欧米では絶対にそんな治療はしない…現役医師が「日本の終末医療はほぼ虐待」と語るワケ
プレジデントオンライン / 2022年11月27日 11時15分
※本稿は、杉浦敏之『死ねない老人』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■「患者さんが亡くなる=敗北」であれば医師はつねに全敗
医師は病と闘い、人の命を救うのが仕事です。
そのため医師にとっては、患者さんが亡くなることは医療の力が及ばなかった「敗北」という感覚があるのも事実です。だから死を認められない、認めたくない気持ちが働くのかもしれません。しかし、どれだけ医療が発展しても、生物としての死を免れることはできません。人の致死率は100%です。医師にとって「死が敗北」なら、確実に「全敗」なのです。
「全敗」というのは、90歳まで現役の医師として臨床の現場に出ていた私の父の言葉です。父は生前、医療の究極の目的は「いかに患者さんが満足して死んでいけるか」だとも語っていたことがあります。医師として半世紀以上、患者さんの生死を見つめてきた経験、そして自分自身が年齢を重ねてきたなかで行き着いた、一つの結論だと思います。
私自身も在宅医療や看取りを行うようになってから、つくづく父の言葉は真理だと思うようになりました。「満足のいく最期」ということを考えたとき、人工呼吸器や人工栄養などの望まない延命医療を施し、高齢者の苦痛を増やすのは満足とは正反対の、明らかに患者さんの利益に反する行為です。
にもかかわらず、終末期に至っても濃厚な医療が続けられてきた背景について、東京大学大学院人文社会系研究科附属死生学・応用倫理センターの特任教授・会田薫子氏は、次のように指摘しています。
現在の日本では高齢者医療に携わる医師ですら、より苦痛が少なく、満足度の高い終末期医療についての正確な知識や理解がない、ということです。これは世界的に見ても異様な状況です。
■欧米では事前に終末医療のマニュアルを医師と本人が作成する
アメリカや欧州、オーストラリアなどの先進諸国では、人として尊厳のある死やそのための終末期医療について、もうずいぶん前から議論がなされてきています。それにより、どのようなときにどのような医療・ケアを行うか(行わないか)という具体的な指針も既につくられています。
たとえばアメリカでは、人生の最期のときまで本人の意思決定、自己決定権を尊重することが、尊厳のある死という考え方があります。そのため、高齢や病気によって終末期に至った人が治療を望まないという意思表示をしたとき、医療者はもちろん、家族ですらそれに反対することはありません。万一、本人の意思に反して治療を行えば、医師が家族に訴えられることもあります。
![ICUで治療を受ける患者](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/4/1200wm/img_e480b4d10b7aa2f8a7c0290a72df5f3b174232.jpg)
ただ一般の患者さんの意思表示だけでは、希望する医療の内容があいまいだったり、家に保管していていざというときに役立たなかったりすることから、医師と相談して治療内容を確認しておく「生命維持治療のための医師指示書(通称POLST)」というものが活用されるようになっています。
これは1991年にオレゴン・ヘルスサイエンス大学病院のリチャードソン博士が開発したものです。終末期の人(病気や加齢で余命1年程度と診断された人)が、次の医療行為を受けるかどうかについて、患者本人あるいは医療代理人と、医師とが相談して決めます。
医療行為は①心肺停止時の蘇生、②脈拍あるいは呼吸があるときの積極的治療、③抗生剤投与、④人工栄養、の4つです。そしてオリジナルの医師指示書は患者さんが保管し、医師もコピーを所持したり、情報をカルテに保持したりします。これがあれば、患者さんの状態が変わったときにも医師は治療方法に迷うことはありません。
実際の医療現場で、患者さんの意思が確実に反映されるしくみといえます。
■最も大切なことは「入所者の満足感」である
またオーストラリアでは、政府が2006年に「高齢者介護施設における緩和医療のガイドライン」を策定しています。そこでは、終末期の医療・ケアについて次のような方針が明確に示されています(以下、『高齢者の終末期医療を考える』より引用)。
・栄養状態改善のための積極的介入は、倫理的に問題がある
・脱水のまま死ぬことは悲惨であると思い点滴を行うが、緩和医療の専門家は経管栄養や点滴は有害と考える
・最も大切なことは入所者の満足感であり、最良の点滴をすることではない
■終末期の高齢者が食事をしなくなることは自然なこと
世界各国の終末期医療を調査し、札幌で「高齢者の終末期医療を考える会」を立ち上げているのが、宮本顕二医師と宮本礼子医師のご夫妻です。認知症が専門の宮本礼子医師は、2007年に初めてスウェーデンの終末期医療を目にしたときの驚きを率直に著書に綴(つづ)り、現地の医師の話をこう紹介しています(『欧米に寝たきり老人はいない』中央公論新社)。
「タークマン先生は、『スウェーデンでは、高齢者が食べなくなっても、点滴や経管栄養を行いません。食べられるだけ、飲めるだけですが、安らかに亡くなります。私の父もそうして亡くなりました。亡くなる前日まで話すことができて穏やかな最期でした』と言いました。日本では高齢者が人生の終わりに食べなくなると、点滴や経管栄養をするのが当たり前でした。
点滴もしないことに私が驚くと、『ベッドの上で、点滴で生きている人生なんて、何の意味があるのですか?』と逆に聞かれてしまいました。そして『スウェーデンも昔は高齢者が食べなくなると点滴や経管栄養を行っていましたが、20年かけてしなくなりました』と言っていました」
終末期の高齢者が食べなくなるのは、死に向かうとき自然な体の変化です。死が近づくと体が食べ物を受け付けなくなるのです。
![高齢者に食事を提供する看護師](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/2/1200wm/img_c232f4e4eedd2f5143073b3347018de4155197.jpg)
■無理やり食事をとらせるのは虐待しているようなもの
日本でも昔は医師にも社会にも「食べられなくなったらそこまで」という感覚があったものです。そしてときどき口に水やリンゴの搾り汁などを含ませる程度で、それだけでお年寄りは穏やかに亡くなっていました。
それに対し、現代の医師や介護者は高齢者が食べなくなると空腹やのどの渇きで苦痛なのではないかと考えてしまい、いつまでも必死に食べさせようとします。そして自力で食べられなくなれば、人工栄養や点滴を施します。宮本礼子医師も、日本で欧米式の人工栄養も点滴もしない終末期医療を提案すると、必ず医師たちから「患者さんを餓死させるのか」「見殺しにするのか」という質問や反発を受けると記しています。
しかし終末期に至った人は、健康な私たちが想像するような空腹やのどの渇きによる苦痛は感じなくなっています。体内の栄養や水分が少なくなるとβエンドルフィンやケトン体が多く分泌され、自然に鎮静鎮痛効果が働くともいわれています。むしろ食べられなくなった患者さんに無理に食事をとらせ、誤嚥(ごえん)性肺炎を繰り返すようなことは欧米の感覚でいえば「虐待」に相当します。
会話もできない寝たきりの状態で褥瘡(じょくそう)をつくりながら胃瘻で命をつなぐというのもそうかもしれません。点滴にしても、体に水分を多く入れれば痰が増えて吸引が多く必要になりますし、浮腫や肺水腫が増え、溺死と同じように肺に水が溜まって亡くなる患者さんも多くいます。私も在宅看取りでは点滴を減らし、水分を抜いて“乾かす”ようにしたほうが、患者さんの苦痛が少なく穏やかな最期になることを、確かに実感しています。
■家族や医療者ではなく「患者さんの最善の利益」を求めるべき
欧米のほか、歴史的・文化的な背景の近いアジアでも、台湾や韓国は25年近く前から、患者本人の希望があれば積極的延命をしない方向になっており、法的にもそれが保証されてきています。
![杉浦敏之『死ねない老人』(幻冬舎新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/f/1200wm/img_6fd8ade31f2c46e2862e45b30e465a91100096.jpg)
台湾では、2000年に「安寧緩和医療法」という尊厳死を法的に認める法案が100%の賛成で可決しています。台湾でも尊厳死法制化の前は、終末期の人に対して心臓マッサージ、人工呼吸、人工栄養、点滴などの処置が行われていたそうです。しかし現在は患者本人、または代理人のリビング・ウィルがあれば、延命治療の非開始も中止も、どちらも合法になりました。
また台湾には「終末期退院」と呼ばれる慣行があり、本人が希望すれば病院で緩和ケアを受けることも、自宅で在宅ホスピスを受けることもできるようになっています。一方の韓国では、終末期医療中止等を法的に認める「ホスピス・緩和医療および終末期患者の延命医療の決定に関する法律」が2016年1月に可決成立。2018年に施行されました。
患者さんの意思表明については「事前延命医療意向書」を作成し、登録します。登録先の医療機関やリビング・ウィル事業者を管理する、国立延命医療管理機関も設置されています。私も以前、海外の終末期患者のための病室を見学したある先生の講演で次のようなことを聞きました。
そこは天国に一番近いという意味で病院の最上階にあり、室内の内装も、天国や極楽浄土を思わせるような明るく、居心地のいい雰囲気になっていました。そこでお年寄りたちは家族と自由に交流をしたり、苦痛を取り除くケアを受けたりしながら最期の日々を過ごすのです。病院で亡くなるにしても、こうした環境と適切な終末期医療・ケアがあれば、その人らしい尊厳のある死を実現することはできるのです。
世界一の超高齢社会である日本でも、家族や医療者が納得するための終末期医療ではなく、「患者さんの最善の利益」のための終末期医療が整備され、広まっていく必要があるのはいうまでもありません。
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臨床内科認定医
1988年、千葉大学医学部卒業。千葉県救急医療センターに勤務後、千葉大学医局研修を受け、千葉大学大学院で医学博士号取得。さいたま赤十字病院に勤務し、2003年より医療法人社団弘惠会杉浦医院院長、2004年より同医院理事長。日本医師会認定産業医、労働衛生コンサルタント取得。埼玉県立大学、上尾中央看護専門学校で講師を務めている。大学卒業以来30年以上にわたり高齢者医療に携わっており、地域医療を充実させるために末期癌患者への在宅医療も行う。著書に『死ねない老人』(幻冬舎新書)などがある。
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(臨床内科認定医 杉浦 敏之)
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