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なぜ今の日本で政権交代が起こらないのか…野党が「失策だらけの自民党」よりも魅力がない納得の理由

プレジデントオンライン / 2022年11月12日 10時15分

護憲派の集会で壇上からアピールする立憲民主党の枝野幸男代表(右端)ら=2019年5月3日、憲法記念日、東京都江東区 - 写真=時事通信フォト

岸田政権の支持率は低調だが、野党の支持率が上がっているわけではない。なぜなのか。評論家の八幡和郎さんは「今の野党は高齢者主体の反戦平和の盛り上がりに乗り、憲法改正を阻止することだけが目標になっている。自民党と本気で対峙できる野党が誕生するためには、憲法改正を済ませて選挙の争点から外すことが必要だ」という――。

■岸田内閣はイヤ、でも政権交代は望まない

この国では政権交代を望む人は圧倒的に少数派だ。昨年の衆議院総選挙直前に行われた世論調査では、「与党と野党の勢力伯仲」が49.4%で「与党が野党を上回る」34.6%、「与党と野党が逆転」は11.4%に過ぎなかった(共同通信社)。

政党支持率でも、立憲民主・共産・れいわ・社民の支持率の合計は多くの調査で10%余りだから、それと符合する。

岸田内閣の支持率は不支持を下回っているが、「どのくらい首相を続けてほしいか」というと、「自民党総裁の任期が切れる2024年9月まで」が52%、「できるだけ長く」が27%、「1年くらい」12%、「すぐに交代してほしい」6%である(NNN・読売新聞)。

国民が望んでいるのは、3年間の総裁任期ごとに政権がたらいまわしされ、国会では与野党伯仲で大胆な改革はできないような政治ということになる。高度成長期ならともかく、平成年間の日本は世界最低クラスの経済成長率で、中国の8倍あったGDPは3分の1になり、中国の膨張で平和も危ういのにのんきすぎる。

■世界の野党と日本の野党の根本的な違い

数年前にフジテレビの「バイキング」に出演していたとき、私の役回りは安倍政権支持のヒール役で、坂上忍さんや東国原英夫さんと論戦した。ところが、彼らはいつも最後には「野党に政権を取ってもらいたいとは思わない。自民党のなかで反安倍勢力に抵抗してほしい」といい、私が「野党が政権を担えるように成長してほしい」と途中で議論がねじれた。

世界の政治の常道は、二大政党(政治勢力)が存在し、だいたい10年くらいの周期で政権交代がされることだ。野党も政権を取るつもりだから、与党になったときに困るような反対のための反対はしないで、国民の期待を膨らます大胆な改革を唱える。

ところが、日本では野党は、政権獲得を目標に与党と対峙(たいじ)していない。自民党が憲法改正を悲願として選挙戦を戦い、野党は阻止することが目標になってしまっている。

しかも、憲法改正発議の条件は、衆参両院で3分の2の賛成だから、どちらかで、3分の1とればいい。だから、選挙公約は思いっきり左にエッジを効かせた現実離れしたものになる。そのほうが、熱心な活動家を動員できて選挙運動もしやすい。

■社会党は与党時代の極楽に甘んじて転落

戦後日本での二大政党は、1955年に左右社会党が合併した日本社会党と、鳩山一郎首相の民主党と緒方竹虎の自由党が保守合同した自由民主党とで成立し、最初の総選挙(1958年)では、追加公認を含めると共産党の一議席以外は両党で占めた。

社会党は1996年まで自民党に次ぐ第2党で、1993年には細川連立政権に参加し、1995年には村山政権を樹立した。この与党時代に、ベテラン議員たちは大臣や政務次官に就任して、優秀な秘書官や公用車を乗り回す極楽を味わって満足し、1996年に行われた初の小選挙区制の下での総選挙には、リスクを避けて立候補せず引退してしまった。

閣僚は次期選挙に出る人だけにして、彼らを中心に現実路線をとるべきだった。それなら、ドゴール将軍の第五共和制で低迷していたフランス社会党が、ミッテラン大統領の下で育った政治家を擁して、二大政党としての地位を確立したのを再現できた。

ところが、社会党あらため社民党は、以前の社会党に戻りたい人だけの党となり、残りは自民党の不満分子出身が中心の民主党に合流した。

■民主党は政権復帰を目指すはずだったが…

その民主党は2009年、政権獲得のために賢明に行動して、小泉ロスで低迷する自民党に美しいマニフェストを掲げて挑戦し、見事に政権を獲得した。しかし、マニフェストは将来像としては良かったが、財源とプロセスが不明だった。たとえば、高速道路の無料化はいいが、有料を前提に計画・建設されてきたのを無料化すれば交通渋滞が増え財源も破綻してしまう。

また、政治主導だといって、官僚を使いこなすのでなく、政治家が官僚の仕事を始めたので実務がまわらなくなった。

それでも、自公と消費税引き上げの三党合意を結んだことで、非現実的な財政論とは手を切って、いつの日か政権に復帰したときに棘となりなかねない宿痾を切除した。そこでじっくりと、数年から10年のちの政権復帰を目指せる党に生まれ変わるべきだった。そして、現実性の高いマニフェストに組み直せばよかったのである。

ところが、2014年からの安保法制論議で、憲法論という旧社会党的な護憲路線に逆戻りしてしまった。安倍政権のやり方には議論はあろうが、国際情勢の変化からして、アメリカなどとの同盟強化は焦眉の急だったのだから、それを踏まえた対応をすべきだったのに、高齢者主体の反戦平和の盛り上がりに乗ってしまった。

■「モリカケ桜」よりも将来を議論してほしい

また、安倍政権の経済政策は、雇用の流動化などを通じ、かなり若い人に有利に世代間格差を解消するものだったのだが、それに反対する高齢者の側についてしまった。

その結果は、若い世代ほど保守系の与党支持が多いという世界でも類例を見ない現象をもたらした。「モリカケ桜」にしても、若い人に受けるテーマではない。若い人は自分たちの将来について議論したいのだ。

2015年、春闘で反戦のプラカードを下げる人
写真=iStock.com/electravk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/electravk

しかも、民主党は民進党と看板を掛け替えたが、そこで、多様性の象徴だとか言って蓮舫を代表にしようとし、法律で認められていない二重国籍者であることが暴露されても(発端となったのは私が「アゴラ」に寄稿した記事だが)、選出を強行し、その後も十分な反省も示さなかった。

結局、前原誠司が自民党より右派的な小池百合子の希望の党に合流するという奇手に出たが、排除の論理を強く出し過ぎて、もとの民進党より左寄りの立憲民主党が旧社会党とだいたい同じ勢力を獲得して野党第一党におさまった。

民主党政権のとき分不相応なポストに就いて、もうこりごりと思った議員も多かった。野党議員は、支援団体周りで365日忙しい自民党議員と違って、暇で好きなことを無責任に言っておればいいのだから気楽でいい商売なのだ。ベテラン議員なら重複立候補での比例復活も含めたらめったに落選することもない。

■二大政党への第一歩は憲法改正を済ませること

それでは、自民党と本当の意味での二大政党になれる野党は、どうしたら創れるのか。私のお勧めは、憲法改正を済ませてしまうことだ。第九条に加筆する、緊急事態条項、合区解消だけという安倍路線ならどうしても反対しなくてはならない話ではない。

それなら、大連立政権を組んで、憲法改正を通してしまえばいい。第九条を改正してもアメリカの言うとおりにしなくてはならない時代でもない。そして、憲法改正が与野党の争点でなくなれば、3分の1の議席の死守は無意味になり、過半数の攻防という本来の二大政党による与野党の対決構図が描ける。

■「保守」vs「革新」から「守旧」vs「改革」へ

もうひとつのチャンスは、近刊の拙著『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)で提案したのだが、伝統的な保守か革新かでなく、守旧か改革かの対立軸に移行することだ。それは、大阪で保守サイドから出た維新が、フランスで社会党から出たマクロンがそれぞれ成功したモデルである。

日本の経済社会は、明治とか戦後とかに創られ、修繕でなく買い換えが必要なシステムだらけで、保守・革新の両方の利権が張り巡らされている。それを取り払ったり、新しいシステムに置き換えれば日本は生まれ変わる。

維新の路線はやや新自由主義的だが、マクロンの場合は、もともと社会党出身のオランド大統領の補佐官や閣僚だったので、自由化で経済成長を図るが、そこで得た利益はやや左派的な弱者支援や環境対策などに充てるという発想だ。

マクロンは、社会党政権内で改革を試みたが、党内の抵抗を受け飛び出して、社会党右派、中道派(公明党に似た傾向のキリスト教民主主義者と自民党宏池会的な市場経済重視派)、環境派、共和党改革派などを糾合した。そして2017年大統領選挙の第一回投票で共和党、社会党の候補を上回って極右のマリーヌ・ルペン候補との決選投票に残り、共和党と社会党の支持者の票はほぼすべて獲得した。2022年の大統領選挙でも基本的には同様のパターンで成功している。

国会では、最初の当選ののちの総選挙で「前進」、再選後には再編成して「ルネサンス」という新しい党を結成し、第一党になっている。

■日本の革新を担う人物はどこから出るか

もし日本で自民党と二大政党のひとつとして張り合える党が誕生するとしたら、現在の立憲民主党のような高齢者に支持される守旧派でなく、若年層に受ける改革派でないと政権獲得は難しいと思う。

そのリーダーが維新から出るのか、旧民主党系から出るのか、自民党離党組からでるのか、あるいは彗星のように現れるのかは、いずれでも可能だろう。公明党を抱き込むのかどうかも状況次第だ。

かつての細川政権は、細川護熙と武村正義という知事経験者のコンビが母体になったのだし、大阪の維新はタレント弁護士だった橋下徹が創始したのだから、現在の国会議員に候補が限定されるとみる合理性は何もないのだ。

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八幡 和郎(やわた・かずお)
徳島文理大学教授、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学教授、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)』、『安倍さんはなぜリベラルに憎まれたのか』、『令和太閤記 寧々の戦国日記(八幡衣代と共著)』(いずれもワニブックス)など。

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(徳島文理大学教授、評論家 八幡 和郎)

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