学病院を敬遠するように。かつて花形だった外科・産婦人科は敬遠され、ラクで開業しやすいマイナー科と呼ばれる眼科・皮膚科などが若手医師に大人気となった。

■医師の地方離れ・「多忙科」離れを加速させた新専門医制度(2018)

医師の「地方離れ」「多忙科離れ」への対策として2018年度から開始されたのが、新専門医制度である。だが、これが完全に裏目に出た。

新専門医制度では、さまざまな学会が設けた「○○専門医」という資格を、眼科・精神科など19の専攻に分けて、「A医大の眼科専攻医は上限○○人」のようなシーリング(定員)を設け、2年間の初期研修を終えた若手医師は、その専攻コースのいずれかに応募することとなった。例えば、「東京都の眼科」の定員を厳しくすれば、「地方や外科にも人が回る」ので「過度な集中を防ぐ」とうたわれた。

ところが、実際の応募結果では、都市部のマイナー科人気は変わらず、外科や産婦人科は減少した。加えて、研修が実質的に2年間延びた内科専攻医も減少した。

マイナー科専攻医のシーリング選考に敗れた若手医師はどうしたかといえば、こちらも多忙科には回らず、「1年浪人して就職活動」もしくは「東京に残り美容系医師・検診フリーター医・結婚して主婦」に転身といった事例が後を絶たなかった。

皮肉なことに、専門医として就職するよりも、検診フリーター医の方が高収入で自由時間も多いという事例や、SNSなどで美容系医師の華やかな生活を見る機会も増え、若手医師の専門医離れに拍車をかけている。

ノートパソコンを手にもって立つ女性医師
写真=iStock.com/Siraphol
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Siraphol

■コロナ禍で進行した大学病院離れ

大学病院不人気の最大の理由は、薄給激務だろう。日本の大学では「週4コマの講義だけがノルマの文学部教官」も、「授業に加えて、当直・手術・研究も行う医学部教官」も給与水準はさほど変わらないと言われる。

驚く人も多いが、大学病院医師の給与は同年看護師以下のケースも多い。他病院への診療アルバイトによって生計を維持するシステムになっている。それでも「心臓手術が盛ん」「研究ができる」などの仕事のやりがいを心の支えに、大学勤務を続ける中堅医師もそれなりに存在していた。

しかし、2020年以降のコロナ禍で、大学病院の中堅勤務医は、今なお「白い巨塔」感覚の教授や病院長に「県外アルバイト禁止」「心臓外科は手術休止、発熱外来を担当せよ」などと命令され、収入が激減した挙げ句に、ゲームのコマのように扱われる事例が相次いだ。

「生殺与奪の権を他人に握らせるな」とは大ヒットマンガ『鬼滅の刃』のセリフだが、筆者と交流のある大学病院の医師たちは、突然の減収やら、ライフワークの剝奪やら、「自分の収入や人事権を他人に握らせる脆さ」を実感した者が多い。

長引くコロナ禍での不本意な扱いに疲れ果てて転職した中堅医師も少なくはないし、それを目の当たりにした医学生や若手医師はますます大学病院を敬遠するようになった。

■コロナ禍が示した、医療界の年功序列と老人支配

コロナ禍が若手医師に示した現実の一つは、医療界に今なお残る年功序列と老人支配、そしてデジタル化の遅れであろう。「コロナ専門家会議」「日本医師会」「東京都医師会」などで実権を握り、記者会見に登場する医師のほとんどが60~70代高齢医師である。

2022年10月には厚労省の「地域医療構想及び医師確保計画に関するワーキンググループ」が開催されて2024年度の大学医学部定員(募集人員)が決定された。かねてより「医師過剰が見込まれるので2022年度以降は減員」と定められていたものを覆し、「2022年度はコロナの影響で十分に議論できなかったので現状維持」を決定した。しかし、この決定に首を傾げる医療関係者は多い。

ネット会議システムの発達した令和時代において1年の時間がありながら、「コロナで議論できなかったから」という言い訳によって政策決定されるアナログ感にはあきれてしまう。

古めかしい病院の病室
写真=iStock.com/fotocelia
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fotocelia

■地方医師不足には解雇規制緩和、そして雇用の流動化を

2022年10月、起業家のイーロン・マスク氏がTwitter社を買収し、自らCEOに就任して話題になっている。11月5日には「同社日本法人でも半数を解雇」と報じられた。「社員の半数が解雇なんて、Twitterはあっという間に機能不全に陥るのでは」という心配をよそに、現在も大きな問題も起きていない。結局、「不要人員のリストラ」という経営者判断として正しかったことを証明している、との指摘もある。

筆者が言いたいのは、日本の医療界で最も医師が余っているのは、大学病院や公立病院の窓際だということだ。医療界に年功序列が色濃く残る以上、年を重ねるほど組織にしがみ付くことが(本人にとっては)合理的な選択肢となり、デジタル化や合理化の足かせとなり、中堅層が疲れ果てて辞めてしまう。

また、年功序列制度が機能するためには、組織への安定的な新人供給が必須である。だが現在、その仕組みを満たし、維持できるのは「都市部のマイナー科医局」に限られており、そうした医局を目指す若手医師だけが増えている。

上記で説明した新研修医/専門医制度が機能しないのは、言ってしまえば「医師偏在」が原因だ。全世代の医師で取り組むべきこの課題を、「老人が会議で決定し、若手医師にのみ義務を負わせる」という日本の縮図のような世代間格差を拡大させるような政策ばかり推進していることがすべての元凶なのだ。

永久ライセンスである医師免許所持者ならば、突然解雇されてもインターネットで「予防接種日給8万円」のようなアルバイトも探すことが可能であり、路頭に迷うことはそうそうない。

そこで、筆者は提言したい。解雇規制緩和によってTwitter社のような大胆なリストラを可能にし、窓際の余剰医師を労働市場に戻すべきである。全世代にとってフェアな競争環境の整備こそが、大学病院の健全化や地方への医師供給を可能にするのではないだろうか。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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