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ツイッターの大胆リストラが羨ましい…「使えない社員をクビにできない日本企業は不利」は本当なのか

プレジデントオンライン / 2022年11月15日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/designer491

■ついに平均給与で韓国にも抜かれた

ちょっと前まで「GAFA」なんて持ち上げられて、イケてる企業の代名詞だったTwitterとMeta(旧Facebook)でリストラが始まった。

「こんなの日本企業でやったら大問題だろ、っていうか違法じゃないの?」
「巨大IT企業が栄華を誇った時代の終わりだな」
「良くも悪くもこれがアメリカ経済のダイナミズムじゃないのか」

なんて感じで、ネットやSNSでさまざまな議論が交わされる中で注目を集めているのが、「日本企業もイーロン・マスクみたいに、無駄に高給取りの使えない社員をバッサリ解雇できれば、経済がちっとはまともになるのでは?」という意見だ。

ご存じの方のように、諸外国が着々と経済成長をしている中で、日本はこの30年、低成長が続いている。賃金も30年、横ばいが続いており平均給与で韓国にまで抜かれている。「消費税を廃止せよ」「税金が高すぎる」と叫ぶ人も多いが、諸外国と比べると日本の税金はかなり安い。賃金が異常に安いので相対的に税金が割高に感じるだけだ。

税金も安く、金利もゼロで、なにかと理由をつけてバラマキをする、にもかかわらず低成長というどん詰まり状態あるのが今の日本だ。

■ルール上は「社員を解雇しやすい国」である

そんな中で起死回生の秘策として一部の人たちが主張しているのが、「日本企業も年功序列・終身雇用なんてぬるいことを言ってないで、使えない人間をどんどんクビにすれば生産性が上がっていく」というものだ。日本経済がいつまでもパッとしないのは、生産性の高い労働者が成長企業・産業に移動してないからなので、雇用の流動性を高めるためにも、実力主義に舵を切るべきだというのだ。

これには大きくうなずく大企業のサラリーマンの方も多いだろう。社内を見渡せば、「使えない社員」が山ほどいて、しかもベテランの場合、かなりの高給をもらっている。「なんで日本は使えない社員をクビにできないのだろう」と疑問を抱く人もかなりいるのではないか。

そう聞くと、「法律が悪い」「規制緩和すべきだ」という主張をする人がいるが、実はこの問題はそういう類いの話ではない。経済協力開発機構(OECD)が各国の雇用保護指標を調べた2019年の調査で、解雇に関する法規制などを国際比較すると、実は日本は37カ国中に12番目に「社員を解雇しやすい国」となっているのだ。

■日本の「ジェネラリスト採用」の弊害

では、なぜルール的には解雇しやすいのに、我々は「日本の大企業は社員をクビにしにくい」と思い込んでいるのか。結論から言ってしまうと、最大のネックは、日本特有の「ジェネラリスト採用」だ。

例えば、日本の大企業で新卒採用されてから10年経過した「使えない社員」がいたとしよう。この人はこれまでいろいろな部署を渡り歩いてきたが、評価されるような実績もない。やる気もそれほど感じない。大企業に定年までしがみついて、安定した給料をもらおうという気マンマンに見えた。

では、会社側はこの「使えない社員」をクビにできるのかというと、難しい。

いくら会社が「使えない」と主張をしても、この社員が「不当な解雇」だと司法に訴えてきたら、ほぼ間違いなく負けてしまう。なぜかというと、「会社側はジェネラリストとして雇ったこの社員の適性を考えて、能力をちゃんと引き出すような仕事をさせていたとは言い難い」と判断されるからだ。

オフィスチェアの背もたれに寄りかかり、手を動かしていない男性
写真=iStock.com/Jaymast
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jaymast

■会社側に「最適な仕事」を用意する責任がある

アメリカをはじめ多くの国での雇用形態である、いわゆるジョブ型雇用の場合、「使えない社員」の定義はシンプルだ。入社時に、どんな仕事をしてどんな目標に向けて努力をしていくのかということを、労使で合意をしたうえで雇用契約を結ぶのが一般的なので、その仕事ができない、努力できないというのは「使えない社員」だと司法でも判断される。

例えば、プログラマーという契約で雇われた社員は、そこで結果が出せなかったり、その部署が縮小されたりすれば、その会社にとって「使えない社員」となる。

しかし、日本の大企業正社員のように、入社時にどんな仕事をするのか、どんな目標を達成するのかということを明確にしない、いわゆるメンバーシップ型雇用の場合、「使えない社員」を定義することは難しい。「本人の適性に鑑みて会社側が仕事を決める」という「ふわっ」とした働き方だからだ。

営業でまったく成績を残せなかったけれど、経理部にまわされたら水を得た魚のように仕事ができたという場合もある。社内のどんな仕事をさせても失敗だらけだったが、子会社に左遷されたら上司ともウマがあってイキイキと働いている、なんてこともある。だから司法としては、会社側がいくら「この社員は使えません」と訴えても、「いやいや、それは会社側が能力を活かせるような仕事を用意してないからでしょ」となってしまうのだ。

■解雇しやすくしても日本の生産性は上がらない

「どんな仕事をするか明確にせずに雇われた」ということは裏を返せば、「仕事に対して明確に“使えない”という評価ができない」ということでもある。実はこれが日本の大企業正社員を、「世界で一番クビにしにくい労働者」にしている最大の原因だ。

こういう構造的な問題なので、もし一部の人が主張するように、日本をアメリカのように「クビにしやすい社会」にしたところで、日本企業の生産性はほとんど上がらない。

Twitter社からクビを宣告された人の多くは、ジョブ型雇用なので、プログラマーであれ広報マンであれ、「Twitterでこの仕事をしてきました」と胸を張って言える。だから、これから成長していく次世代のGAFAに転職をすれば、その経験が何かしらの形で生かせるし、転職先にとってもメリットがある。生産性の高い人材が移動をして、新たな職場で生産性の高い仕事ができる。

■中小企業で横行する「ソフトなクビ切り」

しかし、日本の大企業の正社員は残念ながらそうならない。入社後、製造現場を2年経験して、地方支社を10年回りまして、本社に戻ってからは営業を5年、その後に経営企画室に――というジェネラリストのキャリアは、その組織内の出世コースであることが多く、他社、特に急成長しているようなベンチャーではほとんど役に立たない。つまり、メンバーシップ型雇用の流動性を高めたところで、大企業をクビになった人たちが転職先で、前職ほど生産性の高い労働者にならない可能性が高いのだ。

しかも、もっと言えば、解雇の規制緩和をして、「使えない社員」を労働市場に放出する大企業は、日本企業の中でわずか0.3%に過ぎない。日本企業の99.7%は中小企業で、労働者の7割が働いている。こういう規模の会社はジェネラリスト採用なんてできる余裕もなく、「ジョブ型雇用」が一般的だ。

だから、アメリカのように、ある日、社長から「うちもそろそろ厳しいから」なんて言われて、自主的に退職するように促される「ソフトなクビ切り」が横行している。つまり、解雇の規制緩和をしても、日本の労働者の7割にはそれほど影響がないのだ。

だが、こういう現実や客観的なデータを無視するような形で、「日本もアメリカのように使えない社員をクビにすれば生産性が上がっていく」という珍妙な主張が一定の支持を得ている。なぜこうなってしまうのか。

■「アメリカ様」の子分気質が抜けていない

いろいろなご意見があるだろうが、筆者は日本人が抱くアメリカへの劣等感の弊害ではないかと思っている。

日本はアメリカにケンカを売って返り討ちに遭って、原爆まで落とされたトラウマから、「アメリカ様」が世界の中心であって、「アメリカ様」のまねさえしていれば安泰という「子分気質」が自分たちで気づかないほど強くなってしまっている。

それを象徴するのが、「保守」だ。一般の国では「保守」は自国の主権や独立性を重んじる。なので、世界の警察を気取ってよその国に土足で入ってきて、主権を侵害するアメリカを敵視することが多い。しかし、日本の「保守」は過剰に親米で、アメリカ様には喜んで主権侵害されましょうという卑屈な考えで、アメリカを敵視する同胞を「反日」と攻撃するほど、世界観がおかしなことになっている。

このように骨の髄まで対米従属なので、経済観もアメリカ偏重だ。それを象徴するのが先ほどのOECDの雇用保護指標だ。ここで「日本よりも解雇しやすい国」を見てみると、やはりアメリカがトップで、カナダ、英国といういわゆるアングロ・サクソン諸国が続く。

これらの国が日本よりも労働生産性が高く、経済も堅調に成長をしているのはご存じの通りだ。「使えない人間をクビにしやすくしろ」と主張する人たちは、このようなデータを根拠にしている。

■アメリカの高い生産性を支える移民たち

ただ、そう見えるのは「アメリカ様へのコンプレックス」によって目が曇っているからだ。「日本よりも解雇しにくい国」をみると、ドイツ、スウェーデン、フランスなどがある。これらの3国はカナダや英国よりも生産性が高い。

つまり、社員をクビにしやすくするという話と、その国の生産性はそれほど関係ないのだ。

じゃあ、アメリカの生産性が高いのはなぜかというと、「社員をクビにしやすい」ということなど以上に、大きな要因がある。

真剣に講義を受ける多様な人種の人々
写真=iStock.com/SDI Productions
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SDI Productions

それは「移民」だ。アメリカは先進国であるにもかかわらず毎日、移民が大量に流れ込んでくるので長期的に見ると、人口が右肩あがりで増えている稀有な国だ。GDPというのは単純に言えば「人口×生産性」なので当然、経済も成長していく。

しかも、「移民」の中には英語も喋れないような不法移民だけではなく、各国の優秀な人材・唯一無二の才能を持つような人々が、自国よりも実力を評価してくれる、競争しやすい環境を求めてくる場合もある。そういうハイレベルな移民がGAFAのような成長分野にわんさかとやってきて、今回のようにわんさかとクビを切られて、労働市場を動きまわる。これが本当のアメリカ経済のダイナミズムだ。

■「使えない社員をクビにできる国は強い」という神話

だが、日本人の多くはこういうところを絶対に評価しない。「移民」と聞くと、「治安悪化や犯罪の温床だ」「アメリカ社会の闇だ」なんて言って目を背ける。それは国それぞれの考え方なので悪いことではないが、問題はその経済的恩恵まで無視してしまうことだ。

移民の経済的恩恵をスルーしたままアメリカ経済の強さを説明しようとするので、自分たちの尺度で強引にこじつけるしかない。ここまで言えばお分かりだろう、これが「使えない社員をさっさとクビにできるからアメリカは強い」という「神話」を生んだのだ。

そこに加えて、この「神話」がそれなりに支持されるのは、日本人の伝統的な集団心理も影響しているのではないか、と個人的には思っている。

日本は「負け戦」感が漂ってくると、不安になった人々が「社会の役に立たない者」に責任をなすりつける傾向がある。太平洋戦争でも戦局が悪化してくると、兵隊になれない男性、子どもを産まない女性、そして障害者や病人は「あいつらのような役立たずがいるから日本は苦しい」と相次いでバッシングされた。

歴史は繰り返すではないが、今の日本も「経済戦争」で惨敗のムードが漂っているので、「役に立っていない人」を叩くことで不安から逃れたいという人が増えている。

今はまだ「大企業の使えない社員」だが、そのうち「働かない人」「専業主婦」「高齢者」「障害者」「子どもを産まない女性」などがターゲットにされていくかもしれない。

貧すれば鈍するではないが、嫌な世の中になったものだ。

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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。

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(ノンフィクションライター 窪田 順生)

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