給料は高いのに使えない…そう陰口を叩かれる「50代のオジサンたち」に伝えたいたった1つのこと
プレジデントオンライン / 2022年12月2日 9時15分
※本稿は、江上剛『50代の壁』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。
■49歳でメガバンクを退職するという無謀な決断
私がPHP新書『会社人生、五十路の壁』を上梓したのは平成30年(2018年)である。思いがけないほど多くの人に読んでいただくことができた。今回は、それを装いも新たに文庫として読者の皆さんにお届けできることになった。非常に光栄なことであり、幸甚の至りである。
実は、私は『50代の壁』を書いていながらも「五十路」を目前にした49歳で勤務していた銀行を退職し、作家として新しい人生に踏み出した。
タイトルに「会社人生」と謳いながら50代では会社人生を歩んでいない。「看板に偽りあり」との誹りを受けても甘受しないといけないと考える次第である。
言い訳を許していただけるなら、私自身としては50歳になってしまえば新しい人生を歩む決断が鈍ってしまい、辞めるに辞められない事態や立場になってしまうことを懸念したのである。まさに「エイヤ!」の無謀な退職決断だった。
ところで作家と言えば聞こえはいいが、私は芥川賞や直木賞という権威ある文学賞は勿論のこと、それほど有名ではない文学賞も一切獲得していない。世間や出版社などが作家と認めてくれるから作家としてやっていくことができているのである。
だから当初は肩書を「元銀行員」としましょうかとテレビ関係者から言われたことがある。そんな時は意地でも「作家でお願いします」と答えた。作家として生きていく決意の表れと言ったら格好良すぎるだろうか。
■後ろ盾を失っても「意地」は貫いた
とにかく銀行という大きな組織の後ろ盾を自分の決断(家族から見れば身勝手)で打ち捨ててしまい、1人で生きていかねばならないのだ。家族の生活を支える責任もある。
私は、依頼される仕事は何でも受けた。テレビ、講演会、書評、コラムそして小説の連載などなど。非常に多忙を極めた。断ったら、仕事が無くなるとの恐怖に怯えていたのは事実である。
ただし、そんな状況でも私の意地(相手から言えば無理筋)を通し続けた。
私のデビュー作は『非情銀行』(講談社文庫)であり、銀行の内部告発的小説だった。それが割合と売れたのである。
ある編集者は「江上さんは銀行小説を書いてくださいよ。それがウリですから」としたり顔で言った。いかにも私のことを考えていますという表情だった。
私は銀行を内部告発しようと思って『非情銀行』を書いたわけではない。働く人の一人一人が生き生きと働くことができない組織の在り方を変えることができたらという願いを小説にしたのだ。
それなのに編集者は「柳の下に泥鰌が2匹も3匹」もいるかのような依頼をしてきたのである。
私は、彼の申し出を嫌悪し、拒否した。銀行組織の枠から飛び出した私を、再び枠に嵌めようとする姿勢が許せなかったのである。作家になった以上、私は、私が書きたい物を書く。私の作家としての領域を拡大するような作品を書かせて欲しい。
今から考えれば、たいした実績もない作家が、よくぞこんな姿勢を編集者に貫いたものである。
■フリー作家の立場でぶち当たった“五十路の壁”
しかしお陰で私はいろいろなジャンルの小説にチャレンジすることができた。売れた小説もあるが、売れなかった小説もある。しかし最初に枠を嵌められなかったおかげで、私はいつでも楽しんで小説を書くことができた。だから20年も作家としてやっていくことができているのだと思う。
銀行という組織を飛び出して、後悔はしていないが、辛いことも多かったのは事実である。
会社人生で五十路の壁を経験しなかったが、フリーの立場で五十路の壁にこっぴどくぶち当たった。それをなんとかよじ登り、今では70歳という古希の壁が近づく年齢になってしまった。
最悪だったのは、日本振興銀行破綻問題である。日本で最初のペイオフを行い、なんとか処理を終えてほっとしたのも束の間、整理回収機構から50億円もの損害賠償訴訟で訴えられ、負ければ破産するところまで追い詰められた。
なぜ私がこんな目に遭わなくてはならないのかと悔しく、腹立たしかった。講演会やテレビなどの仕事は無くなってしまった。新聞などのコラムの連載も消えた。銀行を破綻させ、謝罪会見をした人間に世間は冷たいのである。あの時ほど銀行という組織に守られていたことがどれほど価値があったのかと思い知らされたことはない。42歳の時、第一勧業銀行総会屋事件で、猪突(ちょとつ)猛進にトップを退任に追い込む行動をとることができたのは、組織が背後で守ってくれていたからだろう。
それでも私は自滅するわけにはいかない。後ろ盾が無くなっても潰れるわけにはいかない。自分が選択した人生に敗れることになるからである。
こんな事態に追い込まれた私を支えてくれたのは、小説を書くという行為である。連載小説を掲載していただいていた出版社には、謝罪会見をした人物、銀行の破綻処理をした人物に小説を書かせるのかと抗議の手紙などが届いたこともあった。しかし編集者たちはそうした抗議の声に屈することが無く、私に書きたい小説を書かせてくれたのである。感謝しすぎてもしすぎることはない。
■先の見通せない世界で起こる「安易なリストラ」
こうして私は、作家というフリーの立場で組織の後ろ盾がなかったにもかかわらず「五十路の壁」を乗り越えることができた。これは偏(ひとえ)に編集者の方々のお陰である。彼らが私を守ってくれなければ、私に仕事を提供してくれなければ、私は「五十路の壁」の前で屍を晒し、朽ち果てていただろう。
私が今、文庫化にあたってこんなことを書いたのは他でもない。非常に心を痛める現実が50代の皆さんの前に突如現れてきたからである。
それはコロナという新型ウイルスによるパンデミックとロシアによるウクライナ侵攻という事態である。これらは明らかに想定外の事態である。
今までは、グローバル化が経済を発展させ、人々を幸福にすると考えられていた。しかしその行き過ぎが経済格差や環境破壊などで表に現れ、問題化しつつあったところに、一気にこのような想定外の事態が起きてしまった。
この事態を受け、今や世界経済はデフレからインフレに急変し、ロシアや中国などの東側とアメリカ、ヨーロッパ諸国の西側との対立が鮮明になった。
ポスト・グローバルな世界に突入してしまったのである。
企業は、今まで通りグローバルに活動できなくなり、先が見通せないという理由で、私から見れば安易なリストラに走り始めている。それも対象はなんと50代である。
2021年に希望退職を募ったのは上場企業80社で1万5000人を突破したという。前年の2020年が1万8635人で2年連続1万5000人超えである(東京商工リサーチ調べ)。これらの希望退職という名のリストラはすべて50代が対象なのである。
2021年8月にはホンダでは55歳以上、11月にはフジテレビでは勤続10年以上50歳以上がリストラ対象になった。その他にも多くの企業がまるで目の敵のように50代をリストラの嵐に晒している。その理由は、給料ばかり高くて働かないからだという。
■ジョブ型人事制度で窮地に立たされる中間管理職
私が『会社人生、五十路の壁』を上梓した時より、もっと高く険しい壁が50代の前にドカンと立ちはだかったのである。さらに悲惨なのは、ポスト・グローバルな世界でのそれである。
経営者はいかなる手を打てば、自分の会社を未来に生き残らせることができるのか、迷いに迷っている状態なのである(たとえ平気な顔をしていても……)。
そのため、できることは50代のリストラで人件費を減らすという安易な策しかないというのが実情なのだ。
50代は会社では部長、課長という中間管理職が多いのではないだろうか。この層の人たちは、会社に出勤することが最も重要な仕事だったといえば言い過ぎかもしれないが、彼らはコロナ禍でリモート勤務が一般化すると不幸にも不要な存在であることが明らかになってしまったのだ。
「あいつらが会社に来なくても組織は回るじゃないか」と経営者が気づき、「あの人たち、私たちの仕事の邪魔をしていただけじゃないの」と若手の部下も気づいたのだ。どんな事情にしろ、組織が垂直から水平になる時代が本格的に到来したのだ。
それに拍車をかけるのが、ジョブ型人事制度の広がりだ。これは会社が社員に対して職務内容を明確に定義して雇用契約を結び、労働時間ではなく職務や役割で評価する制度である。
過労死などの問題から働き方改革が叫ばれ、ジョブ型人事制度に注目が集まった。しかし日本の会社とは、よく言えばチームワーク重視である。他人の仕事におせっかいを焼くことでチームとして成果を上げてきた。
しかし、50代の中高年管理職にとってはジョブ型人事制度なんて採用してもらいたくはなかった。自分自身のジョブが不明確であるところに存在価値があったからだ。なんとなく上司然として若手の上に居座っている管理職が多かったからである。だからジョブ型人事制度は、喧伝される割には広がりを見せていなかったように思える。
ところが、コロナ・パンデミックが襲ったことでジョブ型人事制度が一気に広がりそうな気配だ。
会社側はリストラとジョブ型人事制度で、コストパフォーマンスの悪い50代を狙い撃ちし始めたのだ。これが現在の状況である。
50代にとって最悪の時代=ヘル・フィフティ(地獄の50代)が到来したのである。
■ヘル・フィフティは多額の費用がかかる
私が上梓した時とは比較にならないほど堅牢な「五十路の壁」がそびえ立っている。というのは、経営者でさえ先が見通せない時代なのに、多少の割り増し退職金をもらったとしても会社という組織の後ろ盾がなく、これから続く数十年(平均寿命から見れば約30年、人生100年時代だとすると約50年!)を生きていかねばならないのである。
1人だけで生きていくのなら、まだなんとかなるかもしれない。しかし妻がいて、子どもがいて、彼らの人生にも責任を持たねばならない。中には、郷里に老いた親(妻の親も含めて)がいて、介護を必要とする可能性もある。親を老人ホームに入居させるには多額の費用が必要である。生活費、子どもの学費、親の介護費用、やがて到来する自分自身の介護費用も考慮しておかねばならない。
会社という組織を離れて、こんな過重責任を負いきれるのだろうか。まさに最近、人口に膾炙(かいしゃ)されている「老後破産」を危惧せざるを得ない。
■意地を張れ、身勝手に生きろ
50代の新たな受難の時代を前にして私の『会社人生、五十路の壁』が文庫化されるということは、手前みそに聞こえるかもしれないが、大いに意義があると考える。
49歳で会社という後ろ盾を自ら打ち捨ててしまった男が、七転八倒しながらも、なんとか古希(70歳)までもう少しというところまで生きてきたのである。50代にとって最悪の時代を迎え、「五十路の壁」をよじ登る1本のロープぐらいにはなるのではないだろうか。
私が、リストラ対象の50代に言いたいことは1つだけである。「意地を張れ」ということだ。ありていに言えば身勝手に生きろということだ。
会社がリストラを迫っても、ホイホイと受けるんじゃない。とことん会社にしがみつくべきである。今までの経験も実績もまったく評価せずリストラを迫ってくる会社に一泡吹かせるなら、居残って、意地を張り、身勝手に振る舞い「異端」として会社内に居場所を作るのだ。
私が作家になった時、生意気にも編集者に書きたい物を書かせて欲しいと言ったのも、意地であり、身勝手な振る舞いだった。せっかく作家になったのに出版社という組織の言いなりになりたくなかったのだ。「異端」として生きるためには、今までにない努力が必要になる。そうしないと無視されてしまうだけだ。少なくとも私はそうしてきた。
「異端」的に身勝手に振る舞うと、小説を書くという仕事が楽しくなった。仕事といえば苦痛を伴うというのが相場だが、楽しいのである。極端なことを言えば、小説を書くことが、自分自身のエンターテインメントになったのだ。「異端」的に意地を張って、身勝手に振る舞った結果であると言えなくもない。
■「異端」を極めれば仕事も「本物」に変わる
リストラ対象の50代が私のアドバイスにしたがって「異端」として会社内に居場所を作ろうと覚悟した瞬間に、仕事は与えられるものではなく、自分のものに姿を変えるだろう。やらされたり、役員のご機嫌取りの仕事ではなく、本物の自分の仕事になるのである。やらされる仕事から、やりたい仕事へのチェンジである。
このチェンジに成功すると、私が小説を書くことが楽しくなったのと同様に、リストラ対象の50代のあなたも仕事が楽しくなるだろう。
どんな時代が訪れようと、どんな不都合な事態になろうとも、仕事が楽しければ夢中になれる。夢中になり、楽しく仕事をすれば、自ずとあなたの会社内外で居場所ができるだろう。
もし、やむを得ずリストラに応じて会社を退職することになっても、後ろ髪をひかれるような思いを残して退職すべきではない。「ありがとうございました」と気持ちよく頭を下げて、組織の後ろ盾がない世界に飛び込もう。その時も意地を張り、身勝手に振る舞い、「異端」となるように努力するのだ。
どうしたら仕事を楽しくすることができるか、それを見つける1つの方法が「異端」になることだ。50代の今まであなたは会社のために「正統」として従順に歩んできたかもしれない。それなのに会社はあなたをリストラしようとする。それならば「ニヤリ」と不敵な笑みを浮かべて「異端」になる道を選ぶのだ。このチェンジを会得できれば、あなたは易々と「五十路の壁」を乗り越えることができるに違いない。
悲しそうに俯いたり、未来を悲観したりせず、明るく楽しく「異端」の人生を歩もうではないか。文庫『50代の壁』はそんなあなたを応援する。
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作家
1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。77年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。人事、広報部等を経て、築地支店長時代の2002年に『非情銀行』(新潮社)で作家デビュー。03年、49歳で同行を退職し、作家生活に入る。著書に『ラストチャンス 再生請負人』(講談社文庫)など多数。
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(作家 江上 剛)
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