1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

鉄道も国道も水道も無ェ…そんな北海道のド田舎に都会の子育て世代が次々と移住しているワケ

プレジデントオンライン / 2022年11月23日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

北海道東川町は25年間で人口を20%も増やした全国的にまれな町だ。なぜ人口が増えているのか。経営エッセイストの藻谷ゆかりさんは「『営業する公務員』として働く町職員が『写真の町』としてまちおこしをしている。教育環境も都会の子育て世代には魅力に映っているようだ」という――。

※本稿は、藻谷ゆかり『山奥ビジネス』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■上下水道がない珍しい北海道の田舎町・東川町

北海道・東川町は、「北海道最高峰の旭岳を有し、鉄道も国道も上下水道もない町」である。これだけ聞くと、どんな山奥の町かと思うが、実際には東川町は北海道らしい広々とした平地の町だ。そこに広がる水田は大きな区画で区切られ、「北の平城京」とも呼ばれている。国道は通っていないが、北海道第2の都市である旭川から車で30分ほどの位置にあり、旭川空港はさらに近く、車で10分ほどで着く。飛行機を利用すれば、東京に2時間くらいで行ける便利なロケーションにあるのだ。

また上下水道がない自治体は全国でも数少ないが、実は大雪山系からの伏流水が町内を流れているため、東川町民はその伏流水をポンプでくみ上げて各家庭で使っている。つまり東川町は、家庭の水道から天然のミネラルウオーターが出てくる豊かな町なのである。

■人口8500人の町の約半分を移住者が占める

人口8522人(2022年7月末現在)の東川町は、この25年間で人口が20%も増えている全国でも稀有な町である。現在では、町の人口の約半数が移住者であるという。

東川町の人口は1994年の約7000人を底に、現在の人口まで徐々に増えてきたのだ。「旭川のベッドタウン」といわれるが、東川町には多様なビジネスがあり、昼間人口の方が夜間人口よりも多い。だから「旭川のベッドタウンだから人口が増えた」という理由は当てはまらない。

また東川町には町立の日本語学校があり「外国人学生の人数で人口をかさ上げしている」と言われることもあるが、それも違う。日本語学校の卒業生がそのまま東川町に定住することはほとんどなく、日本語学校の入学者数は卒業者数で毎年ほぼ相殺されている。従って日本語学校の存在は一定の人口を加算はするが、ネットでの人口増にはつながらない。

それでは一体、なぜ東川町で人口が増加し続けているのであろうか?

■自然増減ではマイナスだが、社会増減ではプラス

「社会増減・自然増減についての第2のマトリックス」を使うと、東川町では毎年図表1のような状況になっている。

【図表1】東川町の社会増減と自然増減
出所=『山奥ビジネス』

自然増減のマイナス50人を社会増減のプラス100人で相殺し、ネットで50人の人口増加ということが毎年のように続き、ゆるやかな人口増につながっているのだ。

また東川町の出生数は毎年50人前後であるが、小学校入学時には1学年が80人前後になる。つまりそれだけ若い世代の移住による社会増が多いのである。日本全体で人口減少の時代に、東川町ではなぜこのように理想的な形で人口が増え続けているのだろうか。東川町の産業や写真の町への取り組み、東川町にあるスモールビジネスの代表的な事例についてみていこう。

東川町の主要産業は、稲作を中心とする農業と旭川家具製造の木工業、そして観光業である。1895年から東川町(旧旭川村字忠別原野)の開拓がはじまり、その2年後から稲作が始まった。2000年以降は水田の大規模化が進められ、農家の所得が増えたため、農家の跡継ぎがUターンするようになったという。東川町は北海道でも有数の米の生産地となり、「東川米」はブランド米となっている。

また高品質の家具ブランドとして知られる「旭川家具」の工場や工房が東川町にもあり、「旭川家具」の約3割は東川町で生産されている。そして観光業については、東川町には日本最大の国立公園である大雪山国立公園があり、登山客やスキー客が来町する。大雪山国立公園内には旭岳温泉と天人峡温泉という2つの温泉地があり、1980年代に人気の観光地となった富良野や美瑛にも近いため、近年は観光業にも力をいれている。

■「写真の町」としてまちおこし

全国でも珍しい「写真の町」のまちおこしについて、話をすすめよう。東川町は開拓90年を記念した1985年に、全国でも例がない「写真の町宣言」をした。1980年代は大分県から始まった「一村一品運動」が注目され、その地域の特産品でまちおこしをすることが全国各地で始まっていた。

しかし東川町では米や木工家具といった特産品ではなく、観光で地域活性化をはかりたいという機運が高まっていた。富良野市がロケ地のテレビ番組『北の国から』が1981年10月から放送されて大ブームとなり、観光客が富良野市に押し寄せていたのだ。富良野市に近い東川町としては、旭岳の麓にある2つの温泉や大雪山系の大自然の素晴らしさをもっと観光客に訴求したいと考えていた。

そんな中、札幌の企画会社から「東川町には被写体になるような美しい自然や風景があるので、写真文化でまちおこしをしてはどうか」という提案があった。写真は東川町の自然や人、文化や暮らしを発信するのには最適で、また写真愛好家も一定数いる。東川町は著名な写真家の出身地でもなく、ましてカメラメーカーがあるわけでもなかったが、1985年に「写真の町宣言」を行い、翌1986年には「写真の町に関する条例」を制定した。

■1985年から「インスタ映え」を先取り

今でこそ「インスタ映え」という言葉があるが、1985年に「写真映りのよい町」の創造を謳ったことは、時代を先取りしていたと言える。またこの宣言には「世界の人々に開かれた町」ともあり、写真文化活動を通じて、東川町民が国内外の人たちと広く交流していくことを目指していたことがわかる。

カメラ
写真=iStock.com/ArisSu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ArisSu

それからは東川町の職員は、公務員としてはやったことのない仕事に次々とチャレンジしていくことになる。1985年から写真コンテストを開催するために著名カメラマンや文化人に審査員を依頼し、また大手カメラメーカーに協賛をお願いするために、何度も東京に出張した。バブル経済が始まった1980年代半ばにおいて、北海道の小さな町の職員がこうした営業努力をするのは大変なことだったろうと想像する。

さらに1994年からは全国高等学校写真選手権大会、通称「写真甲子園」を開催している。これは初戦(現在は初戦及びブロック審査会)を勝ち抜いた高校生たちを東川町に招くイベントである。「写真甲子園」では、全国の高校の写真部が初戦を突破するために規定の組写真を提出し、初戦及びブロック審査会を勝ち抜いた18校が東川町に約1週間滞在、東川町近辺の風景や人々を撮影し作品を制作、発表する高校写真部の全国大会である。全国の高校球児が甲子園を目指すように、毎年500校以上の高校の写真部から初戦作品の応募があるという。

■町職員が「営業する公務員」として躍動

ここで特筆すべきことは、初戦及びブロック審査会を勝ち抜き本戦大会に進んだ18校については、1校あたり顧問の先生と生徒3名について東川町までの交通費、滞在費を、すべて東川町が負担することだ。

最初の1泊は、東川町の住民の家にホームステイをし、それ以降は(株)東川振興公社の宿泊施設に滞在する。大会期間中の食事も、町の人たちがボランティアで用意するという。すなわち「写真甲子園」では東川町が町民の協力を得て、高校生たちをもてなしているのである。この写真甲子園は25年以上続いている。さらに2015年からは高校生国際交流写真フェスティバルが新たに始まり、タイや台湾などの高校生も参加して交流は世界に広がっているのだ。

「なぜ人口1万人にも満たない小さな町が、これだけ大規模な写真コンテストや写真甲子園を20年以上継続できたのだろうか、特に資金面はどうなっているのか」と疑問を持つ読者もいるだろう。

前述のように写真コンテストを開催するため、東川町役場の職員は東京に何度も出張し、大手カメラメーカーと協賛金について交渉を重ね、また著名カメラマンや文化人に審査員の依頼をしている。門前払いされたこともあったというが、こうした努力を通じて、東川町役場の職員は「営業する公務員」となり、徐々に交渉技術も向上していった。いわば、東川町役場の職員は東京に出張し「越境学習」をすることによって、外からの資金や知恵、人材を東川町に持ち込んだのである。

■「予算がない、前例がない、他でやっていない」は言わない

そして2003年に「近隣の市町村と合併しない」ことを公約として選挙に勝った松岡市郎町長が就任して以来、東川町役場の職員たちは「予算がない、前例がない、他でやっていない」の3つの「ない」を言わないようにしているという。東川町では、最初に「町が取り組みたい事業」というのが明確にあり、その事業に必要な補助金を探し出す。逆に普通の地方自治体では、「国や都道府県の補助金があるから、こういう事業に取組む」ことで、政策が横並びになってしまいがちである。

このように「写真の町」プロジェクトを通じて、東川町役場の職員がビジネスマインドを持つようになり、また外からの人たちの対応にも次第に慣れていったことで、以下に述べるようなスモールビジネスの集積や優れた教育環境を実現し、最終的には移住者が増加することにつながっているのである。

■2012年のモンベル誘致がきっかけでスモールビジネスが増加

東川町を訪れると、おしゃれなカフェやセレクトショップ、パン屋、レストランなど約60店舗が、町の中心部だけでなく郊外にも散らばっていることに驚く。こうした点在するおしゃれな店やカフェを巡るのもこの町の楽しみ方だ。東川町でこのように多くのスモールビジネスが集積するきっかけは、2012年4月に町の中心部にある道の駅「道草館」の隣に、登山やアウトドア用品の専門店「モンベル大雪ひがしかわ」が開業したことである。

もともとは東川町の商工会や観光協会が、モンベルを町に誘致していた。そして実際にモンベル出店にあたって、東川町は約1億円をかけて店舗を建設して、商店街活性化の利活用プロポーザルにモンベルが応募したことで実現した。北海道からも補助金約3800万円を受けることができたので、東川町の負担額は約6000万円となった。

モンベルから町に年間賃料と法人事業税が入り、町の雇用増にもつながる。そして何よりもモンベルの存在は、東川町のイメージアップに大きく貢献し、「モンベル大雪ひがしかわ」が開業した頃から、東川町にはアパレルショップやおしゃれカフェ、パン屋や焙煎コーヒーの店、レストランなどが次々と開業していったのである。

そうした多様なスモールビジネスの担い手は、Uターンした若い世代や都会から移住してきた家族である。いずれも規模を大きく商売するよりも、自分たちがやりたいことをなりわいとし、東川町での暮らしと仕事を楽しむ生活をしている人が多いという。

■北海道ならではの充実した教育環境

東川町を訪れる人が驚くのは、広大な敷地にある東川小学校と東川町地域交流センターだろう。その広大な敷地は約4ヘクタールもあり、さらに東川小学校の周りは12ヘクタールの公園となっている。そこには人工芝のサッカー場、天然芝の軟式野球場、多目的芝生広場、1ヘクタールの体験水田・体験農園・果樹園等があり、様々な課外活動ができるようになっている。

東川小学校の校舎は平屋建てで、広々とした廊下と区切りがない教室が18ある。子供を持つ親ならば、「こんな環境が整った小学校で子供を学ばせたい」と思うのも当然だ。実際にこの設備が整った東川小学校の存在は、子育て世代の移住者を惹きつけることにつながっているという。

東川小学校と地域交流センターは2014年に新築移転されたが、小学校の建設費は約38億円、周辺の整備費をあわせると約52億円という大規模なプロジェクトだった。前述のように、東川町内の1学年の人数は80人程度であるから、人口や財政規模からすれば信じられないような規模である。

藻谷ゆかり『山奥ビジネス』(新潮新書)
藻谷ゆかり『山奥ビジネス』(新潮新書)

また東川町には東川小以外にも、東川第一小学校、東川第二小学校、東川第三小学校と、東川中学校がある。これだけ設備が整った東川小学校を新築するにあたり、他の自治体だったら小学校の統合や小中一貫校を新設するだろう。

その点について松岡町長に質問すると、「東川町にある4つの小学校はそれぞれ明治31年から33年に創立され、120年以上の歴史があります。新しく東川小学校ができても、『地域の小学校に通わせたい』と希望するご家庭があります。小学校は地域の中核なので、それぞれ残すべきだと考えています」との答えだった。小中一貫校にしなかった理由もそこにあり、小学校が4校あるため、東川小学校だけが東川中学校と一貫教育をするというのは望ましくないからだ。

■日本初の町立の日本語学校を開設

さらに2015年には、日本初の町立の日本語学校が東川町にできた。日本語学校は東京や大阪など都市部にあることが多いが、「都会ではなく、地方で日本語を学びたい」という学生たちが韓国、台湾、中国、タイなどから留学してくる。留学ビザのいらない短期コースの留学生は累計3000名を超え、留学ビザが必要となる6カ月もしくは1年間の長期コースの留学生は、累計400名を超えている。

そして東川町内には日本語学校の留学生用の学生寮も完備している。東川町立の日本語学校の存在によって、町の消費が伸び、また学費や寮費の納入金は町の収入となる。長期的には交流人口を生み出し、東川町のファンを国外にも作ることにつながるだろう。

前述したように、留学生は一定数が毎年出入りするため、東川町の人口増には直接つながらないが、町の活性化には貢献しているのだ。人口8000人規模の町がこれだけの外国人留学生を町内に受け入れているのは、オープンな東川町ならではのことだと思う。

----------

藻谷 ゆかり(もたに・ゆかり)
経営エッセイスト
東京大学経済学部卒、米ハーバード・ビジネススクールMBA。会社員、起業を経て現在に至る。2002年、家族5人で長野県に移住。著書に『衰退産業でも稼げます』(新潮社)など。

----------

(経営エッセイスト 藻谷 ゆかり)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください