「野球は人生の助けにならない」体育会の大学野球部37歳監督が部員にご法度だったバイトを奨励する納得の理由
プレジデントオンライン / 2022年11月19日 11時15分
■辞めたい、と言い出した主将に監督はどう対応したか
「4年生のキャプテンが『春が終わったら辞めたい』って言うんですよ」
大学野球の関甲新学生野球連盟1部に所属する松本大学野球部監督の清野友二(37歳)を訪ねると、こうあっけらかんと言う。
松本大は、甲子園に何度も出場している長野県の名門・松商学園高のグループで2002年に創立された。雄大な北アルプスが眼前に望める田園の中にキャンパスがある。
「辞めたい」と言ってきたキャプテンは、今春のリーグ戦で3番を打ち、Aクラスのリーグ4位(10チーム中)に押し上げた原動力。秋のリーグ戦はこのキャプテン不在で明らかに戦力ダウンの状態で迎えた。そもそも4年生は12人が辞めて登録は4人だけだった。緊急事態といっていい。それでも3年生の新キャプテンのもと、結果的には秋の公式戦も4位を維持することができた。
件のキャプテンは、昨秋の新チーム発足時、3年までレギュラーではなかった選手だ。高校でも補欠で大学入学時、とても試合に出せるレベルではなかったが、地道に力をつけてきて、4年では勝負どころでホームランを打つまでになった。
「見ていて泣きそうになりました。ここまで成長したかって。それが、春のリーグ戦を終えて引退させてください、って(苦笑)。でも、本人が納得できたなら、それはそれでいいかなと」
指揮官の思考は、地方特有の緩い体育会の“ゆったり放任主義”なのかと思ったら、確固たる信念があった。
「何年かやってくると選手も自分の立ち位置がわかります。本音、理想を言えは最後まで続けてほしいです。でも、ゲームに出られないのがはっきりしてるのに続けるのもね。そんな部員には『辞めろ』って、言っちゃうんです。『やりたいことがあるなら、早く、そっちをやった方がいい』と」
実際に以前、歌手になりたいという部員がいて、松本で歌手はニーズがないので埼玉へ行け、と快く送り出した、と笑う。
「目的もなく属していても意味がない。やりたいことに方向転換すべき」
そこには監督自身のセカンドキャリアの経験則があった。
■社会で生きる術を身に付けろ、野球の技術は助けに……
「僕は5年間、プロの独立リーグにいて、引退して社会に出た時のつらさを感じました。生きていくには好きでもないこともやらなきゃいけないし、生活力がないと、と痛感したんで」
つまり、社会で生きる術を身に付けろ、野球の技術は助けにならない、ということだ。
清野が部員に身に付けてほしいのは自炊スキルだ。部員の3分の2ほどが入れる野球部の寮があるが、4年になったら退寮する。ひとり暮らしをさせて自活を学ぶためだ。
![松本大学野球部のみなさん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/2/1200wm/img_02a8008a9adb0641cbb9654d1efedec1741681.jpg)
「プロ野球選手なんて普通はなれない。うちの場合、8、9割が就職です。野球を離れた後の人生のほうがはるかに長いので、そこで通用しないと意味がない。生きるためには“食べる”が基本。アルバイトもしたい子にはさせます。レギュラー選手もバイトしていますよ。居酒屋、コンビニ、ラーメン屋。やる子は全部、自己管理できる。野球も自活もどっちもやれと言っています」
かつては大学の強化部でアルバイトは禁止で、寮も最後までいられたが、野球しかやってない学生はコミュニティが狭くなる傾向があった。
そこで、部員に行動の自由を与えつつ、一方では自分で責任をとるという方針に変更した。すると、不思議なことに野球部の成績も上向きだしたという。やらせる野球でなく、自主的にやる野球。それにより、自分の頭を使って野球にも励むようになったのだ。
松本大は朝と夕方に全体練習をする。1人あたり3本程度のシートノックは自分の守備の完成度を披露する場。基本の練習やレベルアップは自分でやっておいて、というのが基本方針だ。ここも大人扱いをして自主練を促すわけだ。
「テクニックって自分でつかんだ感覚でしか身につきません。こうやって打てといっても監督は責任を取れないので。自分でコツをつかむのは自分で時間を費やすしかないと。自主練をやる子は増えました」
■プロ選手をやめ、建設会社で働いた3年半で見えたこと
清野は新潟出身だが、高校は強豪の山梨学院高へ。ただ、3年間、甲子園とは無縁だった。当時、開学3年目の松本大学を経て、卒業後はBCリーグ(甲信越地方2県と関東地方5県、東北地方1県を活動地域とするプロ野球の独立リーグ)の「新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ」で5年間、プレーした。
引退するときにコーチ、職員になる話もあったがいったん野球と離れた生活をしたくて建設会社の営業職に就いた。野球選手からサラリーマンへ。実際働いてみて、自分には甘い考えがたくさんあったことに気づく。
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/8/1200wm/img_58dc760411d5b46b29058008ce1a95ed800409.jpg)
考えてみれば、引退直後は何がしたいかなど思いをめぐらしたこともなく、はっきり言って野球以外は何のこだわりもなく、何でもよかったのだ。
「最近の選手は『野球を終わった後のことを考えろ』と言われる機会も多いですが、現役で野球をやっている時に考えるのは負けだと思っていたんです。セカンドキャリアを考えてプロをやっているのはおかしいと、頑なな考えがあった」
就職した建設会社は、新潟アルビレックスBCのスポンサー企業でリトル時代の恩師が役員をしていた縁。県内でも優良企業だった。しかし会社のことを何も知らずに面接試験を受けた。
「うちの会社をどう思うと言われて、何も答えられなかったんです。いい会社だと存じてます程度で。大丈夫か、こいつという印象だったと思います。恥ずかしさだけでした」
採用は決まっていて、形だけの面接だった。現役の時、ちょっとでも次の仕事のことを意識してやっていたらなと後悔した。
周りの同世代は5年先に働き出している。そうした存在にも刺激を受け、「社会人としての証を残したい」と、営業で数字を残そうと決めて勉強した。
サラリーマンとして確かな結果を残し、貢献できたと思える充実した自分がいた。そんな時に母校の松本大から誘われた。せめてもの恩返しと退社する直前、入札で仕事を勝ち取ることができた。
同社とは今もいい付き合いは続いていて、松本大学から就職する選手もいる。
3年半のサラリーマン生活は思いのほか刺激的だったが、母校から監督の話が舞い込んだことで、野球の経験を還元しようと、コーチを2年やってから監督に就任して5年目を迎えている。
松本大のように地方の大学はどうやって存続していけばいいか、大きな命題だ。首都圏の有名大学のように知名度があるわけではない。地産地消ではないが、鍵はその土地を大事にすることだ、と清野は考える。信州を、甲信越を大事にすること。
「うちは長野県を中心に隣県の新潟、山梨出身の選手を半分以上、採るようにしています。全国を回ってリクルートをすることはない。強くするならあちこち手を回して選手を集めればいい。でも見に来た人が、みんな県外じゃん、というチームを応援する気になりますかね。大学が地域貢献を謳っている以上、野球部も地元から愛されたい」
■野球地図をどんどん変えていきたい
部員は今春の登録時で60人強。全国的に名前の知られた日大三や専大松戸といった有名校出身者もいるが、甲信越のシェアは9割近いという徹底ぶり。投手は21人が登録されていて、4人以外は甲信越出身者だ。甲子園にレギュラーで出たという選手は1~2人だという。
それでも、同リーグに所属する群馬県の上武大など強豪と接戦できるレベルまで上がってきた。「これから野球地図をどんどん変えていきたい」と清野はいう。
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/7/1200wm/img_a7127d2e639e0a4953eb24dd910e7007992305.jpg)
強くするだけではない。清野は地域に愛されるための社会連携活動にも積極的だ。4年ほど前から保育園、幼稚園に出向いて「遊ぼーる」という野球教室を開いている。元は市内の野球場管理会社の代表が「野球人口減少をとめるため、保育園を回ったらどうだろう」と発案。投げる、打つ、走るを教えるスキームも作った。これが大好評で少年野球チームの指導者、父兄にも市内を60のエリアに割り振って担当をしてもらって続けている。県知事賞を受けるなど地域への貢献度が高い。
野球界の抱える危機感は増している。野球は子供たちに選ばれないスポーツになっているのだ。それは過去の人気にあぐらをかいていたツケだ。
松本周辺でも高校の野球部は合同チームが増えているし、リトル&シニアリーグはSNSなどで評判のいいチームの一極集中になって、他のチームは消滅危機に瀕してしまう。
昔はクラスで一番、運動神経のいい子は野球をやっていた。今はサッカーやバスケットボールのほうが人気がある。園児が野球の楽しさをわかってくれたら、うれしいという一心で続けている。
「うちみたいに、やりたいことがあれば、辞められるとか、アルバイトもできるとかいったことを認める。“別の角度”で野球をやらないと、今の時代はダメなんだと思います」
■直系の野村克也、高津臣吾チルドレンという自負
清野には野心がある。近い将来、松本大のような環境からプロ野球選手を輩出したい、と考えているのだ。もっと強くなる。日々、そのための下地作りをしている。指導方針の根っこにあるのは、新潟アルビレックスBCで培ったものだ。
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アルビレックス時代は当初、橋上秀樹さんが(元ヤクルト、楽天コーチ)監督だった。その橋上さんから、元ヤクルトの名将・野村克也さん直伝の野球への取り組みを聞いたという。橋上監督の後任は、今年、セ・リーグ2連覇を果たした同じくヤクルト監督の高津臣吾さんが就任し、その指導法も目の当たりにした。清野は、直系の野村・高津チルドレンというわけだ。
「高津さんは選手が粋に感じる采配をする。例えば、ヤクルトの抑えピッチャー、マクガフはリリーフ失敗が続いていても使います。いままではマクガフで勝ってきたから信じる、ということです。そこに信頼関係が生まれ、選手は頑張りますよね。今も節目節目で相談・連絡すると親身にいろいろ教えてくれますね」
トップクラスの選手が少ない限られた人材でも、勝つ。弱いチームを底上げする。野村・高津両監督が実践した“再生工場”式の采配が松本大でも生きている。
去年はダブルエースで戦った。いずれの投手も新潟の日本文理出身で一人は高校では3番手。もう一人はスタンドで太鼓を叩いていた。
「うちに来て二人とも成長して柱になりました。他の大学だと試合に出れなかったでしょうね。僕はどんどん1年生から使うので、力をつけてはい上がってくる。どこ(の高校)でやっていたとか、レギュラーか控えかは関係ない。大学の4年間の成長を見ているのは楽しいですね」
ちなみに冒頭で触れた、春で辞めたキャプテンは就職も決まって大学生活を有意義に送っているという。新しいタイプの体育会指導者が日本のスポーツのスタイルを変えるかもしれない。
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フリーランスライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。
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(フリーランスライター 清水 岳志)
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