「すべての人を自分だと思いなさい」怒りの感情を受け流せるようになる"空海の言葉"
プレジデントオンライン / 2022年12月5日 11時15分
※本稿は、名取芳彦監修『ぶれない心をつくる ポケット空海 道を照らす言葉』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■自分も他人も同じと見れば怒りは湧いてこなくなる
故に敢(あえ)て前人(ぜんにん)を嗔恚(しんい)せず
――『三昧耶戒序』
人間にとって、もっともやっかいな煩悩(ぼんのう)のひとつが怒り(嗔恚)です。
なぜなら、怒りという感情は、自分の外側に向かっていく傾向があり、時には、他者への暴力的な言葉や行動につながることがあるからです。
それだけではありません。一度燃え上がった怒りが収まらず、自分自身の心を焼き尽くすことさえあります。いずれにしろ、怒りは負の連鎖を生む「害悪製造機」といっていいでしょう。
怒りへの対処法について、空海はこう述べています。
世の中のすべての人を自分だと思って見なさい。そうすれば、相手に怒りをぶつけることはない、と。
日常生活の中で礼儀知らずな人に出会ったり、攻撃されたりすると、つい怒りが湧いてしまうものですが、そんな時は、この言葉を思い出しましょう。すると、「こんなことでイラッとする自分も、相手と似たようなものだ」「自分が相手の立場なら当然かもしれない」と思えてくるでしょう。
■怒りをつくり出しているのは、自分の心
「そうは思えない、自分を怒らせる人が悪い」「誰だってあんなひどいことをされれば怒るはずだ」と憤る人もいるでしょうが、果たしてそうでしょうか。
クレーマーになる人とそうでない人がいるように、同じ行動をとられた時に激怒する人がいる一方で、平然と受け流せる人もいるものです。
つまり、怒りとは自分自身の心がつくり出しているものなのです。
怒りの根本をひもといてみると、そこには「思い通りにならない苦しみ」があります。結局、自分の都合通りにならないから、人は怒りに振り回されるのです。
自分自身の心を省みて、その「都合」が正当なものかを考え、感情をコントロールする方法を学ぶのが仏教の教えです。そして、感情をコントロールするためには、まず、相手を自分だと思って見ることが有効なのです。
そうやって見てみると、相手の「都合」が理解できます。また、相手から見た自分の「都合」もわかります。その時はもう、相手に怒りをぶつける気にはなれないでしょう。
■イライラを上手に抑えていくことが大切
人間の煩悩には大きく分けて、「貪(とん)・嗔(じん)・痴(ち)」の三つがあると、仏教では考えます。貪欲(貪り)、嗔恚(怒り・憎しみ)、愚痴(迷い・愚かさ)の「三毒」です。この三毒から脱するために、さまざまなアプローチや修行がありますが、どんなに修行を積んでも、生きている限り三毒は生まれ続けます。三毒を否定するのではなく、上手に抑えていくことが大切です。
■損得を超えて接すれば心満たされる関係が生まれる
――『吽字義』
たとえば、部下や子どもに対して高飛車な物言いをしたり、お店の人に横柄な接し方をしたり……。自分が相手よりも優位な立場にある時、私たちはつい傲慢(ごうまん)な態度をとってしまうことがあるものです。しかし、そのような姿勢は、自分自身に返ってきます。人間関係は鏡のようなものなので、自分が相手を見下せば、必ずいつか自分も見下され、敬遠されるのです。
空海は、次のように諫(いさ)めます。自分が相手より高い立場にあったとしても、奢(おご)ってはいけない。たとえ損をしたような気持ちになっても、思いやりを持って接すれば、自分自身は満ち足りるのだ。
この教えは不動(ふどう)明王の境地を指していると空海は説きます。不動明王というと、憤怒の表情をした恐い仏様というイメージがあるかもしれません。しかし真言宗では、大日(だいにち)如来の化身として、慈悲深く人々を導く存在なのです。
どんな人にも謙虚さと優しさを持って接すれば、何より自分の心が満たされ、穏やかな気持ちになれます。すると不思議なことに、不満や苛立(いらだ)ちが減っていくのです。もちろん、人間関係も円滑になります。ぜひ試してみてください。
![母は居間で息子を叱る](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/a/1200wm/img_aa79470139374ba0bd390af9dd8cea18838604.jpg)
■自分をさらけ出せば自分本来の力が現れる
発陳(ほつちん)すれば仏の真容(しんよう)を見る
――『金勝王経秘密伽陀』
あなたは、自分をさらけ出して生きていますか? そう聞かれて、「はい」と答えられる人は少ないかもしれません。しかし、空海はいいます。
自分を覆い隠していると長く地獄に苦しむ。しかし、心をさらけ出せば、真の仏の姿に出会える。だから、自分をいつわらず、ありのままの自分を出していくのだ、と。
ただしこれは、我を押し通すことではありません。
ここでいう「ありのままの自分」とは、私たちの中にある仏様と同じ性質、仏性(ぶつしよう)のことです。私たちは、仏性を持っているにもかかわらず、欲や怒りや迷いなどの煩悩(ぼんのう)でそれを覆ったままでいます。
しかし、いつまでも仏性を覆っていると、「苦」という“地獄”の中で生きなければならないと空海はいっているのです。
■誰もが、問題を解決する力を持っている
![名取芳彦監修『ぶれない心をつくる ポケット空海 道を照らす言葉』(河出書房新社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/c/1200wm/img_ec29cd1142077b3f7edaad23ae90da26137067.jpg)
では、煩悩を取り除くにはどうすればいいでしょうか。答えは、明快です。苦しみを生む今の考え方をやめる。それだけでいいのです。
もちろん、それは一朝一夕にできることではありません。しかし、決して不可能なことではないはずです。仏性があるとは、誰もが自分の中に、問題を解決する力を持っているということだからです。
先ほど、怒りの原因は「都合通りにならないこと」だとお話ししましたが、これは、人間が抱く苦しみ全般に通じます。その原因を自力で解決していけば、“地獄”を脱出できます。それには、ふたつの方法があります。
■「ありのままの自分」には力がある
ひとつは、自分の力の及ぶ範囲で、「都合通り」になるように努力して願いを叶えることです。やりたいことがあるなら、時間をとってやってみる。希望の職業があるなら、その仕事に就く方法を調べてみるなど、できることをやっていきましょう。
自分の能力だけでは難しい場合は、もうひとつの「都合を少なくする」という方法を使います。天気や気候は希望通りにならないので、仕方ないとあきらめて快適に過ごす方法を考える。また、物価が上がったのであれば、安い予算で工夫する。このように対処すれば、自分なりに解決していけます。
大丈夫。“ありのままの自分”には、それだけの力がありますから。
■焦らず取り組めば必ず変化を実感できる
長年続けてきた考え方を変えるには、ある程度の時間がかかります。時には、思った通りに行かない時もあるでしょう。そんな時に、自己否定や後悔を繰り返すのは、得策ではありません。「迷いの再生産」につながるからです。つまずいたら、改善しながら取り組めばいいのです。その過程を繰り返すうちに、必ず変化を実感できる時が来ます。焦らず進みましょう。
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元結不動密蔵院住職
1958年、東京都江戸川区小岩生まれ。真言宗豊山派布教研究所研究員。豊山流大師講(ご詠歌)詠匠。大正大学を卒業後、英語教師を経て、25歳で明治以来住職不在だった密蔵院に入る。仏教を日常の中でどう活かすのかを模索し続け、写仏の会、読経の会、法話の会など、さまざまな活動をしている。著書に『気にしない練習』(知的生きかた文庫)、『いちいち不機嫌にならない生き方』(青春新書プレイブックス)などがある。
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(元結不動密蔵院住職 名取 芳彦)
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