ガラパゴスな日本の軽自動車は壊滅する…約60万円の中国EV「宏光MINI EV」日本上陸の衝撃
プレジデントオンライン / 2022年11月21日 9時15分
■EV販売台数が急拡大している
自動車のEV化が急加速している。2022年9月、世界のプラグイン車(EV+PHV)の月間販売台数が初めて100万台を超えた(CleanTechnicaより)。
これは、今後世界がEV100%化に向かうための大きな壁を越えたことを意味する。
通年では、2022年のEV販売台数は約1000万台ほどになりそうだ。これは、世界の新車販売台数の約10%を占める、かなり大きな数字だ。
2021年には約660万台(新車販売に占めるシェア6.6%)だったので、急激に伸びていることがわかる。
しかも、2023年にはEV販売台数が1500万台(15%)にものぼると予想されている。
こうした世界の急激な変化に、日本は完全に乗り遅れている。2021年の日本における新車販売台数は、軽自動車を入れて444万8288台だった。そのうちプラグイン車(EV+PHV)はわずか4万7000台(1.1%)。主要国中ダントツの最下位である。
■日産「サクラ」が起爆剤になるか
遅々として進まない日本のEV化の中で、一筋の希望の光が見えてきた。それが、日産と三菱が共同開発して2022年6月に発売した軽規格のEV「サクラ」だ(三菱ブランドでは「eKクロスEV」)。
「サクラ」は「補助金を使えば200万円を切る価格」と「軽を超えた力強い走り」を武器に売り上げを伸ばしている。
販売台数は、2022年6〜9月の累計で1万2942台となった(データ:全国軽自動車協会連合会)。8月には軽自動車の販売台数ランキングトップ10にランクインしている。
日本のEV化という観点ではうれしい結果である。
■「激安中国EV」ついに日本上陸か
しかし、喜ぶのも束の間、その「サクラ」を脅かす「黒船」が中国からやって来るというニュースが飛び込んできた。
それが、五菱「宏光MINI EV」(ウーリン・ホングヮン・ミニEV)だ。
日本円で60万台からという超低価格が売りだが、この車がいま日本進出を狙っているというのだ。
![五菱「宏光MINI EV」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/7/1200wm/img_871b3e3ddedde832a1eb48d1b23b3987373862.jpg)
「宏光MINI EV」が中国で発売されたのは2020年7月。メーカーは上汽通用五菱汽車(略称:SGMW)という会社だ。
SAIC(上海汽車集団)、GM、五菱(柳州五菱汽車股份有限公司)3社による合弁企業だ(柳州五菱汽車股份有限公司は最近社名を広西汽車集団有限公司と変えている)。
■サイズ的にもほぼ軽自動車
では「宏光MINI EV」はどのような車なのだろうか。
「宏光MINI EV」の車体サイズは、全長2917mm、全幅1493mm、全高1621mmと小さい。
日本の軽の規格は全長3400mm、全幅1480mm、全高2000mmなので、それと比較すると、全幅はほぼ同じ、車体の長さが50cm程度短いというサイズだ。
「宏光MINI EV」は後部座席を含め最大4人乗りということになっている。だが、このくらいのサイズであれば後部座席は倒してトランクスペースとし、2人以下で乗るという使い方が一般的なのではないか。
■最も安いグレードは約64万円
「宏光MINI EV」には3つのグレードがある。モーターは全てのグレードで共通の20kW(27.2馬力)。最高速度は100km/hだから高速道路も走れる。
バッテリーサイズは9.3kWh。航続距離はNEDC(新欧州ドライビングサイクル基準)に近い中国基準で120km(EPA基準換算で約90km:筆者推定)。
最も安いグレードは中国では3万2800元で売られている。11月16日時点のレート(1元=19.75円)で計算すると、日本円で64万7800円という低価格だ。
![テスラ「モデルY」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/e/1200wm/img_ae8425a775bcfed17cd6a95a3f8a6a4a495674.jpg)
中間グレードだと、バッテリー容量と航続距離は同じだが価格は3万8800元(同76万6300円)。エアコンが装備される上級グレードは4万4800元(同88万4800円)、バッテリー容量は13.8kWn、航続距離は同170km(同128km)だ。
■テスラに次ぐ世界3位の販売台数
筆者は、発売当初からこの車に注目し、拙著『日本車敗北』(プレジデント社)第2章でも「50万円を切るEV」として紹介している。
「宏光MINI EV」の2022年1〜9月の販売台数は、CleanTechnicaのデータによると31万6000台となっている。これはプラグイン車の世界3位という好成績だ。
ちなみに、同期間における1位はテスラ「モデルY」、2位は同「モデル3」だったが、中国市場だけでみると「宏光MINI EV」が堂々の1位を占めている。
「宏光MINI EV」の価格は、円の下落により円換算では3割以上高くなってしまった。そのため、「50万円を切る」とまではいかないのが現状だが、最上位グレードでも80万円台というのはEVとしては驚くべき安さだ。
なぜ「宏光MINI EV」はこれほど低価格で販売できるのかというと、設計を徹底的に簡素化しているほか、電子部品に汎用品を使用していることが貢献している。
また急速充電には未対応なので、それも低価格の一因だろう。
■日本上陸に向けて市場調査を開始?
この「宏光MINI EV」だが、ついに日本に上陸するのではないかと騒がれている。
日本経済新聞は「中国の格安EVが日本市場を調査 巡回介護車などに用途」という記事で、上汽通用五菱汽車が日本市場の調査を始めたと報じている。
すでに日本で型式認証の取得手続きに入っているとのことで、報道が事実であれば、早ければ2023年の春にも「宏光MINI EV」は日本上陸を果たすことになる。
ただし、本稿執筆中の2022年11月11日時点では、「宏光MINI EV」の日本参入については委託を受けた会社が調査中という段階で、まだ決まったわけではない。
■日産「サクラ」は勝てるのか?
本当に「宏光MINI EV」が参入した場合、日産「サクラ」は勝てるのだろうか。
性能的にはどうだろうか。
「サクラ」のモーター出力は47kWでバッテリー容量は20kWhだ。
航続距離はWLTC基準で180km(EPA基準で約145km:筆者推定)。
価格は、Xグレードで240万円から。国の補助金55万円を使えば185万円になる。
「宏光MINI EV」の廉価グレードと、「サクラ」のXグレードを比較すると、「宏光MINI EV」は馬力で「サクラ」の約4割、航続距離(EPA基準)では「サクラ」の3分の2、価格は「サクラ」の約4分の1ということになる(「宏光MINI EV」の日本での価格が噂されるように65万円だとした場合)。
注意したいのは、「宏光MINI EV」と「サクラ」では、動力性能が大きく違うため、全面的な競争にはならないことだ。
「サクラ」は出力47kWであり、日本の高速道路を余裕で走れる。また、2000ccエンジン並みの195Nmというトルクにより、街中でもキビキビと走れる。
一方、「宏光MINI EV」の最大トルクは85Nmである。
このようにスペック上は「サクラ」が「宏光MINI EV」を大きく凌駕している。
そのため、性能重視のユーザーは間違いなく「サクラ」を選ぶだろう。
■下駄代わりでいいユーザーは「宏光MINI EV」に流れる
一方、そうしたスペックを必要としない、価格重視のユーザーもいる。近距離の移動がメインで、「下駄代わり」に使えればいいというユーザーは、価格が安い「宏光MINI EV」を選ぶだろう。
また、「下駄代わり」のほか、「宏光MINI EV」は街中での配送用としても使われそうだ。
「宏光MINI EV」が日本に上陸すれば、それらの少なくない数のユーザーが「サクラ」から「宏光MINI EV」へと流れるだろう。
■「軽自動車という聖域」が崩壊する
「宏光MINI EV」日本上陸のインパクトは、単に「サクラ」の市場を侵食しそうだというにとどまらない。
なぜか。日本独特の「軽自動車」というカテゴリーが崩壊するきっかけとなるかもしれないからだ。
「宏光MINI EV」は、「サクラ」には劣るものの、決して走行性能が低いわけではない。
例えば、ガソリン車のホンダ「N BOX」(自然吸気エンジン)のトルクは65Nmだから、街中の走りにおいては、最大トルク85Nmの「宏光Mini EV」の方が勝っているはずだ。
そのため、「宏光MINI EV」はガソリン軽自動車の市場も浸食することになるだろう。
その結果なにが起こるか。
これまで日本の自動車市場を守ってきた「軽」という聖域(非関税障壁)が崩壊することになる。
ただ、「宏光MINI EV」の上陸は何もデメリットばかりではない。
メーカーにとっては「宏光MINI EV」は大きな脅威だが、ユーザーにとってはメリットが多い。安くて性能的にも十分使えるEVの普及は、ユーザーの選択肢を広げることになる。
■「宏光MINI EV」が変わるきっかけに
このように、日本メーカーにとって「宏光MINI EV」は大きな脅威となるだろう。
だが、日本のメーカーがやるべきことは、ただ単に「宏光MINI EV」を敵視することではない。
小型、低価格のEVを開発するうえで、「宏光MINI EV」の成功は参考になるはずだ。
「宏光MINI EV」のほかにも、世界では格安EVの開発が進んでいる。中国ではすでに東風汽車集団から同クラスの「風光MINI EV」が出ている。
![東風汽車集団「風光MINI EV」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/0/1200wm/img_d03693a74b8a973d9e765a463e0c41d2318220.jpg)
また、スリランカではアイディアルモータースが、同国初の電動自動車「アイディアル・モクシャ」を発表している。4人乗りで、家庭用充電器による1回の充電で、最大200kmの走行が可能という。
今後、アジア、アフリカなどから小型格安のEVが次々と出てきて、市場が一気に拡大するだろう。
これに対して、日本車メーカーがなすべきことは明確だ。
「宏光MINI EV」を、日本車が変わるきっかけを与えてくれる「良き黒船」ととらえ、「軽」の枠にとらわれない小型・低価格のEVをもっと世に出すべきだ。
こうした、小型・格安EVの開発は、普通車サイズのEV作りにおいても大いに参考になるだろう。
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元東京大学特任教授、環境経営コンサルタント
1948年徳島県生まれ。東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科修了(情報工学専攻)。スタンフォード大学経営大学院にてMBAを取得。その後、米コンサルタント大手、ベイン・アンド・カンパニーに入社。ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン日本代表を経て、ゴールドマン・サックス証券バイスプレジデント(M&A担当)、モニター・カンパニー日本代表などを歴任。2005年から2010年まで東京大学特任教授。2010年から2013年まで東京大学総長室アドバイザー。2013年から2016年3月まで立命館大学大学院客員教授を務める。著書に『図解EV革命』(毎日新聞出版)、『日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命』(文春新書)、『電気自動車』(ちくまプリマー新書)、『手に取るように地球温暖化がわかる本』(かんき出版)など多数。
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(元東京大学特任教授、環境経営コンサルタント 村沢 義久)
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