それなら会社を辞めて、自分でやります…元サントリー社員が43歳で「抹茶マシン」で独立起業した結果
プレジデントオンライン / 2022年11月19日 11時30分
■アメリカ人が抹茶にハマっている理由
(前編から続く)
来日したオバマ元大統領が、「子どものときに鎌倉で食べた抹茶アイスクリームの味が忘れられない」と語ったのは夙に知られた話だが、塚田さんによれば、現代の米国でも「抹茶がキテる」のだという。
抹茶ラテというメニューは日本のカフェでもおなじみだが、アメリカ人は抹茶をソーダで割ったりカクテルにしたりするそうで、しかも、飲む目的が日本人とは違うらしい。健康ドリンク、あるいはエナジードリンクと認識している人が多いというのである。
コーヒーのカフェインは即効性が高いが、代謝も早いのですぐに効果が下がってしまう。結果、何杯も飲むことになって身体へのダメージが大きいが、対する抹茶のカフェインは遅効性であり、ストレスの軽減効果があるとされるアミノ酸・テアニンも含んでいるからコーヒーよりもはるかに体にいい……。
しかも、米国で抹茶を愛飲しているのは、ミレニアル世代やZ世代と呼ばれる若者たちだから、彼らが抹茶の消費を拡大していき、抹茶がコーヒーをリプレイスする存在になっていけば、そこには広大なマーケットが誕生することになる。
サントリーに勤めていた塚田さんが社内ベンチャーの形でサンフランシスコに抹茶カフェ「STONEMILL MATCHA」をオープンした背景には、そんな米国の抹茶事情があった。
■会社は退職の代わりに新部署を設置
「お前が本当に起業をしたいんだったら、会社の中でイノベーションを起こしていくプロジェクトを新しく立ち上げるから、そこで挑戦しないか?」
特茶をヒットさせた後、会社を出て起業したいという塚田さんを、こんなセリフで会社が引き止めたのは、2014年のことであった。なにしろヒット商品を連発してきた逸材だ。会社も必死だったのだろう。
翌2015年、約束通り新規事業開発を推進するプロジェクトチームが新設され、塚田さんは伊右衛門担当からその新しいチームに異動することになる。
すでに米国で海外版伊右衛門「IYEMON CHA」の事業開発を経験していた塚田さんは、米国に抹茶ブームが到来していることをキャッチしており、抹茶が大きな可能性を秘めたマーケットであることにもいち早く気づいていた。
■抹茶事業進出の布石となるカフェが開店
「アメリカ人の多くは抹茶が日本のものであることを知っていますから、もっと日本人が日本人らしさを発揮して抹茶をやるべきだと思っていました。そこで、新しい部署に異動したのを機に、サントリーに出資をしてもらって、企業内ベンチャーの形でSTONEMILL MATCHAをオープンしたわけです」
STONEMILL MATCHAはカフェ単体で収益を上げるのではなく、米国で抹茶ビジネスを展開するためのブランドづくりをミッションとしたカフェだった。まずはSTONEMILL MATCHAというブランドを確立し、そのブランドを引っ提げて卸やeコマースの世界に打って出ていく。ゆくゆくサントリーがペットボトル入りのお茶を米国で展開したいとなったら、このブランド名を使えばいい。要するにSTONEMILL MATCHAは米国抹茶事業の橋頭堡であり、いわばシードマネーであった。
![オープン初日から行列が絶えない人気店となったSTONEMILL MATCHA](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/c/1200wm/img_bc3e01830667311b3eaeaf3582aab79b534097.jpg)
2018年5月のオープン初日から、STONEMILL MATCHAは盛況を見せた。カフェ事業単体で利益を出すのは難しかったが、ブランドの確立という使命は十分に果たせる手応えがあった。
ところが……。
■急転直下の異動命令、失意の帰国
「塚田は日本に戻って違うことをやってくれ」
日本側の上司が異動になると急転直下、人事異動が発令された。しかし塚田さんにしてみれば、それまでの経緯をまるで無視した、あまりにも理不尽な処遇であった。
2018年秋、塚田さんはSTONEMILL MATCHAを後輩に託すと、失意のうちに帰国の途に就いた。理不尽と感じる業務命令に、心が腐りかけていた。いや、理不尽というのは塚田さん目線の話であって、会社にはもっと別の意図があったのかもしれない。
「もしかしたらこの時期、コイツは会社の言うことを聞くやつかどうかを試されていたのかもしれません。すごく悩みましたね。ですが、抹茶に大きな可能性を感じていて、しかも先行するカフェの立ち上げにも成功していたわけです。仮に、ここで僕がやめたとしても、他の誰かがアメリカで抹茶ビジネスを成功させるのは間違いない。自分以外の人間がそれをやっている姿を見るのは、やっぱり嫌だったんです。だったら、会社を離れて違うやり方を探せばいいんじゃないかと……」
■親友と妻の後押しで「会社、辞めます」
塚田さんは、学生時代からの親友に心境を打ち明けた。親友は、データサイエンスの会社を起業して成功を収めている人物である。彼は、腐りかけている塚田さんに再起を促した。
「英次郎は、やりたいことやったほうがいいよ。一緒に、米国での抹茶の挑戦を続けよう」
妻の志乃さんも、米国で再チャレンジしたいという塚田さんの気持ちを肯定してくれた。2019年3月、ついに塚田さんは21年間勤めたサントリーを退社することになった。
「自分は米国での抹茶の可能性を信じています。サントリーの中でできない以上、退職して自分で挑戦を続けます」
すでに43歳になっていた。
■なぜ抹茶好きが自宅で抹茶を飲まないのか
起業を決意した塚田さんの頭にあったのは、STONEMILL MATCHAの経営を通して耳にした、ある常連客の言葉だった。
STONEMILL MATCHAは盛況だったが、なぜか、抹茶の粉を買って帰る客はほとんどいなかった。そこで常連客のひとりに、なぜ抹茶を買って帰らないのかを尋ねたことがあった。すると、こんな答えが返ってきたという。
「抹茶ドリンクは自分で作れないから、わざわざ飲みに来てるんじゃないか」
たしかに、抹茶は水やお湯に溶かそうと思ってもダマになりやすい。日本人なら茶筅(ちゃせん)を使うすべを知っているが、茶筅は扱いが難しいし、だいいち、毎回茶筅で抹茶を点てるのは面倒なことだ。しかし、コーヒーと同じように「店外飲用」のための物販が広がっていかなければ、抹茶ビジネスの規模が大きくならないのは明らかだった。
ボトルネックはいったいどこにあるのか?
「コーヒーの場合は、オフィスでも自宅でもコーヒーマシンで淹れて飲んでいるわけですが、考えてみれば、抹茶を淹れてくれるマシンって存在しないんですね。だったら、抹茶マシンを作ってしまえばいいじゃないかと。リーフ(茶葉)を投入すると液体の抹茶が自動的に出てくる装置があれば、職場でも自宅でも抹茶が飲めるわけですよ。LTV(ライフ・タイム・バリュー、顧客生涯価値)的にはリーフの販売こそ重要なわけで、装置さえあればリーフを継続的に販売していくことができるんですよ」
■1年半で「画期的な抹茶マシン」が完成
かくて塚田さんは、共同創業者となってくれた親友と共に、抹茶マシンをゼロから開発することになったのである。冷静に考えてみれば、コーヒーマシンに換わるような装置を作って全米に浸透させていこうというのだから、ずいぶんと大胆な発想である。
塚田さんは米国で活躍するデザイナーとエンジニアを引き合わせ、「抹茶の原料である碾茶(てんちゃ)をミルで挽いて粉にして、濃い抹茶の液体を作る」というコンセプトを伝えてプロトタイプを作り上げると、創業からわずか1年半で、いままでこの世に存在したことのなかった抹茶マシン、「CUZEN MATCHA(空禅抹茶)」を完成させる。
![「CUZEN MATCHA」のお試しセット(リーフ3種付き)は税込み2万9000円。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/4/1200wm/img_6475066eae3244e1d135d5ad0c418c4d490446.jpg)
「機械の製造は、類似製品を作った経験のある会社に依頼するのが鉄則です。もちろん、深圳や台湾の会社に安く依頼する手もありましたけれど、抹茶は日本のものだから、やはりお茶の味わいに関する言葉がきちんと通じる日本企業に頼んだほうがいいと判断しました」
■塚田さんの出資金は「50ドル」
創業資金とマシンの開発費はどうしたのか。自社でいきなり開発するには、相当な資金が必要ではないか。
「最初は僕が5で共同創業者が3という比率で出資して、会社を設立しました。その後、彼から約2000万円を会社に貸し付けてもらってマシン開発を進め、バリュエーションが約5億円に上がったところで、外部の投資家から約1億円を調達しました」
5:3の出資率の5とは、いったいいくらなのか。塚田さんは、あまり言いたくなさそうだった。
「シリコンバレーでの起業ではきわめてスタンダードなやり方ですが、実は僕が50ドルで、共同創業者が30ドルという出資額でした。しかし、いろいろな投資家から『いったいお前はいくら入れたんだ』って聞かれるので、さすがに50ドルとは言いにくいなと。株価が上がった段階で、追加で数百万円を入れましたが、決して大きな金額ではありません」
つまり、たとえ事業に失敗したとしても、塚田さんは自宅を失うこともなければ命を落とすこともないというわけだ。
こうして、塚田さんは2020年10月にまずは米国で「CUZEN MATCHA」を発売。翌2021年7月には日本でも販売を開始した。
■スイッチを押すだけで茶葉本来の味わい
CUZEN MATCHAが低いうなりを上げて動き出すと、ミルで挽かれた碾茶の粉(抹茶)が水を張っカップの中にふわふわと落ちてくる。カップの中にはマグネットが仕込まれていて、マグネットが回転することで抹茶を攪拌(かくはん)する。抹茶はダマになることなく、自動的に抹茶ドリンクが出来上がるという仕組みである。
抹茶は茶葉をまるごと食するため、茶殻などのゴミが出ず面倒な片付けもない。たしかに簡単だ。
![碾茶の粉が回転するコップの水に落ちて混ざり、抹茶ドリンクが完成](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/c/1200wm/img_ec4c56d8a415f2722456cd6e336f2454375168.jpg)
リーフは3種類あってそれぞれ味も値段も異なるが、おおむね一杯100円前後だから、カフェで飲むよりはるかに経済的。CUZEN MATCHAの反響は上々で、伊勢丹や高島屋など日本の一流デパートを中心に扱いが広がっている。
![CUZEN MATCHA専用の抹茶リーフ3種。約20杯分で1700~3000円。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/d/1200wm/img_0d8ec3f50664cb21bff338002269eb7b490268.jpg)
「自分らしく生きたいな」と、人もうらやむキャリアを投げうってチャレンジをした塚田さんであるが、小さなマシンの横に立ってスイッチを入れる姿は、どことなく面はゆそうである。夢をかなえるという行為には、どこか人の心を童心に返す作用があるのかもしれないと思わずにはいられない。
■未来の消費者は何を飲んでいるのか
「僕が、どこで起業家としてのユニークネスを立てていけるのかといったら、日本とアメリカ、両方の視点を持ったブランドづくりができる点だと思いますね。強みは、未来の消費者が『これを飲んでいる』という景色が見えることでしょうか。思い込みもあるかもしれないけれど、そういう未来の景色が見えてしまって、いま、その未来になんとか近づけていこうとしているんでしょうね」
ハイスペック人材は、とかくジェラシーの対象になりやすい。かく言う筆者も、なんとかして塚田さんの起業に瑕疵(かし)を見つけてやろうと思ったのだが、そもそも瑕疵を見つける能力がなかった。
唯一、経験的に言えるのは、筆者の知る著名な起業家の中には、自ら開発した商品やビジネスモデルについて熱狂的に語る人が多かったということだ。しかし、塚田さんは「熱狂的な抹茶好き」というよりも、どこか冷静にビジネスを分析している印象が強い。それが果たして、今後のCUZEN MATCHAの展開に影響するのかしないのか……。
ちょっぴりジェラシーを込めながら、塚田さんの今後を見守っていきたい。
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ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』 (朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。
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(ノンフィクションライター 山田 清機)
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