佐藤優「もしもアメリカがトランプ大統領のままなら、ロシアのウクライナ侵攻は起こらなかった」【2022編集部セレクション】
プレジデントオンライン / 2022年11月19日 9時15分
■プーチンは精神を病んだのか
2月24日、ロシアのプーチン大統領はウクライナへの軍事侵攻に踏み切りました。
すべての国連加盟国は武力による威嚇や武力行使に訴えてはいけないという、戦後長らく守られてきた国連憲章第2条4項の約束事を露骨に破り、既存の国際秩序を破壊したわけですから、ロシアの責任は法的にも道義的にも大きい。ロシアの行っていることは厳しく指弾されなくてはいけません。
しかし、情勢を正確に分析するためには、ロシア側の理屈、つまりはプーチン大統領の頭の中を冷静に理解する必要があります。
米議員の中にはプーチン大統領の精神状態を危惧する声もあります。ホワイトハウスのサキ報道官は2月27日、テレビのインタビューで「(プーチン氏は)コロナ禍で明らかに孤立している」と指摘しましたが、私の見る限り、プーチン大統領はいたって冷静で孤立もしていません。
■プーチンの強烈な被害者意識
プーチン大統領の演説を聞くと、ロシアは1990年代初頭から抑え込まれ、このままでは大国として生き残れなくなるという危機意識が、非常に強いことがわかります。国民に向けて行った2月24日のテレビ演説では、こう述べていました。
〈過去30年間、われわれはNATO主要国との間で、安全保障の原則について辛抱強く合意しようと試みてきた。NATOは、われわれの抗議や懸念にもかかわらず拡大し続けた。そして、兵器はロシアの国境に近づいている。なぜこんなことが起きているのか。(中略)答えは明瞭だ。1980年代後半、ソ連は弱体化し、その後崩壊した。われわれが自信を失ったのはほんの一瞬だったが、世界の力の均衡を崩すには十分だった。〉
〈これ以上のNATOの拡大やウクライナ国内に軍事拠点を構えようとする試みは受け入れられない。NATOは米国の外交政策の道具だ。〉
〈米国と同盟国にとって、これはロシアの封じ込め政策だ〉(2月24日・共同)
ソ連の崩壊によって国力が衰え、90年代から2000年代初めまでのロシアは、アメリカによって一方的な軍縮を強いられ、耐えてきた。だが、あの頃とはもう違うんだという自負は、ロシア人全体に共通するものだといえます。
■プーチン、アメリカに挑むも、米国民は「関わりたくない」
2月21日には、「ウクライナのゼレンスキー大統領はアメリカの単なる操り人形だから、話をしても意味がない。問題はアメリカだ」という主旨の演説をしました。
つまりロシアは、アメリカの覇権に挑んだのだとわかります。これまで、イランのハメネイ師や北朝鮮の金正恩総書記など何人かの指導者がアメリカに挑みましたが、これだけ大規模な挑戦はありませんでした。
ではアメリカは、今回の事態をどう受け止めているのか。
AP通信が行ったアメリカの世論調査によると、ウクライナ情勢で「米国が主要な役割を果たすべきだ」という回答が26%にとどまった一方で、「小さな役割を果たすべき」は52%、「役割を果たすべきではない」との回答は20%でした。
アメリカ国民の大半は、こんな戦争に関与しないでほしいと思っているのです。
■トランプなら電話をかけて直にディールする
トランプ前大統領が掲げた「アメリカ第一主義」は、国民が共有する感覚です。トランプ氏は、国民が進んで選び出した大統領だったのです。
そのトランプ氏は当初、プーチン大統領に理解を示していました。
ロシアが軍事侵攻を始めるに先立ち、ウクライナ東部で親ロシア派武装勢力が実効支配してきた「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を独立国家として認める大統領令に署名したことについて、22日、トークラジオ「C&Bショー」のインタビューでこう言いました。
「プーチンはウクライナの広い地域を『独立した』と言っている。私は『なんて賢いんだ』と言ったんだ。彼は(軍を送って)地域の平和を維持すると言っている。最強の平和維持軍だ。我々もメキシコ国境で同じことをできる」(2月23日・朝日新聞デジタル)
平和維持を名目に軍を展開したロシアの手法は、メキシコ国境の不法移民対策に応用が可能だという考えを示したのです。
さすがにロシアがウクライナに軍事侵攻した後の2月26日の演説では、「ロシアのウクライナへの攻撃は、決して許してはならない残虐行為である」と非難したものの、
「プーチンは賢い。問題は我々の国の指導者たちが愚かなことだ」
「プーチンは(バイデン米政権の)情けないアフガン撤退を見て、無慈悲なウクライナ攻撃を決断したことは疑いない」
「私は21世紀の米国大統領で、任期中にロシアが他国に侵攻しなかった唯一の大統領だ」
「私が大統領ならこれは起きなかった」(2月28日・同前)
などと語って、バイデン政権やNATOの対応を批判しています。
トランプ氏の見方は、意外と事柄の本質を突いているといえます。
要するに「俺だったらすぐプーチンに電話をかけて、直にディールをする」と言いたいのでしょう。きちんと取引していればこんな事態に至らなかったという指摘は、トランプ氏の言う通りです。
![電話をかける男性の手元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/9/1200wm/img_99ae1d99230f73b5e78c7d9941b75786456747.jpg)
トランプ氏ならばモスクワに飛んで行ってプーチン大統領と会談し、「ロシアがウクライナに軍事介入するならば、アメリカも軍を送る。アメリカ第一主義はひと休みだ」と言ってプーチン大統領を脅したうえで、取り引きを持ちかけ、戦争を回避したと思います。
■耐乏生活に強いロシア人
バイデン大統領の弱点は、民主主義国が団結すれば全体主義に勝つものと思っていることです。世界がイデオロギーでは動かないことが、わかっていません。さらに、ソ連崩壊後の混乱で砂糖や石鹸の入手にさえ苦労した耐乏生活を経験しているロシア人が、経済制裁に屈しない人たちだということも、バイデン大統領はわかっていないのです。
アメリカ政府で国際情勢を分析する専門家のレベルが、基準に達していない。
そのことは、昨年夏のアフガニスタンからの米軍撤退を見れば明らかでした。21年7月、バイデン大統領は「(反政府組織タリバンが全土を制圧する可能性は)ありえない」としていましたが、8月にタリバンは全土を掌握。ガニ政権の正規軍は30万人もいたのに、わずか7万のタリバンにまったく歯が立たないことを、事前に読めていませんでした。アメリカ型の正義がいつも勝つわけではないという半年前の失敗から、何も学んでいないのです。
![スモッグがかかったカブールの街並み](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/4/1200wm/img_c4e36fd90b4ae43a5ff9c6cca5b74761378392.jpg)
アメリカがウクライナへ軍を送らないのは、国内での賛同が得られないからです。プーチン大統領は核兵器の使用をちらつかせました。第3次世界大戦のリスクがある介入をアメリカは絶対にしないとプーチン大統領が確信しているからです。バイデン大統領があまりに早くから軍事的な手段をとらないと表明してしまったため、プーチン大統領が勢いづいたのです。
バイデン大統領はロシアに対して、経済制裁くらいしか切るカードがありません。プーチン大統領は、2~3年後に結局はEU諸国が、ロシアの変更した現状を追認せざるを得なくなり、10年後にはアメリカもそれに倣うことになると考えているのでしょう。
■トランプが再び大統領になる日
アメリカは、ロシアの暴力性を軽視したのです。ある程度の圧力をかけ、インテリジェンス情報の異例の公開だと言ってロシア軍の動きをオープンにすれば怖がるだろうと思ったのに、ロシアは怯みませんでした。またも大きな読み違えです。
私が問題だと思っているのは、アメリカのブリンケン国務長官が、2月24日に予定していたロシアのラブロフ外相との会談をキャンセルしたことです。
会談の実施は、ロシアが侵攻しないことが前提条件だったためです。ブリンケン長官は「いまや侵攻が始まり、ロシアが外交を拒絶することを明確にした。会談を実施する意味はない」と述べたそうですが、この判断は感情的すぎます。アメリカは軍事介入するつもりがないのですから、ロシアと交渉するしか手段がないのです。
外交では、相手が間違っているときや、関係が悪化したときこそ、積極的に会う努力をしなければいけません。ウクライナにおける戦闘の拡大を防ぐために、ブリンケン国務長官はいまからでもラブロフ外相と会談して、解決策を探るべきです。
ただでさえ支持率が低迷するバイデン政権ですが、ウクライナ情勢がこのまま混迷を続ければ、11月の中間選挙や2年後の大統領選挙に影響を及ぼすことは必至です。再びトランプ氏が大統領になることもあり得るのです。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎)
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