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緊縛強盗で奪った1000万円を、闇金業者に奪われて…元自衛隊員の男が手を染めた「闇バイト」の末路

プレジデントオンライン / 2022年11月27日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

借金に苦しみ、SNSを通じて「闇バイト」に応募した男は、最終的に懲役7年の実刑判決を受けた。神奈川新聞の田崎基記者は「当初は『受け子』や『出し子』などと呼ばれる特殊詐欺の実行犯をやっていたが、徐々に犯罪行為が過激になり、最後には強盗を強いられるようになっていた」という――。(第2回)

※本稿は、田崎基『ルポ特殊詐欺』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■「中にあったはずの現金が奪い去られている」と語る20代の男性

年の瀬も押し迫った2020年12月28日。寒風吹きすさぶ中、土地勘のない大阪の地で、男はひとり途方に暮れていた。意を決したようにスマホを取り出し、ためらいながらも「110」と押した。

「ホテルのカードキーを奪われました」

大阪府警の警察官が駆け付ける。男は警察官に伴われ、泊まっていた新大阪駅近くのビジネスホテルへ向かった。キーがないのでホテルの従業員が部屋の鍵を開けた。

室内には、チャック部分の布が切り裂かれたスーツケースが転がっていた。「中にあったはずの現金が奪い去られている」と男は言う。

警察官の不審は深まるばかりだった。20歳かそこらの若者が、札束を所持し、しかも「奪われた」と言っている。現金の出どころは一体……。いや、そもそもこの男は、何者なのか……。

■「1000万円くらいがスーツケースに入っていた」

男の名は吉田豊(仮名、当時21歳)といった。その場で聴取が始まった。

——誰に金を取られたんだ。

「闇金に取られました」

——いくらだ。

「実は、1000万円くらいの現金がスーツケースに入っていました」

——何の金だ。

「運び屋の裏バイトをしていました。そのバイトをするに当たり、私の実家の住所を、(指示役に)教えてしまっているので、家族に危害が及んでしまうのが心配なのです。運ぶはずの現金を盗まれてしまったので、自分の身も危ない状況です」

一体何を言っているのか。吉田の弁に署員は眉根を寄せる。現場での受け答えは要領を得ず、突き詰めて聞こうとすると、吉田の話は二転、三転した。任意同行を求められ、吉田は大阪府警東淀川署へ連れて行かれた。

「本当のことを言った方がいいよ。何か犯罪に関与したんだとしたら話してほしい」

署員から諭された吉田はしばらく考え込み、ぽつりぽつりと語り始めた。

■「横浜で警察官を騙って強盗をやりました」

「関東の方で、特殊詐欺の受け子と出し子を2回ずつやりました。監視役もやりました」

署員による追及の矛先は、奪われた現金1000万円の出どころへと向かう。吉田は、にわかには信じ難い衝撃の顛末を明かし始めた。

「横浜で警察官を騙って強盗をやりました。僕は監視役で、被害者の家の玄関先で、実行犯から1000万円を預かりました」

大阪府警から神奈川県警に急報が飛んだ。

「吉田が大阪にいる」

その一報に、神奈川県警保土ケ谷署の帳場に詰めていた捜査員たちは色めき立った。即座に数名の捜査員が新横浜駅を発ち、大阪府警東淀川署へと向かった。同時に、裁判所へ逮捕令状の申請に走った。移動の時間を使って令状を仕上げる算段だ。東淀川署で、神奈川県警の捜査員に促され吉田が警察車両に乗り込む。日付が変わる。被疑者を乗せた警察車両が未明の東名高速を疾走した。

保土ケ谷署で逮捕状が執行されたのは12月29日だった。

パトカー
写真=iStock.com/7maru
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/7maru

■指示役が実行犯の少年に伝えた恐ろしい計画

その2日前、12月27日。吉田は神奈川県内にいた。藤沢市の小田急線湘南台駅近くにある駐車場に、吉田とその共犯者となる山水博貴(仮名、当時29歳)、橋本勝太(仮名、当時24歳)、さらに少年2人の計5人が集まっていた。いずれも指示役の「タカヤマ」を名乗る人物から指図されて集合していた。全員がこのとき初対面だった。

現場で犯行を指揮したのが吉田だった。タカヤマの指示に応じて吉田が用意したキャリーケースの中には、すべて偽物の手錠、警察手帳、捜索差押え令状が入っていた。集まったメンバーに吉田がその使い方を説明する。少年には、事前に用意しておいたスーツに着替えるよう指示した。

「警察官を名乗って家の人を騙し、民家に入る。住人に抵抗されたら手錠をかけて現金を奪う」

吉田に具体的な犯行手順やターゲットとなる民家を指示したのは、全てタカヤマだった。朝8時に集合した5人は、指示されるがままに、まず千葉県へと向かった。吉田は電車。他の4人は山水が用意した車に乗り込んだ。

指示された民家には誰もおらず、この計画は失敗に終わった。その後も何軒かインターホンを押して回ったが、いずれも留守。実行には至らなかった。地の利もない、初めて訪れる場所で、指示された先へと手当たり次第に押し入ろうとする犯行態様だった。

男たちが、最後にたどり着いたのが横浜市保土ケ谷区にある被害者宅だった。

■偽物の捜索差押え令状と警察手帳を準備して現場に向かう

「横浜の保土ケ谷へ行け」

転戦を命じられ、5人は再び神奈川に引き返してきた。告げられた集合場所は、相鉄線の上星川駅(横浜市保土ケ谷区)だった。駅に着くころ、強盗に入る民家の詳細な住所が吉田のスマホに送られてきた。先着した吉田は周辺を見て回り、近くの駐車場に男らが集結した。

役割分担は、吉田が現場の指揮と見張り。山水が偽の警察手帳と令状を示して最初に入り、他の3人が後から続く計画だった。

偽物の捜索差押え令状には、既に被害者のフルネームが記載されていた。コンビニのマルチコピー機を使ってスマホから印刷できる仕組みを利用していて、この元データもタカヤマが吉田に送ってきたものだ。偽の警察手帳も本物と見まがう仕上がりだった。金色に輝く重厚なエンブレムに、縦型に開く最新の形状をきっちり模していた。開いた時に下部になる写真部分には、最初にインターホンを押す山水の顔写真が合成され、警察官の制服を着た姿になっていた。

捜査関係者によると、こうした模造品は都内の繁華街の露店で売られているのだという。もちろん違法な商品だ。

現場は横浜港を見下ろす高台の一角。表通りから入り込み、車1台がようやく通れるほどの細い急斜面を上り、さらに細い脇道に入った所にその家はあった。

さほど大きくはない一般的な木造一戸建て住宅。一帯は急傾斜地を開発した地域で、周辺にはマンションや木造住宅が密集している。斜面地に張り付くように建てられているせいか、2階に玄関があるのが特徴といえば特徴だった。

■手錠をかけて「金庫はどこだ!」と怒鳴る

日も暮れた午後5時30分。山水がインターホンを押した。

「保土ケ谷警察署の者です」

自身の顔写真を入れた偽の警察手帳を示す山水。対応したのは世帯主(当時75歳)の妻(同73歳)だった。

警察官を名乗る男たちが、なだれ込むように家に押し入った。偽の捜索差押え令状と逮捕状、押収品目録を見せる橋本。そこには、家人と妻の氏名が正確に記載されていた。山水が妻に向けて言った。

「あなたの口座が振り込め詐欺に使われている」
「犯人は高齢者を騙している」

妻は、建物の1階にいた息子(当時46歳)を呼んだ。身に覚えがないので「知らない」と繰り返すが、男たちがそれを聞き入れるはずもない。「座れ」などと怒鳴られ、妻は後ろ手に、手錠をかけられた。

女性は犯罪の概念で手錠をかけ
写真=iStock.com/appledesign
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/appledesign

現金やキャッシュカードが見当たらないことにいらだった男たちは間もなく警察官の仮面をかなぐり捨てて、口々に怒鳴り散らした。

「金庫はどこだ!」
「キャッシュカードはどこだ!」

吉田は近くで犯行の一部始終を見張っていた。

■ギャンブルにハマり、借金返済のために「闇バイト」に手を出す

吉田は、ギャンブルにのめり込んだ末に借金を繰り返し、貸金業の男たちに追い詰められ、凶悪な犯行へと突き進んでいた。

高校を卒業した吉田は自衛隊に入隊した。だが3年勤務した2020年3月、自衛隊を退職した。自衛隊を辞めた理由は定かではないがその後、警備員として職を得て川崎市川崎区で独り暮らしを始めた。月給は手取りで15万~17万円程度。賭け事が好きで、パチンコなどのギャンブルに収入の多くをつぎ込む生活を送っていた。

パチンコ
写真=iStock.com/Mlenny
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mlenny

「月に5万~10万円くらい使っていました。仕事上の人間関係がうまくいかず精神的にストレスがあって病院にも通っていました。不安がたまって、会社の上司にも相談したのですが改善されず、それでさらに飲酒とギャンブルを重ねてしまい……」

月給の半分以上を賭け事に費消させていた吉田は生活が立ち行かなくなり、消費者金融からの借金がかさんでいった。それでもギャンブルをやめられなかった。やがて違法な高利で金を貸し出すいわゆる闇金に手を出した。

手っ取り早く金を稼がないと返済できない……。犯罪に手を染めたのは、自衛隊を辞めて約7カ月後のことだった。

「ツイッターで『闇バイト』と検索しました。違法薬物の『運び』をやろうと思ったのですが、仕事はなかったです。そして『高額報酬』などと検索して、指示役のタカヤマとSNS上で知り合いました」

■最初に手を染めたのは「キャッシュカードすり替え型詐欺」

初めは特殊詐欺だった。

事前に「かけ子」がかけた電話に騙されている高齢者の家を訪れ、現金やキャッシュカードを騙し取る「受け子」。受け子が取ってきたカードを使ってATMから現金を引き出す「出し子」。その2つを繰り返しやった。

「出し子が多かったです。受け子は2回……」

特殊詐欺を始めて間もない10月30日、吉田の姿は東京都大田区の男性(当時83歳)宅にあった。手口は、典型的なキャッシュカードすり替え型の詐欺だった。

事前に高齢者宅に騙しの電話がかけられている。例えば、「キャッシュカードが不正に使用されているため、預かる必要がある」などという内容だ。騙されていることが確認された家へ、指示役が吉田を向かわせる。吉田は、指示に従って用意しておいた偽の警察手帳を手に、警察官になりすまして男性宅を訪れた。

キャッシュカード2枚とその暗証番号のメモを封筒に入れるよう男性に指示する吉田。男性が目を離した隙に封筒を、別の封筒とすり替える。男性の手元にはダミーのポイントカードが入れられた封筒が残る。吉田は、「不正利用されている可能性がある口座のキャッシュカードなので、連絡があるまで、封を開けずに保管してください」などと男性に言う。吉田の鞄の中には、男性名義のキャッシュカードが入れられた封筒が入っているという手口だ。

吉田はその足で近くのコンビニへ行き、ATMで現金計95万7000円を引き出した。自身の報酬7万円を抜き取り、指示された駅まで移動し、残りの金とキャッシュカードをコインロッカーに入れた。

■「それ、アポ電(強盗)じゃないですか?」

同じやり方で11月24日に横浜市港北区の男性(当時93歳)から170万円、12月10日には群馬県太田市内で現金25万円とカードを騙し取り、このカードを使ってATMから50万円を引き出した。

同15日にも横浜市港北区の女性(当時73歳)からキャッシュカードを騙し取って50万円を引き出した。さらにその3日後の18日には京都府宇治市内で別の共犯者が騙し取った男性(当時82歳)のキャッシュカード2枚を使い、コンビニで現金計92万円を引き出した。被害総額は約2カ月で500万円に上っていた。

指示役のタカヤマから、これまでの特殊詐欺とは異なる提案を受けたのは、それから間もなくのことだった。現金があると見込まれる民家に警察官を装って侵入し、家人が抵抗したら手錠をかけて現金やカードを奪う――。

警察官を装うのは今までもやってきているが、今回の計画は詐欺ではなく、強盗ではないのか。不審に思った吉田はタカヤマに聞いた。

「それ、アポ電(強盗)じゃないですか?」

「アポ電強盗」とは、2019年ごろから社会問題になった手口のひとつ。事前に金融庁や自治体の職員、警察官などを装って民家に電話をかけ、家に現金がいくらあるかなどを確認した上で強盗に押し入るという凶悪な手口で、同年2月には都内のマンションで80歳の女性がアポ電強盗犯に襲われ殺害される事件が起きていた。

タカヤマは言った。

「アポ電ではない。警官だと言って騙して、信じさせるんだ」

借金に追われている吉田に、タカヤマは畳みかけた。

「手っ取り早く、大きく稼ぐには、タタキ(強盗)しかない」

吉田は強盗を選んだ。

■「母親がどうなってもいいのか!」と度々脅されていた

神奈川県警保土ケ谷署で逮捕される前、最後の犯行が前述した横浜市保土ケ谷区での緊縛強盗だった。この強盗事件で吉田は、共犯者のまとめ役と監視役、被害品の運搬役を兼ねていて、現金1200万円とキャッシュカード20枚を奪い、さらにそのカードから約443万円を引き出した。起訴された事件だけでも、被害総額は2100万円に膨れあがっていた。

現場での指揮や見張りを担った吉田ではあるが、氏名不詳の指示役の男タカヤマから脅迫されていたという。特殊詐欺の仕事を始める際、顔写真を送るように言われ、実家の住所も伝えていた。犯行を重ねる中で、嫌そうなそぶりを見せると「母親がどうなってもいいのか!」と度々脅された。

緊縛強盗で奪った金を大阪市内へ運ぶようタカヤマから命令された吉田だったが、その金が、ビジネスホテルで闇金業者に盗まれてしまった。そのことをタカヤマに相談すると、タカヤマは「110番通報しろ」と言ったという。吉田が関与した緊縛強盗事件や、特殊詐欺事件が発覚する恐れもあるのに、なぜ、通報しろと言ったのか――。

■奪われた現金の行方は明らかにならなかった

あまりの不自然さから、公判廷で弁護人が問うと、吉田は「私が『現金を盗まれた』と言っているのを、タカヤマは、嘘だと疑ったのではないでしょうか」と供述した。

タカヤマとしては、現金を奪われることなどあるはずがないと考え、それにもかかわらず「奪われた」などと吉田が言っているのは、吉田が現金を持ち逃げしようとしているか、あるいは使い込んでしまったことの言い訳をしていると疑った、と吉田は推測したわけだ。

タカヤマとしてはまさか実際には通報はしないだろうとたかをくくって「110番通報しろ」と言っただろうに、吉田は通報し警察へ連行され、犯行の全てを自供した。その予想外の吉田の行動にタカヤマは驚愕しかなかっただろう。ただ、闇金が奪ったとされる現金の行方は公判廷で明らかにされることはなかった。

■犯罪に手を染め始めたと同時期に債務整理の準備もしていたのだが…

不可解な点は他にもある。吉田が現金を闇金業者に奪われるに至った経緯だ。

大阪市内へ多額の現金を運んだ吉田は、再三、返済を求めてくる闇金業者に、滞在していたビジネスホテルから連絡を取っていた。吉田は闇金業者に「この仕事が終わったら返済のめどが立つ」「いま現金が手元にある」などと明かしたという。

公判で裁判長が吉田に問うた。

——なぜ闇金業者に自分の犯罪の話をしたのか。

「(なぜ話したのか)分からない」

——あまりに無防備だ。用心した方がいい。

田崎基『ルポ特殊詐欺』(ちくま新書)
田崎基『ルポ特殊詐欺』(ちくま新書)

裁判長からの苦言に、吉田はうつむくばかりだった。借金を重ね、犯罪に手を染め始めるのと時期を同じくして、吉田は無料で法律相談が受けられる法テラスに赴き、弁護士と債務整理について話し合っていた。しかしその一方、同時期にツイッターで「闇バイト」と検索し、特殊詐欺の末端を担い、闇金業者からの借金をさらに増やしていたという。

法テラスに相談した理由を「悪いことをやっていると分かっていたので、少しでも早く足を洗いたかった」と説明した吉田。借金を整理すれば犯罪を続ける必要がなくなると考えていたというが、その法律相談も、大阪で犯行を自供したことで全てが頓挫した。

裁判員裁判が連日続く横浜地裁の公判で、長髪だった頭を途中から丸坊主に刈り上げた吉田は、最終陳述でこう話した。

「罰を受け、一生忘れずに償っていきます。被害者の(けがの)回復を祈り続けます。両親や友人からの手紙で前向きな言葉をもらいました。支えてくれる方々を裏切ることなく生きていきます。くじけそうになることもあるかもしれませんが、気を引き締めていきます」

検察官は懲役9年を求刑し、横浜地裁は2022年2月、懲役7年の実刑判決を言い渡した。

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田崎 基(たさき・もとい)
神奈川新聞記者
1978年生まれ。神奈川新聞デジタル編集部、報道部遊軍記者、経済部キャップ、報道部(司法担当)を経て、現在報道部デスク。憲法改正問題、日本会議、経済格差問題、少子高齢化問題、アベノミクス、平成の経済などを担当し、取材を続けている。参画した神奈川新聞『時代の正体』取材班が、2016年度JCJ賞受賞。著書に『令和日本の敗戦』(ちくま新書)、共著書に神奈川新聞取材班著『時代の正体(Vol.1~3)』(現代思潮新社)、塚田穂高編著『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩書房)ほか。

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(神奈川新聞記者 田崎 基)

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