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アジアでの人気が段違い…新海誠が宮崎駿を抜いて「日本一のアニメ監督」という記録を打ち立てられたワケ

プレジデントオンライン / 2022年11月29日 17時15分

「すずめの戸締まり」の制作発表会見に出席した(左から)森七菜さん、新海誠監督、上白石萌音さん=2021年12月15日午後、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

新海誠監督はなぜ日本を代表するアニメ監督になったのか。ジャーナリストの数土直志さんは「これほど熱心にファンと交流する監督はいない。そうしたコミュニケーションの中から時代を読み取り、創作にいかしているのだろう」という――。(第1回)

※本稿は、数土直志『日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか?』(星海社新書)の一部を再編集したものです。

■誰よりも熱心にファンの声を聞く監督

新海誠ほど人の言葉に耳を傾けるアニメ監督はいないのでないだろうか。それは一緒に仕事に携わる人だけでなく、ファンの声も同様だ。

新海誠はファンとのコミュニケーションにとても熱心だ。僕自身、これまで何回も新海誠のトークイベントや記者会見を取材してきたが、Q&Aセッションでこれほど熱心にファンの言葉を聞く監督は見たことがない。

質問の意図を丁寧に咀嚼して、ひとつひとつをじっくりと考えながら答える。小さな言葉から、自身の作品がどう評価されているのか、何が好まれているのかを手繰り寄せ、同時に自身が何を考えているのかを語る。

■国民的な存在になっているのに、気軽にツイートする

語りかけの重要な手段はもうひとつある。ソーシャルメディアだ。SNSは瞬時に多くの人にメッセージを伝えられることから、いまではあらゆるエンターテイメントで情報を伝える重要なメディアになっている。アニメのプロモーションにおいても、必須と言われるほどだ。

しかし有名監督が積極的にこれを用いることは、実際はあまり多くない。多くの監督は多忙で、あまりSNSに構っている余裕がないし、SNSはメッセージを簡単に届けられる便利なツールである一方で、ちょっとした言葉で炎上するリスクも大きい。

たとえ発信者に問題がなくとも、有名人であるがゆえに失礼なリプライが大量に飛んでくることもあり、メンタル面でもなかなか試練がいる。

ある程度有名になると自らTwitterで発言する人は格段に減る。あっても最新の情報発信に傾きがちだ。例えばTwitterでファンに頻繁に語りかける宮崎駿や富野由悠季を想像できるだろうか。

スマホのツイッターアプリを立ち上げるところ
写真=iStock.com/Wachiwit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wachiwit

ところが新海誠は国民的な存在になったいまでも、個人としてTwitterで情報発信を続けている。個人アカウントのフォロワーの数は86万人(2022年7月現在)、ほかのアニメ関係者を圧倒するだけでなく、一般的なタレント、芸能人にも匹敵する。影響力は絶大だ。

そして新海誠のTwitterは多弁だ。制作の進捗(しんちょく)具合、ちょっとした身の回りのこと、さらに自身の作品以外での楽しかった映画や音楽など、発言する監督の素顔が見える。

■ファンと交流する動機

22年7月には、Twitterで音声を伝える「スペース」を早速活用し、リアルな言葉でファンに語りかけている。Twitterでは何十万のフォロワーから気になる発言を見つけリスポンスし、ちょっとした会話もする。驚くほどの行動力である。

新海誠は、自分を応援するファンがとっても好きで、そしてファンそのものに興味があるのではないだろうか。

コミュニケーションの中から時代を読み取り、ファンの声から次作品の創作へのフィードバックを考えているようにも見える。それこそが新海作品が鑑賞者から支持され、特に若者からの共感が際立つ理由なのだろう。

■欧米ではなくアジアで支持を受けた

作品の評価がファンの支持から広がっていくボトムアップの傾向は日本に限らない。海外での人気にも同様の傾向が見られる。海外での新海誠の認知度や人気も、実際はかなり早い段階からある。

まさにそれは『ほしのこえ』からはじまっている。『ほしのこえ』リリースの直ぐ後に、韓国と台湾からライセンスの問い合わせが日本へあったという。

日本の熱狂を現地のファンとファンに詳しい業者が嗅ぎ取ったのである。当時は決して大きな会社でなかったコミックス・ウェーブも積極的に海外配給を進めた。新海誠の初期の作品のほとんどのライセンスマネジメントをするコミックス・ウェーブ・フィルムが独立系映画会社で、新しいことでも果敢に挑戦していく熱意を持っていたのも理由のひとつだろう。

そのなかで日本と同様に熱心な新海ファンが、海を越えて育っていった。新海作品が生み出す大衆性、熱狂は共通し、国境を越えるのだ。そうしたファンの拡大の中から、作家として評価も生まれていった。

海外への広がりのもうひとつの特徴は、アジアだ。新海誠とその作品の賞賛は、当初は欧米よりもアジアで際立っていた。なかでも韓国は早くから新海作品の人気が高く、初期の作品から新海監督が熱烈な支持を受けた国だ。

『ほしのこえ』以後は、作品全てがライセンスされ、日本でのリリースからほどなく展開されてきた。新海誠が海外のイベントや映画祭に本格的に訪れたのも韓国が最初だ。ソウル国際マンガ・アニメーション映画祭(SICAF)2005で上映した『雲のむこう、約束の場所』(2004)で、ここでは長編映画部門優秀賞を受賞している。

国際映画祭を開催する釜山の会場
写真=iStock.com/Anney_Lier
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Anney_Lier

その後も、『秒速5センチメートル』(2007)のSICAFオープニング上映、『星を追う子ども』のスクリーン数100以上での上映は、日本のスクリーン数を大きく上回った。

新海誠は全ての長編作品で公開時に韓国を訪れている。現地での人気の高さに加えて、監督にとっても親しみの持てる場所なのだろう。

■なぜ韓国で火が付いたのか

韓国における新海誠人気について、コミックス・ウェーブ・フィルムの常務取締役・角南(すなみ)一城(かずき)は、若者たちを取り巻く環境について挙げる。

若者が感じる息苦しさ、受験戦争の厳しさに代表されるような生活環境が、新海誠の描く青春像の理解につながっている。「主人公は自分でないか」と。それは日本、韓国、中国といった東アジアで特に感じられているのでないか。韓国では初期の頃から熱心なファンが多かった。サイン会に行くと、監督が顔を覚えるほど何回も来る人が少なくなかったのだ。

一方で、新海誠のファン像は、世界中どこでもよく似ているとも。少しシャイで礼儀正しい、話し出すと熱くなる。特に韓国はその傾向が強いのではないかと言う。

そんな風景は僕自身も、2013年にオーストラリアのゴールドコーストの『言の葉の庭』のワールドプレミアとサイン会で、実際に現地で見たことがある。

上映会でのQ&A、サイン会の際のやりとりは、どれも内容が深く丁寧に語り合う。確かに新海誠の日本のトークイベントで何度も出会った風景と同じだ。

■中国で最も見られた日本映画

東アジアと言えば、中国での人気も見逃せない。2016年12月、日本公開から4カ月後に中国で全国公開された『君の名は。』は、興収5億7675万元(当時92億円)と記録的なヒットとなった。その時点で中国公開された日本映画で過去最高の成績である。

2019年に日本公開から18年ぶりに初めての中国公開とそのヒットが話題を呼んだ『千と千尋の神隠し』を超えた。日本映画が日本以外の国で100億円に近い規模のヒットとなった衝撃は大きかった。それまでのテレビ放送や動画配信だけでなく、劇場興行でも海外ビジネスの可能性があることを日本のアニメ業界に気づかせた点で大きな役割を果たした。

これは中国と前後した北米公開の興行結果とも対照的になった。2017年4月に本格公開された北米での興行収入は5億円程度(当時の為替)。日本アニメとしてはヒットだが、中国の数字に遠く及ばない。中国では日本アニメの歴代1位だが、北米では第10位(当時)なのである。

中国での大ヒットは日本ですでに大当たりしていることや巧みなプロモーションに加えて、『君の名は。』以前より新海誠人気が存在したことも大きい。それまで中国で正式に新海作品が展開されたことがないにもかかわらず、『君の名は。』の公開時にはすでに多くのファンが新海誠の名前を知っていたのである。

■他の日本アニメとは異なる売れ方

『君の名は。』の世界興行での成功は中国に限らない。韓国、台湾でもヒットは大きい。韓国では観客動員数367万人、同国で公開された日本映画では歴代1位。台湾の興行収入は2億5000万台湾ドル、こちらも日本映画歴代1位である。(いずれも公開当時)

ただ北米での興行収入約500万ドルは、『千と千尋の神隠し』といった宮﨑作品、映画『ポケットモンスター』、「ドラゴンボール」シリーズのヒット作には及んでいない。フランス、英国、イタリア、ドイツといったヨーロッパでの興行でもその数字はアジアよりは控えめだ。

これまで日本アニメの海外の評価、ビジネスの成果は欧米での実績に目が向きがちだった。

『ポケモン』からスタジオジブリ、『ドラゴンボール』、『NARUTO-ナルト-』まで、日本アニメの人気や評価は、欧米の話題やメディアや放送媒体からアジアに波及するのが一般的であった。

米国のグローバルの放送ネットワーク、映画配給の世界への広がりを通じた影響と波及力の賜物でもある。そして日本側も欧米のマーケットが大きいがゆえに、アジアでの日本アニメの人気は理解しつつも、ビジネスでは欧米に目が向きがちだった。

しかし『君の名は。』の成功スタイルは、そうした考え方を覆し、再考を迫る。アジアこそが日本のアニメが輝く場であるというわけだ。

■アジア発ハリウッド

さらに『君の名は。』では面白い現象が起きている。アジアでの人気が逆に欧米に波及しているのだ。2017年に東宝の発表により、ハリウッドメジャーの映画会社パラマウント・ピクチャーズによる『君の名は。』の実写企画進行が伝えられた。『君の名は。』のヒットが、もし日本だけであったら企画は進んだだろうか。

おそらく中国でのヒットがビジネスの実現に大きな影響を与えたはずだ。いまや世界最大の映画市場である中国、そして第3位の映画市場の日本で大ヒット、極端なたとえをすれば欧米で中規模のヒットであっても、中国や日本といったアジア市場で大ヒットを想定できれば、大きな興行収入が期待出来る。

企画・製作を立てた人たちの頭には、そんなプランがあるはずだ。“国境を超えたファンの支持→アジアで大ヒット→ハリウッド実写化企画”ボトムアップのパワーはいまやハリウッドにまで到達しようとしている。

ロサンゼルスのハリウッドサイン
写真=iStock.com/Kirk Wester
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kirk Wester

これまでの日本のアニメ監督の認知が欧米の映画祭から、つまり上から下への広がりだとするなら、新海誠は「若者発」、「ネット発」、「アジア発」、下から上への広がりなのである。ダイナミックに動くアジア太平洋は、いまや世界の成長と変化の真ん中にある。未来の可能性を考えるなら、新海誠の世界の映画界における重要性は一層高くなる。

■巨匠・宮崎駿に勝った「君の名は。」

新海誠と宮崎駿、世界規模で見た場合、どちらのほうが映画興行収入は多いのだろうか。「Box Office Mojo」では北米だけでなく世界各国の興行収入を集計している。

数土直志『日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか?』(星海社新書)
数土直志『日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか?』(星海社新書)

これを見ると『千と千尋の神隠し』は、2億7492万ドルと日本円で約370億円に達する。一方『君の名は。』は3億5818万ドルと『千と千尋の神隠し』を上回る。日本での大ヒットに加えて、中国で日本映画史上1位となっている影響が大きい。

ただし監督単位の合算でみれば、作品数の多い宮崎駿のほうが大きくなりそうだ。新海誠は2022年11月に『すずめの戸締まり』を公開、宮崎駿は『君たちはどう生きるか』を制作中で近々公開されそうだ。いずれも世界興行も狙っているはずだから、両作品が海外公開されれば、また状況も変わるかもしれない。

そして世界興行収入でみた歴代1位は、実は『君の名は。』でも『千と千尋の神隠し』でもない。2020年に公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の4億4769万ドル、軽く600億円超えだ。監督は外崎春雄である。

北米でも4950万ドルと大きなヒットとなったが、国内だけで404億円との数字が大きかった。ちなみに『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は中国では2022年9月末の段階で公開はされていない。

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数土 直志(すど・ただし)
ジャーナリスト
メキシコ生まれ、横浜育ち。アニメーションを中心に映像ビジネスに関する報道・研究を手掛ける。証券会社を経て2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立。09年にはアニメビジネス情報の「アニメ!アニメ!ビズ」を立ち上げ編集長を務める。16年に「アニメ!アニメ!」を離れて独立。主な著書に『誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命』(星海社新書)など。

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(ジャーナリスト 数土 直志)

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