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「ヒトもカネも東京集中でいいのか」瀬戸内の再生を目指す若手起業家たちの"熱い地元愛"

プレジデントオンライン / 2022年11月24日 14時15分

ステージで対談中のサイボウズ社長、青野氏(中央) - 写真提供=ブラストセトウチ

低迷する日本経済を打開するには、どうすればいいのか。いま瀬戸内地域をスタートアップ企業の舞台にしようとする動きが高まっている。合言葉は「波のないセトウチに波を立てる」。ジャーナリストの牧野洋氏が、その一端をリポートする――。

■変化から逃げた結果の「失われた30年」

2022年11月6日、愛媛・松山市内の南海放送本町会館。普段は地元テレビ局の関係者が出入りしているロビーが朝方からにわかににぎやかになった。県内外から数百人に上る起業家や実業家らが続々と現れたのだ。ビジネス会議「BLAST SETOUCHI(ブラストセトウチ)2022」の参加者だ。

誰もが瀬戸内と接点を持ち、地元再生に熱い思いを抱いている。サイボウズ社長の青野慶久(51)は登壇者として、イベントの合言葉「波のないセトウチに波を立てる」にぴったりのメッセージを発した。全体を締めくくるセッションに加わり、次のように語ったのである。

「僕が最初に就職したのはバブル崩壊直後の1994年。以来、日本は低迷状態から抜け出せないままです。最初は『失われた10年』だったのにいつの間にか『失われた20年』になり、今では『失われた30年』。チャレンジして失敗したからじゃなくて、何も変わらない状態をずっと続けてきたからです」

■「ゆでガエル状態から飛び出せ」

IT(情報技術)業界でチャレンジし続け、サイボウズを株式時価総額1000億円以上の有力企業に育て上げた青野は愛媛出身。いわゆる「ゆでガエル理論」に言及しつつ、勇気を持って変化を起こすマインドを持つよう訴えた。

「これからは波風を立てるべきです。ゆでガエル状態から飛び出し、チャレンジするんです。失敗するかもしれないですけれども、それで良しとしなければいけません」

別のセッションでは有力バイオベンチャーであるユーグレナの最高経営責任者(CEO)、永田暁彦(39)が会場内を盛り上げた。同社は東京に本社を置く上場企業でありながらも、瀬戸内と大きなつながりがあるというのだ。

ユーグレナの永田CEO
写真提供=ブラストセトウチ
ユーグレナの永田CEO - 写真提供=ブラストセトウチ

「一番押さえておかなければならないのは、僕と共同創業者3人がそろって瀬戸内出身ということです。つまり、ユーグレナを率いているのは瀬戸内メンバーなんです」

会場から大きな拍手が巻き起こった。

■仕掛け人は東京と愛媛との2拠点生活

ブラストセトウチの仕掛け人は誰か。一人挙げるとすれば、実行委員長の坂本大典(35)だろう。昨年まで新興メディア「ニューズピックス(NewsPicks)」を社長として率い、現在は親会社ユーザベースの執行役員を務める若手経営者である。

ユーザベース執行役員の坂本大典氏。ブラストセトウチ実行委員長を務めた
写真提供=ブラストセトウチ
ユーザベース執行役員の坂本大典氏。ブラストセトウチ実行委員長を務めた - 写真提供=ブラストセトウチ

今年4月から生まれ故郷の愛媛に戻り、東京との2拠点生活を始めたばかり。プライベートな時間を使い、自分の経験や人脈を生かして地元を盛り上げたいと思ったのだ。第一弾としてブラストセトウチの実行委員長を引き受け、第1回の開催にこぎ着けた。

そもそも東京に物理的に縛られていなかった。ユーザベースが導入するフルフレックス制に従い、かねて自由な働き方を謳歌してきた。新型コロナウイルスの感染拡大でリモートワークが社会全体に浸透したため、なおさらだった。

そんな状況下で、出身地域の再生に全力を傾ける実業家の姿を見て大いに刺激を受けた。「自分は愛媛出身なのに愛媛のために何もやってこなかった。幸いにもリモートワークできるのだから、愛媛に戻ろうと思ったんです」と振り返る。

地域創生のロールモデルは2人いる。一人はグロービス大学院の創設者である堀義人であり、もう一人は眼鏡大手ジンズホールディングスの創業者である田中仁。前者は茨城・水戸、後者は群馬・前橋の再生に向けてさまざまなプロジェクトを展開中だ。

■「東京だと同質的な価値観に染まってしまう」

きっかけは、2021年に開催されたオンラインイベントだった。そこで坂本は愛媛出身の弁護士――現在は政治家――である塩崎彰久(46)と対談し、「愛媛で何か面白いイベントやりたいよね」で意気投合したのである。

偶然にも、2人はちょうど愛媛とのつながりを戻すタイミングだった。坂本は東京と愛媛の2拠点生活に入ろうとしていた一方で、塩崎は愛媛から衆議院選挙に出馬して政治家へ転身ようとしていた。

ちなみに、塩崎は米スタンフォード大学や米ペンシルベニア大学ウォートン校への留学経験もある国際派弁護士として活躍してきた。2021年10月の衆議院選挙で初当選し、政治家としてのキャリアを踏み出している。父親は官房長官などを歴任した塩崎恭久だ。

カンファレンスの合間に会場のロビーに現れ、インタビューに応じた坂本。IT業界出身らしく、ブレザーにジーンズというカジュアルないでたちだ。

「東京だとIT関係者ばかりに囲まれて、同質的な価値観に染まってしまう。愛媛に戻ると、まったくバックグラウンドが異なる人たちに会えるから面白い。東京と愛媛ではビジネスの生態系がまったく違いますからね」

第2回は岡山で開催する予定だという。

「イベントは回を重ねていくうちにだれていくリスクがあります。毎回フレッシュな気持ちでやるためには瀬戸内内の各地域で持ち回り制にするといいんです。基本コンセプトは同じでも、開催地ごとに形が変わってもぜんぜん構いません」

■参加者200人超の6割以上が経営者

第1回の準備が本格スタートしたのは今年6月。準備期間はわずか数カ月に限られたわけだ。人数を集められなかったり大物を呼べなかったりするなど、拙速になってもおかしくなかった。

ふたを開けてみると、スタッフも含めて総勢230人以上が参加し、南海放送本町会館の会場を埋め尽くした。このうち6割以上が経営者、5割以上が県外出身者で占められた。参加費は食費も含めて1人当たり1万5000円だ。

日本酒ベンチャーであるナオライ創業者の三宅紘一郎氏も登壇。休憩時間中にはロビーで主力商品「浄酎」の試飲会を行っていた
写真提供=ブラストセトウチ
日本酒ベンチャーであるナオライ創業者の三宅紘一郎氏も登壇。休憩時間中にはロビーで主力商品「浄酎」の試飲会を行っていた - 写真提供=ブラストセトウチ

突貫工事となって大変だったのでは? 坂本は「ニューズピックスをやってきたので、カンファレンスには慣れています。先週も東京・丸の内で4000人以上のイベントで総責任者をやったばかり。勘所は分かっていました」と言う。

東京・丸の内のイベントとは、10月下旬にニューズピックスが主催した大型ビジネスフェスティバル「CHANGE to HOPE 2022」のことだ。

■口説き文句は「瀬戸内出身ですよね?」

ブラストセトウチには大物も現れた。経済産業大臣の西村康稔だ。オープニングスピーチで登壇し、30分間にわたってスタートアップによる地域活性化を唱えた。「日本が危機を乗り越えるためにはイノベーションを起こすしかない。イノベーションの主役はスタートアップです」

オープニングスピーチを行う西村経産相
写真提供=ブラストセトウチ
オープニングスピーチを行う西村経産相 - 写真提供=ブラストセトウチ

会場内では当初「イノベーションに絡んでいるから西村大臣が来たのかな?」といった声も聞かれた。実際には違った。生まれ故郷が兵庫県明石市で、選挙区も明石市と淡路島であることから、経産大臣は瀬戸内としっかりつながっているのだ。

スピーチの中で本人は「塩崎彰久さんから出てくれと言われて、すべての予定を投げ捨ててやって来ました」と冗談を飛ばしている。

塩崎も実行委員会メンバーの一人だ。どうやって西村を口説いたのか? 「最初に『瀬戸内出身ですよね?』と強調したんです。そしたら、ものすごく忙しいはずなのに二つ返事でOKしてもらえました」

■「地元を盛り上げる」熱い思いが原動力に

瀬戸内全体を盛り上げようというムーブメントが広がっている、との見方で参加者の多くは一致していた。その中の一人が愛媛出身の税理士、稲見益輔(39)だ。

司会進行中の稲見氏
写真提供=ブラストセトウチ
司会進行中の稲見氏 - 写真提供=ブラストセトウチ

過去数カ月にわたって裏方として奔走し、ステージ上で司会進行役も務めた。カンファレンス終了後に開かれたアフターパーティーでは、満面の笑みで話に花を咲かせていた。スピード開催のカンファレンスを無事終了させて、ホッとしていたのだろう。

私は稲見に近寄り、「数カ月の準備期間でよくここまでできましたね。秘策はあったんですか?」と聞いてみた。すると次の答えが返ってきた。

「みんな熱い思いを持っていますから……私は背水の陣を敷いて準備に臨みました。何も決まっていない4月の段階でロゴとウェブサイトを先行発注し、失敗が許されない状況に自分自身を追い込んだんです」

何が何でもブラストセトウチを成功させて地元を盛り上げるんだ――こんな気持ちが原動力になったのだろう。

■瀬戸内と東京の橋渡し役になる可能性

地域のビジネスコミュティーと言えば、商工会議所などの経済団体を思い浮かべる人が多いのではないか。特徴は大きく二つある。一つは高齢の経営者が中心であるということ、もう一つは都道府県などの行政単位がベースになっているということ。

その意味で、ブラストセトウチは際立っている。坂本や稲見をはじめ活気にあふれた若手が中心であるし、瀬戸内全体を緩やかにつなぐ広域ビジネスコミュニティーであるからだ。

もちろん課題は多い。例えば、日本全体の問題でもあるのだが、ヒトとカネは依然として東京に集中している。地方ではスタートアップに詳しい弁護士や会計士ら専門家がなかなか見つからず、仕方なく東京へ本社を移すスタートアップもある。

しかし、リモートワークで働き方が変わるなど、以前とは状況は変わりつつある。ブラストセトウチは東京にネットワークを持つ起業家や実業家を多数引き寄せているだけに、瀬戸内と東京を結ぶ橋渡し役になるポテンシャルを秘めている。(文中敬称略)

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牧野 洋(まきの・よう)
ジャーナリスト兼翻訳家
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。

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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)

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