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「私立中高一貫校に相次ぐ労基署の"ガサ入れ"」おかげで部活消滅の危機という憂慮すべき事態

プレジデントオンライン / 2022年11月19日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

いま、私立中高一貫校の「部活動」が激震に見舞われている。何が背景にあるのか。進学塾経営者で『令和の中学受験2 志望校選びの参考書』の著者・矢野耕平さんは「教員の労働環境を整備するため、労基署が学校に調査に入るケースが相次いでいることがひとつの原因のようです」という――。

■部活動運営が崩壊した中高一貫校

いま、首都圏の私立中高一貫校の一部で「部活動問題」が持ち上がっている。端的に言えば「部活動の顧問の配置問題」だ。ある学校を取材しているときに、ひとりの教員がわたしに耳打ちするように教えてくれた。

「2年前くらいから、私立中高に労基(労働基準法)関係の調査がどんどん入るようになりました。初期の頃に調査が入った某私立中高一貫校の教員から話を聞くと、調査以降、その学校では部活動の運営が崩壊してしまったそうです。部活動に教員が本格的に関わろうとすると、フレックスタイムを導入するなどして、勤務体系を大きく変えなければならない。たとえば、ある教員が日曜日の試合に顧問として付き添ったら、その勤務時間の6時間分なり7時間分を平日の勤務時間から削らなければならない。そうすると、授業の担い手がいなくなってしまう。頭の痛い話です」

教員の労働環境の調査は、公立の学校に関しては今夏に文部科学省経由で実施中だが、私立にはエリアごとに設置されている労働基準監督署が担当しているという。労基署はもちろん学校以外の企業などにも調査に入っているが、とりわけ私立中高で労働時間が守られていないところが多いこともあり、詳細な調査をしている。

その結果、一部の学校では憂慮すべき事態が発生している。前出の教員はこうことばを継ぐ。

「授業に穴が空かないようにした結果、部活動の顧問がいなくなってしまうというケースがいくつかの学校で出始めているようです。だから、部活動の“外注”を始める学校が増えているのです。すでに専門の派遣会社もあって、学校にひっきりなしに営業電話がかかってきますよ」

■部活動顧問の外注に反対する声

部活動の“外注”とは、それまで教員が顧問を務めていたところを、外部の専門スタッフ・業者に任せるようにするということだ。

保護者の中には「その道の専門家に指導してもらったほうが、わが子は熟達するのではないか」と期待する層もいる。実際、特定の強豪の部活動ではとっくに外注化を図っていて、大会などで結果を出しているところもある。わが子の部活動での活躍に期待を寄せる保護者にとっては、外注学校にこそ、わが子を進学させたいという傾向があるのかもしれない。

しかしながら、部活動は学校教育の一部であるという考え方も根強くあり、いわば「部外者」である外部スタッフに委託することにためらいを感じる学校もあるようだ。

本郷(東京都豊島区/男子校)で入試広報部長を務める野村竜太さんもそう考えるひとりだ。同校の教育方針のひとつは「文武両道」であり、部活動を学校教育の一環ととらえている。

「生徒には、勉強以外で何か熱中できるものを本郷で探そう、という話をしています。それが部活動であったり、生徒会活動であったりするわけです。勉強面と部活動ってつくづく繋がっているなぁと実感させられることがよくあります。ある生徒が部活動を楽しめるようになって生き生きとしてきたら、学業の面でも一気に成長する。そんなケースをこれまで何度も目にしてきました。何かに対して手応えを得る、自信が持てるって大切なことなのでしょう」

制服を着た日本の10代の生徒が学校に戻る
写真=iStock.com/ferrantraite
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ferrantraite

このような観察眼は学校の教員が部活動の顧問を兼任するからこそ培われるのだろう。部活に没頭すると、定期テストの点数もよくなる。そんな因果関係を発見・目撃する教員は数多い。だから、外注することで部活での生徒の様子をウオッチできなくなるのは教員として残念でならないのだ。

また、各校の取材を通じて知ったのは、勤務時間は関係なく、部活動の指導に心血を注ぐことを生きがいにしているような教員も大勢いるということだ。

駒場東邦(東京都世田谷区/男子校)の中学教頭・田子久弥さんはこう話す。

「昨今の部活動問題では、泊まりがけの行事に顧問が参加しなければならず、その影響で顧問の数が少なくなっているという面はあります。そのため最近は、指導者の外部委託も考えたほうが良いのではないかという声が上がっているのも事実です。しかし、部活動も学校活動の一部ですからね。外部委託に対して反対する教員もいます」

もちろん、学校生活の中心を部活動に置かない子どもたちも大勢いるが、日々の学校生活の一部として部活動に励みたいと望んでいる子どもたちにとっては、学校教員に見守られるという安心・安全な環境がベターかもしれない。

■部活動問題の影響を受けない中高一貫校もある

一方、教員による部活動の顧問に特段問題はないとする学校もある。例えば、成城(東京都新宿区/男子校)。入試広報室長・中島裕幸さんは次のように言う。

「本校は部活動において、一部のクラブではコーチという形でOBなどを受け入れている場合がありますが、基本的には教員が顧問についています。学校の勉強とクラブ活動は、子どもたちの成長に深く関係している部分が多いと思いますから」

また、部活動の終了時間が早めに設定され、部活時間そのものが短い学校も問題なしのようだ。三輪田学園(東京都千代田区/女子校)の校長・塩見牧雄も、顧問の外注化に頼ることなく部活動はおこなえると話す。

ダートフィールドでサッカーサッカーを楽しんでいる子供たちのグループの屋外アクションスポーツ
写真=iStock.com/Natee127
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Natee127

「顧問は基本的に学校の教員がおこないます。ただし、華道とか茶道などの一部のクラブについては専門の先生をお呼びしています。これは数十年前からそうです。クラブ活動というのは生徒の心を育む面を担っています。だからこそ責任を持って学校の教員が中心となって見ていきたい。本校は勉強との両立をはかってほしいと考えていて、クラブ活動は週4回です。活動時間も17時半までと取り決めがありますから、いわゆる労基法の問題の影響をあまり受けていません」

以上の学校は、教員にあまり負担をかけないような勤務体系を意識的につくっているのかもしれない。

状況は学校によりけりだが、学校の教員の労働時間は法律で守られることが前提だろう。授業も部活も、とすべてを仕事モードで担っていたら体がもたない。

ただその一方で、部活動の顧問を学校教員が務めるべきなのか、外注して学校とは無関係の専門スタッフに依頼すべきか、これは私立中高一貫校の教育の根幹にかかわるものであり、なかなか難しい問題であるといえるだろう。

学校側にとって悩ましいのは、最近、部活を外注化するか否かという点を気にする受験生の保護者が増えていることだ。学校説明会などで「部活動の顧問はどういう立場の人間が担っているのか」と尋ねられる学校は少なくない。ある教員は「その質問からは、教員が自ら部活動に携わってほしいという保護者の願望が透けて見える」と語っていた。

■令和の中高一貫校は「開放的」になっている

冒頭で触れたように、部活の顧問問題は放置すれば、今後、事態は悪化する恐れがある。生徒の学園生活を充実させ、教員の労働環境もよくする妙案はないか。

わたしからひとつ提案したい。アイデアのヒントは、昨今、急速に増えている「他校との協働イベント」の開催だ。前出の三輪田学園は、2020年に制服を改定したときに、ジェンダーレス、多様性の観点から、スラックスを導入した。このことに関心を抱いた本郷(前出)と成蹊(東京都武蔵野市/共学校)の生徒たちが集い、ジェンダーについてのオンライン会議をおこなったそうだ。その場には、上野千鶴子(東京大学名誉教授)も招待し、白熱した議論になったそうだ。

また、同校の合唱部は、開成(東京都荒川区/男子校)と混声合唱をおこなったり、図書委員会は早稲田(東京都新宿区/男子校)とビブリオバトル(京都大学から広まった輪読会・読書会で「書評合戦」をゲーム形式でおこなうもの)を楽しんだりしているという。

他校も負けていない。田園調布学園(東京都世田谷区/女子校)は、逗子開成(神奈川県逗子市/男子校)や品川女子学院(東京都品川区/女子校)と協働して創造力を競い合うコンテストに出場したり、今年の文化祭は生徒会主導のもと、浅野(神奈川県横浜市/男子校)とコラボレーションしたりしたという。

■令和の中高一貫校のキーワードは「他校との協働」

すべての部活にこうしたスタイルが適用できないかもしれないが、このような中高一貫校同士の「協働」をヒントに解決できるのではないだろうか。つまり、1校の教員が複数の学校の「同種の部活動」の顧問になればよい。

たとえば、近隣にある複数の学校の「生物部」の生徒たちが一堂に会して、その場所を提供する学校の教員が顧問として全員を受け持つという方法を講じるとよいのではないか。

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矢野耕平『令和の中学受験2 志望校選びの参考書』(講談社+α新書)

高校野球における「合同チーム」と似ているかもしれない。野球部の部員数が9人に満たない学校同士が手を組み、1つのチームとして予選大会に出場することがある。その手法をいろいろな部活動に取り入れればよい。

在校生たちにとっても、他校の生徒たちと触れ合う時間が定期的に訪れるので、その分、人間関係の輪が広がり、互いに良い刺激がある。令和の中高一貫校の生活の新たなスタイルとして、他校との「つながり」というのがこれからのキーワードになっていくのかもしれない。

なお、令和の私立中高一貫校それぞれの独自の取り組みを拙著『令和の中学受験2 志望校選びの参考書』(講談社+α新書)に盛り込んだ。興味のある方はぜひ手に取ってみてほしい。

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矢野 耕平(やの・こうへい)
中学受験専門塾スタジオキャンパス代表
1973年生まれ。大手進学塾で十数年勤めた後にスタジオキャンパスを設立。東京・自由が丘と三田に校舎を展開。学童保育施設ABI-STAの特別顧問も務める。主な著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『13歳からのことば事典』(メイツ出版)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)、『LINEで子どもがバカになる「日本語」大崩壊』(講談社+α新書)、『旧名門校vs.新名門校』』(SB新書)など。

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(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)

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