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全員が納得しているから「老衰」を選べる…約半数が在宅死を迎える滋賀・永源寺のおだやかな老後

プレジデントオンライン / 2022年11月13日 11時15分

笹井恵里子『実録・家で死ぬ』(中公新書ラクレ)

約5000人が住む滋賀県東近江市永源寺では、亡くなる人の約半数は在宅死となっている。この地域で「チーム医療」を整えた花戸貴司医師は、介護の不安を訴える家族に「親の介護は子どもがするものじゃない。この地域で僕ら医療・介護の専門職がやるので、任せてください」と伝えるという。ジャーナリストの笹井恵里子さんの著書『実録・家で死ぬ 在宅医療の理想と現実』(中公新書ラクレ)より紹介する――。

■「とりあえず元気だからいいか」という空気がある

——これまで取材した私の勝手な印象ですが、都心よりも地方や離島に住む人のほうが「家で死にたい」という人が多いのかなと感じます。やっぱりその地域を愛しているというのが一つ、それから医療資源が少ないからこそ、ある種諦めと覚悟みたいなものがある気がします。花戸先生のご本(『最期も笑顔で 在宅看取りの医師が伝える幸せな人生のしまい方』朝日新聞出版)を読んでいても、永源寺地域に住むみなさんが「家にいたい」とはっきり仰る姿勢に驚きました。

【花戸】価値観に重きを置くところが違うのかもしれませんね。もちろん田舎の人だって病気はできれば治療したいというのがあります。しかし、それよりも生きていく上で心のよりどころになるもの、大切にすべきものが別にしっかりあると思います。持ち家率が高いせいか、建物に対しても、長年生活してきたこの地域に対しても、価値を置いていますね。

——病気は治ったらいいけど、それより農業をするとか、お孫さんの顔を見るのが大事?

【花戸】はい、そういう価値観に重きを置く方は多い気がします。都市部について僕は正直わかりませんが、問題が起きた時に解決しなきゃいけない、困ったことがあれば直さなければいけないというほうに意識が働いてしまうのかもしれないですね。

——とりあえず元気だからいいか、というような“あいまいさ”が受け入れられず、徹底的に治さないと気が済まないのかも。

【花戸】かもしれません。僕がよく話すのは「“状態”は、医療資源を注ぎ込んでも解決しない」ということです。例えば高血圧症、糖尿病、がんというのは長く付き合っていく病気ですよね。それにプラスして高齢になると認知症や、あちこち弱ってくるフレイルという状態になったり、あるいは「独居」がネックにもなります。それらを受け入れながらでも暮らしていけるように、生活の場を整えることが必要なんです。お友達がいて、楽しみがあって、そこに介護が入っていって……。中心にあるのは本人の希望です。どこにいたい、どういうことをしてほしい、あるいはしてほしくないということをしっかり聞いて、いずれ意思表示ができなくなった時期にも周囲が慮れるくらいの理解を深めるようにしています。

■「ごはんが食べられなくなったらどうしますか?」

——「希望」について、みなさん言葉が出てくるものですか。

【花戸】ですからそれを普段から聞いておくというのが僕のスタンスなんです。「ごはんが食べられなくなったらどうしますか?」って。

東近江市永源寺診療所の花戸貴司医師
撮影=國森康弘
東近江市永源寺診療所の花戸貴司医師 - 撮影=國森康弘

——私ならなんて答えるだろう。「どうしますか? って、どういうことだろう」と、考え込んでしまいます。黙ってしまう人もいるのでは。

【花戸】そしたら何度も聞きます(笑)。50、60代であれば「そんなんまだ考えたこと、なかったわー」と言われるか、「もしそうなってもできるだけ病院で検査して治療してもらうわ」っていう人が多いですかね。

例えば今日来られた90代女性はお孫さんと二人暮らしなんですけど、暑い日に農作業をしていて、食欲が出ないと来院されました。コロナ検査は陰性で、レントゲンや心電図を行っても、疾患の兆候はみられません。それで「今後、ごはんが食べられないのが続くようだったらどうする?」と聞くと、本人は「もう胃の検査はしてほしくない。入院もしたくない。でも食べられへんかったら、家には置いてもらえへんな」と言うんです。今日は離れて暮らす息子さんといらっしゃったんですが、遠慮していたのかもしれません。でも僕はこの方をずっと診ていて、おそらくずっと家にいたいんだろうなぁと。そんな気持ちがわかるんです。

3年前は「食べられなくなったり、歩けなくなったら介護をしてくれる人がいないので、施設に入れてもらったほうがいい」と言っていたのですが、2年前の4月、コロナが流行り始めた頃は「肺炎になっても人工呼吸器はつけてほしくない。延命治療は希望しない」と打ち明けてくれ、昨年の12月は「最期まで家にいたい」と。

■「ああしなさい、こうしなさい」とは言わない

——だいぶ変わったんですね。やりとりを重ねると、本音が見えてくるということですね。

【花戸】そうですね。僕はここで2000年から働いていますから、10年以上外来で対話をしてきた患者さんが多いんです。だから今までこういう人生で、今はこうしていて、将来はこうしたいということを折に触れてやりとりしているので、もうそろそろ介護保険を申請したら? とか、訪問診療に変えたほうがいいんじゃないですか? という話をします。

——この診療所では外来もされていますが「病院」と「在宅」はどう区別されているのですか。

【花戸】在宅ではレントゲンやCTを撮ったり、大きな手術はできません。「生活の延長線上を見ている」と思っていつもそのように接しています。ただ病院か家か決める際は、治療の選択肢を提示して自己決定をしてもらいます。例えば進行がんと診断され、まだ会社にお勤めされている人であれば、京都や大阪の大病院ならこんな治療ができますよ、と。僕自身はああしなさい、こうしなさい、とは言いません。

■「親の介護は子どもがするものじゃない」

——ただそこで家を選びたくても、先ほどの話のようにご家族に遠慮されますよね。

【花戸】この診療所で働き始めた2000年頃は、介護される側は昭和一桁、あるいは大正生まれの人、介護する人は団塊世代(1947-49年生まれ)で、大家族が多かった。「家で看ましょう」というのが当たり前の時代でした。それが今、団塊世代が介護される側にまわってきて、介護する側は団塊ジュニア世代(1971-74年生まれ)。僕も同世代ですが、基本的に核家族で育っているので、わざわざ家族の形態を壊してまで介護しようという人は少ないと思います。

ここ永源寺でも老夫婦あるいは独居で生活し、子どもは離れて暮らすパターンが多いです。そのような中で本人やご家族に、「親の介護は子どもがするものじゃない。この地域で僕ら医療・介護の専門職がやるので、任せてください」といつも言っています。

今日も先ほどとは別にそういう説明をした親子がいましたが、50代のお子さんには80代後半の親御さんを預かろうなんて気はさらさらないんです。でもそれでいいんだと思うんです。だから、「今後通えなくなったら訪問診療をしますからね」という説明をしました。するとお子さんから「よろしくお願いします」と。

訪問診療をする花戸貴司医師
撮影=國森康弘
訪問診療をする花戸貴司医師 - 撮影=國森康弘

■本来の分岐点よりずっと手前で在宅を諦めている

——そこからみえるのは、子どもは無意味な、過剰な心配はしなくていいということですね。

【花戸】全国的な調査で「在宅での療養を諦めるのはいつですか?」と聞くと、要支援・要介護1くらいの段階で諦める人が3分の1くらいという調査結果があります。それくらいなら通院できる身体機能でしょう。在宅医療を始めるかどうか、本来の分岐点よりずっと手前の状態で「諦めている」ということです。

理由としては家族の不安が多いんですね。最近、物忘れが多くなってきたし、足腰が弱くなってきたし、一人暮らしで心配だから、と。ここでは外来から在宅に移行し、移行後は訪問診療で見続けるという一連の流れがありますから。

——外来中や他の患者さんの訪問診療中に、緊急的な往診を頼まれたらどうするのでしょう。

【花戸】「今すぐ来て!」という患者さんはいないですね。「先生が来るまで待ちます」と言ってくれるので。もちろん「もう息が止まりました」ということであれば外来をストップしてでも僕が行きますし、あとはがん末期の方のお薬の調整であれば、訪問看護師さんに細かい指示を出して行ってもらいます。そして私があとで駆けつけるということもありますね。いずれにしても往診はもちろん行きますよ。顔を見て説明するだけで患者さんにもご家族にも安心してもらえますから。

■「老衰」は診断するのではない

——日頃のコミュニケーションで信頼関係が築けていて、患者さんも今後の見通しがあるということですね。ずっと診ているからこそ、わかる。「老衰」もそうでしょうか?

【花戸】そうですね、「老衰」は診断するのではなく、みんなで納得することが老衰だと思っています。だんだん歩きにくくなり診療所に通えなくなって、訪問診療を受けるようになり、寝てる時間が長くなって、ごはんが食べられなくなった。その長い経過を知っていて、その人がこうしてほしい、これはしてほしくないということを理解しているという付き合いがあり、振り返って家族や介護する人、ご近所の人、もちろん我々も、みんなが納得できて初めて死亡診断書に書ける病名だと思うんです。一回見た限りの医師が「これは老衰だ」と診断をつけるようなものではないと僕は思っています。

——それでは、だんだん枯れていけるような老衰で死ぬには、月並みですが信頼する医師を見つけることですね。

【花戸】病院に行くと自ずと「診断名」をつけられます。80歳90歳であっても飲食できないとなれば「脱水」など、何らかの病名をつけられ治療が始まる。それが決して悪いわけではなく、病院と在宅では役割が違って、診断・治療をするというのが病院の大きな目的です。

——なるほど。病院に行くかどうかも含め、患者さんが決める。

【花戸】そうです。例えば暑くて食べられないというおばあちゃんがいたとして、病院に行くと点滴などで栄養剤を入れるということができる。一方で家にいたら自分の好きな時間に寝たり起きたり、ご近所の人がおしゃべりに来たり。そして介護サービスを使えば、必要になったら口の中をきれいにしてもらったり、お風呂に入れてもらうなど、そういうアプローチで食欲が出るようになるかもしれません。

■親の介護は、必ず目の前に現れる

——本書は現役で仕事をしている元気な読者に向けて書いています(もちろんそれ以外の方も歓迎します)。今、困っていないと自分の「死」がなかなか意識しづらいと思いますが……。

【花戸】2人に1人はがんになる時代です。まずは自分自身の健康に気をつけることですね。それから親の介護は、必ず目の前に現れます。自分の親はいつまでも元気じゃない、ということをしっかり認識しないといけません。それに向けてご本人の希望を聞く、対話を重ねることが大切だと思います。

■本人の言葉があれば残された人も納得できる

——花戸先生はお父様をがんで亡くされたんですよね。

【花戸】もう30年以上前、僕が中学3年生の時に他界しました。父の死をきっかけに人の役に立つ仕事がしたいという思いが強まり、医師を目指しました。母親は今、80代で一人暮らしをしています。ちょうど最近要介護の認定を受けたところですが、これまで「ごはんが食べられないようになったらどうしたいの?」と、患者さんと同じような話をしてきました。隣の福井県には原発もあるので東日本大震災のように被災したり、介護が必要になったらどうするの? ということも聞きました。

すると母親は、「この年やし、何かあってもここにずっといるわ。何も検査してほしくないし、延命治療とかもしてほしくないから」って。僕も「それがいいと思う」と答えました。そういった会話があれば、何かが突然起こっても、あの時こんなこと言っていたな、と振り返ることができるでしょう。病に限らず、事故などで突然お別れしても、本人の言葉があれば残された人はそれを心の支えとして納得することができます。

——あとは親子間で介護を頼らないのですから、地域ごとに支援体制を作るということですよね。その点、永源寺地域のような地方のほうがコミュニティができています。

【花戸】田舎ならではの付き合い、煩わしさを、私は「お互いさん」貯金だと思っています。年を取って体が不自由になったら「お互いさん」を使ってやりくりする。都市部で同じ形を築くのは難しいかもしれませんが、田舎の地縁型コミュニティと違い、都市部では興味型コミュニティといって趣味のサークルであったり同じ会社仲間、あるいはがん患者の会とか、そういったつながり、コミュニティなら作れるのではないでしょうか。

■家で死ぬことは、決して医療を諦めることではない

永源寺地域では、多くの人が病院や施設ではなく自宅での生活を希望するという。

この地域で亡くなる人は病院も含めて年間60人。そのうち花戸医師が書く死亡診断書の数は年間25~36枚。つまり地域の約半数は在宅で最期を迎えている。

「家で死ぬことは、決して医療を諦めることでなく、患者さんの気持ちを尊重しながら話し合って出す答え」と、花戸医師は述べている。いつも白衣を着ていないが、そこには「医療者」ではなく「この地域を支える一員」でありたい、という思いがあるという。

医療者と患者本人が“対等”な関係になった時、大家族でなくても希望は言いやすく、叶いやすく、家で穏やかに過ごせるのかもしれない。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『徳洲会 コロナと闘った800日』(飛鳥新社)がある。ニッポン放送「ドクターズボイス 根拠ある健康医療情報に迫る」でパーソナリティを務める。 過去放送分は、番組HPより聴取可能。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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