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Twitter買収を手放しでは喜べない…「世界一の富豪」イーロン・マスクに世界中が冷視線を向けるワケ

プレジデントオンライン / 2022年11月15日 10時15分

米実業家イーロン・マスク氏(2022年5月2日、アメリカ・ニューヨーク) - 写真=AFP/時事通信フォト

■イーロン・マスク氏の衛星通信サービスが日本で始まる

テック界の革命児、イーロン・マスク氏。買収によりTwitterを手中に収めた氏の勢いが止まらない。

だが、自動運転EV開発のテスラ、宇宙開発のスペースX、そして新たにTwitterを掌握した革命児の言動に、危うさが見え隠れする。中露寄りの発言を繰り返していることに加え、一度はロシアからの防衛戦でウクライナに寄与したスターリンク衛星通信サービスが、破竹の勢いで巻き返しを進めるウクライナ軍に「壊滅的な混乱」をもたらしているとの海外報道が聞かれるようになった。

家庭で衛星インターネットを利用できるスターリンクは10月以降、日本でも順次展開している。個人や企業が手軽に衛星経由での通信を楽しめるサービスだ。

このサービスは、イーロン・マスクCEO率いる米スペースX社が提供している。高度550km前後の低軌道に多数の中継衛星を浮かべ、空からデータ通信を中継するしくみだ。空の見渡せる場所に受信用のディッシュ(アンテナ)さえ設置すれば、既存のネット回線に依存せずにインターネットを利用可能となる。

僻地では光ファイバーを延々と敷設せずとも、目的の建物単体でネット環境を導入できる利便性がある。加えて都市部でも、万一の際のバックアップとして注目が集まるだろう。仮に大規模な震災などで通信網が寸断されても、スターリンクの受信用ディッシュと家庭用発電機があればネットを利用できる。家庭はもちろんのこと、役場や消防などで導入が進んでいれば、復旧への情報収集がスムーズに進みそうだ。

価格は初期費用として、アンテナなどを含むキットが7万3000円となっている。月額利用料金は1万2300円の設定だ。現時点で沖縄を除く日本のほぼ全土で利用可能となっている。

スターリンクの登場により、衛星通信を個人で利用できる時代が訪れた。ところがこの技術は個人の生活環境だけでなく、一国の在り方すら変えようとしている。

「スターリンク」WEBサイト
写真=「スターリンク」WEBサイトより

■ウクライナの救世主になった

ロシアによる2月からの侵攻を受け、ウクライナ国内の被災地域では通信が寸断された。この状況を救ったのがスターリンクだ。ウクライナ政府の技術部門を統括するフェドロフ副首相がTwitterで支援を要請すると、スペースXのイーロン・マスク氏はわずか11時間弱で同国でのサービスを始動させた。

同時にマスク氏はウクライナには大量の受信ディッシュを送っており、病院や軍事拠点など重要施設に配備されている。ほか、市民も衛星通信経由のWi-Fiを利用しネットを再開することが可能となった。

スターリンクが戦局に大きな影響を与えたと指摘する報道もある。ウクライナ軍はロシアによる2014年のクリミア侵攻を契機として、攻撃・防御システムのIT化に力を入れてきた。現在はGIS Arta(ジーアイエス・アルタ)と呼ばれるシステムが各部隊に配備されており、ネットを通じて現在地や攻撃能力などの情報を常時共有しあっている。

英タイムズ紙の5月の報道によると、従来の常識では射撃命令から実際の攻撃までには部隊間の調整が必要であり、20分程度の時差を生じていた。だが、GIS Artaが部隊の展開状況に応じて最適な攻撃対象を自動で割り振ることで、30秒から1分程度での攻撃が可能となったという。これを支えているのがスターリンクによる通信インフラだ。

アメリカ国防契約管理局のトレント・テレンコ氏は5月、ツイートを通じ、「ウクライナの『GIS Art for Artillery(GIS Artaの別称)』アプリはスターリンクと組み合わさることで、アメリカ軍の一般的な砲術指揮統制よりもかなり優れたものをウクライナ軍にもたらした」と指摘している。氏はまた、「ウクライナ戦争は初のスターリンク戦争」だとも述べる。

陸軍
写真=iStock.com/Nzpn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nzpn

■ネット遮断でウクライナ軍は大混乱

ところが、その後の形勢不利を経て反転攻勢に入った10月、ウクライナ軍を予期せぬ事態が襲うようになる。ロシア支配地域の奪還を進める一部部隊のあいだで、通信の途絶が報告されるようになったのだ。勢いに乗っていたウクライナ軍は、大混乱に陥った。

英フィナンシャル・タイムズ紙は10月8日、ウクライナ軍関係者および兵士らの話として、領土解放を進める最前線でスターリンクの通信機器に障害が発生し、作戦に支障をきたしていると報じた。

記事によるとウクライナ政府高官は、過去数週間でウクライナ軍の一部部隊が「壊滅的な」通信障害に陥っていると述べたという。同紙は首都キーウの別の当局者の話として、軍のヘルプラインに兵士たちから「パニック状態の電話」が相次いでいるとも報じている。

通信途絶は4~5の特定地域で発生しており、多くはロシア占領地域との境界上となっている。

■マスク氏が意図的に遮断との見解も

サービス途絶の原因は何か。最も単純な仮説として、ウクライナ軍の領土奪還の勢いが速く、スターリンク側のサービス対象地域の更新が追いつかなかった可能性が指摘されている。スペースX社はロシア占領下に落ちたエリアを通信提供エリア外としており、これはロシア軍に利用されるのを防ぐためだとみられる。

だが、マスクCEOが意図的に、両軍が激しく衝突する地域でサービスを遮断したとの見解も聞かれるようになった。上記の通信障害が発生した地域とは別になるが、少なくともクリミア半島においては、明確な意志をもってサービスを遮断したようだ。

米インサイダーは、米有力政治アナリストのイアン・ブレマー氏の見解として、プーチンが核のボタンに手を伸ばす事態を懸念したマスク氏が、クリミアでのサービス提供を断ったと報じている。

クリミア奪還を進めたいウクライナ側から同地でのサービス開始を要請されたが、米有力政治アナリストのイアン・ブレマー氏によると、マスク氏は「(事態が)エスカレーションする可能性があるため断った」という。

■「ウクライナのネットを任せておくべきではない」

ウクライナ全土へのスターリンク提供についても、マスク氏はサービスの無償提供を続ける意向をツイッターで表明しているが、一時態度を硬化させた事実は見逃せない。

マスク氏は10月14日、米国政府が費用を負担しない場合、サービスを無償で無期限に提供することはできないとツイッターで警告した。ビジネスとしては当然の判断だが、重度に依存するウクライナにとっては死活問題だ。

米『ポリティコ』誌EU版によるとEUは、EU諸国が費用を負担することでウクライナへのサービス継続を要請できないか検討していると報じた。

リトアニアのガブリエリウス・ランズベルギス外相は同誌に対し、「ある朝目覚めて『もうやりたくないからやめだ』と言い、翌日には『ウクライナ人たちはネットなしでもやっていけるだろう』と言うような一人の『超強大な』人間に、ウクライナのネットアクセスを任せておくべきではない」と警告した。

■ロシア・中国寄りの発言を繰り返してきた

こうした意見が聞かれるようになった背景には、各国の政治情勢に絡めて危うい発言を繰り返してきたマスク氏の過去がある。氏は今年に入ってから、ロシア寄り・中国寄りと取れる発言を繰り返している。

1億人以上のフォロワーを持つマスク氏はTwitter上にて、「1783年以来、(フルシチョフの過ちまで)そうであったように、クリミアを公式にロシアの一部とする」ことを含む独自の和平案を提案し、投票機能を通じて賛否を問うた。ウクライナ側は激しく反発している。

中台関係をめぐっては、台湾側が支配権の一部を中国に譲ることで和平がもたらされるとの考えを披露した。マスク氏はフィナンシャル・タイムズ紙のインタビューで、「私の提案としては……台湾の特別行政区という形で解決策を見出してはどうか。皆が納得するわけではないが、おおむね良い形だ」と語っている。

台湾の蕭美琴駐米代表はこれに反応したとみられる形でTwitter上で、「台湾は多くの製品を売っているが、自由と民主主義は売り物ではない。私たちの将来をめぐる提案はいずれも、平和的かつ強制的ではなく、そして台湾の人々の民主的な願いを尊重する形で決定されるべきである」と牽制している。

マスク氏のこれら独特な発言を念頭に、ウクライナの一部地域における衛星サービスの一時遮断についても臆測が広がった。一部の国においては、ウクライナ政府との関係が冷え込んだことから意図的に遮断に踏み切ったと取れる報道もあった。

■カリスマCEOの強さと危うさ

マスク氏が技術で世界を変え、人類を前進させていることに疑いはないだろう。

テスラはEVを身近にし、夢物語だった自動運転を着実に実用化へ近づけている。スペースXは個人が月旅行に出かける時代を切り拓きつつある。地下トンネルで渋滞を回避したいという冗談から生まれたザ・ボーリング・カンパニーは、ラスベガスの地下に本物のテスト用地下自動車道を開通させた。

常識を超えた発想で未来を引き寄せるカリスマCEOには、独断で企業を率いる強力なリーダーシップが求められる。社会的な価値観と相違をものともせず、自らの信念を貫くタフさこそが強みとなるだろう。

イーロン・マスク氏
イーロン・マスク氏(写真=Ministério Das Comunicações/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

だが、その影響は社内にとどまらず、国際社会にまで波及している。そこには彼の言動に左右される危うさがある。スターリンクのインフラに依存せざるを得ないウクライナ軍は、マスク氏の衛星なしには混乱状態に陥るまでに依存性を高めている。

クリミアをめぐる住民投票案や台湾情勢についても、独特な価値観に基づく発言を繰り出すマスク氏。おそらく政治情勢に深入りする意図はなく、独自の正義を世に示しているだけなのだろう。だが、発言の対象となった各国の政府が不快感を示すなど、巨大インフラを掌握するCEOの発言が世界を揺るがしていることは明らかだ。

■「マスク依存」を深める世界の危険性

こうした危うさは、マスク氏のTwitter社の買収にも当てはまる。独自の価値観による「正義」が導入されればどうなるだろうか。仮にだが買収完了後、独自の発言規制やプライバシーに影響する機能が実装されれば、日本のユーザーにおいても影響は免れないだろう。

また、ワシントンポスト紙はマスク氏本人による発言を念頭に、Twitterは「事実上の街の公共広場」であり、マスク氏はいまやその市長になったのだと指摘している。Twitterの崩壊が、民主主義にとって世界規模の脅威になり得る恐れもある。

個人への影響に目を移せば、スターリンクは月額1万数千円という価格であるため、通常4~5千円程度する通常のネットサービスから乗り換え、災害対策を兼ねてメイン回線にすることも不可能ではない。しかし、通信網の寸断に強い反面、うつり気なCEOによるサービスという別のリスクを抱えることになる。

テクノロジーで世界を変革する男、イーロン・マスク。技術の進歩を数十年加速させる功績の一方で、気まぐれな言動が与える影響は年を追うごとに大きくなっている。一人のカリスマに依存する世界が、もろく、危ういことを彼自身が教えてくれている。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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