箱根駅伝「ここ8年で6度優勝」青学大・原監督の変節…2023年正月は黄金時代の終わりの始まりか
プレジデントオンライン / 2022年11月18日 13時15分
■青学大・原晋×駒大・大八木…両監督の“悩ましい問”
11月の全日本大学駅伝は、10月の出雲駅伝に続いて駒澤大が圧勝した。大会記録を4分21秒も更新。後続を1km以上も引き離した。
一方、2022年の箱根駅伝王者・青山学院大は2区で13位に転落。3~7区で盛り返して2位に浮上するも、最終8区で國學院大にかわされ3位に終わった。
次なる戦いは2023年正月の箱根駅伝だ。悲願の駅伝3冠を狙う駒大と、箱根連覇を目指す青学大。“2強”の指揮官は1カ月半後の大会に向けてどんなことを考えているのか。
実は、完敗した青学大・原晋監督だけでなく、圧勝した駒大・大八木弘明監督も“悩ましい問題”を抱えている。
■青学大はなぜ「全日本」で惨敗したのか
「初めて全日本にバッチシ状態を合わせることができたかなと思います。プライドを持って(優勝確率)100%で頑張っていきたい」
全日本大学駅伝前日の記者会見で青学大・原晋監督は自信を口にしていた。しかし、駒大との“勝負”は序盤でついてしまった。
青学大は1区の目片将大(めかたまさひろ)(4年)が序盤で飛び出して、そのまま独走。終盤、大東文化大のケニア人留学生に逆転を許すも、駒大に9秒のリードを奪う絶好のスタートを切った。だが、2区の白石光星(2年)が良くなかった。駒大のスーパールーキー佐藤圭汰にあっさりかわされると、13位までダウン。区間16位に沈み、駒大に2分10秒ものビハインドを負ったのだ。
最終的には大会記録を上回りながら、駒大に3分58秒という大差をつけられて“惨敗”した。
「駅伝界の新時代が幕開けしたと感じましたね。今年は箱根、出雲、全日本で大会新。強化方法、駅伝に向き合う姿勢で昭和は終焉したな、と。新しいメソッドで令和の新駅伝に突入したと思います」(原晋監督)
近年はシューズが大幅改良されただけでなく、トレーニング法も進化。その結果、学生長距離界のレベルは急騰している。たしかに昭和の感覚では時代に置いていかれるだろう。
そのなかで原監督はビジネスマンの手法を生かした強化方法で、新たなトレーニングにも積極的に取り組んできた。そして黄金時代を築いたが、この数年の“超スピード化”に戸惑いを隠せない。
トラック(5000m、10000m)のタイムでは過去最高水準に到達している駒大に小さくない差をつけられている。今年の箱根は勝ったが、出雲と全日本では駒大の圧倒的なスピードに全くついていくことができなかった。
なお、勝負をわけた2区の白石の失速については、「練習は完璧だったんですけど、3~4日前から体が軽くて、ふわふわしていたみたいです。それが裏目に出た。最後の調整がうまくいかなかったですね」と説明した。
■金太郎飴ではなく、尖った選手がいるチームを作りたい
実は、原監督は指導スタイルをリニューアルしつつある。決められたマニュアルのなかで強化するのではなく、選手個々に任せる部分を増やしているのだ。
「最後の1週間を切ったら、各々の調整、各々の力。事細かな調整はあえてしていません」と原監督。白石の調整失敗は個人の責任という認識のようだ。他の選手を2区に起用する選択肢もあったはずだが、白石を2区に配置した自身の責任については言及しなかった。
「学生長距離界は指導者が熱心なために記録が上がっています。でも、マニュアルのなかで踊らされていて、面白くない文化ができつつある。そのなかでわれわれは自ら立つ『自立』から、自ら律する『自律』に変革をしております。それをやるために選手は監督の考えを理解しなきゃいけないし、私自身もすぐに結果が出なくても、我慢しなきゃいけない部分もある。金太郎飴のチームではなく、尖った選手、個性豊かな選手がいるチームを作っていきたいんです」
そう話す原監督をうならせた選手がいる。1区の目片と7区の近藤幸太郎(4年)だ。
「目片には突っ込んでいけという指示は一切していません。自分で考えて、序盤から抜け出しました。今までの青学大にああいう走りをした選手はいなかった。近藤も予想以上のハイペースで飛ばしましたから」と原監督。1区・目片は三大駅伝初出場の2区・白石を心配したのか、ライバル・駒大からリードを奪うべく、攻めの走りを見せた。7区の近藤は駒大の絶対的エース・田澤廉(4年)との差を14秒で食い止めて、自身も従来の区間記録を29秒上回った。
目片と近藤のパフォーマンスは原監督から見えれば“尖った走り”になったようだ。しかし、駒大との勝負は完敗した。
今季最終決戦となる箱根駅伝に向けてはどうなのか。
青学大は箱根駅伝に向けたピーキングには定評のあるチームだ。2015年に初優勝を飾って以来、4連覇を含む6度の栄冠をつかんでいる。ただ、その反面、気になるのが現役・OBともに五輪・世界選手権の日本代表になった長距離選手は出ていないことだ。
「箱根駅伝に向けては、決して悲観はしていません。駅伝は先頭(を走るチーム)が有利ですけど、(全日本では)2区で2分以上も引き離されながら、3~7区は駒大とほぼ互角でした。山上りと山下りには自信があるので、箱根駅伝ではこのような惨敗はしませんよ。今度は勝ちにいきます!」
原監督は語気を強めたが、指導スタイルの変更でチームはどう変わっていくかは不透明である。これまでの青学大は尖った選手がいなかったことが功を奏して箱根で勝てたという面は否めない。今回の原監督の“変節”がチームにどんな作用を及ぼすか。青学大“黄金時代”の終わりの始まりなのか、それとも“新たな黄金時代”のスタートとなるのか、見ものである。
■箱根でなかなか勝てない駒大・大八木監督の悩み
一方、全日本大学駅伝を大会新で突っ走り、3連覇と最多15回目の優勝を飾った駒大。勝因について大八木弘明監督は「2区でしょうね」と答えている。
「(2区の)圭汰がいいところまで持っていき、(3区の)主将の山野力(4年)がトップに立った。(4区の)山川拓馬(1年)は度胸がいいので、使ってみたかった。成功(区間賞で後続とのリードを1分以上に拡大した)したので本当にホッとしています」
駒大は2区の佐藤圭汰(1年)が31分13秒の区間2位(区間新)。ライバルの青学大を9秒差で追いかけるかたちでスタートすると、3km手前で先頭に立つ。最後は創価大・葛西潤(4年)に逆転を許したが、期待通りの快走を見せた。
完勝の原動力となった佐藤は昨季、京都・洛南高時代に1500m、3000m、5000mの3種目で高校記録を塗り替えたスーパールーキーだ。今季は5000mでU20日本記録(13分22秒91)を打ち立てている。
出雲は2区(5.8km)で区間新(区間賞)、全日本(11.1km)も2区で区間新(区間2位)と大活躍した。しかし、箱根駅伝はハーフマラソンほどの距離になる。
佐藤の箱根駅伝参戦に関して、大八木監督は「私ははまだ(箱根は)やらなくてもいいかなと思うときもあったんですけど、本人に『やりたい』という気持ちと準備ができれば、可能性は大かもしれない。1人でも走れるタイプですし、20km、25kmは練習でもやれているところもあるので」と話している。
長年取材しているからわかるが、実はこの言葉のなかに大八木監督の“悩み”が隠されている。
駒大は箱根駅伝で7度の優勝を誇るが、2009年以降の優勝は一度(2021年)だけ。しかし、青学大と異なり、中村匠吾(富士通)が東京五輪の男子マラソンに出場したように、五輪・世界選手権代表に多くのOBを送り込んできた。今夏はエース田澤がオレゴン世界選手権の男子10000mに出場している。
10000mで日本歴代2位の27分23秒44を持つ田澤はトヨタ自動車の入社が内定しているが、大学卒業後も駒大をトレーニング拠点にする予定。大八木監督とともに世界を目指すという。田澤は来年のブダペスト世界選手権、再来年のパリ五輪を10000mで狙っており、まずは日本記録(27分18秒75)を上回るブダペスト世界選手権の参加標準記録(27分10秒00)がターゲットになる。
「田澤は今冬、10000mで記録を狙わせようと思っているんですけど、箱根との兼ね合いが難しい。昨季はたまたまうまくいきましたけど、けっこう負担はかかってきますよ。全日本のダメージがあると思うので、少し休ませて27分10秒の壁にどれだけチャレンジできるのか。それがまた箱根にもつながるかもしれないですし、本人と話をして決めたいです」
大八木監督はそう話していたが、田澤は11月26日に行われる八王子ロングディスタンスの10000mにエントリー。同レースには全日本大学駅伝を欠場した10000mで日本人学生歴代3位の27分41秒68を持つ同じ駒大の鈴木芽吹(3年)も登録された。
■駅伝3冠か、連覇か…2強の激突は一瞬も目が離せない
一方、ルーキー佐藤は5000mで世界を目指しているため、冬のトラックレースで5000mのタイムを狙うことも考えているようだ。
「佐藤は夏合宿でも距離を踏んできました。これからは箱根に向けた練習になるんですけど、5000mに出場するときは、5000mのトレーニングをやればいい。スタミナはだいぶついてきたので、それがトラックにも生きると思います」(大八木監督)
トラック(5000m、10000m)と、22km前後の箱根駅伝のトレーニングは、似ているようでやはり異なる。昨季までの青学大は箱根駅伝に特化したメニューをこなして、トラックのタイムはさほど狙っていなかった。トラックで記録を狙うと、箱根に向けたトレーニングが疎かになる部分があるのだ。駒大は過去2回、出雲と全日本を制しているが、いずれも箱根は2位に終わっている。
「3冠を懸けた過去2回の箱根はスタミナ的な問題がありました。個々を大事にしているので、全員が同じスタミナ練習をやっていなかったんです。私は個人の選手を引き上げていこうという思いがあり、それがひとつにまとまったとき、駅伝でも本当の強さを出せるのかなという思いがあるんです。ただ今季は選手たちが『3冠』をやりたいという気持ちが強い。その思いもかなえさせてあげたいですね」(大八木監督)
学生駅伝で最多26度の優勝を重ねてきた大八木監督だが、どれだけ勝っても悩みはつきないようだ。
世界大会と駅伝3冠という“二兎”を追う駒大と、箱根駅伝で勝利の方程式を確立させながら指導方針を改めている青学大。正月決戦で軍配が上がるのはどちらだろうか。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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