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人前では絶対に歌わない高倉健さんが…妻役の加藤登紀子が感動した「函館の網走番外地」という奇跡

プレジデントオンライン / 2022年11月18日 10時15分

撮影=山川雅生

2014年に83歳で亡くなった俳優・高倉健さんは、「映画スター」という孤高の存在でありながら、プロの歌手でもあった。なぜ高倉健さんの歌は多くの人を魅了したのか。『高倉健 沈黙の演技』(プレジデント社)を出したノンフィクション作家の野地秩嘉さんが書く――。(第2回)

■歌うこととは、語ることである

高倉健はプロの歌手でもある。若い頃は映画館の舞台で歌を披露したこともあるし、キャバレーで歌ったこともある。映画『ホタル』ではハーモニカ演奏もやった。

そんな彼は歌うことについて、養女の小田貴月(たか)さんにこう言っていた。

「映画で2時間かけて伝える思いを、歌は3分で感じさせるってすごいよね。僕は、決して上手くはないけど、ささやきでも、語りになってもいいと思ってる。ある思いが伝えられればって。それが役者の役目なんじゃないか」

映画だけでなく、歌曲、音楽に敬意を払っていたのだろう。

そして、自宅では自分が好きな曲をかけて聴いていた。たとえば、次のような曲で、いずれも聴いていると頭の中に映像が浮かんでくる。旋律、リズムをシーンに変換しながら聴いていたのだろう。

リサ・ジェラルド(『グラディエーター』サントラ)
リンダ・ロンシュタット「ブルーバイユー」
カルロス・バレーラ「ウナ・パラブラ」(『マイ・ボディガード』サントラ)
ニーナ・シモン「シナーマン」
スタンリー・マイヤーズ「カヴァティーナ」
サミー・デイビスJr.「ミスター・ボージャングルス」
北島三郎「風雪ながれ旅」 etc.

■「ちょっと聴くともっと聴きたくなる」

彼の歌のなかで、もっとも知られている曲は1965年の映画『網走番外地』の主題歌ではないだろうか。曲名を知らなくとも、歌が流れれば「ああ、これか」と気づく人は多いだろう。

さて、「網走番外地」こそ入っていないが、2022年に出たCD『風の手紙~1975-1983 CANYON RECORDS YEARS~』(ポニーキャニオン)には17曲もの彼のベストナンバーが収録されている。「時代おくれの酒場」(東宝映画『居酒屋兆治』主題歌)、「はぐれ旅」、「言葉はいらない」など彼ならではの曲ばかりだ。

楽曲解説にはこうある。

高倉健の歌は「ちょっと聴くともっと聴きたくなる」もので、「高倉健の歌の世界にひたる歓びを(再)発見される」と書いてある。要するに、ファンにとっては映画の演技もさることながら歌には歌の魅力があるということだろう。

わたし自身は高倉さんのCDを通して聴いたのは初めてだった。そして、どう思ったか。

それにはこれまでの音楽の好みを知っておいていただかなくてはならないだろう。わたし(1957年生まれ)はアイドル、青春歌謡から軍歌、洋楽までさまざまな音楽を聴いて育った。はっきり言えば、音楽の好みはバラバラで節操がない。よくいえば多様な趣味といえる。

たとえば……。

■その魅力は、なんといっても低い声

小学生の頃はうちにあった軍歌のLPを聴いていた。「歩兵の本領」と「戦友の遺骨を抱いて」がベストツーである。中学生時代はビートルズとレッド・ツェッペリンとグランド・ファンク・レイルロードとCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)と牧伸二(音楽漫談)を聴いた。高校に入ってからはユーミンと山下達郎とソウルミュージックである。大学に入ってからは中島みゆきと大瀧詠一とピンク・レディー。

社会人になってからは音楽を聴かなくなった。中年になって以降、CKB(クレイジーケンバンド)とクラシック音楽だけを聴いている。縁がなかったのは演歌、エルビス・プレスリー、ロカビリーだろうか。つまり非常に支離滅裂である。

そんなわたしが高倉さんのCDを聴いて、どう思ったか。

旋律やリズムといった楽曲の魅力ではない。声だ。なんといっても声。低く抑制された声に惹かれた。

歌声というより、コントラバスの響きのようだった。低音の声が耳を通って腹に来る。ボリュームを大きめに調整して聴くと、マッサージを受けているような気分になる。そして、CDのなかでどれがいいかと言われれば映画の主題歌だ。

「時代おくれの酒場」。『居酒屋兆治』で最後に流れる佳曲である。

俳優・高倉健さん
撮影=山川雅生

■みんなの心に届くように語っている

原曲は加藤登紀子さん。しかし、高倉バージョンは加藤さんの原曲とはかなり違う。テンポが遅くなり、語りのようにも聞こえる。

歌っているというより高倉健が語っている曲だ。

かつて森繁久彌さんは和田アキ子さんにこう教えた。

「歌は語れ。セリフは歌え」と。

高倉健の歌は語りだ。

前述の楽曲解説には「時代おくれの酒場」について、こうある。

「おあつらえむきに『時代おくれの酒場』の歌詞は男の視点から書いたものだった。加藤版『酒場』はちょっとデカダンな2フィールのバラードだったが、高倉が歌えば、モンマルトルの丘から函館の裏路地へ舞台が早替わりするといえばいいだろうか、歌声に風雪に耐えるような詩情がにじみだす。『時代おくれ』という言葉が郷愁よりむしろ確信めいて響くのは役者人生の重みが加わるからか。

時代はこのときすでに八〇年代に入り、昭和も暮れかかっていた。『居酒屋兆治』で奇妙な存在感を放っていた細野晴臣のいたYMOは散開し、忘れがたいコメディエンヌぶりを発揮した、ちあきなおみはポルトガルのファドに新たな表現をもとめていた。いうまでもなく時代は変わる。変わるのだが、しかし誰の心にも孤塁に似た想いは残るであろう、高倉健の歌は聴く者にそのような確信を抱かせる。誰もそれを止めることはできない」

誰の心にも孤塁に似た思いを抱かせるのは、それは高倉健がみんなの心に届くように語っているからだ。

■健さんが歌えば「曲とか詞とか、なんでもいい」

高倉プロモーションの代表、小田貴月さんはCDのハンドブックにこう記している。

「今回のマスタリング作業(=CDプレス用原盤の制作)は、録音時期の異なる楽曲をまとまりのある音にするため、音量、音圧、音質のより丁寧な調整が不可欠となりました。エンジニアの方が『高倉さんの低音、しびれますね』と、感慨深く語ってくださり、次々と封印が解かれてゆく楽曲の波形を見つめていると、フランク・シナトラのコンサート映像を自宅で観ながら『大事なのは、のど自慢じゃなくて、心に届く語りなんだね』と呟いていた高倉の声が、耳元で聞こえた気がしました」
俳優・高倉健さん
撮影=山川雅生

『高倉健 沈黙の演技』(プレジデント社)では、『居酒屋兆治』で共演した加藤登紀子さんにインタビューした。

本書のなかで「歌手、高倉健の魅力」についても語ってもらっている。

【野地】歌手、高倉健をどう思われますか?

【加藤】素晴らしいのひとこと。あの声。あの深い声。あの、声がいいの。だからもう、なんでもいいんです、歌なんてどうでもいいの。曲とか詞とか、なんでもいい。健さんが歌うだけでリアリティが出てきちゃう。そんな歌手はいないです。

いえ、仮にいたとしても、私は知りません。

■私の曲を健さんがラストに歌ってくれたら…

作り手は楽ですよ。健さんが歌うんだって決まっていれば。なんでもいいんだから、内容は。

健さんが歌うか歌わないかだけが問題なの。健さんが歌えば本当のことだと伝わる。嘘ではないとみんながわかる。

【加藤】『時代おくれの酒場』は私が『居酒屋兆治』に出演する6年前に作ったものです。その時に健さんに会ってるんです。

『冬の華』(1978年)の撮影をやっていた健さんにインタビューするため京都に行きました。撮影所近くの喫茶店で私が話を聞いた時、ドーナツ盤『時代おくれの酒場』(1977年発売)を持っていたので、お礼に差し上げたんです。

そして、『居酒屋兆治』に出ることになって、降旗(康男)監督に会ったら「登紀子さん、『時代おくれの酒場』、ほんとにいい曲ですね。僕らはロケハンの時、ずっと聴いてました」と言ってました。

私は、「健さんがラストに歌ってくれたら言うことないのに」って言ったの。すると降旗さんは「難しいなあ、なかなか歌ってくれない人ですからね」

■函館での撮影立ち上げ会で起きた奇跡

その後、函館の湯の川温泉で撮影立ち上げの大宴会がありました。映画ってこんなに大勢の人が関わっているのかと思うくらいの規模ですごかった。

野地秩嘉『高倉健 沈黙の演技』(プレジデント社)
野地秩嘉『高倉健 沈黙の演技』(プレジデント社)

「登紀子さん、ギター持ってきてくださいよ」って言われていたので、私は余興に歌ったんです。

『時代おくれの酒場』もやりました。そして最後に、『網走番外地』をやったんです。私の持ち歌だったから。

会場を歩きながらラララ~ってギターを弾いて、「2番は高倉健さんに歌っていただきます」と言いながら歩いて行って……。

ギター持ったまま、健さんが座ってるところまで行って、「よーし」とマイクを向けたら、なんと奇跡が起きたの。

健さんが2番を歌ってくれました。みんなはもうびっくり。

「健さんはこういう時は絶対歌わないのに、今日は歌ってくれた」

奇跡の瞬間の後、降旗さんと話して、「なんとか健さんに主題歌を歌ってもらおう」ということになったんです。

それで『時代おくれの酒場』が主題歌になりました。健さんが映画の主題歌を歌ったのは『網走番外地』以来、初めてのことでした。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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