"ステルス値上げ"もすぐにバレる…「値上げしたくてもできない日本企業の悲哀」を示す衝撃データ
プレジデントオンライン / 2022年11月12日 10時15分
※本稿は、森永康平『大値上がり時代のスゴイお金戦略』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■物価動向で注目すべき「3つの指数」
モノの値段が上がっています。実際に筆者も買い物をするときに体感していますが、やはりデータを見て実態を確認しなくてはいけません。
私たち消費者が購入するモノ(財)やサービスの値段の変化を知るために用いられる経済指標に「消費者物価指数(CPI)」があります。総務省統計局が毎月発表しているもので、生鮮食品などをはじめとする食料品や、エアコンなどの家電製品、クリーニング代や通信料のサービスなど582品目にわたる幅広い価格データをもとに算出する物価指数です。
この消費者物価指数が発表される際、3つの指数が注目されます。物価全体を表す「総合指数」「生鮮食品を除く総合」「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」というものです。
なぜ、生鮮食品やエネルギーの価格を除いているのかというと、台風や干ばつなどの天候要因で価格が大きく変動してしまう生鮮食品や、地政学リスクや投機資金の流出入など実需以外の要因によって価格が大きく変動してしまうエネルギー価格の影響を除くことで、物価動向の実態をより正確に把握することができるからです。
■グラフで一目瞭然、歴史的な上昇率
それでは、最新の消費者物価指数のデータを見てみましょう。執筆時点で最新のデータにあたる6月分の消費者物価指数は「総合指数」が前年同月比+2.4%、「生鮮食品を除く総合」が同+2.2%、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」が同+1.0%となっています。
![消費者物価指数の推移(前年同月比)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/8/1200wm/img_58436fc892cf68e60c72be8c253c1de2287102.jpg)
普段から消費者物価指数の変化率を見ていないと、2%という数字がどれほどのものかは分からないと思いますが、グラフを見れば物価が上がっていることは一目瞭然でしょう。それでは、どれぐらいの物価上昇なのかというと、「生鮮食品を除く総合」の同+2.2%というのは消費税増税の影響を除くと13年9カ月ぶりの上昇率です(※)。
なぜ消費増税の影響を除いたのかというと、消費者物価指数には増税の影響が反映されてしまうため、消費増税をすると物価は上がってしまいます。これは税制変更という特殊要因で物価が上昇したにすぎないため、その影響を除いて考えるのです。
(※編集部注:10月に発表された9月分の消費者物価指数「生鮮食品を除く総合」は前年同月比+3.0%の上昇で、消費増税の影響を除くと31年1カ月ぶりの上昇率)
■「体感上昇率」は10%以上だが…
物価が上昇しているということを実感だけでなく、経済指標というデータでも裏づけをとったわけですが、上昇幅についてはまだ実感と合わないという方もいるかもしれません。
つまり、「物価が上昇しているというのはデータと実感が同じだが、感覚としては2%どころの上昇幅じゃない」ということです。なかには10%以上も上昇していると実感されている方もいるかもしれません。
この消費者物価指数というものは物価全般の指数であり、個別の価格ではないということに注意しなければいけません。また、経済指標と実感の違いの理由についてはのちほど説明します。
■頻繁に買うものほど値上がりが著しい
経済指標のデータと実感に乖離があるという話について、もう少し深掘りしてみましょう。先ほど確認した6月分の消費者物価指数は「総合指数」が前年同月比+2.4%でした。2%というのがどれほどの物価上昇か、いまいちイメージしづらいですが、「生鮮食品を除く総合」の同+2.2%というのは消費税増税の影響を除くと13年9カ月ぶりの上昇率というのを見ると、歴史的な物価上昇なんだろうな、ということはお分かりいただけるかと思います。
しかし、2%というのは去年100円だったものが102円になるということで、このようにして数字で見るとたいしたことがないように思えますし、買い物していて実感する物価上昇は5%、モノによっては10%ぐらいのイメージかと思います。経済を分析する専門家の筆者も正直なところ、同じような感想を抱いています。それでは、なぜ経済指標と実感に乖離があるのでしょうか。
ここでは消費者物価指数をふたつの観点から分析していきます。ひとつは購入頻度別に品目を分けて、それぞれの物価上昇率を見るという方法です。マニアックな分析方法なので消費者物価指数のニュースを見たことがある人でも、このような分析結果は見たことがないかもしれません。
6月分のデータで分析をすると、「頻繁に購入」するものの物価上昇率は前年同月比+4.1%、「1カ月に1回程度購入」するものは同+4.7%となっています。一方で、「1年に1回程度購入」するものは同+1.0%、「まれに購入」するものは同+1.9%となっています(図表2)。
![購入頻度別の消費者物価指数(前年同月比)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/b/1200wm/img_4b41f539f26184012fdce231b878d54d234934.jpg)
このように見てみると、私たちが実感として捉えるのは購入頻度が高いものの物価上昇率でしょうから、実感では5%ぐらい物価上昇しているという感覚と整合性が高くなるのではないでしょうか。
■「生活必需品」の上昇率は+4.4%
もうひとつの分析は、品目を「基礎的支出項目」と「選択的支出項目」に分けて物価上昇率を確認するものです。少し難しそうな言葉ですが、分かりやすさを優先してざっくりと言い換えれば、「生活必需品」と「ぜいたく品」と言ってしまってよいでしょう。前者の物価上昇率は前年同月比+4.4%、後者は同+0.2%となります。
生活必需品は値段が高いから買わない、という選択はしづらいですから、物価上昇をダイレクトに実感します。そうなると、やはり私たちの実感5%ぐらいの物価上昇といえそうです。
経済指標は必ずしも私たちの実感とは完全に一致しないものの、このように内訳まで細かく見ていくことで、少しは実感に近くなることがあります。余力がある方は経済指標の解説記事を読むだけでなく、自分で生のデータをダウンロードして、内訳まで確認する習慣を身につけましょう。
■企業物価指数はどう変化しているか
これまで主に値上がりと円安について身てきましたが、値上がりについてもう少しだけ深掘りしてみましょう。
値上がりの指標として消費者物価指数(CPI)に着目してきました。消費者物価指数は名前の通り、私たち消費者が購入するモノ(財)やサービスの価格の変動を確認するための経済指標です。国内経済には政府、企業、家計という3つの経済主体が存在しますが、つまり家計における物価の指数といえます。それでは、企業の間でやり取りされるモノの価格の変動を表す経済指標はあるのでしょうか。
消費者物価指数が総務省によって毎月公表されているように、「企業物価指数」というものが日本銀行によって毎月公表されています。消費者物価指数は品目別など内訳のデータが細かく提供されていますが、企業物価指数も同様に内訳のデータが細かく提供されています。
ここまでインフレや円安について見てきましたから、企業物価指数の各種データのうち、まずは「国内企業物価指数」と「輸入物価指数」の推移を確認してみましょう。
■企業物価指数と消費者物価指数の乖離
輸入物価指数については、「円ベース」での取引と「契約通貨ベース」での取引のデータを分けて表示してみます(図表3)。
![企業物価指数の推移(前年同月比)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/b/1200wm/img_1bd20512efdac6ade2d35edfdcf1f359284137.jpg)
こちらも消費者物価指数と同様に2021年から上昇傾向にあります。しかし、図表3のグラフからいくつか気づくことがあるかと思います。ひとつ目は消費者物価指数に比べると物価上昇率が高いということです。ここで、消費者物価指数と企業物価指数の推移を重ねたグラフを見てみましょう(図表4)。
![消費者物価指数と国内企業物価指数の比較](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/1200wm/img_a5ae32a9ef6066b22597244ae1221ff5255116.jpg)
足元では消費者物価指数の上昇率が2%台なのに対して、企業物価指数の上昇率は9%台になっています。2つの経済指標はまったく同じものではなく、単純に比較することはできませんが、それでも2つの指標の間に大きな乖離があるという事実は見逃せません。
■値上げしたくてもできない日本企業の苦境
この事実から導き出せる仮説は、企業が原材料価格の高騰を売価に価格転嫁できていないということです。長らく日本ではデフレ経済が続き、国民は将来にわたって物価が上昇しないどころか、安く買えるようになるとさえ考えていました。そのような状況下で企業が価格転嫁をすれば、消費者は買い控えを起こし、値上げをしなかった類似品に流れてしまうのです。
そこで、日本企業は値段を変えずに容量を少なくするという実質値上げ(ステルス値上げ)を行うようになったのですが、日本人はそれすらも見抜いてしまうため、企業にとっては非常に厳しい環境が日本社会にはあるのです。
消費者物価指数と国内企業物価指数を単純に比較できない理由を簡単に説明しておきましょう。
消費者物価指数には企業物価指数が対象としていない授業料、家賃、外食などのサービスの価格が、全体の5割程度含まれています。サービスの価格は、モノ(財)に比べて人件費の割合が高いため、モノの価格が上昇・低下しても、モノと一致した動きをするとは限りません。また、消費者物価指数が対象としているモノは世帯が購入するものについてであり、原油などの原材料、電気部品などの中間財、建設機械などの設備機械は含まれていません。
したがって、これらのモノが値上がりしても、消費者物価が直接上がるのではなく、間接的にしか影響を与えません。このような理由から、消費者物価指数と企業物価指数の総合指数は必ずしも一致した動きをするとは限らないのです。
■川上にいる中小零細企業に大ダメージ
さて、話を戻します。図表4の国内企業物価指数のグラフから他にも読み取れることがあります。それは、輸入物価指数の推移を見てみると、契約通貨ベースよりも円ベースでの物価上昇率のほうが大きく上昇しているということです。これにより、円安によって輸入物価が押し上げられているということが可視化されて理解しやすくなったかと思います。
![森永康平『大値上がり時代のスゴイお金戦略』(扶桑社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/4/1200wm/img_b44109ae267e0a8f5943472758461ff2257456.jpg)
国内企業物価指数は消費者物価指数と同様に5年に一度、基準年が改訂されます。基準年が2020年に変わったタイミングで需要段階別のデータが公表されなくなってしまったため、データが少しだけ古いまま更新されていないのですが、需要段階別の企業物価指数に注目すると、素原材料、中間財、最終財の順に物価上昇率が低下しています。これは、先ほど見た企業物価指数と消費者物価指数の乖離と同じ理由だと考えられます。
つまり、海外から素原材料を輸入して中間財に仕上げ、そこから加工をして最終財にして消費者に売るという川上から川下、そして卸売り、小売りという流れのなかで、素原材料を扱う中小零細企業が川下に向かうにつれ、規模が大きくなる企業に対して価格転嫁しづらい状況にあると考えられます。つまり、今回の物価高は中小零細企業の業績にも大きなダメージを与えているのです。
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株式会社マネネCEO、経済アナリスト
証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。その後2018年6月に金融教育ベンチャーの株式会社マネネを設立。現在は経済アナリストとして執筆や講演をしながら、AIベンチャーのCFOも兼任するなど、国内外複数のベンチャー企業の経営にも参画。著書は『スタグフレーションの時代』(宝島社新書)や父・森永卓郎との共著『親子ゼニ問答』(角川新書)など多数。
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(株式会社マネネCEO、経済アナリスト 森永 康平)
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