顎が外れるほど殴られ、5時間以上も立たされていた…日本の部活から暴力が消えない根本原因
プレジデントオンライン / 2022年11月22日 17時15分
■生徒に大ケガを負わせても謹慎処分ですんでしまう
兵庫県姫路市の姫路女学院高校で、ソフトボール部顧問の40代男性教諭が、16歳の1年生部員の顔をたたき全治1カ月のケガを負わせたとして、懲戒解雇となった。
男性教諭は今年9月、ユニホームを忘れてきた部員の顔をたたき、「お前なんかいらん」などと暴言を浴びせた。部員は顎関節が外れるなどのケガをしたが、そのまま5時間以上も教諭のそばに立たされていた。
部員は警察に被害届を提出。学校側は男性教諭を当初、謹慎処分にしていたが、約3週間後に懲戒解雇にしたと発表した。部員は精神的ショックが大きく、そのまま退学したという。
筆者はこういう事件が起きると、常に思う。駅や街路など公共の場で、女子高生が中年男性に顔面を顎が外れるほどに殴打されれば、どうなるだろうか?
周囲の人が警察に通報し、加害者は即座に逮捕されるはずだ。勾留されて多くは罪に問われる。その加害者が、サラリーマンや公務員などであれば、おそらくは解雇されるなど社会的制裁も受けるはずだ。
しかし、学校の部活で同様の事件が起こっても、加害教員はすぐに罪に問われることはないし、すぐに解雇されることもない。
■学校では「国民の人権」「身体の安全」が保障されない
姫路女学院のケースでは教諭は懲戒解雇となったが、こういうケースでは部員の父母から「嘆願書」が出されることもよくある。
特に全国大会などで実績のあった指導者の場合、熱い期待を寄せる父母から「○○先生は、熱心さのあまり手が飛んだだけで、本当は生徒のことを一番に考えているんです」みたいな声が寄せられることがある。また被害届を出した父母に対しても「事を荒立てるな」と取り下げを迫る父母が出てくることもある。
この事件の場合、女子生徒のケガは重傷で、それ以上に精神的なダメージも大きかったから教諭は解雇されたが、これまでの事例を見ても、暴力行為の程度によっては学校側の裁量で、もっと緩い処分になることがままあるのだ。
日本は民主主義国家で、国民の人権、身体の安全はどこにいても保障されているはずだが、学校があたかも「治外法権」のようになって「暴力を振るっても厳罰に処せられない」ことがしばしばある。この「暴力」に関するダブルスタンダードはかなり問題ではないかと思う。
■「なぜ暴力を振るってはいけないのか」という指導者
筆者は数年前、野球部だけでなく多くの有名高校の運動部の指導者を取材した。
多くの指導者は、筆者が問いかける前に「暴力指導は行っていない」と言った。しかし、そのあとに「今は」とか「時代が違うから」と付言する指導者がかなりいた。ベテラン教員が多かった。
「私たちの時代は、どつかれ、殴られして教えられたものだが」と言う。必ずしも苦い体験だったというニュアンスではなく「本当はそうであるべきなんだが」と言いたげな口ぶりの人もいた。
さらに、「今の若い子は“ああしろ”と言えば、“どうしてですか?”と聞くやつが多いんだ。俺らの時代なら、聞き返しただけでぶん殴られたんだけどね」と忌々しそうに言う人もいた。
要するにベテラン指導者の多くは「今は昔に比べて世間がうるさいから、暴力は振るっていません」というスタンスなのだ。
今の部活スポーツは「暴力」を否定しているが、それは上から「やっちゃいけないと言われたから」であり、指導者の中には「なぜ暴力を振るってはいけないのか」を知らないままに指導している人がいるのだ。だから、感情が高ぶれば姫路女学院高の指導者のように“熱心さのあまり”「つい手が出る」人も出てくるのだ。
■プロ野球選手の83%が体罰を容認
そもそもスポーツと暴力は、根本から相いれない。
2011年に制定された「スポーツ基本法」によれば「スポーツは、世界共通の人類の文化である」と定義され、「今日、国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営む上で不可欠のもの」とされている。
要するに「基本的人権」の文脈で語るべきものなのだ。暴力が「基本的人権」を侵害するのは言うまでもない。
そしてスポーツマンシップの考え方によれば、
スポーツとは「チームメイト、相手選手、指導者、審判、ルールをリスペクトする」ことが前提とされている。またスポーツを行う上で暴力や罵倒、罵声などは厳しく戒められている。
日本のスポーツ指導者が言う「熱心さ」と「暴力」は全く次元が違うことなのだ。
しかし、そういう「スポーツの根本」を理解することなく、とにかく「勝ちさえすれば」「結果さえ出せれば」良しとする指導者が今もいる。
現在、巨人のファーム総監督をしている桑田真澄さんは、早稲田大学大学院に在籍していた2010年に現役プロ野球選手270人を対象に「体罰」に関するアンケートをとっている。
それによると「指導者から体罰を受けたことがある」は中学で45%、高校で46%。「先輩から体罰を受けたことがある」は中学36%、高校51%。そして体罰について「必要か」、「時には必要か」と問いかけたところ――83%の選手が体罰を容認した。
日本のスポーツ界には暴力を容認する体質が根強く残っていると言うべきだろう。
■暴力事件が頻発する高校野球部
日本高野連、全日本大学野球連盟の上部団体である日本学生野球協会は、年に数回、審査室会議を開き「日本学生野球憲章」や諸規定に抵触した選手、指導者の処分を行っている。
そこでは、高校、大学の野球部員、指導者のさまざまな違反行為に対して処分し、発表している。
このうち、高校野球部の暴力・パワハラ関連の最近の事例を挙げるとこうなる。
山形南(山形)=監督(肩書は当時)の体罰と報告義務違反(謹慎 1月27日~2カ月)
寝屋川(大阪)=監督の体罰(謹慎 3月30日~3カ月)
高知中央(高知)=コーチの体罰(謹慎4月6日~1カ月)
星城(愛知)=部長の体罰と報告義務違反(謹慎 3月7日~4カ月)
葛飾野(東京)=監督の体罰(謹慎 4月26日~1カ月)
帝京八王子(東京)=監督の体罰と暴言、報告義務違反(謹慎 4月9日~2カ月)
船橋北(千葉)=監督の体罰と報告義務違反(謹慎 3月25日~4カ月)
城南静岡=部長の体罰と報告義務違反(謹慎 3月18日~4カ月)
2022年9月公表
金足農(秋田)=部内での部員のいじめ(外試合禁止 7月19日~3カ月)
稲毛(千葉)=監督の体罰、不適切指導、報告義務違反(謹慎 7月14日~7カ月)
上宮(大阪)=監督の体罰(部内)、報告義務違反(謹慎 8月11日~2カ月)他
まさに枚挙にいとまがない。
「体罰」とは要するに指導者から生徒に対する「暴力行為」のことだ。
甲子園に出場するような多くの有名校の指導者が生徒に暴力を振るって謹慎処分を受けていることがわかる。
処分の期間を見ると、コーチよりも部長、監督の方の謹慎期間が長い。また体罰を行ったことを報告しなかった「報告義務違反」がある方が、謹慎期間が長いことがわかる。
![全国高校野球選手権大会](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/6/1200wm/img_d631100fa6ad2ccae1e6f1bcd3462828407685.jpg)
■どのようにして処分が決まるのか
日本高野連は加盟各校に対して、不祥事が発生した際には必ず管轄の各都道府県の高野連へ文書による報告をする義務を課している。
日本高野連は各校から上がってきた報告書を審議して必要な場合は日本学生野球協会に上申する。
上申された事案は、学生野球憲章の「処分に関する規則」に定められた内容で、日本学生野球協会審査室の審議を経て処分が決定される。
審議室がどのような基準で、不祥事の処分を決めているのか。日本学生野球協会の常務理事、事務局長の内藤雅之氏に聞いた。
■最終的には学校の判断になる
「審査室は、野球指導者、弁護士、学識研究者など9人で構成されています。処分申請をする方から原案を出し第三者機関である審査室は、これに基づいて審議します。
暴力についての処分は前よりもどんどん厳しくなっています。ただ何発殴ったら何カ月ということではなく、常習性なども判断します。初めて暴力を振るったケースより、2回3回となれば、当然処分は重くなります。
謹慎処分は、1カ月、3カ月、6カ月、1年、2年、そして除名。ただそれに『報告義務違反』などがつくと1カ月追加などの処分になります。暴力事件の場合、刑事事件になることは当然ありますが、立件されたか、されなかったかは特に関係ありません。
学生野球協会では、『体罰』は教育の一環ではなく『暴力行為』だと、明確に規定し、否定しています。暴力を処分するだけでなく、高校、大学では指導者研修会も行っています」
しかしながら、内藤氏は、
「学生野球憲章上は、部長や監督は学校長の責任で任命することになっています。最終的には、学校の判断です。特に私学の場合、校内における対応については、理事長などの判断で指導者に対して甘い処分になるケースがないとは言えません」と語った。
■部活から暴力をなくすために必要なこと
これまでの取材からも、日本高野連が「野球の健全化」の方針にシフトしつつあることは明らかだと思う。「球数制限」の導入や「暴力、パワハラの排除」にも取り組んでいる。
しかし、各県の高校野球や学校は、必ずしも日本高野連の動きに従っているとは言い難い。
少子化などで学校経営が厳しくなる中、「勝利至上主義」で運動部に期待をかける学校も少なくないのだ。冒頭の姫路女学院高校もそういう姿勢のように見える。
筆者が取材した甲子園常連校の監督の中には、
「謹慎処分になって、自分の指導の誤りに気が付いた。これまでは生徒に無理やり言うことを聞かせようと思っていたが、謹慎期間中にいろいろ勉強をして、処分後は、生徒が自発的に動くように自分が仕向けるようにした。その結果、チームも強くなった」と言った人がいた。
確かにそういう部分では一定の「教育的効果」はあったのかもしれない。
その一方で、謹慎処分を受けても「派手にやりすぎた」と苦笑いをするだけで、一向に指導法を改めない指導者も依然としている。学校も厳しく処分せず「うまくやってくださいよ」となることもある。
世界のスポーツ界では、どんな状況であれ暴力を振るえば「一発アウト」が常識になりつつある。
大事なのは指導者の「処罰」よりも「再教育」だろう。「禁止と言われたからやらない」ではなく「暴力を伴う指導は、もはやスポーツではない」という認識を個々の指導者が本当に持つために、日本高野連などスポーツ団体は抜本的な対策を立てるべきだ。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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