「会社に迷惑をかける人を解雇しやすく」イーロン・マスク流をやりたくてたまらない日本人経営者の冷酷な本音
プレジデントオンライン / 2022年11月21日 13時15分
■イーロン・マスク流の電光石火の解雇劇が実現する日
ツイッターやメタ(旧フェイスブック)などアメリカのIT大手の大量解雇が日本でも大きな話題になっている。
ツイッターは社員の半数の約3500人を削減。メタは1万1000人超の解雇を発表した11月9日に全社員にメールで詳細を通知。解雇対象となる社員は同日中に電子メールを含む社内の情報システムへのアクセスを遮断された。日本では考えられないアメリカ流の電光石火の解雇劇である。
いらない社員を簡単にクビにできるなんてうらやましいと思う経営者も多いかもしれない。また、アメリカのように日本も原則解雇自由にすれば人材の流動化が進み、社会や経済にとっても有益だという意見も少なくない。
たとえば麻酔科医の筒井冨美氏はプレジデントオンラインの連載で、大学病院の窓際の医師を解雇できるようにして医師の人材流動化を促せば地方の医療崩壊も防げるとしてこう書いている(2022年11月10日公開)。
「解雇規制緩和によってTwitter社のような大胆なリストラを可能にし、窓際の余剰医師を労働市場に戻すべきである。全世代にとってフェアな競争環境の整備こそが、大学病院の健全化や地方への医師供給を可能にするのではないだろうか」
年功序列と老人支配によって大学病院に偏在する窓際医師を解雇すれば、次の働き先を求め、確かに地方医療の人材不足が解消するかもしれない。
■「会社に迷惑をかけている人を解雇しやすくするべき」
もともと解雇規制の緩和による人材の流動化を唱えていたのは経済界である。
「人材流動化によって生産性の高い分野へ人の移動を促せば、日本経済が活性化する」という論理だ。2021年に「45歳定年」発言で物議を醸した新浪剛史サントリーホールディングス社長もそのひとりだ。政府の経済財政諮問会議の民間議員である新浪氏はこう述べている。
「このコロナ禍で成長産業と厳しい産業が明確になる中で、成長する産業に経済を牽引してもらうためにも、新陳代謝を進めて成長産業に人材が移ってもらう必要がある。そして成長産業には、賃上げの余力がある。このように、成長産業への失業なき円滑な労働移動を進めれば、賃金上昇もセットで実現できる。その実現のためにも、政府と民間が一緒になってリカレント教育や職業訓練等の実施、人材のマッチングの充実を行い、成長分野での雇用拡大、人材移動促進の具体化について早急に取り組むべき」(「令和3年第2回経済財政諮問会議議事要旨」2021年2月24日)
この考え方は現在の岸田文雄首相が掲げるリスキリング(※)による「人材移動の円滑化」策とも通底する。
※技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学ぶこと。例えば、不足しているDX人材養成のため、ソフトウエア・アプリ開発やデータサイエンスなどのIT関連/AI学習/情報セキュリティーなどの再教育をする。
そして新浪氏は人材流動化を促す政策として、過去に「解雇規制の緩和」にも言及している。
従業員を解雇するには労働契約法16条の「解雇権濫用法理」によって4つの要件(①人員整理の必要性、②解雇回避努力義務の履行、③被解雇者選定の合理性、④解雇手続きの妥当性)を満たす必要がある。
新浪氏はこれについて「解雇法理について、四要件全てを満たすことは、世界経済に伍していくという観点からは大変厳しい。緩和をしていくべきではないかと思います」と発言している(「第4回産業競争力会議議事録」2013年3月15日)。
その上でこう提案している。
「とくに被解雇者選考基準が大事です。例えば、勤務態度が著しく悪く、または結果を著しく出せていない社員は他の社員に迷惑をかけていることを十分に認識しなくてはいけないと思います。一方で、企業として教育や研修の機会を付与したのかも考慮する。それらを解雇選定基準に入れ、柔軟に解釈すべきです。解釈においては解雇法理そのものよりも、組織全体で迷惑をかけている人に対して解雇が会社として検討しやすくなる柔軟な要件を入れるなど、是非今後検討していただきたいです」(前出・議事禄)
思わず本音が飛び出しているように思えるが、同じように考えている経営者も多そうだ。
■再就職先を簡単に見つけられないのに解雇規制の緩和?
問題は、組織全体に迷惑をかけている人が解雇されたとして、その人が再就職先を簡単に見つけられるかどうかだ。現状、それは簡単にできるとは到底言えない。それにもかかわらず、流動化を促すには解雇規制の緩和が必要だと言っているわけである。
よく考えてみれば、人材を流動化するために、解雇を可能にすることは少し飛躍しているように思う。なぜなら解雇されて職を失えば生活が破綻する人が発生する可能性もあるからだ。
もちろん冒頭に紹介したツイッターやメタの社員のように高額の報酬を受け取っているITエンジニアは会社を辞めても再就職先にも困らないだろう。
医師も前出・筒井氏が「突然解雇されてもインターネットで『予防接種日給8万円』のようなアルバイトも探すことが可能であり、路頭に迷うことはそうそうない」と、述べているように、需要が高いITエンジニアや医師などは次の働き口が決まるという“流動化”が可能だろう。
もちろん新浪氏のような「プロ経営者」も引く手あまただろうし、彼の言う「失業なき労働移動」も可能になる。
しかし、世の中にはそういう人ばかりではない。
コロナ禍で「希望退職者募集」という名のリストラが吹き荒れ、2020年と21年で上場企業の2万人の社員が職場を去った。
その多くは中高年社員だが、コロナ禍で再就職先を見つけるのは困難を極める。「失業期間1年以上」の長期失業者は2020年に53万人だったが、21年は67万人に増えている(総務省統計局「労働力調査(詳細集計)」)。決して「失業なき労働移動」や流動化が実現できているわけではない。
仮にアメリカのように「解雇自由」にしたら、今以上に長期失業者が増えるのは間違いないだろう。
■失業なき円滑な労働移動で賃金が上がる保障はない
解雇されたら転職先がすぐに見つかるのが理想だが、日本の転職市場は他の国に比べて脆弱(ぜいじゃく)だ。
過去1年間に雇用されていた人のうち、過去11カ月以内に現在(転職先)の雇用者の下で働き始めた人の割合を示す「労働移動の円滑度」の国際比較では、イギリスやアメリカは10%であるが、日本は半分の5%にすぎない〔「内閣官房新しい資本主義実現本部事務局資料(2022年11月)」〕。
労働移動の少ない日本でアメリカのように解雇自由にすれば、需給ギャップが生じ、失業者が溢れる事態も想定されるだろう。解雇自由にする前に「失業なき労働移動」を可能になるセーフティーネットの構築が不可欠だろう。
そもそも人材の流動化が進めば、新浪氏が「成長産業への失業なき円滑な労働移動を進めれば、賃金上昇もセットで実現できる」と述べるように賃金が上がる保障があるわけではない。
もちろんその前提としてスキル教育が重要だと指摘しているが。
ただし、人材流動化大国のアメリカで、上位10%の高所得層の所得シェアは1979年以降増加し、それ以外の層の所得シェアが減少しているという格差大国でもある〔独立系シンクタンク経済政策研究所(EPI:The Economic Policy Institute)〕。
岸田文雄首相は、数年間で1兆円のリスキリングのための予算措置を行い「人材移動の円滑化」を図ると宣言している。その一環として解雇規制の緩和に手をつけようとすると、思わぬ副作用が発生する可能性も高いだろう。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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