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生きていても若い人の負担を増やすだけ…元気な80代女性が「死んじゃったほうがマシ」とこぼすワケ

プレジデントオンライン / 2022年11月26日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ururu

日本は世界有数の長寿国である。だが、それは幸せにつながっているとは限らない。臨床内科認定医の杉浦敏之さんは「高齢者の患者には『もう生きていたくない』『死んでしまいたい』と話す人が少なくない。『長寿は美徳』という考え方はもう通用しない」という――。(第1回)

※本稿は、杉浦敏之『死ねない老人』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■100歳以上の高齢者は9万人いる

日本は世界に冠たる長寿国です。2022年版として発表されたWHO(世界保健機関)の世界保健統計によると、WHOに加盟する194の国と地域のうち、世界一の長寿国は84.3歳の日本です。この調査が始まって以来、日本は国別の平均寿命で20年以上にわたり、ずっと上位に入り続けています。

ちなみに平均寿命の2位は83.4歳のスイス、3位は83.3歳の韓国です。先進国のなかでもイギリスの平均寿命は81.4歳、アメリカは78.5歳ですから、両国の国民より日本人は平均して3~6年、長く生きていることになります。

この調査で平均寿命がもっとも短いのは、アフリカのレソトで50.7歳。この国の人々に比べれば、現代の日本人は年数にして約34年もの長い人生を送ることになります。日本ではレソトの平均寿命の倍以上、100歳を超えて生きる人(百寿者)も多数います。1963年には153人だった国内の百寿者は1990年代あたりから急増し、2022年には約9万人という数になりました。

これまで毎年9月の敬老の日には、100歳の人に長寿祝いとして総理大臣から銀杯が贈られてきましたが、2016年度はとうとうこの銀杯が純銀製から銀メッキ製に変更になりました。あまりにも人数が多いので、経費削減の対象になったのです。こうした長寿国・日本のイメージは世界的にも定着し、長寿を支えるヘルシーフードとして日本食は各国でブームになっています。

■「健康長寿」という点では日本はもっとも恵まれた国

また誰もが少ない負担で一定水準の医療を受けられる国民皆保険制度も、WHOをはじめ世界で高く評価されています。

実際に私の実感としても、今や長生きは珍しいことではなくなっています。80歳を超えるような高齢の親御さんがいる方も多く、ほかにも親類や地域を見渡してみると、80代、90代でお元気な方々の顔が何人も思い浮かぶはずです。

埼玉県川口市にある当院は、おもに地域の方々を対象に診療を行っていますが、患者さんの高齢化の傾向はさらに顕著です。60代、70代はまだまだ“若手”で、外来と往診を合わせると80代、90代の方だけで月の診療数は340人を超えます。90代のある患者さんはその姉が101歳まで長生きしており、「自分も姉の年齢までは生きる」と張り切っていますし、現在、当院の患者さんの最高齢は101歳で元気に歩いて診療所に来ます。

以前は106歳まで在宅で治療していた方もいました。多くの人が長生きをするようになった日本では、アフリカの小さな国々のように、幼い子が病気や栄養不良で命を落とすことはまずありません。

またマラリアやHIVなどの感染症で多くの人が亡くなるという例もありません。60歳、70歳で亡くなると「まだまだお若かったのに」とお悔やみを言われる国、国民の健康長寿という点では世界でもっとも恵まれた国――それが今の日本です。

■「卒寿? ナニがめでてえ!」という高齢者の本音

ところが、人類普遍の願いである長寿を手にした日本のお年寄りすべてが、日々幸福を感じながら暮らしているかというと、話はそう単純ではありません。特に80代後半、90代という超高齢期になると心身の衰えも一段と進むこともあり、ほかの年代の人にはなかなか理解できない苦労や悩みが立ち現れてくるようです。

超高齢期の生きざまを語った著書がベストセラーになっているのが、90歳を超えた作家の佐藤愛子さんです。耳などの感覚器官が衰え、人の声が聞き取りにくいので、人の話に適当にあいづちを打ち、笑顔で取り繕う。

筋力やバランス感覚が低下して何もないところでよろめき、後ろから自転車で近づいて来た人に舌打ちをされる。スマホで番号を打てばすぐにタクシーが呼べると教わっても、まったく意味がわからない。

「『九十といえば、卒寿というんですか。まあ!(感きわまった感嘆詞)おめでとうございます。白寿を目指してどうか頑張ってくださいませ』満面の笑みと共にそんな挨拶をされると、『はあ……有難うございます……』これも浮世の義理、と思ってそう答えはするけれど内心は、『卒寿? ナニがめでてえ!』と思っている。」(『九十歳。何がめでたい』小学館)

佐藤さんがユーモアを交えつつ綴っているのは、「長寿は美徳と称えられるような、生易しいものじゃない。体のあちこちにガタがきて故障の連続。長生きなんてまったく面倒くさい」といった90代の人の心の叫びです。それがまさしく高齢者の本音を代弁しているからこそ、多くの人に支持されているのでしょう。

■「もう生きていたくない」と考える高齢者は少なくない

さらに私自身も、診療で多くの高齢者に接していて気になることがあります。それはこの数年、医師である私に向かって、「もう生きていたくない」「死んでしまいたい」といった言葉を繰り返し訴える人が増えていることです。

ふさぎ込む高齢者のシルエット
写真=iStock.com/kumikomini
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kumikomini

年齢でいうと、80歳を超える頃からこうした発言が出始め、85歳を超えるとますます死を願う言葉が多くなる、という印象です。これは少し前の高齢世代の方々には、あまり見られなかったことです。家族や介護スタッフ、看護師らに愚痴なのか本音なのか、死にたいとこぼす高齢者は以前からたくさんいたと思いますが、少なくとも病気を治す専門家である医師に対してそのような発言をする人はあまりいませんでした。

それも病気で寝たきり生活が続いているとか、認知症で生活の困難が増えている、といった人に限りません。大きな病気もなく自立した生活を送っている人や家族と同居して十分な介護を受けている人でも、「これ以上の長生きは望まない」といった心の内を漏らす人が少なくないのです。

当初、高齢者たちからそういう言葉を聞くと私もなんと答えてよいかわからず、戸惑ったものです。仕方なく「そんな寂しいこと言わないでください」「お孫さんが大学に入るまで頑張りましょう」と励ましの言葉をかけていましたが、次第に今の日本には、何か超高齢世代が生きにくいと感じる要因があるのではないか、と考えるようになりました。そして今は「死にたい」と思ってしまう高齢者の心情や背景について、もっと社会が目を向け、早急に対策を考えなければならないと危機感を抱いています。

そこで80~90代の高齢者の実情を知っていただくためにも、私が出会ってきた実際の患者さんたちの事例を、紹介したいと思います。

■海外旅行に行くほど元気だった80代女性の弱音

Tさんは87歳の一人暮らしの女性です。これまでに入院したのは白内障の手術のときだけという健康体で、80代後半という高齢にもかかわらず今も家事も身の回りのこともすべて自分で行う、完全自立の生活をしています。

Tさんは長年老舗の商店を営んでいたため、地域の商店街に友人・知人も多く、友人と頻繁に旅行などに出かけ、交流を楽しんでいます。また自動車で15分ほどの距離には息子さん一家が住んでいて、お互いによく行き来をしているそうです。息子さんが結婚してからはお嫁さんの勧めで、年に一度、海外旅行にも出かけるというアクティブな暮らしぶりです。

そんなTさんですが、数年前から外来で当院に来られると、「生きていくのが大変」「死んじゃったほうがマシ」といった言葉が増え始め、私も「あれっ?」と思うようになりました。

定期健診では血液検査などの数値に異常がないため、「すばらしい、お元気ですね」と声をおかけしていましたが、Tさんは自分の健康を素直に喜ぶ気持ちになれないのか渋い顔をしていることが何度もありました。

■「医療や介護で若い人の負担を増やして、国のためになっていない」

あるときは、Tさんが気分の落ち込みを訴えて「私、うつ病じゃないかと思います」と言うので、「そんなことはありませんよ」と私は即座に否定しつつ、知り合いのメンタルクリニックを紹介したこともあります。予想どおり、メンタルクリニックでも「大丈夫。うつ病ではありません」と言われて帰宅したということです。

現在は、Tさんの気分の不安定さは以前に比べれば改善されていますが、当時のことをあらためてお聞きすると、率直な気持ちを語ってくれました。

「何年か前に、自分よりも年の若い友人を続けて亡くしたんです。商店街の友人同士の食事会も最初は10人で行っていたのに、何人も亡くなって今は6人になってしまった。それで寂しい気持ちもあったんでしょう。自分は何のために生きているのか、何のためでもない。ただ生きていることしかできない。そんなふうに気分が落ち込むことが増えました。だから、先生にもうつ病じゃないかと相談したんです。

最近はテレビだって、『老人はどれだけ増え続けるのか』みたいなことばかり言うでしょう。医療や介護で若い人の負担を増やして、国のためになっていない。ときどき生きているのが申し訳ないと思ってしまう」

■国内のうつ病患者の約4割は高齢者だといわれている

Tさんは高齢期ならではの人間関係の変化や漠然とした不安感に加え、身体的にもそれまで経験したことがない変化を感じたということです。

「85歳を過ぎた頃から、ガタッと体力が落ちてしまって……。家事でも何でも、今までできていたこともできなくなるし、どうしてこんなになっちゃったんだろうと。同年代の友達に愚痴をこぼしても、みんな『大丈夫、何でもない。元気じゃない』と励まされるだけで、かえって落ち込むこともありました。

今も血圧の薬、便秘の薬、血液の流れがよくなる薬、骨を強くする薬、いくつも薬を飲んでいるけれど、腕の痛みが続いている。口内炎がよくできるからビタミン剤も欠かせない。この間も、風邪を引いただけなのに1カ月も寝込んでしまったの。それまで長く寝込むなんてことはなかったのに。大きな病気はなくても小さな不調は次々に起こり、これが“老い”なんだなと感じます」

Tさんのエピソードにも登場しましたが、「死にたい」という思いに直接つながる要因に「うつ病」があります。うつ病というと、働き盛りの人に多い精神疾患というイメージがあるかもしれませんが、実際は国内のうつ病患者のおよそ4割は、60歳以上の高齢者といわれています。

手で顔を覆う高齢の男性
写真=iStock.com/furtaev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/furtaev

■自殺者の約3割が60歳以上の高齢者

高齢になると脳内のセロトニンなどの神経伝達物質が減少するほか、小さな脳梗塞が起こって血流が悪くなるため、うつ病の発症リスクが上がります。また配偶者の死や退職、病気や入院などがきっかけとなり、うつ病を発症することも多くあります。うつ病でもっとも気をつけなければならないのは「自殺」です。

「もう生きていても仕方がない」「死ぬ以外に解決策はない」という極端な思考に陥り、突発的に命を絶ってしまう人が少なくないからです。あまり知られていないことですが、日本は高齢者の自殺が多い国です。日本の自殺者数は長らく3万人を超えていましたが、東日本大震災以降は減少傾向にあり、2021年は2万1000人前後です。そのうち60歳以上の高齢者は7860人と、全体の約3割を占めています。

日本老年医学会では、高齢者の自殺の約7割に、うつ病やうつ状態が関わっていると指摘しています。

高齢者に「元気がなく、表情に乏しい」「人や外界に興味を示さない」「食欲不振や睡眠障害がある」「死を強く願う」といった様子が見られる場合、背景にうつ病がある疑いがあります。早い段階で専門医を受診し治療を急ぐ必要があるでしょう。

■生きがいを失い孤独感に苦しむ「超高齢世代」の現実

さらにTさんのように身体的に健康で、うつ病でないことがはっきりしている高齢者でも、「生きていたくない」と思ってしまう人は後を絶ちません。これには、やはり「生きがいの喪失」という高齢期特有の問題が深く関係しているように思われます。

杉浦敏之『死ねない老人』(幻冬舎新書)
杉浦敏之『死ねない老人』(幻冬舎新書)

あくまでも私の印象ですが、「死にたい」ともらす高齢者には女性が多いと感じます。そもそも日本の超高齢世代は女性の割合が高いですし、この世代の女性は家庭を守り、家族の世話に生きがいを感じてきた人が大半です。しかし子供が成長して独立し、伴侶も亡くなるような年代になると、以前のように家族を支えているというやりがい感、達成感はほとんど得られなくなってしまいます。

また男性にも共通することですが、性格的に几帳面で、現役時代には高い地位や役職につき、充実した生活を送っていた人ほど、人生の最盛期の自分と老いた自分との落差を大きく感じてしまい、悲観的になる傾向もあるようです。今後は高齢期の心身の変化、社会的環境の変化にうまく適応しながら、新たな生きがいを得られるような高齢者支援がますます必要になるはずです。

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杉浦 敏之(すぎうら・としゆき)
臨床内科認定医
1988年、千葉大学医学部卒業。千葉県救急医療センターに勤務後、千葉大学医局研修を受け、千葉大学大学院で医学博士号取得。さいたま赤十字病院に勤務し、2003年より医療法人社団弘惠会杉浦医院院長、2004年より同医院理事長。日本医師会認定産業医、労働衛生コンサルタント取得。埼玉県立大学、上尾中央看護専門学校で講師を務めている。大学卒業以来30年以上にわたり高齢者医療に携わっており、地域医療を充実させるために末期癌患者への在宅医療も行う。著書に『死ねない老人』(幻冬舎新書)などがある。

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(臨床内科認定医 杉浦 敏之)

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