同じ作品なのになぜ…セーラームーンが「原作マンガ」と「テレビアニメ」で絵柄がまったく違う理由
プレジデントオンライン / 2022年11月21日 18時15分
※本稿は、大塚隆史、堀田孝之、フナヤマヤスアキ『アニメができるまで』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■製作かかわるメイン3本柱は監督が選ぶ
Q キャラクターデザインって何ですか?
【ユーリ】監督! 今日もよろしくお願いします!
【監督】よろしく。前回は製作委員会が組織されて、制作プロデューサーから監督を任命されたら、監督は作品のビジョンを示すことが大切だと話しました。
そして、そのビジョンを実現してくれるメインスタッフを決めていくことになります。3つのメインスタッフは覚えているかな?
【ユーリ】えっと。誰だっけ(笑)
【シンジ】「キャラクターデザイナー」「美術監督」「脚本家」です。
【監督】そのとおり。その3本柱を、誰にお願いするか決めることになります。企画によっては、すでにメインスタッフが決まっているケースもあるけど、僕はそういう仕事はできるだけ避けたい。この3本柱はアニメの出来を左右する大きな要因だから、信頼ができて、ビジョンにも合ったとびきり優秀な人にオファーしたいからです。今日はその中でも、特に重要な「キャラクターデザイン」について話しましょう。
■実写でなら俳優が1人でこなす仕事を分業している
【ユーリ】キャラクターデザインってそんなに重要なんだ。てか、キャラクターデザインって何だっけ(笑)。
【監督】アニメを観るときに、なんかこの絵は好き、とか、嫌いとかってない?
【ユーリ】あ、あるかも。キャラの絵を見て、この絵、なんか好きじゃないってのある。
【監督】だよね。どんなにすばらしい物語だったり、音楽がかっこよかったりしても、キャラがその物語に合っていないデザインだと作品が魅力的でなくなってしまう。
【ユーリ】なるほど! つまりキャラクターデザインって、登場するキャラの絵柄のことだ!
【監督】うん。実写に置き換えてみると、わかりやすいです。キャラクターデザインは、実写でいうところの「俳優のキャスティング」のようなものです。実写で、どんな姿をした俳優が出ているのかって、作品の出来を決めるめちゃくちゃ重要なことだから。
【ユーリ】アニメの俳優って、声優さんじゃないの?
【監督】実写における俳優と、アニメにおける声優はイコールではありません。実写だと、「外見」と「芝居」と「声」という要素を、一人の俳優がまとめて担当しています。アニメの場合は、キャラクターデザイナーが「外見」を担当し、アニメーターが「芝居」をして、声優が「声」を出すという分業によって、一人のキャラを作っていると考えればいいんだ。
【ユーリ】なる? !! そう言われてみるとそうだ。
【シンジ】アニメーターが芝居、っていうのがよく理解できません。アニメーターは「絵を描く仕事」じゃないんですか?
【監督】良い視点だね。その点については、あとでじっくり話しましょう。
■原作マンガはキャラクターの「原案」でしかない
Q 原作マンガがあればキャラデザいらなくない?
【シンジ】でも監督、マンガをアニメにするときは、すでにキャラはできているんじゃないですか?
【ユーリ】確かに。『残光のキビカ』をアニメにするなら、マンガのキャラをそのままトレースすればいいよね!
【監督】フッ、これだから素人は。
【ユーリ】し、素人だから勉強しているのだ!
【シンジ】これについては同意!
【監督】ごめんごめん。確かに『残光のキビカ』のようにマンガ原作がある場合は、すでにキャラクターのイメージはできあがっています。魅力的な絵だよね。でもこれは、アニメ制作においては「キャラクター原案」であって、そのままアニメのキャラクターとして使うことができないんだ。
【ユーリ】どうして !? 私、マンガの絵が好きだから、変更されるのイヤ!
【監督】キャラクターデザインというのはつまり「キャラクターの設計図」のことなんだ。なぜそんなものが必要なのかというと、多くのアニメーターが分業して描くので、しっかりとキャラクターを設計図のように決め込む必要がある。頭身のバランスや表情や顔のバランスはもちろん、衣装や付属しているアイテムなどもそうだけど、「このとおり描いてください」というお手本がないと、どうなると思う? 各アニメーターがマンガを見て独自に解釈して描いた場合、びっくりするくらいバラバラの絵が上がってきてしまう。
【シンジ】そっか。そういえば前に学校で『残光のキビカ』のキャラを友だちと落書きしたんですが、同じキャラを描いているのに全然違う絵になっていました。
【ユーリ】それ、よくある!
【監督】そうならないように用意するのが「キャラクターデザイン」です。画力の問題もあるけど、クセも強く出てしまうので、やはり「このとおり描いてください」というお手本が必要なんです。
【ユーリ】なるほどー。
![高橋優也作『残光のキビカ』。テレビアニメ用に作られたキャラクターデザイン(左)と原作マンガ(右)。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/9/1200wm/img_396233d723536b71c56556480fbdceec581681.jpg)
■セーラームーンの絵柄はなぜ原作と違うのか
【監督】また、アニメは「動く」から、動かしやすいデザインにする必要もあります。
【ユーリ】は? 意味不明。
【シンジ】マンガの絵とは違うということですか?
【監督】そうです。マンガの絵というのは、まず作画の線が多い。線が多いと、アニメーターたちが一枚一枚絵を描いて、キャラに芝居させるとき、すごい手間になる。だから、マンガ原作の魅力を損なわないように、魅力がより際立つように、アニメでも使える線にデザインし直すのがキャラクターデザイナーには求められる。たとえば2人は、『美少女戦士セーラームーン』を観たことあるかな?
【ユーリ】お母さんが好きで、ちっこい頃、シンジとよく一緒に観てた。
【シンジ】そんな時代もあったね。
【監督】セーラームーンの原作マンガとアニメは、絵がかなり異なっているんだ。マンガだと、まるで絵画のように緻密に描かれているのだけど、その絵をそのままアニメに使うのは不可能。
【シンジ】なるほど。
【監督】だからアニメでは、キャラクターの魅力はどこにあるのかポイントを絞り、線をできるだけ減らしている。その結果として、セーラームーンはアニメとマンガで、かなり印象の異なるキャラになっているんだ。これが原作マンガ。
【ユーリ】ほんとだ! ぜんぜん違う! (ネットで検索してみてね!)
■監督が選ぶキャラクターデザインに成功している5作品
【監督】もちろんマンガは「動かすこと」を目的とはしていないので、マンガという表現でベストな作画をしている。対してアニメは「動かすこと」を前提にデザインしないといけないのです。
【シンジ】その結果、絵柄がかなり変わっているものもありますよね。
【監督】作品の内容に沿って、若干デザインを変えることはあります。ここは、マンガの熱狂的なファンがいると難しいところです。今やっている『残光のキビカ』でも試行錯誤を重ねています。
【シンジ】キャラクターデザインで成功していると思う作品はありますか?
【監督】個人的には、『鬼滅の刃』『犬夜叉』『進撃の巨人』『ハイキュー !!』『僕のヒーローアカデミア』などかな。好みの分かれるマンガ家のクセみたいなものが、いい感じに抜けて見やすくブラッシュアップされていると感じるデザインの作品です。ちなみにこれが、『残光のキビカ』のキャラクターデザイン、通称「キャラ表」です。
![漫画=大塚隆史、堀田孝之『アニメができるまで』より](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/9/1200wm/img_c9acc45047d6d1f7705d31e07bdcfe33664985.jpg)
【ユーリ】うおー !! かっこいー !!
【シンジ】アニメのキャラクターデザインって、線がビシッと決まっていて、絵柄がシンプルなんですね。これをお手本にすれば、僕もマネをして描けるかもしれません。
【監督】ほかに何か気づいたことはありませんか?
【ユーリ】えっと、キャラの正面だけじゃなくて、後ろから見た絵も描かれている?
【監督】そのとおり! マンガだとキャラクターの後ろ姿がどんな感じなのか、ハッキリ描かれていないこともあります。だから、それを想像で補うのもキャラデザ(略)の役割です。空を飛べるキャラならどんな姿勢で飛ぶのか、そのキャラを象徴するアクションもデザイン化しておく場合もありますね。
■プリキュアには原作がない
Q オリジナルキャラはどうやって生まれるの?
【シンジ】原作マンガがない場合のキャラクターデザインはどうするんですか?
【監督】キャラクター原案がないわけだから、ゼロから作らなければなりません。僕がやった仕事だとプリキュアがそうだったね。
【ユーリ】プリキュアって原作マンガがないんだ。
【監督】うん。だからプリキュアの場合は、監督とプロデューサーが、どんな物語で、キャラは何頭身くらいで、髪型はこう、年齢は何歳、服装はこう……という具合にイメージを共有してから、キャラクターデザイナーに発注しています。
【シンジ】イメージを文章で伝えて、ゼロから考えてもらうんですね。
【監督】文章や口頭で伝えるケースもありますが、ある程度絵が描ける監督なら、ざっくりした「イメージラフ」を自分で描いて発注する場合もあります。僕は自分にないイメージがほしいから、あえて絵は描かずに、口頭でキャラのイメージを伝える場合が多いかな。
■マンガ家とアニメーターの絵の違いは“線の数”にある
【シンジ】どんな人がキャラクターデザイナーに選ばれるんですか。
【監督】作品のビジョンに合った魅力的な絵を描ける人だね。格闘モノのかっこいいアニメなら、そういう絵が得意な人。3等身くらいのギャグアニメが得意な人もいれば、かわいい少女アニメが得意な人もいる。そのアニメのビジョンに合っている人を僕は選ぶね。だって、ゴリゴリの劇画調の作画が得意な人に、「プリキュアのキャラクターデザインをお願いします」と頼んだら、うまくいかないでしょ?
【ユーリ】『北斗の拳』みたいなプリキュア見たくなーい!
【シンジ】やっぱり得意な絵柄を持っている人がいいんですね。キャラデザをやる人は、みんなアニメーターさんですか?
【監督】たいていはそうです。アニメを知らないと線の数が多すぎて、アニメには使えない場合が多いから。とはいえ、マンガ家さんやイラストレーターさんが務めることもあります。その場合は、「キャラクター原案」になるけどね。魅力的なキャラを描けるなら、経験の浅いアニメーターが抜擢されることもなくはない。
■色を塗る専門の仕事がある
【ユーリ】やったじゃんシンジ! キャラクターデザイナーを目指しなよ。
【シンジ】何が「やったじゃん」だよ。アニメの絵がどんなものか何もわかってないのに。
【ユーリ】「生き様で後悔はしたくない」って言ってたじゃん!
![大塚隆史、堀田孝之著『アニメができるまで』(飛鳥新社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/0/1200wm/img_a0f516c9dac4b9f4bb941ace281e7ff2428857.jpg)
【シンジ】そんなカッコいいこと言うかよ! 『呪術廻戦』じゃねーかよ。監督、「キャラクター原案」ができたら、それをアニメ用にデザインし直して、キャラクターデザインにしていくわけですか?
【監督】そう。お察しのとおり。このような流れでキャラクターデザインが定まったら、次にキャラの色も決めます。キャラの色は「色彩設計」という職種の人が、髪の色はこの色、服の色はこの色、と指定していきます。もちろん、最終的にそれで良いかジャッジするのは監督になります。
【ユーリ】色ぬりする人はまた別なんだ。
【監督】そうです。基本的に「アニメーター」と呼ばれる職種の人は、色はぬりません。色をぬる専門の職種があるんです。さてこれで、俳優の「外見」が決まったことになります。
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アニメ監督
1981年生まれ、大阪府出身。専門学校卒業後、アニメ制作会社で動画を経験、その後東映アニメーションで演出助手に。『ふたりはプリキュアMax Heart』で演出家デビュー。『映画 プリキュアオール スターズDX1~3』『スマイルプリキュア!』を監督として手掛けた後フリーランスとなり、2019年に『劇場版 ONE PIECE STAMPEDE』、2021年にテレビアニメシリーズ『三代目 JSB キッズアニメ KICK&SLIDE』を脚本・監督。2022年には映画『ハケンアニメ』内の劇中アニメ『運命戦線リデルライト』の監督を務めた。
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ライター、編集者
1984年生まれ、山梨県出身。横浜国立大学中退、日本映画学校卒業後、いくつかの出版社を経て独立。著書に『気がつけば警備員になっていた。』(笠倉出版社)、共著書に『「鬼滅の刃」に学ぶ絶望から立ち上がるための27の言葉』(笠倉出版社)、『交通誘導員ヨレヨレ漫画日記』(三五館シンンャ/フォレスト出版)がある。本書では、アニメ初心者代表として構成を担当。好きなアニメは『天気の子』『ウマ娘 プリティーダービー』。
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1987年生まれ、山形県出身。モノ・トレンド情報サイト『GetNavi web』にて漫画「エレクトロジー」を連載中。SF・ホラー・オカルト・妖怪など目に見えない世界に興味がある。ネコ好き。好きなアニメは『となりのトトロ』『ゲゲゲの鬼太郎』。
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(アニメ監督 大塚 隆史、ライター、編集者 堀田 孝之、漫画家、イラストレーター フナヤマ ヤスアキ)
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