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むしろ劣等感でツラくなるだけ…脳科学者が「自己肯定感にこだわると生きづらくなる」と警告するワケ

プレジデントオンライン / 2022年11月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Naoyuki Yamamoto

「自己肯定感」を高めることはいいことなのか。脳科学者の毛内拡さんは「自己肯定感は他人や過去の自分と比べることで得られる感覚のため、劣等感を強める恐れがある。それよりも『自分はこれをやった』という『自己効力感』を大切にしたほうがいい」という――。

※本稿は、毛内拡『「気の持ちよう」の脳科学』(ちくまプリマー新書)の一部を再編集したものです。

■なぜ「気の持ちよう」で実際に効果を得られるのか

ただのビタミン剤だとは知らずに、よく効く薬だと思い込んで飲み続けていたら、本当に病気が改善してしまったという話を聞いたことはないだろうか。これは「プラセボ(偽薬)効果」と呼ばれており、いわゆる「気の持ちよう」の代表だが、どうして実際に効果が得られるのか、そのとき脳では何が起こっているのかは長年の謎だった。

最近の研究では、プラセボを服用するだけで、痛みの情報処理に関与する「島皮質」と呼ばれる脳領域において、痛みを感じたときに活性化する領域が有意に減少していることがわかっている。つまり、プラセボ効果による鎮痛作用は単なる気のせいではなく、本当に痛みを感じづらくしていたのだ。

さらに、プラセボ効果は痛覚の初期段階である触覚や内臓感覚を処理する「体性感覚皮質」の一部や、脳の実行機能に重要なはたらきをする「基底核」の活動も低下させていたことから、そもそも痛みが発生するのを抑えている可能性もある。

なぜプラセボがこのような効果を持つのかは、未だ完全には解明されていないが、ひょっとするとこれも「注意の分散」ということで説明がつくかもしれない。

そもそも何かを感じるというのは、知覚という脳のはたらきだ。仮に、視覚や触覚などの感覚入力が脳に入ってきても知覚されなければ、意識にはのぼらない。脳には目や皮膚などの感覚器からボトムアップ的に入ってくる情報と、経験や期待を頼りに感覚から知覚を構築するためのトップダウン処理がある。脳はあらかじめ予測を作っておき、それに合った情報だけを拾い上げることができる。

■「予測」の強さによって知覚は変化している

これは脳に特有の情報処理様式であるといわれている。昨今流行りの人工知能を支えている深層学習のアルゴリズムであるニューラルネットワークというしくみでは、ボトムアップ的に何千、何万という画像(感覚入力)を学習して、計算結果(知覚)を出す。

AI (人工知能) の概念
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

一方、脳は経験からスキーマ(知識や経験の枠組み)を既に構築しているので、少ない入力から予測して即座に答えを出すことができる。したがって、ノイズまみれの情報から必要な情報だけをピックアップできるのだ。

つまり、予測が知覚を変化させるといっても差し支えないと思う。プラセボ効果は、おそらくこの予測に変化を与えるものだ。むしろ、ふだん痛みを感じている際に、恐怖や不安から過剰な予測があり、実際以上に痛みを感じているのだとも予想される。

脳に関する研究では「ストレスの感じ方が個人で異なる」ことが知られている。感覚入力に対する感受性が個人で異なるのはもちろん感覚受容器の感度もあるかもしれないが、予測の強さによっても変化するのではないだろうか。

プラセボがあることで必要以上に恐れる気持ちがなくなり、トップダウンの注意が分散したことで、痛みが軽減した、または本来感じるべき痛みの程度まで戻ったと言うこともできるかもしれない(本来感じるべき痛みというのは、実際よくわからないものではあるが)。

■「自分が活躍できる場所」を複数持つことが大切

同様に、ストレスに対する感じ方も注意を分散させることで軽減される可能性がある。すごく簡単な例を挙げれば、自分が活躍できる場所を複数持つということが注意の分散になるかもしれない。

学校や部活、職場や家庭だけが自分の居場所だと、どうしてもそこでの環境にとらわれてしまうが、他にもサークルや異分野交流、なんなら外国人のコミュニティなどにも自分の居場所を作れば、学校や職場で受けるストレスに対する注意は分散されるのではないだろうか。これはぜひ実践してみてほしい。

■「自己肯定感」は他人と比べることで得られる感覚

昨今、「自己肯定感」という言葉が溢れている。「自己肯定感を高める食事」とか「自己肯定感を高めるファッション」などを見聞きしたこともある。しかし、ここで問題なのは、自己肯定感が高いことが本当にいいことなんだろうかということだ。そもそも自己肯定感は高める、低めるという類のものなのだろうか。

自己肯定感というと、一般的なイメージとしては「私はできるぞ、すごい業績を上げているぞ、何でもできる万能だ」という気持ちのことだと思われる。自分が思ったとおりにことがうまく運べば肯定感が増すし、優越感を得ることになる。できなければ劣等感につながる。

これは結局、自分と他人を比べることで得られる感覚なのだ。基準となっている他人よりも自分が上にいれば自己肯定感が増す。あるいは、過去の自分よりもより良い自分になることや、より高みを目指さなければならないといったことが強迫観念のように求められている。

もちろんネガティブよりはいいけど、常に向上していかなければならないのは少しプレッシャーではないだろうか。キラキラした人たちが毎日のように成功体験を報告してくるのを見て、自分も向上しなきゃと思うのは疲れてしまうものだ。

■大切なのは自分を基準にする「自己効力感」

疲れてしまう原因は、結局、「過去への後悔」と、「将来への過度の期待」によって成り立っているからだろう。「今ここにある自分」は、結局置き去りにされている。本来の自己肯定感の定義は「ありのままの自分を受け入れよう、それを認めよう」ということだったと記憶している。いつからこのように拡大解釈されるようになったのかは不明だ。

劣等感を抱えている自分、挑戦したけど失敗した自分、それも含めてまず自分を受け入れよう認めようということだ。なので、そもそも自己肯定感は高めるとか低めるといった類の感覚ではないのだと思う。

それよりも、僕が大事にしているのは、「自己効力感」という感覚だ。これは、自分が何かをしたということがしっかりと周りに影響を及ぼしているという実感のことだ。もちろん、自分の提案したアイディアが採用された、賞をとったというのも大事だけど、ずっとやろうと思っていたお皿洗いをやったとか、ToDoリスト(しなければならないことリスト)が1つ減ったとかでも目に見える効力感だと思う。そしてそれはなにも他人に肯定される必要はない。

チェックリストに入れられたチェックマーク
写真=iStock.com/Ralf Geithe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ralf Geithe

これは、子育てや教育においても重要な視点ではないだろうか。たとえば、いろいろなことを自分自身でやってしまった方が絶対早く済む。だけど、それをあえて子どもや後輩にやってもらう。その結果の良し悪しは問わない。やってくれたことに対して感謝を伝える。とても当たり前のことのように思えるけど、実践するのは難しいかもしれない。

人の心や行動をどうにかしようと思うのは大変なことだけど、少なくとも自分の力で制御できるはずのことが、ちゃんと自分の意図した通りになるという実感を積み重ねていくのは、精神衛生上も重要なことだと思う。

■「細かい成功体験を積み重ねる」ことが効力感を得るコツ

人間関係を円滑に進める秘訣(ひけつ)は、相手の自己効力感を満たすことなのかもしれない。

毛内拡『「気の持ちよう」の脳科学』(ちくまプリマー新書)
毛内拡『「気の持ちよう」の脳科学』(ちくまプリマー新書)

自己肯定感を軸にすると、自分は優越感を感じる代わりに、他の人は劣等感を感じてしまうことは避けられない。それが「気に入らない」とかいった反発やいじめとかにつながってくる。

「自分はこれができる、だから自分すごい」という自己肯定で終わらずに、「それはいつも支えてくれているあなたのおかげですよ」みたいな感じで感謝を伝えることで、相手の自己効力感も同時に満たせるように心がければ、円滑に人間関係を進められるのではないだろうか。

単に報酬系を満たすためにご褒美をあげるだけではなく、世の中に認められているという承認欲求も満たしつつ、ちゃんと人に影響を及ぼしているという実感も与える――この3点セットが心の健康に必要なのだと思う。

コツは、細かい成功体験を積み重ねるということ。今日からできる方法としては、スマホのToDoリストにやりたいことを全部書き出して、できたらそれにチェックをつけて消していくこと。紙に書き出してマジックで線を引いて消すのでもいいと思う。自分はちゃんと影響を与えているぞという実感を、ちょっとずつ得ることが重要だ。

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毛内 拡(もうない・ひろむ)
お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984年生まれ。北海道函館市出身。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業。2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科 博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員を経て、2018年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。主な著書に『脳を司る「脳」』(講談社ブルーバックス/第37回講談社科学出版賞受賞)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP研究所)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックスPLUS新書)、『すべては脳で実現している。』(総合法令出版)、『「気の持ちよう」の脳科学』(ちくまプリマー新書)などがある。

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(お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教 毛内 拡)

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