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「社内の花見」も毎年カイゼンする…トヨタ歴代の「花見の幹事」が細かすぎるマニュアル資料を残すワケ

プレジデントオンライン / 2022年11月14日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ooyoo

トヨタ自動車では、「花見の幹事」をこなせる人間は出世すると言われている。これはどういう意味なのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタがやる仕事、やらない仕事」。第2回は「幹事という仕事の重要性」――。

■「花見の幹事をこなせば出世する」という伝説

会議の延長にあるのが社内行事です。社員旅行、駅伝、懇親会、送別会、部内の花見……。コロナ禍で開催はがくんと減りましたが、トヨタは現場がある会社ですから社内行事や飲み会が多い会社だといえます。

お花見のシーズンになると、豊田市にある本社や各工場の人たちは市内の水源公園でお花見をします。

【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら
【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら

トヨタでは「雑事が大事」とされていて、お花見でも日ごろの業務と同じように担当者が決められます。歴代の幹事がブラッシュアップしたマニュアルを基にして、飲食の手配から場所の確保までさまざまな仕事をすることになっています。

そして「花見の幹事を完璧にこなした人間は出世する」という伝説もあります。

では、どんなことをやるのか。幹事経験者で役員に出世した人の話を紹介します。

■「部長にどえらく叱られた」失敗までちゃんと書く

「花見の幹事、いきなりはできないんです。

まず、マニュアルがありますからそれを見て、今年はどこをカイゼンしようかと考える。ただし、予算は前年と変わりません。マニュアルにはチェック項目がいくつもあります。

ドレスコードはどうする? 集める会費はいくらにするか? ゴザの用意と場所取りはどうするか? それを書類にするんです。今ではパワーポイントかな。

目的は『花見を成功させる』。その後、チェックポイントを書いていく。それでも初めて幹事をやった人間は失敗します。料理を頼んだのはいいけれど、冷たい食べ物ばかりのセレクションで参加者からブーイングを食らったとか。

天気は晴れるに決まってると考えて雨具の用意をしなかったら雨が降ってきて、部長から、どえらく叱られたとか。

そんなよかったこと、悪かったことを記録して翌年に残す。花見の記録をこれほど詳細に残すのはトヨタくらいです。『部長にどえらく叱られた』とちゃんと書いておくのはとても重要です」

■「SDCA」マニュアルに毎年カイゼンを重ねる

前年のマニュアルには花見のPDCA資料が載っている。初期の花見計画、当日の記録、よかったこととダメだったこと、翌年のためにカイゼンするところ。すべてを書く。

そして、一度作ったPDCA(プラン、ドゥ、チェック、アクション)の書類を来年使う時、それはSDCAのマニュアルと呼ばれます。Sとはスタンダードの略です。一度、行ったプランはスタンダードとなり、その翌年から必ずカイゼンしなくてはいけないのです」

「そうしてカイゼンしてできたマニュアルがまたスタンダードになる。花見でもトヨタのそれは前年よりも、どこかよくなっています。ただし、予算はほぼ同じですから、担当者はビールをシャンパンにするといった金がかかるカイゼンはできません。ビールの半分を酎ハイにして、お金を浮かせて、それでシャンパンでなくスパークリングワインを2本買うといったカイゼンを考えるのです。

花見の幹事をすることは仕事の仕方を覚えることでもあります。PDCAをSDCAにするのは会議でも変わりありません。

また、花見では毎年、何らかのチャレンジが期待されます。完璧にこなすとは前の年と同じ花見をやるのではなく、どこかにカイゼンが必要なのです。もちろん、チャレンジが失敗したからといって責められることはありません。記録に残るだけです。

幹事経験者は最後にひとこと付け加えました。

「花見の幹事が完璧にできるやつは一事が万事ですから、ほぼ出世してます」

■「エレベーター打ち合わせ」は頻繁に

トヨタでは会議は時間、場所などははっきりと決めますが、簡単な打ち合わせは場所、時間を選ばずつねに行われているようです。昔は決裁をもらうのに、会社の駐車場で幹部が出勤してくるのを待ち構えて、駐車場からエレベーターのなか、執務室までの移動中に話を聞いてもらった人が何人もいたそうです。今でもトヨタ生産方式を広める部署・生産調査部では、「30秒打ち合わせをよくやっています」とのこと。

ある幹部によると「私の上司が社内を移動するのにエレベーターに乗るでしょう。その時を見計らって一緒に乗って、エレベーターが到着階に行くまでの間に相談します。いかに短くまとめて要点を絞るかですね。30秒以内でやります。相談したいことを絞り込めば30秒以内で説明して、意志決定をもらえることはできるんですよ。これはわれわれにとって非常にいいトレーニングです。

相談したことの例ですか。例えば、カイゼンの方向性ですね。『経理のカイゼンで、こういう問題があって、その問題に対してこういう対策でいこうと思いますがアドバイスいただけませんか』

すると、上司は『その対策でいいよ。ただ、周知徹底させてね』といったことを答えます。これで30秒です。

カイゼンの進行を報告する定例の会議はあるんですが、カイゼンは日々進むから、迷ったときにはやっぱり相談します。エレベーター打ち合わせでは資料も何も持ちません」

■役員であっても「アポを取れ」とは言わない

尾上さんはTPS(Toyota Production System=トヨタ生産方式)本部長ですから、普通の会社でいえば役員です。しかし、「秘書を通せ、アポイントを取れ」とは言いません。トヨタはそういう会社ではありません。

幹部は誰でも、エレベーターであれ、駐車場であれ、空港や駅へ向かう車の中であれ、どこでもミーティングをすることにやぶさかではないのでしょう。

エレベーター
写真=iStock.com/DenBoma
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DenBoma

尾上さんにも同じ質問をしたところ、「私も若いころ、よく幹部の車に同乗して車のなかで打ち合わせしました」とのこと。

進行中の仕事には、ひとことのアドバイスがすぐに欲しいという瞬間があります。そういう場合はあらためて時間をもらうより、30秒打ち合わせを駆使するといいのではないでしょうか。

しかし、短い時間の相談、打ち合わせを許してくれる幹部とそうではない人がいます。30秒打ち合わせは相手を見て行うことが必要です。そして、それを許してくれる人は権威的でもないし、保守的な人でもありません。新企画の打ち合わせなどは融通無碍(むげ)で進歩的な幹部にまず相談してみるといいと思います。

■トヨタの打ち合わせはアジャイル型

システムの開発にはアジャイル型とウォーターフォール型があります。そして、会議、打ち合わせ、相談もまたシステム開発にのっとり、ふたつの方式があるように思います。

アジャイル型
「『素早いシステム開発』を可能とした開発方法(agile:俊敏さ)。つくりたいシステムを大まかに決めたあとは『計画、設計、実装、テストの反復(イテレーション)』を繰り返し、一気に開発を完了させる。システムのリリース後は、ユーザやクライアントからのフィードバックをもとに、システムの改良を繰り返して行う」

ウォーターフォール型
「システムやソフトウェアの開発手法の一種。手順を一つずつ確認して、各工程に抜け漏れがないかを厳重に管理しながら進めていく。開発担当者や責任者、クライアントが各工程の成果物をともに確認し、双方の合意を得たうえで各工程を完了と見なしていく。前の工程に欠陥があると次へ進めず、次の工程に進むと後戻りできない」
(澤田純『パラコンシステント・ワールド』NTT出版)

どちらがいいとは簡単には言えないのですが、危機管理や問題の解決のような、現実が刻一刻と動く場合の会議、打ち合わせはアジャイル型がいいでしょう。その場で、その時にわかる情報の範囲内ですぐに決めるわけです。

■完全な準備よりも、走りながら修正する

そもそも仕事に取りかかる時、完全な準備をすることは不可能です。

「手順を一つずつ確認して、各工程に抜け漏れがないかを厳重に管理」しようと思っても、スタートしてしまえば必ず抜け、漏れは出てくるのです。

それよりも、めざすべき仕事の完成した姿を「大まかに決めたあとは『計画、設計、実装、テストの反復(イテレーション)』を繰り返し、一気に開発を完了させる」ことが現実的ではないでしょうか。

また、定例会議を頻繁に行うより、30秒打ち合わせを積み重ねていって、つぎはぎでいいから仕事を前に進めていくことでしょう。トヨタや成長しているベンチャー企業の会議、打ち合わせはこうした形で行われていると思います。

■幹部が全員「作業服」姿で仕事をする理由

トヨタの役員、幹部が出席する会議は決して重々しい雰囲気ではありません。テレビで見られるような英国風インテリアの大会議室で行われるわけではなく、普通の会議室でしかも誰もが作業服姿です。

会長でも社長でも、トヨタの人たちは普通に仕事をしている時は作業服でやっていて、それを脱ぐと、ワイシャツもしくはポロシャツです。人前に出る時はスーツを着ていますけれど、そういう機会は稀(まれ)と言えるでしょう。豊田市にある本社ビルの隣は工場です。周りにもいくつかの工場があります。経営幹部はいつでも生産現場へ出かけていくことのできる格好で働いて、会議もやっています。

大企業の幹部が全員、作業服を着ているのはそれほど多くないと思います。それくらい彼らは現場を大切にしています。大きなメーカーであっても本社はたいてい東京にあります。そういう会社は誰もがスーツ姿です。

では、そんなトヨタの役員会では何が議題となっているでしょうか。経営戦略、個々の問題なのでしょうけれど、役員はそれぞれの担当の業績を自慢することはありません。それよりも問題を提示します。

■トラブルを抱えた担当者にトップが必ずする質問

「新型コロナの感染者が増えて工場に出てくる作業者が減っている」
「部品の物流が停滞している。そこでこうした取り組みを始めました。みなさん、もっといい取り組み方はありますか」

困った問題が出てくると、出席者は活発に議論をし、解決策を考え、行動に移します。

解決策を考える前に、トップが必ず担当に聞くことがあります。

「現地を見たのか。現地へ行ってきたのか。解決策は現地で考えたのか」

コロナ禍で海外渡航がままならない時でも大事なことであれば、彼らは現地へ行きます。もしくは現地工場の様子をリアルタイムで流して討議します。

どこまでいっても現地現物というのがトヨタの解決手法なのです。しかも、かつては写真でしたが、今では動画です。

この考え方はグローバル企業であれば採用するべき手法だと思います。会議室で海外の生産工場の問題や消費者の状況をあれこれと討議するより、出張して動画で問題点を見せるほうが参加者は判断しやすいのです。口頭の報告、書類よりも、リアルタイムの現地現物を追求していくことのほうがはるかに効果的です。

■プレゼンは動画入り、イラストもたっぷり使う

トヨタには自主研と呼ばれるカイゼンの発表会があります。自主研はトヨタ本体だけでなく関係会社も参加して行っているもので、内容はトヨタ生産方式を活用したカイゼンの経過、結果の発表です。

わたしは自主研を見学したことがあります。2時間ほど様子を眺めました。その時は事務技術系の発表会だったのですが、かつて見たことがあったものとは違い、進化した形になっていました。

かつての発表会ではパワーポイントを使い、それぞれのカイゼンチームの代表がひとりで説明する形でした。パワーポイントの画面にはグラフ、表、文字が配され、聞いていて面白い発表でした。まあ、どこの会社の発表会、プレゼンであっても、現在はそういった形式ではないでしょうか。

会議室でプレゼンを行う女性
写真=iStock.com/Edwin Tan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Edwin Tan

ところが、最近の発表会は形式がまったく変わっていました。

まず、発表はチーム全員が分担して話します。話し上手な人もいれば緊張気味で声がかすれる人、途中で沈黙してしまう人もいました。それでも、全員が自分が担当したカイゼン箇所を大勢の前で話すことになっていました。

パワーポイントも使用します。ただし、画面には文字よりもフリーイラスト素材がたっぷり使用されていました。ひと目見たら、内容がわかる画面になっていました。文字だけの画面はほぼありませんでした。

■「取引先からのクレーム」まで入っている

これが文書の「見える化」です。文章をすべて読まなくとも画面をさっと見れば何を言っているかがわかるようになっていました。

さらに、動画も含まれていました。パワーポイント画面をクリックしたら、インタビューが流れました。それも出てきたのは社内の人間ではありませんでした。

取引先の人間が「トヨタのここを直してほしい」とか「トヨタにこんな要望を出したらちゃんと受け入れてくれた」といったインタビュー画面が流れるのです。

それも決して、トヨタ賛美ではありません。どちらかといえばトヨタに対するクレームです。それをちゃんと取材して発表するのです。ここまでやる会社はなかなかありません。

まるでテレビのニュースみたいになっていました。だから、見ていて面白い発表会だったのです。

■現場の光景、匂い、空気を会議室で再現する

発表、プレゼンはチーム内でやり直すだけではありません。自主研を主催するカイゼン担当部署のトップに複数回、リハーサルを見せて練り上げるのです。そうして、インタビュー動画のような新しいメディアも導入し、退屈しないプレゼンができあがるのです。

トヨタの会議、発表会が面白いのはつねにカイゼンしているから。そして、写真、動画、インタビューなどを入れているのは「現地現物」を意識しているからでもあります。会議、打ち合わせ、プレゼンのいずれの場面においてもトヨタの人たちが意識しているのは現場です。

現場の光景を会議室に、現場の匂いや空気を資料のなかに持ってこなくてはいけないのです。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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